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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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76話『雨粒を払う舞踏』

 ――大量の死霊たちに囲まれながら、イリスは敵の首魁と対峙していた。

 街道の上を跳びはねて敵を撹乱しながら、市場で買ったばかりのナイフを逆手で持って、侍風の死霊を相手に刃を振るう。


「そこ!!」


 イリスがナイフを振るうと同時に、侍もまた己の刀を奮ってきて、お互いの刃が激しい火花を散らした。

 雨粒を散らしながら打ち合うたびに、侍風の死霊は白い髪を垂らした頭骨から、石を叩くような奇妙な音を木霊させて目玉のない眼孔でイリスに奇妙な視線を叩きつけてきた。


「コォォォォォォォォ……!」

「このガイコツ、私を睨んでる……?」


 この死霊の戦闘行動は、先程まで非常に理詰めだった。最初はイリスと馬車馬を同時に狙って刀を投擲し足を止めさせながら、次にもっとも驚異的なパワーを持つアリサに対して不意を突いた。標的の優先順位がよく考えられている。

 だがしかし、一対一の状況になった途端、この死霊はイリスを目の敵にして追いかけてきているような気がする。実際他の死霊たちも大半が馬車ではなくこちらへと集まってきていた。


 侍の気迫に不気味さを感じながらも、イリスは一歩も引くことなく立ち向かう。

 お互いに高速で動き回りながら立ち会うが、せり合うたびにナイフのほうが刃に傷が入り損傷していく。対する侍の刀は未だ無傷。刀が業物なのもあるが、刃を当てる角度と速度を上手く調整して、刀への負担を減らしているのだろう。


「やはり、上手いですね……!」


 イリスが唸るほど、敵の技量は格段に上だ。そもそもイリスは看護用ロボットで戦い方はすべて我流。戦闘経験こそ数あれど、格上との戦いは必要ないが故に避けてきた。

 このまま刃を打ち合っていてはいずれ打ち負ける。そう判断してイリスが飛び退くと、今度は周囲を囲んでいる動物の死霊たちが怨念を垂らしながら襲いかかってきた。

 犬の死霊、猫の死霊、あるいはその他の骨たちが八方から牙や爪で襲いかかってくる中、イリスは足に履くローファーに仕込まれた機構にアクセスした。


「キシャアアア!!」

「フンッ!」


 靴の踵がわずかに開き、その中にあるブースターが点火して、イリスは火を噴く回転蹴りで周囲の死霊を打ち砕いた。靴もまた、イリスという機械の一部分なのだ、この程度の仕掛けは施してある。

