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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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8話『彼女の名は』

「では靖治さんの置かれた状況についての説明――の前に身体を改めさせてもらいます!」


 病院戦艦へと襲撃してきたトカゲ人間たちを撃退した後、ゆっくりする時間は中々与えられなかった。

 靖治は体中に電極を貼り付けられた状態で、キャスター付きの解析装置とともにメイド姿のロボッ娘に病院中を引っ張り回された。


「脈を測ります!」

「はい」

「服をめくって心音を測ります!」

「はい」

「内臓を検査します! バリウム飲んで下さい!」

「はい」

「肛門から直腸検査します! ズボン脱いで下さい!」

「君以外は検査できる人いないの?」

「はい!」

「そっかぁー、じゃあしょうがないよね!」


 靖治は患者服のまま用意して貰ったスリッパを履き、少女はメイド姿のままで厚いブーツで、パタパタドシドシと病院のあっちこっちに歩いて回った。

 まさに戦艦に建てられた病院の有効活用と言うべきか、このロボットの少女はあらゆる検査を靖治に施すつもりらしかった。


「――おほー!」


 とは言え年柄病院暮らしの靖治にとってこの手の検査はお手の物、少女の指示が明瞭なのもあり、気持ち悪いのから痛いのまで淡々とこなしていった。恥ずかしいのは気持ちよかった。

 幼少期のころから入院ばかりの靖治は、しょっちゅう検査で綺麗なお姉さんに体を測ってもらえるのは病気の役得だなー、と考えていたが、時代が変わって今度は美少女メイドロボに検査してもらえるとは、これもまた素晴らしかな。


 それに少女の検査はどれも手際よく、聴診器など医療経験が必要な検査から機械の操作まで一人でこなしていたが、靖治に対してなんら不快感を与えることはなかった。


「ふぅ……上手いもんだね」

「血液検査です、お注射します!」

「はーい」


 少女の手は戦闘により手袋が破れており。機械造りの銀色の手を隠すことなく見せていた。

 複数の細かいパーツの組み合わせである指は、関節部に溝を作り、奥には防塵用の黒いカバーが見えた。


 細い指は素早く靖治の二の腕をしばって血管を浮き出させると、すっと注射器の針を腕に指し、乱れのない動作で採血を終える。

 血でいっぱいになった注射器を抜き取り、傷口にガーゼを当てる時までほとんど痛みを感じなかった。


「全然痛くないや、こんなに注射が上手い人は初めてだよ」

「人じゃなくて看護ロボですから、一通りの医療知識はインプットされています!」

「なんでもできるんだ、すごいねー」

「褒めてくれているのですか?」

「うん」

「……ありがとうございます!」


 そしてこのロボット少女も明るく朗らかで、見ているだけで和やかな~気持ちになる。顔の周りは人間の皮膚と同じような素材でできていて、パッと見ただけではただの美少女だ。訂正、ただのものすごく可愛い美少女だ。

