86話『背徳のイリス』
みんなとご飯を食べながら、靖治とイリスは自分たちがここに来るまでの経緯を語り聞かせた。
靖治が元々病弱で何度も死にかけながら生きてきたこと、いつかの未来で病気を治すために望みを胸に、姉の開発したコールドスリープ装置で眠りについたこと。
イリスが元々は次元光発生後の新東京内に勤務する看護ロボだったこと、東京内部で虐殺が起こり、ようやく見つけた保護対象がコールドスリープ装置ごと隠されていた靖治であったことと、同時に見つけたのが今のボディだということ。
そしてイリスが発見から二百年あまりの時間をかけて、つい先日にようやく靖治の病気をナノマシンで治して復活させたこと。
「せ、せんねんまえから冷凍睡眠んー!?」
「未来に夢見てはるばる時を超えたら、世界が崩壊していたと……」
ご飯も食べ終え、大方の話を聞けて驚くアリサとナハトを前にして、イリスは自分の偉業にえへんと胸を張り、靖治は満足そうに頷いている。
「っていうか、あんたそれ何で黙ってた?」
「う~ん、言う機会は何度かあったと思うんだけど……驚かしたいから黙ってた!!」
「眼鏡叩き割ったろかコルァ」
「まぁまぁ、アリサさん落ち着いて……」
したり顔で親指を立てる靖治に、アリサが拳を震わせて思わずナハトがたしなめる。
苛立たしい気持ちになるアリサだったが、一方で合点がいっていた。
靖治があの病院戦艦にいたこと、イリスに守られていたこと、そしてオーガスラッシャーを名乗る三人組から密かに狙われていること。
「しかしそうか、それであのボンクラ冒険団ともが……」
「なに?」
「いや、どうでもいいことよ」
どっちみちアリサの中では決着が付いていたので適当に話を濁す。
そのあいだにナハトが、つい口をぼんやり開けてイリスを見つめていた。
「ロボット、という種族については、わたくしあまりよくわからないのですが、ゴーレムみたいなものですよね? それでイリスさん、300歳……?」
「ハイ! その通りです。靖治さんと出会えたおかげで、私は心を手に入れたのですよ! えっへん!」
イリスはただの量産型ロボットから特別に自我が発生した自分を誇らしく胸を張っているのだが。
その姿は威厳があるとかそういうのでなく、どちらかと言えば。
「……すごく、かわいいですわね。なんというかわたくしより若々しい……」
「えぇー!?」
イリスとしては、もっと『カッコいいー』とか『すごーい』とか、そんな反応を期待していたのに、ナハトから子供っぽいと言われて残念そうに眉を曲げる。
その様子を眺めていた靖治が、朗らかに笑いながらフォローを加えた。
「イリスは僕が目覚めるまであんまり人と接してこなかったみたいだからね、これからドンドン素敵になっていくのさ」
「ハイ! 靖治さんといろんな世界を見に行きたいです! なるべく安全な範囲で!」
嬉しそうに笑うイリスとのほほんとした靖治を見ながら、アリサが「ほぇ~……」と呟きを漏らしながら改めて二人を観察している。
「こいつは1000歳で、こっちが300歳……ナハト、あんた歳は?」
「ん!? その、25歳ですが……」
「はぁ~……16のあたしが一番年下とかマジか……なんか落ち込むわ……」
「アリサさん、女性にその対応はだいぶ失礼だとわかっておられますか?」
何気にこのメンバーで見た目の年齢が一番高いことを気にしていたナハトだったが、こうもストレートに言われれば白い目でアリサを批難したりもする。
しかし二人の話を聞いていた靖治が、顎に手を当てて神妙な顔で唸った。
「ふむ、25歳か……それもまたいいね!」
「あの、セイジさん。認めてもらえるのは嬉しいのですが、その」
「諦めろ、コイツはスケベだ」
再びサムズアップしてくる靖治に、ナハトは困惑して苦笑いを零すばかりで、ついアリサが横から苦言を唱える。
