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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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85話『ネコ来襲、二度目!』

 TN(テイルネットワーク)社の食堂で、丸テーブルに靖治、イリス、アリサ、ナハトの順で時計回りに座っていた。

 荷物も足元に置いて――ナハトの呪符の塊だけは椅子の背中に立てかけられていた――ゆっくりと注文した料理を待っていたのだが、靖治から飛び出した思いもがけない爆弾に、アリサとナハトは呆気にとられて靖治とイリスの二人を見ていた。


「せ、せんねんまえって……」

「どういうこと……なのですか?」


 驚愕の眼差しを受け止めながら、靖治とイリスはニコニコと笑っている。

 そこに、隣のテーブルから声が届いてきた。


「――おや、ようやく揃ったようだな」


 声に反応して全員が一斉に振り向くと、天板の上に首から虹色模様の蝶の羽を生やした一匹の黒猫が佇んでいた。

 流れるような美しい毛並みでシャンと張った背でテーブルに座っている。


「「……ネコ?」」

「あっ、また出ました!」


 怪訝な顔をする先の二人に対して、イリスは嫌そうに声を荒げ、靖治はメガネの奥で楽しみで煌めかせて面白そうな顔をする。


「おっ、無名の神様。また会ったね」

「ごきげんよう、冒険者諸君。元気そうで何よりだ」

「か、神ですか!? これが……!?」


 ナハトがおおげさに驚くのに、無名の神と呼ばれた黒猫は、首から生えた羽をエリマキトカゲのように開いて、その威厳があるのだかないのだか微妙な威容を誇示した。


「これは異なことを。異教の神程度、見慣れたものではなかったかな」

「いえ、その……いや、なぜそれを!?」

「そう狼狽えることではない。我は大した力もない、そこらへんにいる野良神だからな」


 果たしてそこら辺に実体を持った神がいるのか定かではないが、無名の神はこともなげにそう言った。

 それから丸テーブルに座った四人を見渡して首の羽を軽く揺らすと、「ふむ」と呟きを漏らす。


「1000年の時を越えて目覚めた、この世界の唯一純粋な人類種」

「うん」


 猫の言葉に靖治は迷うことなくニンマリと頷く。


「自我を得たことを奇跡と見定めて走り続ける機械少女」

「むむ、そのことも知ってるとは。でも悪い気はしないです!」


 自分のかけがえない思い出を唱えられ、機嫌を良くするイリス。


「幾度となく気持ちを裏切られた異能力を扱うの旧き栄光の少女」

「! あんた……」


 アリサは警戒心を露わにし、全身に怒気を張り詰め。


「自らを許されない存在だと信じ、信仰のもとで自らを汚し続けた半天使」

「何を知って……!」


 ナハトは自分を守るかのように我が身を抱き、目の前の黒猫を睨みつけた。


「あんた何者よ! あたしの何を知ってやがる!」

「我らに害あらば、即刻その首斬り落としますよ」


 アリサは椅子から立ち上がってマントを翻して身構え、ナハトも同様に腰を上げると椅子の後ろに立てかけていたカースドジェイルを掴んで片翼を強張らせる。

 剣呑な二人を相手にして、黒猫は慌てもせずに尻尾を揺らしている。


「我は運命と試練を司りし無名の神、旅人の行末を見守るものなり」

「はぁ~? わけわかんねーわよ、もっとわかりやすく言え」

「要は物見遊山のギャラリーだな、良い見世物になりそうな人間がいたので遊びに来た」

「うわ、ウゼエ!」


 この正体のよくわからない珍客に対して、女たちが怖い顔をする中、靖治だけはのほほんと話しかけた。


「久しぶりだね無名の神様、今度はどうしたのかな?」

「何、メインとなる役者も揃ったことだしちょっと唾を付けとこうとな」


 そう言うと無名の神はぴょんと飛んで一行の机に飛び移ってきた。

 近寄ってきた黒猫に、イリスは緊張してわずかに腰を浮かした。


「靖治さん、気を付けて下さい」

「多分これは気を付けたってどうにかできるもんじゃないさ」

「そうだぞ。それに我には人に害する程の力はない」


