表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
83/235

79話『片翼の聖騎士』

 突如として騎士の威光を示した半天使のナハトに対し、侍風の死霊は様子を伺って他の死霊たちを押し留めた。

 イリスもまた、驚いた様子で足を止めてナハトのことを見つめている。

 動物の死霊が警戒する先で、ナハトはセミショートの青髪を雨で濡らしながら、白銀の鎧姿で凛然と立っている。


 動きやすさを重視したブレストプレートは、胴体部を守っているだけで肩から先は白い腕が露わになっていた。腰から下もスカートに鎧を重ねながらも防御は最低限。腹部から伸びた前掛けがふとももの間を抜けて、膝のプロテクターの辺りまで垂れている。

 右手には刃こぼれしたボロボロの日本刀、左腕には刀に巻き付いていた長大な包帯がゆるく巻き付いていて盾のように覆っていた。

 だが何よりも目を引くのが、右へだけ開いた片翼の翼だった。露出した背中には、大きな十字のアザがあり、交差した線のすぐ右上から翼が伸びている。


 聖騎士であり、同時に半天使でもある、それが靖治たちが助けた行き倒れの女の正体だった。


「ナハト、さん……これは……」


 靖治はいきなりの口づけのあと、急激に身体の活力を失って草むらの上に仰向けで倒れていた。

 眼鏡を雨に打たれながら目を凝らしてナハトを見上げると、一枚の純白の翼が光り輝いているのが彼にもわかった。

 片翼の聖騎士は片膝を突くと、真紅の切れ目で靖治を見下ろしながら淡々と口を開いた。


「申し訳ありませんセイジさん。あなたの生命力を奪いました」


 ナハトが左腕にまとわりついた包帯を振るうと、白い帯は自在に動き回り、靖治の周りを囲むように伸びて千切れた。

 切り離された包帯は、靖治を中心として円を描いて、淡い青色の光を浮かび上がらせて薄い光のドームを作り上げて、雨粒を防ぎ始める。


「結界を張ります、どうかここから動かないよう」


 それだけ言うと、ナハトは立ち上がり死霊たちの首魁に鋭い目を向けた。

 消沈していた時の彼女とは打って変わって、凛とした佇まいで鎧で守られた胸を張り、右手の刀を胸元に寄せて天へと向ける。


「我らが聖騎士団が調伏せし、亡失剣ネームロス。名を奪われた哀れな魔剣よ、この身を呪いて凶兆を刻め」


 呪詛をこぼすと、ネームロスという仮の名を与えられた刀は、雨に打たれながら細かく震え、ブゥゥゥン……と鈍い音を立てた。

 戦いの始まりに、眼光を強めて激しい口調で声を放つ。


「ここ、これなるは元アガム教団聖騎士団所属、第13番隊隊長、蝕甚の聖騎士エクリプス・パラディンナハト・マーネ! いざ参ります!!」


 ビリビリと骨身に染みるような声が辺りに響き、思わず死霊たちも怯んだ様子を見せた。

 ナハトは翼をしならせると、重厚なブーツを履いた足で草を踏みしめて腰を落す。


「風は疾く、我が足は祝福され先に立つ!」


 これは呪文の詠唱だ。言葉は言霊となって世界に浸透し、どこからか吹いてきた風が彼女の足や翼の周囲で渦巻いた。

 発動したのは風の魔法、助けを受けたナハトは結界から矢のように飛び出した。

 十字架を背負った片翼の聖騎士が、疾風をまとって戦場を走り抜ける。

 超高速で低空を飛行し死霊の群れの中を突き進む姿に、見ていたイリスは目を剥いた。


「私のトップスピードより早い……!?」


 目にも留まらぬ速さで移動しながら、ナハトは右手の刀を振るう。

 刃こぼれした刀は魔力の層でコーティングされ刃を補われているものの切れ味が良いとは言い難い、しかもその扱い方は西洋の両刃剣の振るい方と同じで。しかしそれでも豪快な剣捌きで、筋力と速度を活かして敵を叩き斬っていく。

 手始めに靖治の周囲に集まってきていた死霊どもを薙ぎ払い、その時に起きた風圧は離れた場所で戦っていたアリサのもとにまで届いた。

 アグニの熱で生じていた霧が、吹き抜ける風に拭われていく。


「ぅわっぷ! ……すっずしぃー!」


 風でフードが脱げてアリサは驚いた顔をしていたが、この涼やかな風は熱で火照ってきていた体には素晴らしい清涼剤だった。


「アイツ……魔法剣士ってところか。へっ、負けてらんないわね!」


 疲れてきていたアリサだったが、体温が下がって調子が戻ってきた。アグニの火力を上げ、ガンクロス夫妻を守るべく死霊を片っ端から赤熱の拳で殴り飛ばす。


「オラオラァッ!! こっちは任せてなさいよ!!」


 背中のマントをはためかせながら、アリサは威勢のいい言葉を吐いて能力を振るった。

 間接的にアリサも助けたナハトは、一通り靖治の驚異になりそうな敵を排除すると、イリスの隣に水飛沫を上げながら着地した。

 雨の中、風に護られた彼女の翼は泥一つかからず美しい純白を誇っている。


「ナハトさん! 戦えるのですか!?」

「えぇ、微力ながらお助けします」


 そう言いながら膝を立てるナハトであったが、軽いめまいを覚えて視界が歪んだ。

 どうやら本調子とはいかないようだ。


「しかし体に無理をしているのも事実。いざという時は見捨ててでも……」

「あっ! そうだ靖治さんはどこか知りませんか!?」


 被さって質問してきたイリスに、ナハトはちょっと目を丸くしたが、自分が張った結界の方に刀を握った指を立てた。


「彼ならそちらに倒れてます」

「えぇ!?」

「いえ、その、大丈夫ですよ? 軽い貧血みたいなもので」

「すみません! 私、靖治さんに聞かないといけないのでちょっとのあいだ頼みます!!」


 ナハトが若干の戸惑いを見せる前で、イリスは銀髪のポニテを翻して、剣を片手に結界へと走り出してしまった。


「……元気な人ですね、羨ましいことです」


 ナハトは少しばかり気が抜けたが、すぐに精神を集中して敵の首魁へと顔を向ける。

 侍風の死霊は、雨の中でだらんと腕を垂らして群れの中央に佇んでいて、ナハトの様子を用心深く観察していた。

 油断して襲いかかったりでもしてくれば、すかさずカウンターを仕掛けていたところだが、どうやら正面から勝負する他ないようだ。

 ナハトは刀を持ち上げて欠けた刃先を目元に沿わすと、鋭い真紅の瞳で敵を流し見た。


「さて、久々の戦場。うまくいくかしら」


 聖騎士が戦いに赴く後方では、自称メイドのロボットが主人に慌てて駆け寄っていた。

 結界に守られた中で、靖治は草の上に力なく倒れている。


「靖治さん! 大丈夫ですか!?」

「……うん、問題ないよ」


 まだ体はだるいが、少し休めば動けるくらいにはなっていた。靖治は遅れて返事をしながら体を起こし、近くに落ちていたガバメントとUZIを確認する。

 近くで体を支えてくれるイリスへと、表情を柔らかくして語りかけた。


「ナハトさんが結界を張ってくれたらしい。今は僕のことは気にせずに戦ってくれ」

「わかりました、でも二つだけ要件が!」

「二つ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