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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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9話『ロクでなしどもの挽歌』

 現在、病院戦艦が浮かぶ砂漠の西端にある、オオサカと呼ばれる都市の外れ。

 砂丘に沿って建てられた居住区はガラの悪い連中でいっぱいだ。

 その中の一つのガレージで、病院戦艦から離脱した狼人のハヤテ、ゴリラのウポレ、鷹人のケヴィンの三人組は重ねられたタイヤの上に陣取っていた。

 戦いのあとでまだ着替えておらず、ハヤテはタクティカルジャケットを、ケヴィンは戦闘用のパワードスーツを着込んだまま、唯一ラフな格好とも言えるウポレの赤いアロハシャツが鮮やかだ。

 敗北のあとだというのに三人はご機嫌そうに体を揺らし、リズムを取って心を踊らす。


「ヘイ、ケヴィン、ノッてるか? いっちょゴキゲンなナンバー聞かせてくれよ♪」

「オッケーアニキ、そうこなくちゃ♪ 響かせるぜ思い出のビート」

「ウッホ♪ ウッホ♪ ウッホ♪」


 狼のハヤテが着込んだタクティカルジャケットを手のひらで叩いてボスボス音を叩き鳴らすと、ウポレは周囲のタイヤを叩いてボコボコとゴム臭い空洞を愉快に響かせる。

 それでもって鷹のケヴィンがノートパソコンを取り出して、ジャズからメタルまでお気に入りの曲が詰まった音楽ソフトを立ち上げようとし。


「――くぉぉらあ!! てめえら負けやがったってのに何のんきに騒いでやがんだぁ!!」


 同じガレージの中に座って打撲の手当を受けていたミズホスが怒鳴り声を上げて、演奏をかき消した。

 建物が揺れるほどの大声を浴びせられた三人は、タイヤの山をガラガラと崩しながらコケて、ハヤテがゴムの隙間から顔を突き出して奥行きのある口をすぼめた。


「んだよぉ、ミズホス。せっかくテメェらが暗い顔してっから景気づけに歌おうとしたってのによぉ」

「んなもん誰も頼んどらんわぁ!! 騒ぎたいならテメェらのホームでやれ!」

「明日の段取りの打ち合わせに来たんじゃねーか、そうせっつくなって」


 あくまで協力者に過ぎないハヤテたちは陽気な様子だが、対してミズホスとその部下たちは険悪なムードが張り詰めている。

 先の戦闘ではミズホスの部下は諸事情により4名しか参加していなかったが、今このガレージの内部には8名、屋外で作業や物資の調達をしているものも含めれば合計で18名のトカゲ人間たちがこの街にいる。

 戦いで部下の一人が犠牲になったことでミズホスは怒り心頭であるし、部下たちも悲しんでいるものから苛立っている者まで様々だ。


「うぅ……元の世界から連れ添った仲間が……」

「オレあの女、狙ってたのによぉ……」

「クッソ、この世界に来てから減りっぱなしだ!」


 そんなトカゲ人間たちとは別の人間が、更にもう一人いた。

 小柄な人間だ、身長は140cm程度だろう。砂色の布で作られたフード付きのマントをスッポリかぶって、佇んでいる。

 そして特徴的なのは、マントの間から外に出して細い両腕に、鎖のちぎれた大きな手枷を両手首につけていることだった。

 黒鉄で、分厚く、片側だけでも2kgはありそうな頑丈な作りで、重々しくその人物に。

 ミズホスの招待客であるその人物は、ガレージの端で壁を背に作戦会議を遠巻きに眺めていた。


「おいゴラ、このお気楽冒険者ども! テメェらはあんな訳わかんねえメイド女にいいようにされて悔しくねえってのか!?」

「いんや別に。そりゃおめえらの事情だろ、オレらは面白そうだから話に乗っかったってだけでそこまで深入りするつもりないね」

「んだとぉ……!? テメエら手ぇ抜いたんじゃねえだろうなぁ!?」

「あぁん? んなわけねぇだろ」


 ミズホスの言葉に、ハヤテは心外だと毛深い眉間に影を作る。


「そもそもワシが行けねえってのに、お前らが勝手にやり始めたから足並み揃えられなかったんじゃねぇか!」

「ハッ、何言ってやがる、腹の調子がワリイつって来なかったのはミズホス、お前さんだろ。それに戦艦は常時バリアで守られてて、メイドが出入りする瞬間しか狙えなかったが、あのタイミングで何故かバリアが解除されて丸裸になった。うまく行けば無傷で戦艦を拿捕できる、他にない絶好の襲撃タイミングだったんだぜ? それをオメェが……」

