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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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82話『はじめてのお仕事 完!』

 死霊が跳梁跋扈した日から二日後、晴れた青空の下に街道を行く一頭の馬と、その後ろから自力で走ってついていくメイド姿の少女の姿があった。

 馬に乗っているのは中東風の赤いドレスを着た細目の女性だ。馬の重しとなっているのは彼女と、後部に乗せられた黒いトランクケースだけであり、元々馬車馬だったその馬は、身軽さに蹄を軽快に鳴らして走り抜ける。

 定期的に休憩を挟みながら走り続けてお昼ごろ、視界の先に村の入口だと教えてくれるアーチを見つけて足を止めて、街道から反れた木陰に隠れるように馬を誘導した。


「それじゃあちょっと待っててね、すぐ呼んでくるから」

「了解です!」


 トランクケースを持って馬から降りた女性は、トランクの蓋を開けて中にすっぽりと入ってしまった。

 それからメイド姿の少女が待つこと数分、トランクの奥から複数人の足音が響いてきて、中からグラサンの男を先頭に何人もの人間があるき出てきた。


「ぷはぁー! やっと着いたかー!」

「お疲れ様イリス、大丈夫だった?」

「ハイ! 問題ありませんでした!」


 トランクの主であるガンクロスが新鮮な空気を大きく吸い、次いでバックパックを背負った靖治が顔を出して真っ先にイリスへと話しかける。

 そして次にマントを揺らす退屈そうな顔をしたアリサがバッグの紐を指に絡めて手に持って、相変わらず細目でうふふと笑うメメヒトがトランクの階段を登ってきて、最後にナハトが刀を収めた呪符の塊を左肩から背負って片翼を折りたたんだ状態で出てきた。

 ナハトは戦闘の時に使っていた魔力の鎧を解除し、その下にあるインナースーツのような黒衣だけの姿となっており、より白肌と純白の翼が強調されて眩しさを誇っている。


「ふぅ……前々から思っていましたが、この地域の夏は蒸すものですね。涼しい空間から出てくるとよくわかります」


 それまで畳んでいた翼を大きく伸ばして深呼吸するナハトだが、本人の美貌や輪郭が強調された服装のおかげで、普通にしているだけでどこか艶めかしい。

 靖治はそのことについて何か不埒な感情を覚えなくもなかったが、それはそれとして無闇矢鱈とがっつく雰囲気でもないので、閉鎖空間から外に出た清々しさに浸りながら話しかけた。


「日本は昔からそういう国だからねー」

「ニホン……というのですか、この国は」

「うん、そうさ。まあ、国っていう括りはもう崩れちゃってるけどね」

「そうなのですか、靖治さんはこの辺りの事情についてお詳しいので?」

「いや、あんまりさ。イリスやアリサのほうが物知りなんじゃないかな。わからないことがあれば二人に聞いてみればいいよ、答えてくれるから」


 のんびりと会話する靖治たちを他所に、ガンクロスは日の下に出て、固まった体をほぐすために立ったまま背を仰け反らせてストレッチしている。


「やっぱ目ぇ見えなくても、陽の光を浴びると違うぜー。この暑さがいいんだよなぁ~」

「変なおっさんね。トランクの中のほうがずっと快適だったじゃん。街の中まで入ってから出れば良いのに」

「お前らは特別に教えたけど、一応は企業秘密だからなこれ! まぁ、空間系能力者ってこと自体はバレやすいんだが、詳細くらいは隠しとかんとな」


 アリサから横目で見られながら腰の調子を取り戻したガンクロスは、トランクケースの蓋を閉じて持ち上げると「あーん」と大口を開けて口の中に押し込んだ。

 空間歪曲による収納術で、顔よりも大きなトランクがあっという間に飲み込まれ、ガンクロスは癖で口元を拭う。


「ふぅー、予定より一日遅れか。まああんなことがあって、このくらいで済んだなら上出来か。天使のねーちゃんが回復魔法でウチの馬を治してくれて助かったぜ。生き物は口から入れられねえから、馬ぐらいでけえとトランクルームにしまえねえんだよな」

「わたくしなどの力が助けになれて幸いです」


 ナハトは風の魔法の他にもいくつか基礎的な魔法術式を学んでいるらしく、馬の怪我をその場で治してみせたのだ。彼女がいなければ、移動だけでもう三日は掛かっていただろう。

 全員が出揃った一行は歩いて村へと入る。村と言っても、主要都市であるオーサカで一番近い場所なため村の規模は大きめだ。人影はまばらだが活気はそれなりにある通りを抜けて厩舎に馬を預けると、依頼の完遂を伝えるためにTN(テイルネットワーク)社に集結した。