 それに声も大きく聞き取りやすく、また耳に心地よく、いつまでも聞いていたいと思うような透き通った声を発している。


「こんな可愛い女の子に甲斐甲斐しく世話を焼いてもらえるなんて、これだけでもコールドスリープについた甲斐があったのでは? ありがとう姉さん……」

「靖治さん、次は尿検査です。紙コップを用意しましたからトイレに行きましょう!」

「あっ、ごめん。それは自分でやるから手を離して」

「そうですか?」


 まあちょっと勢いがありすぎるところもあるが、流石に下の世話までやってもらうのは悪いので遠慮しておく。本音を言えば靖治はそういうのもドンと来いではあったが。

 様々な検査をたっぷりこなしてから、ようやく体から電極を外された靖治は、最後に腕時計のようなものを左手に付けられた。


「これは?」

「靖治さんの体調を随時モニタリングします、しばらく外さないで下さい」


 表示を見てみるとそこにあったのは時計の針でなく平べったいモニターだ。

 薄く、しなやかで、力を込めると簡単に曲がるのに割れたりしない。画面には心拍数や血圧なども表示されていた。


「おっほ、すごいな、アップルウォッチみたい」


 そのハイテクさに感心する靖治だが、左下にとりわけ大きい字で書かれた『001%』と言う文字が気になった。どうやら随時進行しているようで表記が『002%』に移る。


 検査が終わった後、休憩室に案内された靖治は壁際のソファに座り込み肩の力を抜いた。


「はぁー、疲れた~」

「お疲れ様です。お茶を淹れてみました」

「おっ、ありがとう」


 少女がストレッチャーの上に、白いプラスチックで出来た取って付きのコップを持ってきてくれて、机の上に置いた。

 彼女は机のそばに立ったままだ。背筋をスラリと伸ばし、銀髪のポニーテールを揺らすメイド姿の少女は非常に絵になる。いやぁ、メイドはいいものだ


「この戦艦内部のファクトリーで生成した人工茶です、マニュアル通りに作ってみたので美味しいはずです」

「もしかして初めて作ったの?」

「はい!」


 これを飲むかもしれなかった自分以外の人間はどうなったのだろうかと気にかかったが、まあそれよりお茶だ。

 コップを覗き込んでみると、綺麗な薄緑色が揺らめいていた。パッと見ただけでは靖治の知っている普通のお茶と大差はない。

 コップを手に、湯気立つ水面に鼻を近づけ、お茶の芳しさを味わってから試しに口に含んでみると、親しみのある緑茶の苦味が、長いあいだ眠っていた体に染み渡った。


「……うん、美味しい」

「本当ですか?」

「もちろんだよ。色々とありがとう」

「……とんでもありません! よかったです!」


 靖治の主観時間では二日ぶり程度のお茶だが、実際には途方も無いほど久しぶりなのだろう。楽しみながらゆっくり飲んで行く。

 半分ほど飲んだところで、コップを一度机に戻した。


「ところで、説明を聞きたいんだけど良いかな?」

「はい! どこからお聞きしますか?」

「うーん、そこはちょっと迷うところなんだけど……」


 目覚めて早々、明らかに人外の存在がドンパチやってて、眠っていたのが東京の病院でなく砂漠に浮かぶ病院戦艦で、自分の世話をしてくれるのがメイド姿のロボッ娘で、しかも今が千年後ときたら、状況が謎すぎてもうどれから聞けば良いのかわからない。


「……とりあえずさ、ここは地球で良いのかな……?」


 まず一番最初に、自分が立っている場所がどこなのかから片付けることにした。

 流石にこれくらいは地球であっていると思うのだが、別の惑星や異世界だと言われる可能性がまったくないとは言い切れない。口にしながらも、靖治はつい緊張で指が震えた。

 だが少女が口にしてくれた言葉は安心できるものだった。


「はい、ここは太陽系第三惑星地球に間違いありません。現在地はおよそ緯度34°経度134°辺りと推定。靖治さんの生きていた西暦2000年台の知識で言えば、大阪湾内の中心部に当たります」

「……オオサカァ!? 砂漠だよここ!?」


 だが同時に予想外のものでもあった。日本国内であることは喜ばしいが、どうしたって砂漠で戦艦でトカゲ人間なのだ。


「大規模な砂漠化に日本が飲まれたとか……? いやでも大阪湾って……海が砂漠に変わるなんてありうるの……?」

「ではまずそのきっかけから説明させていただきます。照明を落としますね」


 少女はストレッチャーを部屋の隅に寄せると、壁際のスイッチを押して休憩室の電灯を切った。窓のないここでは明かりが廊下から入ってくる光だけになり、ほとんど真っ暗闇になる。

 どうするのかと思っていると、突如少女の眼球から光が放射され、休憩室の壁を白く映した。


「うわ、なにそれ面白い!」

「プロジェクター機能です!」

「ほへぇー、なんでも搭載されててすっごいねー」

「そ、そうですか? ……えへへ」


 靖治につぶやきに、少女は目を光らせたまま少し照れくさそうに銀髪を掻くと、壁に向き直った。

 少女が映し出したのは、夜空に無数に重なったオーロラが浮かんでいる街の画像だった。

 空模様は異様だが、その街並みは靖治としても慣れ親しいコンクリートジャングル。


「これは……」

「大異変発生時の東京の画像です、これが靖治さんが眠りについた十年後に発生しました。後にこれが次元境界面の崩壊と解析されます」

「じげん……?」

「わかりやすく言うならば、靖治さんたちが住んでいたこの世界に、異世界から様々な異存在が転移してくるようになったのです。時には地形ごと入れ替わってしまうこともあり、大阪湾の海はまるごと異世界の砂漠と入れ替わりました」

「それで砂漠なんだ……」


 次に複数の画像が映し出される。

 街中に立つ二足歩行兵器が巨大蜘蛛と相対し、手に持った銃を発砲する姿。

 謎の植物相手に応戦する、中世ファンタジーに出てくるような剣を持った人たち。

 倒れたドラゴンの前でピースサインでニッコリ笑って歯を見せている女性。


「この異変は恐らくは全世界で同時に発生し、第一波では特に大規模な……」

「あっ、ちょっと待って、三枚目拡大できる?」

「はい、できますよ」


 少女はすぐに画像を大きくして見せてくれた。

 その女性は戦いの後なのだろうか、十二単衣のところどころを焦がしてしまっていて傷ついているが、その艶のある黒髪と九つある金色の尻尾は些か衰えもない。

 興味深く画像を覗き込む靖治に、少女は尋ねた。


「この女性がどうかしましたか?」

「ううむ……美人だ……」

「……それだけですか?」

「非常に重要なことだよ!」

「……何でしょう、それは違う気がします」


 若干納得行かなさそうに言った少女は、そこで九尾の女性の画像を中断し、ボロボロになった街並みを映し出した。

 そこら中のアスファルトに染みた赤黒い斑模様。ビルの壁面に付けられた巨大な爪痕。原型を留めないほどグシャグシャになった車。どれも非現実的な内容で、靖治はすぐに信じられなかった。