「ぐぬぬ……ワシだってなぁ……ワシだって行ければ……!」


 握りこぶしを震わせるミズホスだったが、急に顔色を変えて目を見開いた。

 鱗のある人の顔色など別人種にはわかりにくいが、ハヤテから見ても様子がおかしい。


「おいどうした?」

「な、なんでも……ウ……ウプッ、ォォ……」

「ぼ、ボスが……おいお前ら……」


 ミズホスが口を手で押さえてよろめきながら後ろに下がる、その変化に部下のトカゲ人間たちも慌て始めた。

 次の瞬間、ミズホスの眼孔から目玉を押しのけて太ましい触手がヌルリと伸びて、不気味にヌメった鈍い桃色を外気に晒した。

 粘液を垂らして蠢く触手から感じる不穏さに、部下たちからよどめきが上がり、釣られてハヤテたちも驚いた。


「うおお!? 何だそれ!?」

「な、何でもねえ! テメェにはかんけい……な……ォ……オボロロロ……」


 ミズホスの腹の奥から響いたうめき声に、ガレージにいるものはみなゾッとした。

 まるで底なしの穴に投げ込まれた亡者のような、生に仇なす不吉さを孕んでいる

 その嘆き声は、この場にいる全員を皆殺しにしたいとでも言っているようだった。

 ハヤテは毛を逆立てて一歩引くと、後腰にしまった拳銃に手を向け、背後では仲間のウポレとケヴィンも臨戦態勢を取る。

 唯一、何事もなく見つめていたのはフードマントの人物くらいか。


「オロロロロロ……」

「やべえ! ボスの病気だ!!」

「ワシは……びょうきなんかじゃ……」

「おいクスリ! 薬もってこい!!」


 両目から触手を伸ばしたミズホスは、膝をついて苦しみ、何かを求めるように手で辺りを探り始めた。

 それを見たトカゲ人間たちはギャーギャー慌てながらガレージの引き出しを漁って、その奥から小さな箱を一つ取り出した。

 それは何の変哲もないタバコの箱だ、強いて言えば市販のものでは少しキツめの銘柄なのが特徴的か。

 部下はタバコが詰まった箱ごとマッチで炙って火を灯した。燃え上がった火の奥から、濃い煙が立ち上り、嫌な臭いにハヤテは鼻を手で塞いだ。

 見ているだけだったマントの人物も、手枷のついた手で、近寄ってくる煙をはたいている。


「ボス! 薬です!!」

「ォォ……ォォォォォオオオ……」


 不気味な声を出しているミズホスは、まさぐっていた手に燃えるタバコの箱を置いてもらうと、一も二もなく大口開けて喉の奥へと放り込んだ。

 目を丸くするハヤテたち三人組の前で、タバコを飲み込んだミズホスは大きく咳き込んで煙を吐き出しながら、徐々に触手を引っ込めていく。

 やがて触手が生えていた場所から、元あった眼球を覗かせると、目尻に涙を溜めながら気分悪そうに毒づいた。


「ガハッ……ちくしょう……」

「なんだぁ? それで収まんのか」

「まぁな……ちと、腹が下りやすいのが難点だぁ……」

「ハッ、そういう事情か。まあこんなグチャグチャの世界だ、腹の中にバケモノ飼ってるくらい珍しくねぇや」


 ハヤテはタクティカルジャケットのポケットから、自前のタバコの箱を取り出すと、彼はちゃんと一本だけ指に摘んで口に咥えた。

 ライターで火をつけて煙を肺に吸い込むと、タバコを口から離して大きく煙を吐いた。


「それならそれで事前に報告しとけって話だが、まぁ喫煙家のよしみで言わねえで置いてやる」

「アニキー、それ言ってるッスよー」

「るせぇや」


 暢気に水を差すケヴィンをひと睨みしてから、ハヤテはタバコを口にしながらミズホスに向き直った。


「オメェらは新参者にしちゃそれなりによくやってらぁ、火薬も知らなかったのに銃のぶっ放しかた覚えただけでも上出来だわな。こんな無茶苦茶な世界だからこそ持ちつ持たれつで行こうじゃねえか」

「チッ……」


 ミズホスたちはある日突然、集落を丸ごと飲み込む転移によってこの世界にやってきた。

 機械というものを一切知らない彼らは、街で一山いくらで銃が売られ、銃弾を避けて斬りつける戦士が放浪し、ハイテクノロジーから神秘の魔法まで存在するこの世界についていけなかった。

