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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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78話『相反の女』

 ナハトはシャツとパンツだけの格好から着替えもせずに、包帯で巻かれた荷物だけを手にして、安全だったトランクルームから這い出るように現れた。

 包帯を端を握って荷を引きずるナハトは、裸足で草の上を這いずり、雨に濡れた短めの青髪を振りながら周囲を見渡す。


「ハァ……ハァ……敵は……」


 衰弱していた身だ、こうやって外に出てきただけでも疲弊しているらしく、すでに息が荒い。

 草を掻き分けて頭を上げた彼女に、すぐに周囲にいる動物の死霊たちが気付いて顔を向けてきた。

 無数の死霊たちを見合わせて、ナハトは目を不気味なほど強く見開いた。


「そこら中、ですか」


 死霊はナハトの存在に気付き始め、何匹か襲いかかってきた。

 震える手で荷物を手繰り寄せようとするナハトの目の前で、迫りくる死霊が銃弾に打たれて砕けた。


「大丈夫ですか、ナハトさん」

「セイジさん……」


 呆然と見上げるナハトの前に靖治が短機関銃のUZIを持って現れた。

 靖治は力のない表情をするナハトに駆け寄って、冷たい肩に手を回す。


「ここは危険です。向こうにガンクロスさんたちがいますから、まずはあそこまで避難を」

「やめて、わたくしなど放って置いてください」


 顔をうつむけて暗い声を漏らしたナハトは、気持ちを押し返そうとした。

 激しくはなく、やんわりと労るような手つきで靖治の体を突き放す。


「わたくしのために、戦ったりなどなさらないで。あなたはあなたのためだけに、生きてくれればいい……」


 悲しい言葉だった。この生死を分ける局面において、自らに価値なしを唾棄した呟きだった。

 けれども靖治は、それを聞いても胸が痛くなったりはしなかった。元来図太いのもあるが、ナハトの言葉の端々には相手を思いやる優しさが垣間見えたから。


「へへっ、そう言われると余計に張り切りたくなりますよ」


 笑って返した靖治は、草の上に片膝を突いて銃を構えた。

 死霊が襲いかかってくる。靖治は冷静に狙いをつけ、指切り撃ちで小刻みに弾丸を発射させ敵を撃ち抜いていく。

 だがやはり迎撃の速度は遅い。まだ銃に慣れていないし、ガンクロスから受け取ったUZIはそこまで威力があるわけでもない、このままではすぐに押し切られる。

 それでも靖治は動揺せずに成そうと思ったことを成す。


「オォイ! 何やってんだセイジ、ソイツ連れてこっち戻ってこい!!」

「セイジちゃん、早く!」


 一向にその場から動かない靖治へ、ガンクロスが叱りつけながらも援護射撃を撃ち込んでくれた。

 飛びかかりながら頭骨を粉砕された死霊が崩れ落ち、骨の一部がナハトの傍にまで転がってきて指先に触れた。


「あなたは、何故戦うのですか……?」


 まだ年端もいかない少年なのに、驚くほど怯えも迷いもない背中を見て、ナハトがふと問いかけた。

 靖治は銃を撃ちながら、振り向く素振りもせずに言葉だけを返した。


「生きたいからですよ、死ぬのはいつだってできる。それよりも僕は、まだまだやれることが沢山ある。それを見つけに行くまで死ぬのは後回しです」

「なら、余計にわたくしなどに構っている暇はないでしょう?」

「一人で生きられるほど強くはないんでね。誰かに助けてもらわないと生きられないから、僕も誰かを助ける。ようはこれも自分のためです、出会ったならあなたも僕の人生の一部ですよ」


 雨空の下で、清々しい風のような明るい声が吹き抜ける。どこまでも命を信じているような心地よい言葉に、ナハトは項垂れて自嘲気味に頭を振る。


「強いのですね、貴方は……わたくしなどは、そういうのに少し疲れてしまいました」

「あはは! そういう時もあるさ!」


 靖治は銃を振り回しながら、場違いなほど声高らかに破顔した。

 弱音を吐くナハトに決して責めたりせず、どこまでも未来だけを見据えている。


「疲れたら休んで、その気になったらまた歩き出せばいいさ」

「……この状況では、永遠に休むことにもなりそうですが」

「まあそれはそれで仕方ないですよ。運が悪かったってだけで」


 そこまで聞いて、ナハトは思わず笑いを零した。目元を和らげ、思わず吹き出した口元を手の甲で隠す。

 前向きでありながらあらゆることに寛容で、まるですべてに対して諦めているようであり。そして、そばにいてとても安らぐ。


「ふふ、おかしな人ですね。こんな時に言うのなら、お前も戦えとかじゃありませんか?」

「それを決めるのはナハトさん自身です、傷ついた人に無理強いはしたくない。でもその意志があるのなら――」


 言葉の途中でUZIの弾が尽きる。弾倉は内ポケットに残っているが、装填する暇はなさそうだ。

 靖治は飛びついてきた犬型の死霊に対して、学生服をまとった左腕をわざと噛みつかせた。イリスがわざわざ靖治のために作ってくれた特別性の服だ、牙は通らず、執拗にかじりつく死霊に対してホルスターから抜いたガバメントを、右手に握って零距離で発砲する。