「大異変の翌日に、撮影された東京です」

「これ……本物?」

「はい。話を戻しますと、この世界に異世界から様々なものが転移してきました。

 人間が古来から妖怪や悪魔、果ては神と呼んでいたような超常的存在から、魔法等の異能力を行使する異人類、遥かに文明が進んだ技術の戦闘兵器。どれだけの種類がこの世界に来訪したかを正確に把握しているものはおらず、枚挙にいとまがありません。

 彼らにおいても状況を正確に把握できたものは少なく、そもそも判断するほどの知能がない猛獣・異形も数多く、混乱と戦闘が巻き起こりました。」


 想像以上の大惨事に靖治は口をつぐむ、そんな軍隊でも対処できそうにないものが世界のいたるところに現れれば、人の営みなどたやすく崩れるのも当然だろう。


「またこの異変により、地球と宇宙は空間的に遮断されました。行き来は不可になり、人工衛星からの通信も途絶、日本国外の状況については推測以上のことができない状況です。しかしながら転移は全世界で起こったと思われ、日本と同等の悲惨さだと想像に難くありません。

 国内においては数十パーセントの範囲で死傷者が出て、国としての運営が不可能な状況に陥りました」

「とんでもないね」

「はい。しかしこれほどまでに大規模な転移は超初期の第一波のみになります。以降は突発的な転移が発生するものの、範囲は局所的なものに限られるようになりました。そのため生き残った人類は意思疎通が可能な異世界人と友好を結び、突発的な転移に怯えながらも復興に乗り出します」


 新たな画像では、剣を携えた青年とパイロットスーツのようなものを着た中年の男が握手を交わしている。

 さっきの九尾の女性が炊き出しに参加して、子供に尻尾を引っ張られながらも食事を配布している微笑ましい光景もあった。


「その中でも、東京復興の中心的存在となった異存在がこちらです」


 映し出されたのは、ビルのあいだに立つ全長20メートルはありそうな白銀の巨人。

 それは果たして機械なのか、装甲の隙間から青白い光を発光させて佇んでいるが、妙に有機的で生き物のようにも見える。


「これは……」

「対象は自らを機械神デウス・エクス・マキナと名乗りました」

「演劇とかで聞く、ご都合主義の神様か」

「神といっても定義が曖昧なので自称ですね。ルーツとしては発達した文明が作り上げた装置らしく、契約した人間に対して超文明の知識を分け与えるものであったそうです。これと接触し、はるかな超文明の技術を入手できたことが、東京の早期復興に繋がります」


 次に少女は上空から映し出されたらしい街の写真を見せてくれた。

 その街は周囲を外壁に囲まれ、そこから半透明のドームを形成し、内部を守っているように見える。

 内側ではビルなど綺麗な建物が立ち並び、あちこちに木々が植えられ、鉄と生命の調和が図られていた。


「これが復興後の東京の姿です。転移を遮断するエネルギーバリアで内部を守り、外敵については無人兵器で対処する安全都市を確立しました」

「そっか……じゃあ人類は絶滅したわけではないんだね?」

「……判断に困るところです、なにを以って人類と定義するかで変わってきます。すでにこの世界は異存在と共に千年の時間を歩んでいます、東京外の旧人類も異存在と交わり新たな文化と社会形態を確立しましたから、かつての人類は絶滅したとも、新たに発展したとも言えます」

「でも、東京は無事なんでしょ?」

「東京の人間は、すべて死に絶えました」


 言葉の衝撃さに、靖治はもう一度コップを取ろうとした手が止まった。


「東京は内部の運営を管理AIに任せていましたが、三百年ほど前にそのAIに何らかの異常をきたしたらしく、突如暴走し、東京内で虐殺が行われました。もはや生きている人間はいないでしょう」


 少女は眼球の発光を静めてプロジェクターを止めると、壁にある電灯のスイッチを入れ、靖治へと顔を向けた。


「私は、その中で奇跡的に生き残っていたコールドスリープ装置に靖治さんを偶然発見。あなたを助けるために、製造されたまま放置されていた戦艦を奪取し、東京から脱出したのです。それが、およそ二百年前の話」


 話を聞き終えて最初に靖治が思ったのは、意外と歳上なんだなという、ある種滑稽なことだった。

 靖治は自分の頭の中で情報を反芻して理解すると、靖治にとってはもっとも切迫した質問を切り出した。


「……じゃあ君は、正常なロボット……と言うより、ボクの味方、ということでいいんだね?」


 この世界に靖治が慣れ親しんだ、弱いものもまとめて守ってくれる日本という国はない。

 自分一人では生きることも出来ない靖治にとっては、これは非常に重要な問いかけだ。

 靖治は冷静に尋ねると、少女は良い答えを返してくれた。


「はい。私は元東京第三病院に従事していた看護ロボです。現在は戦闘用の義体に意識をコピーしましたが、私の使命に変わりはありません。私の病院の患者であるあなたを保護し、生かすこと。それが私の役割です」