 そんなトカゲ人間たちをミズホスがまとめ、強盗団まがいの真似をしてこれまで5年間生き延びてきたのだ。

 その行いは称賛されるものでないとはいえ、生きてこれたという結果は誰にでも成せるものではない。


「オレらは戦艦の防衛兵器を黙らせる、前衛はそっちがやる。オメェらは戦艦を手に入れ、オレらは戦艦のデータと武器を貰うって話だ。質のいい武器は良い値段で売れるからなぁ、取り分はお前らが6にオレらが4」

「バカヤロォ! 7に3だろうが!! 危ねぇとこ人任せにしといてナマ言ってんじゃねぇ!!」

「ほぉー、頭まで触手に食われたわけじゃねえってか」


 立ち上がって睨んでくるミズホスの怒り顔を見上げながら、ハヤテはたじろぐことなく交渉を続けた。


「あの戦艦が砂漠の上で停止してる今がチャンスだ、海の上に行かれちゃオレたちじゃ手を出せねぇ、明日にでも行動したい」

「ハン、そりゃいいだろうさ。ワシらもグズグズしてる暇はねぇ。だがテメェら、どうして俺たちを手伝う、」

「あぁ?」

「ワシらはお前らが技術があるって言うから雇った。だがテメェら三人共、金に対する必死さがねえ、貪欲さがねぇ、汚さがねぇ。のくせにやる気は妙にあって気持ちわりいんだよ、どこを見てやがる?」


 ミズホスの言葉に、ハヤテは鼻を鳴らして煙を叩いた。


「そんなモン、面白いもんが見たいからに決まってるだろうが!」


 口の端をニイーっと吊り上げて、歯で噛み跡をつけたタバコを指で摘み、火のついた先端をミズホスへと差し向けた。


「かつて通信を経った閉鎖都市から現れた謎の戦艦がなんなのか! 壁の向こう側で沈黙した東京に何があったのか! あのメイドの格好したトンチキなロボの目的は!? そして外の世界からやってきたお前らがアレにぶつかった先で、どんな爆発染みた未来を引き起こすのか!!? データが欲しい、金も欲しい、そんでもってこの争いを特等席で見物してえ、その全部よ」