 靖治は表情一つ変えずに手を伸ばすと、黒猫の首の下に指を添えてコチョコチョと動かした。

 黒猫は気持ちよさそうに目を細めて、喉からゴロゴロと不気味なような安心できるような猫らしい音を鳴らすと、羽を揺らして再び口を開く。


「ほほほ、気持ちのいい指遣いだ。少年よ、旅は楽しいか?」

「うん、すっごくね」

「重畳重畳、その調子なら世界程度救えるだろう」

「それは本気で言ってるのかい?」

「無論だとも」


 黒猫は眉を曲げ、憂うようにも、慈しんでいるかのようにも見える奇妙な表情を浮かべて靖治を見上げた。

 猫の小さな顔にはまった金色の瞳に見つめられていると、靖治はどこか自分を包まれているような安心感を覚える。


「京都へと行くそうだな、それは良い」

「道は続いてる?」

「もちろん」

「なら嬉しいね」

「うむ」


 お互いに自分の言葉で話す靖治と黒猫を、他の面子は息を呑んで眺めていた。


「汝は、力がなくてもやれることがあるのだと、それを体現できる人間だ。女たちを支えるのだぞ」

「あはは、自信はないけどやるだけやってみるよ」


 靖治が気楽に応えると、黒猫は「うむ、それがよかろう」と呟いてから後腰を上げ、首から生えた蝶の羽を大きく開かせた。

 無名の神は靖治の手元から跳ぶと、床の上で壁際に歩み寄って、プリチーなお尻を見せながら一度だけ振り返った。


「寄る辺のない迷い子たちよ、今しばし寄り添うがよい。この集まりでの安らぎは、いつかの力になるだろうぞ。ではさらばだ、また会おう」


 そう言って黒猫は、壁の中に吸い込まれるように、あるいは通り抜けるかのように、忽然と目の前から姿を消したのだった。

 わけもわからぬまま何かを言われて、わけもわからぬまま去られてしまって、靖治の他は呆然と黒猫が消えた壁を見つめている。

 そこに仏頂面の店主が、厨房から三人分の料理を大きなお盆に乗せてやってきた。


「お待ちどうさん。日替わり定食、今日はオムレツとサラダとスープだ」


 黙りこくった面々の前で、店主は言葉を少なく料理を並べていき、彼の去り際に靖治だけが「ありがとう」とだけ投げかけた。

 そして未だ緊張が抜けないみんなの前で、靖治が料理と向き合い。


「じゃあ食べよっか」

「アレのことスルー!?」


 いよいよ堪えきれなくなったアリサが突っ込んだ。

 それを機に全員の斤量も緩んだようで、ナハトが困惑した顔で問いかける。


「セイジさん、何なのですかあの怪しいネコもどきは」

「さあね、僕らもよくわからないよ。まあ、特に何かしてくるわけでないし、都合のいい部分だけワクワクしながら後はほっとけばいいんじゃないかな~、あはは~」

「お前ホント脳天気な……」


 あっけらかんとしている靖治を、アリサが信じられないという顔で見つめた。


「ただアレが言うには、僕は世界を救うことになるらしいね」

「それはまた……大仰な」


 万葉靖治という人間の規模からあまりにかけ離れた話に、ナハトは疑い深そうな呟きを漏らす。

 この話には、イリスが眉をひそめて大変不服そうに乗っかってきた。


「私としては真に受けないで欲しいところです、靖治さんが危険な状況に陥るのは断固反対ですから!」

「うん、僕としてもあんまり信じちゃいないよ。ワクワクはしてるけどね」

「できればそれも止めて欲しいですけども!」

「気持ちを我慢するのは無理さイリス、僕はやりたいようにしかやれない人間だよ」

「うぅ~……やっぱり靖治さん、こういうところは意地悪です」

「あっはっは! 悪いね!」


 がっくりと首を落すイリスの隣で、靖治は箸を手にして食事を始めた。


「んっ、ここの料理美味しいね。店主さん良い腕してるよ」

「いやそれは良いけどさ、さっきの猫も言ってたけど、1000年前ってどういうことなのよ」

「そうです、わたくしどもとしても、あなたがどういう人間なのか気になります」


 のんびり食事を楽しみだす靖治に、それどころではないとアリサとナハトが疑念を込めて見つめる。


「うん、そろそろ話そっか」


 靖治は食事を続けたまま、つらつらと身の上話を語ったのだった。

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