 少女の言葉に靖治は安心して肩を落とす。

 まだこの娘についてはわからないことだらけだが、とりあえず彼女を頼って良さそうだ。

 ふと、靖治の脳裏に懐かしき姉の言葉が蘇った。


『――靖治、寂しがることはない。必ず未来でお前を迎えに行く人がいる』


「どうしましたか?」

「いや……なんでもない。でも二百年って言ったよね? どうしてボクを起こすまで、そんなに時間がかかったの?」

「靖治さんが病気であることは、コールドスリープ装置に記録されたデータからわかっていました。そのため冷凍睡眠からただ蘇生させるだけでは不適当と判断し、あなたの体を治すための技術を求めて二百年の時間をかけたのです」

「ちょっと待って……じゃあ、ボクの病気は治るの!?」


 この情報には、靖治は今までで一番の動揺を見せた。思わず机に手を叩いて立ち上がる。

 しかし自分の興奮に気がつくと、靖治はドキドキと弾む胸を押さえてすぐソファにうずくまった。

 靖治は心臓の病気なのだ、あまり興奮しすぎると命に関わる。


「あっ、ダメだ。ドキドキすると心臓爆発して死んじゃう、落ち着けー、落ち着けー」

「その心配はもういりませんよ」

「へっ?」

「靖治さんを目覚めさせた段階で、身体機能を維持するナノマシンを注入しております。最終調整にまだ時間はかかりますが、すでに肉体的には健康体です。ログによると視力が悪かったそうですが、すでに眼鏡がなくとも見えているはずです」

「えっ……あ、本当だ。それって……」


 信じられないという顔で靖治は起き上がり、丸くした目で少女を見つめる。

 そんな彼に、少女は、ほんの少しだけ嬉しそうにして伝えた。


「靖治さん、あなたの病気はすでに完治しております」

「……やった」


 少女の言葉は遠い崖の向こうから離されたように現実感がなかったが、すぐに意味が追いついて靖治の心を揺らす。

 一度力なくつぶやいた靖治は、ソファから飛び出して壁際に立つ少女へと飛びついて思いっきり抱きしめた。


「やったー!!! ありがとうキミのおかげだ!!」

「わわ、靖治さん!?」

「あっ、ごめんね、イヤだった?」

「いいえ、よくわかりませんが、まだ調整の途中なので運動は控えていただければ!」


 珍しく声を上ずらせる少女を腕の中から離す。


「あっ、そうなんだ。でもその調整が終われば跳んだり跳ねたりできるんだよね? あっ! もしかしてこの腕時計の表示が!?」

「はいそうです。現在、戦艦の計算機の一部を調整に回しております。明日には調整も終わり、運動しても問題ありませんよ」

「やったー!!! 感激だぁイヤァッホォーイ!!!」


 感極まった靖治は少女からたしなめられたのに押さえきれず、スリッパのまま休憩室で飛び跳ねた。

 するとスリッパがすっぽ抜けた右足が、机の脚にぶつかってガツンと音を立てた。


「小指いたい……痛すぎて死ぬ……」

「靖治さーん!?」


 足の指を押さえて身を震わせる靖治に、少女は慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか!!」

「だ、大丈夫大丈夫……はは……痛い……けど死なない、生きてる……!」


 だが少女の心配をよそに、靖治はただ生の喜びを胸にして、心底嬉しそうに歯を見せて笑っていた。


「はっはっは、騒いじゃってごめんね」

「構いません、しかし予想外です……千年後ということで動揺されるかと考えておりましたが、あまり気にされてるように見受けしませんね」

「確かに驚いたけど、これからも生きていけるっていうんなら些細なことだよ。生きているならそれだけでハッピーさ! あー、いやでも、やっぱり戦艦の外がどうなってるのか気になるなぁ。どんな世界が広がってるんだろ!?」


 人生が拓け、興奮がマックスになった靖治は両腕を振り回して、身振り手振りで感情を溢れさせながらキラキラした目を少女へと向けると、彼女は慌てて口を開いた。


「ダメですよ外なんて! この世界は日々、異世界からの転移で超常存在が流入してきて大変危険です! しかしこの艦内でなら生存率は飛躍的に向上します!」

「へっ?」


 呆気にとられる靖治の前で、ロボットの少女はこの場所を示すように腕を開いた。


「この艦には元素転換装置を持つファクトリーがあり、どんな場所でも食料と水を生成可能です! 水陸両用で危険が迫っても逃げることが出来、防衛機能も充実しています。ここで暮らすのが安全です」