 臆面もなく宣言したハヤテの目は、ギラギラとキツい輝きに溢れていた。それは彼だけのものでもなく、背後にいる仲間の二人も同様の輝きを持つ。

 驕りでなく、悪意でなく、ただ好奇心だけを先鋭化した者たち。

 その目を真正面に見つめて、ミズホスは唾を吐き捨てる。


「ペッ……安全圏から人のことこき使ってて偉そうに……」

「言ったろ~? オレぁ、お前らのことそこそこ評価してるんだぜ」

「クズが……だがお前の言葉にウソがないのはわかった」


 どの道、ミズホスが頼るあては他になかった。この世界において高度な電子機器を扱える人物は貴重だ。


「いいだろう、明日こそだ。体調は整えといてやる、だがテメェらも次の襲撃でドジんじゃねえぞ!?」

「当然だ、なんせオレたちは!」


 ブーツの足裏でタバコの火を消したハヤテの背後に、タイヤの山から降りてきたウポレとケヴィンも並ぶ。

 彼らは腕を伸ばして、各々が考えたちょーカッコいいポーズを取り、加えてハヤテは襟につけた桃のバッジを見せつけた。


「犬!」

「猿ウホ!」

「雉!」

「泣く子も笑う冒険団、オーガスラッシャーとはオレらのことよぉ!!」


 大見得を切る三人に、ガレージの中でしらけた空気が流れる。

 ミズホスの部下たちは口々に冷たい言葉を囁いた。


「いや狼だろ」

「鷹じゃないのか……?」

「どう見てもゴリラ」

「テメエらの漫才はどうでも良いんだよ! 仕事はきっちりこなせ!」

「へーい」

「ウホ」

「ッス」


 怒鳴るミズホスに気の抜けた返事をして、三人はまたガレージの奥でくつろぎ始める。

 ハヤテは銃の手入れを始め、ケヴィンは熱心にノートパソコンを叩き、ウポレは瞑想に耽った。

 同盟者同士の話し合いも済んだところで、お付きのトカゲ人間がミズホスに話しかけた。


「しかしどうしやすかボス。どうやってあのメイドを仕留めれば」

「うむむ……安心しろ次は全部ぶっこむ」


 事実、戦艦のメイドロボ娘がミズホスにも厄介なのは確かだったが、まだミズホスも手の内のすべてを見せたわけでなはない。

 今日は暴走しそうな自分を押さえるためにそばにいてもらった予備兵力がいるし、何よりまだとっておきの秘密兵器がある。


「こっちには金で雇った傭兵も付いてるんだ! 明日はこの女も使って大盤振る舞いだあ!」

「おお! 流石ボス、太っ腹ですね!」


 ミズホスが手の平で示したのは、さっきから遠巻きに喧騒を眺めていたフードマントの人物だ。

 呼ばれた彼女は壁から背を離し、歩み出ると、手の平を天井に向けてミズホスへと伸ばした。


「なんだぁ、傭兵。その手は」

「今日のぶんの給料、払いなさいよ」


 まだ声変わりもしてない傭兵の言葉に、ミズホスが驚いて鼻息を荒くした。


「は、はあ!? テメェ、今日は何もしてねえだろうが!」

「車の中で戦う用意はしていた。私を一日拘束したのよ? なら給料は発生するわ、契約書にもそう書いたでしょ」

「……そ、そうなのか?」

「いや、知らねぇですよ。ボスがパパっとサインしてゴミ箱に捨ててましたから」

「バカヤロウ! ちゃんと拾って読んどけぃ!」

「そもそもこっちの文字読めないですよ」

「ニホンゴ? 難しいよな。話すだけならホンヤクナノマシンがなんちゃらでイケるけど」


 寝耳に水の話を聞いて、ミズホスが部下に八つ当たりする。

 様子を眺めていたハヤテは「クックック」と楽しそうに笑いを漏らしていた。


「どうでもいいけどちゃんと払ってくれる?」

「い、いやでもなぁ、お前、何もしてねえし」

「アタシは他の場所で依頼を受けても良かったけど、わざわざあんたが頼むから一日潰したのよ、その分もらわないと割に合わないの。まあ払わないなら、別に良いわよ。ただし……」


