75話『迎撃戦開始』
「アリサ、こっちだ!」
「くそっ……!」
イリスに助けられたアリサの肩を抱きかかえた靖治は、横転した馬車の方へと彼女を引っ張った。
しかし馬車に辿り着く前に、街道に飛び出してきた犬型の死霊の一体が、水たまりの地面を蹴って二人へと飛び掛かってくる。
靖治はアリサを先に行かせて、自分は立ち止まり両手で銃を構えた。
牙を見せて急速に近づいてくる死霊に対して、よく引きつけて狙いつけ、引き金を引いてからさっと身をかわす。
銃声を上げて撃ち出しされた弾丸が骨の頭部を砕くと、死霊は関節部の鬼火を消して力を失いながら靖治のそばを通り抜け、地面の上でバラバラになった。
「弱点は頭部か」
どうやら頭を砕けば動けなくなるようだ。幸いにも靖治が使うコルト・ガバメントは威力が高く、骨を砕くにはもってこいだ。
さっきよりも馬車に向かってくる敵の数は減っているが、それでも何体かの死霊は林から現れるなりこちらへ向かって襲ってくる。
護衛依頼を発注した側であるガンクロスも、倒れた馬車馬の近くに立ち二丁の大型拳銃を振り回していた。
「こんの、ウチの愛馬に手ぇ出すんじゃねえぜすっとこどっこーい!」
馬車を引っ張ってくれていた馬のライムとジミーのうち、ライムは殺されてしまったが、ジミーはまだ生きているのだ。
盲目であるはずのガンクロスは音を頼りに狙いをつけ、次々と迫りくる死霊を撃ち抜いていく。その技術は神業と言っていいレベルだろう。
だが多勢に無勢だ、このままでは押し切られる。靖治も銃を撃ちながら、馬車に辿り着いたアリサへと叫んだ。
「アリサ、やれるかい!?」
「っ、たりまえよ!」
眉間にしわを寄せ苦しそうな声を上げたアリサだが、気迫を漲らせると彼女の背後に炎が沸き立ち、再び魔人アグニが姿を現した。
侍風の死霊に斬られた左腕は再生していない。しかし片腕だけで本体から飛び出したアグニは、暴走する獣のような荒々しさで雨の中を突き進み、体当たり気味に右の拳で死霊たちを吹き飛ばしてから姿を消した。
敵の侵攻が緩み、その隙に靖治とアリサは馬車の前方側へ回り込み、ガンクロスとメメヒトの元に合流した。
ガンクロスは前に立って銃を構えたままで、メメヒトは生き残った馬車馬のジミーから留め具を外している最中だった。
「嬢ちゃんどうした、苦しそうだぞ!?」
「あのボスっぽいやつにやられた。まだ戦えるけど、かなり消耗させられたわ」
「オイオイ、あいつ死んでるくせにかなりの凄腕だぞ! オレの銃じゃ太刀打ちできねえ!」
アリサは能力こそ使えるものの、左腕から激痛が走っており、更には絶え間なく頭痛が脳を揺らしている状態だった。魔人アグニの使用も限定的にしか行えない。
切羽詰まり、狂乱した声を上げるガンクロスに、靖治が緩やかに声をかけた。
「安心してください、あの侍とはイリスが戦ってくれます。彼女が敵を倒すまで、僕たちはここで時間稼ぎを……」
「きゃあっ!!」
話の途中で、急にメメヒトが悲鳴を響かせた。
靖治とアリサが振り向くと、そこでは死んでしまったライムから青白い炎がぼうぼうと音を立てて燃え上がっていた。上に重なっていたジミーはちょうど留め具を外されたところで、肌を焼かれながら慌てて炎からメメヒトの背後に逃げ込む。
「おい、どうした!? 何が起こった!?」
盲目のガンクロスは、音でのみ状況を推察する。故に予想外の突発的事態にはついて行けていなかった。
死した馬の肉が鬼火に包まれて溶け落ち、その中から骨だけとなった馬がひとりでに動いて立ち上がろうとしてくる。
ハーネスを力任せにへし折り、引きちぎり、ガイコツの馬は空っぽの眼孔に灯した赤い光を蠢かせ、殺意を持ってかつての主人たちを見つめてきていた。
その額に、靖治が銃口を突きつけた。
「ここまでありがとう。おやすみ」
短く唱え引き金を引くと、撃ち出された弾丸が死霊となった馬の頭部を破壊した。
死霊は力を失い、死へと立ち返ってハーネスの下にガシャンと硬い音を立てて倒れ込んだ。
メメヒトは青い顔をしながら靖治を見上げた。
「あ、ありがとうセイジくん……」
「いえ。こいつら、こうやって数を増やしてきたんですね」
他の動物を食らって無制限に増殖する死の群れ。
だが恐らく、その首魁は先程の侍風の死霊だろう。やつを倒せれば、可能性はあるかもしれない。
「メメヒト、ジミーの様子はどうだ?」
「転んだ時に脚を怪我したみたい、すぐに走れそうにないわ」
馬のジミーは、メメヒトの傍で腰を下ろして休んでいる。この緊迫化した状況でもそうせざるを得ないほど脚を痛めているのだ。
やはりこの場から逃げることはできない。そのことを理解したアリサが、息を整えて口を開いた。
「まずはアタシらが生き残ることを考えるわよ。おっさん、あんたは口からバリケードに使えるもん吐きまくって。陣地作って防御網を敷くのよ」
「あ、あぁ……」
まだまだ敵は現れてきている、油断してはいられない。
靖治は自らの銃を握り直し、こちらに襲いかかってくる死霊へと銃口を向けながら小さく呟いた。
「イリス……頼んだよ」