 強く圧迫され内出血する左腕が痛んでも、靖治は負けじと笑って、ようやくナハトへと振り向いた。


「一緒に行きませんか? それなら僕たちもお手伝いしますよ」


 爽やかな顔、曇りのない眼。苦難に濡れながら、彼は誰にも何にも呪ってなどいない。

 靖治にまっすぐ見つめられて、ナハトはフッと呆れたように笑って静かに唇を開いた。


「この身は既に錆びた刃、しかし貴方がいざなって下さるのでしたら、今一度羽ばたき、弱者を切り刻みましょう」


 またすぐに敵が迫ってくる。靖治はナハトから視線を切って応戦する。


「けれどその前に、一つお願いが」

「なんです?」


 ナハトはほっと息を吐いた。


「もっと気安くして。馴染みの子たちがじゃれ合うように、愛しき家族が分かち合うように、閨で男が女に語らうように」


 冷たい雨に打たれながら、ナハトはまるで我が家の暖炉で安らいでいるような、夢見心地にまどろんで、温かな心で語っていく。


「わたくしの名前を、優しく呼んで」


 幸せを夢見る少女のような素朴で平穏な願いに、靖治はわずかたりとも貶したりせず、全開の笑顔で声を弾ませた。


「行こうかナハト!」

「承知致しました、今しばらくは我が翼はあなたのために」


 そう唱えたナハトがやおらに身を起こし、唇を滑らかに、艶めくように笑わせる。


「では、契約の証をば……」


 そのまま靖治が目を丸くする上から覆いかぶり、彼の顔を両手で押さえて体を重ね合わせた。

 二人の様子を防衛網から伺っていたメメヒトは、思わぬ行動に見入って黄色い歓声を上げた。


「キャー!? あの人ったら大胆ー!!」

「いや、ちょ、なに起こってんのォ!? オレ見えねえんだけど! アイツら心臓の音が重なってんだけどォ!?」


 戦場の只中でおっ始められて、ガンクロスが泡を食って叫び散らす。

 靖治は突然の柔らかさを感じながらも、熱いベーゼよりもナハトの後ろに見えるものに驚いて目を見張っていた。



 ――――翼?



 ナハトの背中に翼が見える。暗闇の中でも映えるような片翼の真っ白な翼が。

 同時に、靖治は唇から何かを吸い取られるような感覚に陥り、急激に全身の力が抜けていった。

 無防備に互いを確かめ合う二人に向かって、死霊たちが我先にと飛びかかろうとした。

 だが次の瞬間、凄まじい力で包帯の荷物が振り回され、死霊たちは一つ残らず粉砕されて吹き飛ばされる。


 防衛網の向こう側で戦っていたアリサも、霧で視界を阻まれながら今の一瞬を感じて振り返った。


「何!? このパワー……魔力!?」


 戦いの本流で立ち合っていたイリスと侍風の死霊も、足を止めて力の感じるほうへと顔を向ける。


「今のは……!?」


 靖治の体が草むらの上に倒れ込む。ナハトの左手に包帯の端を引っ張った。


「カースドジェイル起動、ロック解除……封じられた剣よここに、呪うならばどうかわたくしを呪いなさい」


 言葉が紡がれると、包帯が雨粒の中で解けて舞った。水を弾いて蠢く白帯は、持ち主の左腕へ盾のように纏わりつく。

 そして解けた包帯の内側から酷く刃こぼれした刀が現れて、ナハトはそれを右手に持ち、靖治の傍らで立ち上がる。

 背中には、着せられていたシャツを内側から貫き、片翼の翼が伸びて天を衝いていた。


 破けたシャツが体から剥がれ落ちる。代わりに白い光の粒が沸き立って裸を包み、新たな装いを創り出す。

 ナハトから漏れ出した魔力が繋がり、黒い布の上に白銀の鎧が重なっていく。体を覆うブレストプレートが生成され、腰から下は鉄のスカートが垂らされる。

 しかし背には鎧はなく、しなやかな曲線を描く背中が大きく露わになっていて、背骨にまたがる大きな十字のアザを翼の根本に描いていた。


 清廉なる騎士の装いに朽ちた刀を携えた女は、白い片翼を御旗のごとく翻して凛として声を響かせた。


「我が名は神に仕えしナハト・マーネ! 蝕甚の聖騎士エクリプス・パラディンナハト・マーネ! 半天使(ハーフエンジェル)ナハト・マーネ! 咎人なるナハト・マーネ!」


 風が吹く。

 氷のような短い青髪の下で、真紅の瞳は活力に満ち、目尻を鋭くしながら前を見据えていた。


「我が信仰は腐れ落ちど、かつての理想と罪を手に執らん。悪鬼が屍を貪るならば、わたくしが闇に沈めましょう」

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