「ここでずっと、死ぬまで?」

「はい!」


 少女は笑顔を浮かべた。


「ごめんね、それは無理だ」


 靖治は淡々と、明確に意思を表明した。

 拒絶された少女は、無表情に戻りじっと靖治を見つめる。


「……どうして」

「人はただ生きて息をしているだけじゃ満ちたらないってことだよ」


 靖治は当たり前のように、当たり前のことを口にする。


「ボクはずっと病院の中から、自由に走り回れるみんなを羨ましい目で見てた。この船の中から出れないんじゃ、その頃の日々と同じだ。コールドスリープで千年も眠ったのはそれを変えるためだ。キミには恩があるし感謝してる。だけどそれだけは応じれない。ボクはなんとしてでも世界を見に行くよ」


 靖治は希望を持って、姉に別れを告げて未来へと眠りについたのだ。


「で、でもでも、外では野盗に襲われることもありますし……そうだ! この戦艦には東京からサルベージした過去のサブカルチャーも保存されてますよ! アニメも映画も見放題です! 何ならシアタールームを増設するのもいいですよ! 体を動かしたいならヴァーチャルゲームも!」

「うん、魅力的だね。ここで過ごすのもそれはそれで幸せなのかもしれない」

「じゃあ!」

「でもボクは行く」


 必死に説得しようとする少女に、靖治は冷静に言い放つ。

 ロボットの少女は酷くうろたえた様子で愕然とした顔になると、機械の拳を握りしめてわなわなと震わせた。


「わ、私は……ずっとあなたと共に過ごすために活動してきました。私はそれしかないから……靖治さんの安全と健康を保証し、最後まで務めを果たすために……」

「……キミの気持ちと、ここに残る選択肢は理解した。その上で世界を歩いて回りたい、これはボクの自由意志による選択のつもりだよ」


 ボクはこの娘を傷付けているのかもしれないなと靖治は思う、それでも靖治は自分の心に嘘を付くことはしなかった。


「本当にボクが自由になれたというのなら、自由に生きたいのさ」


 静かにだが譲らない頑固さを持って向かい合う靖治に、少女は呆然と尋ねる。


「……死んだら、どうするんですか」

「今更だね。ボクは本当ならもっと早くに死んでもおかしくなかった、その日が明日になったなら、その時はその時だよ」


 元から靖治は死に怯えてきたし、やがてその怯えすら受け入れて生きる道を選んだ。

 毎日を死神と共に過ごし、興奮したら壊れかねない心臓のために心をコントロールする術まで学んだ。

 満足に動けない情けなさを認め、将来への不安を認め、好きなことを追い求められない悔しさを認め、その上を踏み越えてきた。


「ようやく自分で道を選べる時が来たんだ、自分で歩いた道なら、例えバッドエンドだろうと後悔はしない」


 その涙ぐましい努力の全てが、この言葉に集約されていた。

 この靖治に対し、機械の少女は、説得する言葉を持たなかった。

 しばらくその虹の瞳により、靖治の性質を推し量るように見つめた後、力なく頷く。


「……わかりました、私はまだ感情について理解が浅く、その命の意味を定められるほどの確証がありません」

「じゃあ……」

「靖治さんが望むのなら、せめて私はそれに従いましょう。あなたの旅路を私がサポートします」

「それって、キミが外まで一緒についてきてくれるってこと?」

「はい、そのとおりです」


 靖治は今度こそ満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう! キミがついてきてくれるなら心強いよ!」

「でも! 無鉄砲は許せません! まずは生活の基盤を整えることに集中してもらいます! この付近で治安が良く、比較的安心して暮らせる街は大阪です。まずはそこで暮らすことを目標としましょう」

「そっかぁ、わかったよ。大阪かぁ、千年も経てば変わってるだろうなぁ、働き口あるかなぁ」


 口を酸っぱくして言い含める少女に、靖治はのんびりとまだ見ぬ世界を想像し、期待に胸を膨らませるばかりだった。


「ところでキミじゃ呼びにくいよね、名前は決めないのかい?」


 靖治は今一度、少女へと向き直る。

 彼女は名前がまだないと言っていた。だがそれでは不便だろう。

 少女はそれに淡々と答えた。


「私は東京を出てから人と接することがほとんどありませんでしたから、名称を必要とすることはありませんでした。しかしこのままで不便なら名前を決めることに異論はありません」