 しかしカウンターの前でアリサは青い顔をすることとなった。


「ほ、報酬ゼロ円ですってぇ……!?」

「そりゃあそうだ、馬一頭殺されてんだぜ? それだけで報酬金吹っ飛ぶってーの。損害分は天引きってぇ先に明示してただろ?」

「うぐぐ……そりゃそうだけども……!!! もうちょっと手心とかさぁ……!」

「失敗扱いにしないだけありがたいと思えっての。そこら辺、カードの達成率にマイナス点着いたら困るだろ?」


 この世界でも馬は貴重な生き物だ、買い直すとなればかなりの金がかかる。クライアント本人たちが無事とはいえ、彼らの財産が著しい損害を受けたのだ。実際のところ依頼失敗も良いところだろう。

 なんとか報酬金を引き出そうとするアリサに、ガンクロスは毅然とした態度で臨んだ。


「馬車本体も収納して運んだがいくつか修理が必要だし、実戦で使った弾代だってあるんだ、そこらへん請求しないだけありがたいと思ってほしーね」

「ぐぅぅぅ~……!」

「仕方ないよアリサ、ガンクロスさんたちにも生活があるし、守れなかった僕らのミスさ」


 諦めの悪いアリサの肩をポンと叩いて靖治が諌める。


「だがまあ、あの状況で生き延びられただけで、お前らを雇ってラッキーだったって思うぜ。俺らは一週間くらいここにいる、銃関係で何か欲しけりゃ安く売ってやりゃあ」

「はい、是非ともお願いしますね」

「靖治さん。それでは依頼の完了をクリスタルに報告しましょう」

「うん、例のワードを言えば良いのかな?」

「はい、後は自動で読み取ってくれます」


 イリスに言われて、靖治がカウンターのダアトクリスタルの前に歩み出る。

 この支部の店主の目付きが悪いおじさんが見ている前で、靖治はクリスタルに手の平を掲げて、依頼を受けた時にも唱えた呪文を口にした。


「我ら善悪に惑う幼子、生命の果実は蒙昧な唇の上に……」


 呪文を唱えているあいだ、クリスタルはチカチカと光を放っていた。

 靖治が報告を終えると、同様にメメヒトがクリスタルに呪文を紡ぎ、クライアントと冒険者双方の経過がダアトクリスタル読み取られる。

 カウンターのパソコンにもいくつか情報が開示されたようで、ここの雇われ店主が画面を確認した後、ジロリとガンクロスを睨んだ。


「はい、報酬金はゼロ円ね。帰っていーよそっちの夫婦さん」

「あいよ。そんじゃまたな坊主ども」

「お世話になりましたわ」


 メメヒトに腕に寄り添ってもらって、ガンクロスが出入り口へと向かって歩き出す。

 途中、ナハトが話しかけてきたので彼は足を止めた。


「ガンクロスさん、保護していただきありがとうございました」

「いーってことよ、世の中助け合い……そんで、そのな……なあ、翼のねーちゃん」

「何でしょうか」

「その……何だ。最初に顔合わせた時、怒鳴ったりして悪かったな」


 ガンクロスはサングラスの下で難しい顔をすると、すごく気まずそうにしどろもどろと口を動かす。


「なんつーか、ちゃんとオレらが生きなきゃ、先に死んで逝ったやつらに失礼とか考えると、どうもその、キレちまったが。その……」


 モゴモゴと歯切れの悪い言葉を並べるガンクロスを、ナハトは硬い表情で見つめていた。

 その息遣いから伝わってくる緊張にガンクロスはビビりながらも、怯えを飲み込んでずっと言いたかった言葉をなんとか紡いだ。


「オレが怒鳴った内容は忘れてくれ……お前さんはちゃんと生き抜いてるやつだったし、オレが生き方なんて押し付けなくても、やっていける人間だ」


 それを聞いてナハトはわずかに目元を緩ませると、少しだけふわりと笑った。

 ガンクロスは彼女の柔らかい吐息を聞いて、ちょっとだけ安心して強張った方から力を抜く。


「……って、いや、人間じゃなくて天使か?」

「どちらでも構いませんよ、どっちでもありますから」

「あー、まぁとにかくお前さんらは大したやつだ! んじゃ元気でな! 達者でな! んじゃな!」


 戸惑いを誤魔化したガンクロスが歩き出し、メメヒトも「ありがとうございました、失礼しますね」と微笑みを残して共に店から去っていく。

 外に出たガンクロスは店から少し離れたところまで歩いてから、ドッと冷や汗を吹き出させて道の端っこで頭を抱えてうずくまってしまった。


「ぅぅぁあ~~~。っぶねぇ~、もうちょっとで押し負けて報酬金だしちまうところだったぁ~……!! アイツら頑張ってくれたもんなぁ~……!!!」

「頑張りましたねあなた。宿屋に行ってゆっくり休みましょう」

「うぃ~……あんがと……」


 そのまま美人な妻に励ましてもらいながら、ひとまず休みに行ったのだった。


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