 しかし攻撃後の隙を突いて、侍が一気に接近し大上段から刀を振り下ろしてきた。イリスは素早く飛び退き、紙一重でこの一太刀を避ける。

 武器を構えるイリスだが、彼女の足に重いものがぶつかった。


「トランクがこんなところに……!?」


 地面に転がっていたのは、ガンクロスの異空間へと通じるトランクケースだった。先程馬車が横転した時に、この場所に転がってきていたらしい。

 幸いにも、周りの死霊たちはこのトランクには興味がないらしく、雨の中で放置されているが、このままここに置いておくのは危ない。

 だがそこに侍が刀を振りかざして襲いかかってきた。


「くっ!」


 トランクを気にしたイリスは思わず刀に対して、ナイフで真っ向から受けてしまう。

 すると傷ついていたナイフは重い斬撃に負け、ガギンと嫌な音を立てながらあっさりと叩き斬られてしまった。


「うわっ!?」


 驚いてトランクを蹴飛ばしながら後ろに跳び斬撃を避ける。刃は胸先のギリギリを通り抜け、服にわずかな切り傷を残した。

 ガンクロスのトランクケースはそのまま街道脇の茂みに転がっていってしまう。残念だが、今のイリスにそれを追う余力はない。


「やっぱり安物じゃダメですよアリサさぁ~ん!」


 使い物にならなくなったナイフを捨てながら、金をケチったアリサに恨み節をこぼす。

 その間にも襲いかかってきた熊の死霊に対し、イリスは右腕の肘打ちをくれてやって砕きながら、手を握りしめた。


「もう一度、トライシリンダーセット! エネルギーチャージ70-60-30!」


 右腕の下腕部が展開される。長手袋が装甲に吸着し切れ目が入り、その下の装甲が開かれる。

 露わになった三本のシリンダーにエネルギーが注入され、イリスの右腕が黄色く輝き始めた。

 しかしその発光をみた侍の死霊は、殺気を静めると、さっと身を舞わせて他の死霊たちの後ろに隠れてしまった。


「あっ、逃げた!?」


 驚くイリスの前から、着物の影がはためきながら消えていく。

 慌てて他の死霊を左手で捌きながら追いかけるが、侍は群れに隠れながら素早く動いていて追い切れない。


「のっ――フォースバンカー!!」


 イチかバチかでイリスが打ち込んだ右手から、充填されたエネルギーが放射され、死霊たちの一画をまとめて吹き飛ばした。

 光の濁流に押しやられた大勢の死霊が骨を粉々に砕かれて、群れの中に風穴を穿つ。


「やりましたか!?」


 開けた視界に目を輝かせるイリスだが、すでに侍は彼女の背後に回り込んでおり、小刻みに斬り込んできた。

 刀が風を切る音に気付いてすぐさまイリスは地面を蹴って逃げたが、避け切れずに背中の服を切り裂かれ、その下の装甲に無数の切り傷が作られる。

 顔をしかめたイリスは、痛覚信号を遮断しながら体勢を立て直した。


「せっかくのメイド服を良くも傷物に! 別に直るからいいんですけど、ちょっと胸がムカムカします!」


 とは言うものの、一向に攻勢に出れていない。イリスは少しずつ傷ついていくが、対して倒した敵は雑魚ばかりで首魁は無傷。


「現状の装備じゃ状況を打破できない……仕方ありません!」


 他に手がない以上、イリスは両肩の大気吸入ファンを開いた。




 パラダイムアームズ:起動


 心紋投影開始/成功


 定着したシンボルを剣と仮定/着色開始


 本機能を定義/マキナライブラリから斥力発生装置を抽出完了


 フレーム設計完了/内部構造設計完了


 マテリアルのブレンド完了/生成開始




 イリスの内部にあるジェネレーターが空気を吸ってうねりを上げ、新たな力を発芽させる。

 右手の内側に金色の光が灯り、雨粒に反射して強く輝く。手の平から放出された粒子が外殻を形作っていき、握られたのは刃渡り1メートルほどの機械の剣だった。


「剣……! やった、強そうです!」


 まさしく戦いのために作られたようなフォルムに、イリスは嬉しそうに顔をほころばせた。

 白い刀身は両刃のようにも見えるが刃はすべて丸くなっており、到底斬撃に適した形には見えない。剣というよりは、剣を模した装置とでも言うべきか。

 しかしこの形ならばその意味があるはずだと、イリスは見よう見真似で剣を構えてみせると、剣自身から音声が鳴り響いた。


『名称を登録してください』

「ハイ?」


 思いもがけない内容に思わずイリスが聞き返す。

 接触伝達から剣のシステムにアクセスしてみるが、イリスの電脳には機能がオフラインだと表示された。


「えっ、えっ? なんですか? すっごい波動どーん! とかできないんですか?」

『名称を登録するまで本機能は発揮できません』

「えぇー!? そんなの急に言われても思いつきませんよぉ!?」


 慌てふためくイリスに対して、侍は警戒して身を潜めながら多数の死霊を放ってきた。

 襲いかかってくる動物の死霊たちに対し、イリスは狼狽しながらも剣を振って力任せに蹴散らしていく。

 剣は頑丈で殴りつけるには問題ない、だがこんな使い方では鉄パイプでも振るうのと変わりがない。イリスが欲しいのはもっと強力な武装だ。


「ああもう、これだからランダムなシステムは! 名前なんてaaaaとかで良いですよ!」

『名称確認 登録――――ERROR 印象値が要求を下回っています 本機能を実行できません』

「印象値? わかりやすくお願いします!」

『もっとイケイケでカッコいい名前でないと動作しません』

「わかりやすい!!?」


 飛び掛かってくる敵を打ち返しながら剣のシステムと格闘していると、再び接近してきた侍が刀を振るってきた。

 イリスは剣の刀身を左手で押さえて斬撃を受け止める。先程の安物のナイフとは違い、雨粒が吹き飛ぶほどの衝撃を散らしながらも剣は攻撃を受け止めてくれた。

 鍔迫り合いになり、一瞬の膠着状態に陥る。その瞬間に、周囲の死霊たちが飛びついてきて、イリスの全身に牙や爪を突き立ててきた。この程度ではダメージにならないが、身動きが取りづらい。


「くっ……この……!!」

「クカカカカカカカカカ」


 間近で顔を見合わせた侍の死霊は、眼孔の奥にある歪んだ赤い光を見せながらカタカタと顎を震わせてきた。

 こうして至近距離で睨み合うとよくわかる、この死霊を突き動かしているのは並々ならぬ激情の渦だ。そしてそれは、他の誰よりもイリスへ強く向けられている。

 まだ心が幼いイリスには、これを言葉にするならば『憎悪』と呼べることにまでは気が付かなかったが、それでもこの死霊が自らに対して感情を叩きつけていることはわかった。


「あなたは一体何なんですか!? なぜそんなに私を追い詰めるんです!?」


 動物の死霊に絡みつかれながら、イリスが必死に問いかける。

 すると死霊は、空洞のはずの喉から、奇妙な声をひねり出してきた。


「ヒト、ノ、テ、キ……キカイ、コ、ワ、ス……」

「――――っ」


 それは地の底から怨敵を呪うかのような、悍ましい声であった。

 イリスは胸のコアを鷲掴みされたような感覚を覚え、吐き気と恐怖を感じながらも、力づくで剣を押し返すと、脚部のスラスターを全開にして組み付いた死霊ごと飛び上がった。

 そのまま空中で身を振るって敵を振り払い、別の場所に着地してもう一度剣を構える。


「あなたが一体どこから来て、何があったのかはわかりませんが、私はいつだって靖治さんの味方。こんなところで壊れるわけにはいきません」


 気持ちを硬め、イリスは虹の瞳を強く光らせた。


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