 傭兵が手を下げると、彼女の身体から熱気が溢れ。垂れ下がっていたマントの端がたなびき始める。

 目を丸くするミズホスと部下たちの前で、マントの下から炎が溢れ出すと、少女の背後に集めって人のような形を取り始める。

 まだ歳幼い傭兵は、フードの奥から見たものがゾッとするような水色の眼を光らせた。


「裏切りの代償は、一日二日の給料程度じゃ済まないわよ」

「ま、待て! わかった払う!!」


 ミズホスが慌ててそう言ったので、フードの少女は湧き上がってきた炎をフッと止めさせた。


「おいカネだ、金庫から持ってこい!」

「で、でも明日のぶんまで含めると足りませんよ」

「だったらお前らの懐からも出せ! ちっとは持ってんだろ、ほれジャンプジャンプ!」


 ミズホスはなんとか給料を工面すると、部下の一人にそれを渡させた。


「ほらよ、持ってけい!」

「毎度どうも。それじゃあアタシは次の出番まで宿で待っとくから、仕事以外でプライベートを邪魔したら殺す」


 手枷を鳴らして受け取った傭兵は、ミズホスに背を向けてとっととガレージから出ようと出入り口に歩いていった。

 その途中でオーガスラッシャー組の前に差し掛かったところで、ハヤテが彼女に面白そうに話しかける。


「クックック。業突く張りだなグローリー」

「うっさい、その名で呼ぶなアホ獣人ども」

「そりゃ光栄だ、ファーストネームで呼んでくれとはな。オレに気があるのか? だったら部屋の鍵は開けとくぜ、アリサ」

「燃やすよロリコン」

「おぉ、ゾクゾクするねぇ。ところでこっちはウチの雉が新しくプリントした写真だ」


 アリサ・グローリーと呼ばれた少女は、ハヤテから一枚の写真を差し出されて手に取った。

 そこに映っていたのは一人の少年だ。


「誰こいつ」

「知らん。病院戦艦にいたメイド側の誰かだ、一応覚えとけ」

「ふぅん、あの女、一匹狼だって噂聞いてたけど」

「恐らくは防衛型かカウンター型の異能力者だ、気ィつけろよ」

「どうでもいいわよ。ヤワな能力程度、強引に押し潰せばいいでしょ」


 つまらなさそうに鼻を鳴らして歩いていくアリサの背中に、ハヤテは「それができるのはオメェくらいだよ」と呟いた。

 ガレージの扉を開けて外に出たアリサは、建物の間の路地でミズホスの部下であるトカゲ人間が三名ほど集まっているのを見つけた。

 そのウチの一名は、物影でボロボロの布切れをまとった女性を苛立たしそうに殴りつけている。


「だあー! クソ、うまく行かねえな! あいつも死んじまってよぉー!」

「おい、顔に傷つけんなよ。大事な商品だ、ボスに怒鳴られるぞ」

「良いんだよ、コイツ気味悪いことにいくら殴っても少しほっときゃすぐ治りやがる」


 その女性は殴られた頬を腫れさせて、うつろな目でぐったりと倒れているのがアリサの目に映った。


「あぁ……神よ……どうして……いや、神など本当は……私の罪をそそぐものは……赦しは……」


 暗がりで妙な言葉を呟く女性の背には、長い包帯でぐるぐる巻きにされた細長い何かが背負われていた。


「いっそそいつヤっちまえば?」

「イヤだね。鱗のねえつるぴん女なんて気持ちわりい」

「あーあー! 今日のでウチで最後の女も死んじまったしなー。オレあいつ狙ってたのに!」

「オレら子供産めるのかなぁ……」

「チクショー、なんでこんな世界に来ちまったんだよ! クソッ! クソッ!」


 耳障りの悪い声を響かせるトカゲ人間たちに、アリサは「……下衆ね」とだけ呟き、路地を通り過ぎようとする。

 しかし少し離れたところで、また打撃音が聞こえてきてピタリと足を止めた。

 苦々しそうに口の端を歪めたアリサは、しばらく女が無抵抗で殴られる音を聞いてから、フードの上から頭を掻きむしって「あ~もう~!!」と毒づいて引き返した。


「おいトカゲ、目障りだからヤメロ」

「うおっ、傭兵!?」

「な、なんだ、お前には関係ねえだろうが!?」

「ああん? 明日の戦い、後ろから消し炭にしてやろうか?」

「ヒッ……」


 アリサがそう言ってマントの下から手を出して、指の骨をパキパキと鳴らしてやると、相手はあからさまにうろたえた。

 トカゲ人間たちは仲間内で視線を交わしたあと、ビクビクしながら女を手放してアリサの隣を小走りで通り抜ける。


「きょ、今日のところは見逃してやらあ、けどその女はウチの奴隷だ! 逃がすんじゃねえぞ!」

「フン、人の持ち物に手を出すようなクズじゃあないわよ」


 トカゲ人間の捨て台詞にアリサが鼻息を鳴らして見送ってから、ボロ布の女に目を向ける。

 さっきまで殴られていた女は綺麗なショートの青髪をしていたが、顔面は元の形がわからないほど腫れさせており、腫れ物のあいだから細く目を開けてアリサを見つめてきた。


「あ……ありがとう……」

「いらないわよ、お礼なんて。どうせあんたはこれから売られてどっかのモノ好きの慰みものになるんだ」


 期待を持たないように荒んだ言葉を吐き捨ててアリサが背を向ける。


「それでも、ありがとうございます……あなたの行いはきっと神が……いや……」


 その背中にお礼を言いかけた女だったが、途中で顔をうつむかせて言葉を止めてしまった。

 ガックリと力を無くし、床に座り込んだ女は、ボソボソと空虚を紡ぐ。


「神など……いようはずがない……いたならば、どうして私はこの地に……」


 見放されたこの世界で、一人ぼっちの女は糾弾の言葉を唱えた。



 様々な異世界から転移が起こるこの世界において、熱心な宗教家は絶滅危惧種だ。

 宗教とは『元いた世界の人々を救うためのもの』だ。その手のひらから抜け落ちて、別世界にやってきたものの心を救うには、教義も、認知度も、信者も、何もかも足りなさすぎる。

 どれだけ故郷の世界で崇拝されていた神も、この世界においてはその人しか知らないお伽噺にすぎないなどよくある話。

 純粋な信仰は笑い飛ばされ、ありがたい教義は多種多様な異世界人が生きるこの世界の混沌に呑まれて、意義を見失う。


 それにこれまで神を信じて善良をなしてきたのに、遠く、故郷の誰も知らないこの異世界からでも天国に逝けるのだろうか?

 信じた神は我を救ってくださるのか?

 疑念が不安となり、敬愛は反転し、今まで信じてきたものを逆に蛇蝎のごとく嫌い、侮辱するようになる者も多い。


 この女も、拠り所にしていたものを現実に否定され、神に担保されていた自らの価値を見失った一人なのだろう。

 活きる力なく、捕らえられて奴隷となるしかなかったその女に、アリサは首だけで振り返って一瞥した。


「……ご愁傷さま」


 他に何が言えるだろうか。

 それだけを浴びせ、アリサはボロボロの女を見捨てると去った。

 その間、女は呆然と床に倒れ、力なくいない神を探す言葉を呟くだけだった。


「……アタシはああはならない、生き抜いてやる」


 アリサの言葉だけが熱く、炎のように燃えていた。


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