「そっか、じゃあ何が良いかなー。キミ自身は何かあるかい?」

「元々の型番名はXS-556Sでしたから、それでお呼びしますか?」

「それじゃ呼びづらいね、他は?」

「この義体はたまたま見つけたもので型番もありませんから、ノーネームとかはどうでしょう」

「んー、カッコいいけどそれじゃ名無しのままだしなぁ……好きなものとかない?」

「特にございません」

「そっかぁ……んー、何が良いだろ。型番の語呂合わせでこころとか……」


 顎に手を当てて考え出した靖治だったが、少女の顔――正確には、彼女の瞳を見てすぐに思い当たった。


「『イリス』だ」

「?」

「君の瞳は虹色でとても綺麗だ」


 このロボットの少女はどこも美しい。

 無機質に語る時の無垢さ、明るく元気づけるように話す時の愛らしさ、ポニーテールの銀髪の煌めきに、先端まで完成された細長い手足。一体どんな想いで造られた体なのかは知らないが、その精工さは叡智とこだわりの結晶だ。

 だが靖治にとって一番綺麗に感じられたのが、その虹色の色彩だった。

 見るたびに違う七色の移り変わり、波打つ水面のようでいて、強い輝きは芯が感じられ、彼女の特異さをもっとも明確に物語っている。

 その美しい輝きに、靖治は何度も見惚れながら、その名を預けた。


「イリス、その名前が、君に相応しいと思う」

「イリス……」


 半ば呆然と唱えた靖治の言葉を、少女は繰り返して口に唱えた。

 少女は胸を押さえ、大事そうに今の言葉を抱え込むと、深く頷いて前を向いた。


「……登録しました。私の名前はイリス――よろしくおねがいします、靖治さん!」

「うん、よろしくねイリス」


 明るく受け取ってくれたロボットの彼女、イリスへと靖治は手を伸ばした。

 イリスは一瞬手の意味がわからずじっと見ていたが、すぐに意図を理解して靖治と手を握り合わせる。

 この素晴らしい出会いに、二人はしっかりと握手を交わした。


「で、いきなりなんだけどねイリス。調整終わるまで暇だよね!? この戦艦を探検してみたいんだけどいいかな!?」

「かまいませんが何故? どうせここから外に出るなら必要ない情報だと思いますが」

「何故って面白そうだからさ!」

「はあ……探検は大丈夫ですが、それよりまずお召し物です!」


 早速はしゃぎだした靖治の気持ちが、イリスにはよくわからないようであったが、彼女なりに最適な奉仕を施した。


「その薄手の患者服とスリッパのままでは危険です! こちらに私が用意しておいた服がありますので、こちらに着替えてくださいませ!」


 イリスがストレッチャーの下から、ビニールに包まれた衣服を取り出した。

 靖治は受け取った服を見て、興味深そうに目を丸くする。


「これって……学生服?」

「はい、靖治さんの年齢では、これがスタンダードと聞き及んでおりましたので!」

「うわー、すっごく良いよ……ずっと学ランに憧れてたんだ」


 イリスが用意してくれたのは、青みがかった紺色の学生服だった。

 すぐさまビニールを破いて中身を取り出すと、目の前に広げて靖治は満足そうに笑みを作る。


「へへ……中学の入学式以来だなぁ。あの時は一日学校行ってぶっ倒れたけど、今度はどこまでも行けるんだ」

「特殊な繊維を使っていて、夏でも冬でも着れる特別品です。耐刃・耐弾にも優れるので何かあっても頑丈ですよ!」

「へぇー、便利」


 しかしそれは、この世界がこれからも危険な目に遭う可能性がある場所だと物語っていることに、靖治は気がついていた。

 まあさっきも死にかけたし今更かと気楽に考える、伊達に何度も医者から死刑宣告を受けちゃいない。


「それじゃあ着替え……」

「はい! 着替えましょう、服を脱がしますのでバンザーイ、して下さい!」

「えっ、自分で着替えられるよ」

「しかしそうすると男性は喜ぶと過去の文献で読み取っております!」

「まああながち間違いじゃないけど」


 悪くはない、実際嬉しい、だがそれはそれとして若干困る。


「ええと、イリス、キミって女性扱いでいいんだよね?」

「ボディは女性用の義体ですので、靖治さんに不都合がなければそれで構いません!」

「ボク以外の人間と仲良くなったことある?」

「ないです!」

「男と女の関係ってわかる?」

「データでは知ってます!」

「純朴でかわいいなぁ……」


 こんなに可愛いんだから靖治はイリスを女性のように感じるし、反面純粋な彼女に男性としての欲求を向けるのははばかられた。

 とりあえず情操教育からだ。


「イリス、女性はみだりに男の裸を見ようとするのはあんまり良くないと思うんだ、というわけで着替えは一人でやるからキミは覗かないで」

「でもさっき肛門に突っ込む時に全部見ましたよ?」

「あれは検査だからノーカン」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」


 なんとかイリスを納得させて部屋から出ていってもらうと、靖治は用意してもらった服に袖を通した。

 オレンジ色のシャツを着て、その上から紺色の学生服を羽織る。ズボンのベルトをしっかりと締め、スポーツシューズを履いてつま先を床で叩く。


「よしっ! それじゃあ行こうかイリス」

「はい! 危ない場所もあるのでお守りします!」

「うん、お願いするね」


 靖治はイリスを従えて歩き出した。

 わざわざ階段を使って一階へ降り、まずは病院の外へと出ようとする。


「そういえば、何で戦艦に病院?」

「元々は艦橋があったのですが、靖治さんが目覚めた時の精神面を考慮して、艦橋を取り壊して病院を建てました」

「キミが……イリスが一人で?」

「まさか、戦艦にある無人機に命令して作らせました」


 戦闘があった一階のエントランスへ出ると、その無人機がなんなのかすぐにわかった。

 ボロボロになったエントランスには、黒い箱型の胴体に四脚と腕を付けたロボットたちがせっせと働いていて、腕についたマニュピレーターで箒を履いていたり、大きな瓦礫を持って病院の外へ運んだりしていた。