「でも1000歳って言っても、実際は氷漬けで眠ってただけだから、実際の年齢はアリサとそう変わらないけどねー。コールドスリープ装置で寝る前は16歳になるちょい前だったな」
「セイジさんのほうは、いっそ1000歳を超えてるほうが不思議じゃないくらいの落ち着き具合ですが……」
「そう?」
「えぇ」
「はは、ありがとう」
その一回りも年下の少年に元気づけられたナハトとしては、むしろ彼に特別な経歴がある方が納得できていた。
同様にアリサとしても、靖治の異常すぎる平静さは前から疑問だったので、その理由を知れて少し安心した心地だ。
「僕の場合はさっき言ったように昔っから心臓の病気でさ、ドキドキすると死ぬのが日常だったから、いつも平静を保てるように意識してたりはしてたんだよね」
「それでそんなクソ度胸ってわけか」
「フフーン! どうですかどうですかー!」
「何でイリスが威張んのよ」
主人のことが誇らしくて仕方ないイリスは置いといて、しかして今の靖治たちの話については、不可思議な点がいくつかあった。
なぜ靖治の存在が隠されていたのか、今のイリスが使っている体は誰が作ったのか、どうしてこの二つが同じ場所に放置されていたのか。
「何であんた、そのナントカ装置って中に入れられたまま隠されてたわけ? 犯罪でもしたの?」
「確かにそれは不思議なんだよねー、イリスも理由は知らないみたいだし」
「身内にツテでもあったのでしょうか?」
「うぅん、姉さんは優秀な技術者だったけど、1000年前の人間だしなぁ。新東京で虐殺があった300年前台に、僕を隠すほどの繋がりがある人間なんて僕もイリスも思い当たらな……」
「――ハッ!?」
首をかしげる靖治の隣で、イリスはある記憶に行き当たって思わず目を丸くした。
そう、あれは初めてパラダイムアームズを使用した時に開放された映像。
『弟の――靖治の未来を頼む、そのために私は生きてきたのだから』
ポニーテールをしたソバカスに眼鏡の女性が、そう語りかけてくるメッセージが脳内に再生されたことがあった。
そのものズバリ回答に近いメモリーを思い出し、イリスは判断に迷い唇をギュッと結んでプルプルと肩を震わす。
「どうしたの、イリス?」
「あっ!? いえ! その!!?」
本当なら伝えるべきことなのだろうが、イリスの中にはある懸念があった。
(言ったほうが良いんじゃ……いや! もし靖治さんがこのことを知ったら、真相を探るために東京に行こうとまで言い出すんじゃ!? あそこは基幹システムが暴走しっぱなし、行けば確実に命の危険です……!)
ロボットによる人間の虐殺が起きた東京では靖治を守れないと判断して戦艦を乗っ取って外にまで連れ出したのに、ここで東京に戻ると言われればイリスにとっては本末転倒だ。
自らの定めた使命と秘密を作る背徳を天秤に掛け、視線をあちこちに漂わせてイリスはしどろもどろに口を動かして、やがて使命のほうがより重きに置かれた。
「えーっと、えーっと……あっ、そうだぁ! そういえば私、別のことでちょーどみなさんに見てほしいものがありました!」
「イリス、何か知ってるの?」
「ウェエエエ!? シリマセン! ワタシはナニモシリマセントモ!!」
明らかに挙動不審な様子を見せるイリスは、ロボットのくせに冷や汗まで額から流していて、もはや疑ってくれと言わんばかりであった。
そのあからさま過ぎるイリスに、かえって周りの仲間たちは深く追求できず、生暖かい目で彼女を見ている。
「はっはっは、そっかぁー。知らないかー」
「バレバレじゃん……」
「イリスさんって嘘はつけないタイプなんですね……」
「さあー、どうしましたか!? 皆さんお疲れですし早くお会計して宿の部屋でも取りましょう! 今日はあったかベッドで嬉しいなー!! ウフフー!!」
とにかくイリスの必死の嘘により、この話は終わりになって一行はTN社の宿を一室借りることにしたのだった。