「わー、かわいいね」

「かわいいんですか?」

「うん、ボクはこういうメカもけっこう好きだよ。戦艦にあるってことは、この子達は戦えるの?」

「はい! 機関銃やロケットランチャーを内蔵しており、情報リンクで侵入者を即座に把握して迎撃します。先の戦闘ではシステムをクラックされて行動不能にされましたが……むむむ、出立まで守れるよう対策を……」

「そういえば、さっきのドンパチってなんだったの?」

「恐らくはこの戦艦の奪取を目撃とした襲撃でしょう。この世界にはあのような郎党がたくさんいますから」

「うーん、世紀末」

「? 西暦で言えば30世紀に突入したばかりですよ?」

「荒廃した世界のことを世紀末って呼んだりするんだよ」

「なるほど、学習しました!」


 イリスは作業をしていた無人機の一つに近寄ると、その箱型の胴体に上から手を当ててつぶやいた。


「この二百年、私は更なるナノマシン技術を求めて各地を放浪しました。その間、戦艦を守ってきてくれたのは彼らなんです」

「そうなんだ、君たちもありがとう」


 イリスと同じように、靖治も無人機に手を当てて労るように冷たいボディを撫でた。


「この子達は、戦艦に置いてきぼり?」

「はい。悪用されても困りますし自爆プログラムを用意しておこうかと」

「そうなんだ……何だか悲しいな」

「彼らは感情を覚えるほど高度なプログラムは有しておりませんから、気にする必要はありませんよ

 東京で生まれたロボットで、意思を持つプログラムはほとんど存在しません。例外が都市の管理AIと、奇跡的に自我を発生したこの私だけ! なんです!」


 語気を荒げたイリスは、まるで誇るようになだらかな胸を叩き、ズズイと靖治に顔を近づけた。

 靖治は虹色の瞳がキラキラ光っているのを覗き込む。


「キミだけがたまたま、心を持つようになったの?」

「はい!!」

「へぇー、そりゃすごいね、そんなロボットがボクを助けてくれたなんて……」

「本当ですか!? すごいですか!?」

「うん」

「おぉ……おぉぉ……」


 イリスはむず痒そうに悶ながら引き下がり、手をわなわな震わせて天井を仰いだ。


「どうしたの?」

「わかりません、しかし感情値が奇妙な数値を示していて……胸のコアが熱くなっています……」

「それって、嬉しいってことかな?」

「そう、なんでしょうか……嬉しい……?」


 イリスは明らかに、自分の感情に戸惑っているように見えた。

 何百年も稼働してきたこの少女の心がいかに未成熟なのか、靖治にも見えてきた。

 だが今はそれよりも、エントランスの床に血の染みが広がっていることが、靖治には気にかかった。


「そういえばさ、そこで倒れてたあのトカゲの彼女……どうしたの?」

「死体のことでしたら、そのままでは邪魔なので、無人ロボに命令して艦の焼却炉で処分しましたよ」

「え……えぇ!?」


 愛らしいイリスから、無慈悲な発言のギャップに靖治は驚いておののいた。


「あー……そっかぁー……いやまぁ、状況考えればそれで最善かもね、うん」

「なにか問題がありましたか?」

「いや、できれば遺体を彼女の仲間に返すか、お墓でも立てたかったなーって、そういう話」

「……? もし彼女の遺体を返還しようとすれば、向こうは激昂して襲ってきた可能性が高いと考えられます」

「そうだよね、ボクが甘いだけか」


 まだこの世界の常識については知らないが、イリスの判断はそう間違ったものじゃないだろう。靖治は残念ながらも納得して頭をかく。

 そんな靖治を、イリスは複雑そうな顔で眺めた。


「……私は、人の感情についてまだ不勉強ですが、靖治さんの言動はいささか不合理であるように見受けられます。彼女に義理立てする理由がどこにあるのですか?」

「ないね。ただそれとこれとは別問題」


 義理などないだろうと靖治は言い切った、しかしそれとは別に彼なりのこだわりがある。


「命には敬意を払うべきだ、みんながそうしてボクを助けてくれたからこそ、ボクは今までみんなに守ってもらって生きてこれた」


 靖治は千年前、何も出来ない人間だった。

 物心ついたときから他の子供と外で遊ぶことも出来ず、大人になれるかも絶望的、将来生産的なことができる可能性は限りなく低かった。

 それでも周りの人たちは靖治を見捨てることはしなかった、両親も事故で死ぬ時まで育ててくれたし、姉も必死になって靖治の面倒を見てくれた。

 病院の医者も靖治が生きたいという意志を尊重し協力してくれたし、看護師や他の入院患者も靖治の話を聞くと元気づけてくれた。

 その全ての人が親身になってくれたというわけではもちろんない、中には同情しながら見下すような目で見たきた人もいた。

 だが助けてくれる人がいたから自分は生きてこれたということを靖治は忘れないし、その人達へ感謝の気持ちを持ち続ける。

 何も出来なかった人生だからこそ、たくさんの人に支えられた自分の命に誇りを持っているのだ。


「まだ十五年程度の人生だけど、今までボクを助けてくれたみんなに失礼がないように、ボクもまた他人の命には敬意を払いたいのさ」


 それが靖治なりの信念だった。


「とまあ、偉そうなこと言ったけど、あくまでボクの選びたい生き方の話であって他人に押し付けるもんじゃないよね。混乱させるようなこと言ってゴメンね」

「……いいえ、構いません。靖治さんの思考を理解するのも大切なことですから」


 イリスは興味深そうに頷くと、瞳を伏せて自らの胸に手を当てた。


「この二百年、私は来る日も来る日も靖治さんのことを考えておりました……靖治さんはこの世界に唯一残った私の奉仕対象であり、自我の発生理由。この使命を果たさないことには、私はどこにもいけない」


 カッと目を開き、イリスは大きく口を開けて、声たかだかに手をかざした。


「あなたの命が潰えるその日までこの身を尽くす、そのための、人間でいうところの覚悟の証こそが、このメイド服なのです!!」


 靖治はなんとなくすごーいと思って、「おぉー」と声をもらしながらパチパチと手を叩いた。


「でも何故メイド?」

「靖治さんの歳の男性が喜ぶのがメイドだと過去の文献にありました! お嫌いでしたか?」

「――むしろグッドジョブ!! 素晴らしい!!」


 靖治はイリスの英断を褒め称え、両手の親指を立てて振り回した。

 その喜びように、イリスも自分のことのように顔をほころばせて、虹色の瞳をキラキラと輝かせる。


「本当ですか!? 嬉しいのですか!?」

「うん、もちろんさ」


 眼を丸くしていたイリスは、靖治が頷くと目を細めてニッと口端を吊り上げた。


 ――いい顔で笑う子だなぁ。


 イリスの笑顔を見て、靖治はそう思った。










 不思議だ、と昨日まで名前のなかった私は考えていた。

 靖治さんと話していると胸のコアが熱くなる、彼の一言一言が気にかかって思考に不可解なノイズが走る。


 今までこんな経験はなかった、これまで私がしてきた対人関係は交渉ばかりで、それは互いの利益とリスクを考えれば大抵の場合はそれで済んだ。

 だが、靖治さんとの会話は予測がつかない。次にどんな言葉が飛び出すのだろうと、私の頭脳で数値が大きく沈み飛び跳ねる。

 私の提案を拒絶された時は冷たい信号が発生し、靖治さんが喜ぶとそれが止んで今度は出力が上昇する。


 コアが熱い、余剰出力が機体の内側に満ちていく。


 戦いの場で、初めて意識ある靖治さんが迷い込んできて、目を合わせた時からずっとそうだ。

 未知のエネルギーは加速し、演算能力が跳ね上がり、おかげで戦闘しながら戦艦のシステムを奪還することもできたし、不安定な武装の起動にも成功した。

 そして直に彼と話すことで、更なる変化が駆け巡る。


 次に靖治さんが何を言うのか、マイナスの予測と希望的観測が順繰りに駆け巡り、私の感情値が予測できない振り幅を達成する。

 靖治さんとただ話しているだけで起きる私自身の変化に、機体の奥深くで震えが生じた。


 なんだろう、この感覚は。


 なんだろう、胸が煌めくような錯覚は。


 この人が名前をつけてくれたこと、綺麗な瞳だと言ってくれたことが、熱い燃料を流し込まれたみたいだ。

 私は『イリス』。その鮮やかな名前に相応しい機械でいられるだろうか?


「それじゃあ早速探検開始だ! まず外の空気が吸いたいなぁ、甲板で砂漠を見てようよ!」

「あっ!? 待ってください靖治さん、まだ走っちゃ駄目ですよ!?」


 早歩きで先を行く靖治さんを急いで追いかける。

 この人が綺麗だと教えてくれた瞳で、その背中を観測する。


 今まで目標の達成だけを考えて行動してきた私が、その時初めて、今がもう少しだけ長く続けばいいのにと考えている気がした。


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