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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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74話『達人』

 大雨の中、木々のあいだから襲いかかってきた骨だけの死霊たちを前にして、馬車馬は猛然と走り出した。

 街道の右側に広がる林から絶えず現れる骨の大群に、馬車に並走するイリスとアリサの魔人アグニが迎撃を行う。


「オイオイ、やべえぞ。どんだけいるんだこいつらは!?」


 ガンクロスがおののくのも無理はない。先程遭遇した逃げ惑う動物とモンスターの群れは、この死霊たちに追い立てられていたと考えるべきだ。ならば靖治たちが見る木々の奥には、辺りを覆い尽くすだけの死霊がいるのだろう。

 イリスが銀髪のポニーテールをなびかせて疾走しながら、現れる死霊を即座に鋼の拳で粉砕しているが、敵の数の陰りは見えない。


「アリサ。砂漠の時みたいに、君のアグニでもろとも吹き飛ばすってのはどうなんだい?」

「無ぅ理ぃよ! この雨でもアグニが本気出したらあっという間に大火事になる、馬車が火に囲まれる危険が大きい。今出せる火力がギリギリ安全範囲!」


 アグニの熱拳でイリスの取りこぼしを片っ端から叩きのめしながら、アリサが叫ぶように返す。

 彼女のアグニの殲滅能力なら、その気になれば大規模破壊も可能だが、護衛任務には合わない。


「なら僕らは全員、ガンクロスさんの異空間に避難して、アリサがトランクと一緒にアグニの中に入って次の村まで飛ぶとか」

「あー、それなら……いや、やっぱ無理! 次の村まで馬車でも一日以上あるんでしょ、能力のスタミナが持たない! そこまでするならこいつら全部ぶっ飛ばすしかないわ、どうしようもない時の博打ってとこね……!」


 どちらにせよ確実な案とは行かなかった。やるかやられるかという状況は、それ自体が追い詰められている。

 だが悩む時間もなくガンクロスが険しい顔をして言った。


「このスピードで逃げ続ければ馬もそう長くは保たねえ、解決策を見つけねえと!」

「倒し切るか、運良くやつらが諦めてくれるか、ですね。もし統率してるボスみたいなのがいるなら、そいつを倒せば……」


 窓からの雨を眼鏡で受け止めながら、靖治が外の様子を伺っていると、木々の奥で白い煌めきが走るのを目撃した。

 それは矢のようなスピードで、馬車を防衛しているイリスの頭部に飛び込んできた。

 目の前に差し迫る鋭い殺意をイリスは虹の瞳で確かに捉える。それは一振りの刀だ。イリスを狙って投げつけられたのだ。


「なっ……!?」


 今までの死霊とは違う攻撃に、イリスは驚きながらも首を傾けてギリギリで避ける。目標を通り過ぎた刀は、そのまま二頭の馬車馬の元に飛来し、左側の一頭の首に突き刺さった。


「ライムが……っ!」


 メメヒトが悲痛な声で愛馬の名前を呼ぶ。

 雨の中で白刃は輝いて、馬の首から血を沸かせた。全力で疾走している中でいきなり片方の馬が潰れ、馬車は水飛沫を上げながら大きくバランスを崩した。

 左側に傾く馬車の中で、男二人が素早く反応する。


「危ねえメメヒト!」

「アリサッ!」


 ガンクロスが御者席のメメヒトを引っ張り込み、靖治がアリサに抱きついた。

 馬車は左向きに横転し、水で濡れた街道の上を滑ってから停止した。音を立てて揺れる車内から、ガンクロスの持ち物である黒いトランクケースが後方に放り出される。

 道の途中で転げてしまった馬車に、一人外で護っていたイリスは顔を青くした。


「馬車が……っ! 靖治さんが!」


 今の横転で魔人アグニも掻き消えてしまった。イリスは靖治を助けに行きたい衝動に駆られたが、死霊たちの群れがそれを許さない。

 イリスが振り向いた隙に、いくつもの動物のガイコツが、口を開いて全身に噛み付いてきた。

 自慢のメイド服が破け、その下の金属装甲に牙が突き立てられる。


「この、行かせませんったら!!」


 損傷は軽微、問題はない。イリスは渾身の力を込めて体を振り回し死霊たちを振り払うと、ふともものスラスターを機動させ、ジグザグに跳びはねて周囲の死霊どもを蹴り砕いた。

 イリスが全力稼働で死霊の群れを迎撃しているあいだ、横向きに倒れた馬車の中では、ガンクロスが胸に抱きしめたメメヒトを介抱していた。


「イタタ……大丈夫かメメヒト」

「はいありがとうございます」


 ガンクロスは普段から鍛えていたおかげで、この状況でも目立った怪我はない。せいぜい頭を擦りむいたくらいだ。

 だが靖治はどうでもなく、アリサの下敷きになりながら苦しそうな顔をしていた。


「痛っつぅ~……!」

「セイジッ……あんた、弱っちいくせに無茶して!」

「僕より、アリサのほうが強いんだ、この場合庇うのが最善でしょ」


 アリサが慌てて上からどくが、靖治は中々一人では立ち上がれないようだ。

 痛みに悶えながらも、靖治はまず呼吸を落ち着けさせてアリサを見つめた。


「それより、アリサ。戦ってくれ、僕とみんなのために」

「チッ、しょうがないわねこのヒモ男!」


 アリサは毒づきながらも、馬車の外へと飛び出ていった。

 フードで雨を弾いて走るアリサは魔人アグニを作り出すと、上半身だけの魔人の内側に自らの身体を埋め込ませた。

 本体を内部に宿した魔人はまたたく間に肥大化し、街道の上に火の巨人として君臨し死霊たちの注目を集めた。


「オラオラ! 掛かってこいボンクラども!」


 できるだけ声を上げ、できるだけ敵を引きつける。

 アリサはアグニを操作し、炎が飛び散らないよう細心の注意を払いながら寄ってくる死霊を熱拳で叩き潰した。

 陽動は上手く行っている。イリスが防衛している敵以外は、ほとんどが宙に浮かぶアグニに目掛けて襲いかかっている。身軽な者は跳躍して飛びかかり、それ以外の死霊も仲間の体を積み重ねて塔となって群がろうとするほどの執拗さだ。


 二人の女に守られながら、馬車の中で靖治が痛みに顔を歪めながらなんとか立ち上がった。


「今のうちに体勢を立て直しましょう」

「あぁ……!」


 靖治はホルスターのガバメントを右手に掴み、外の様子を警戒する。しかし左腕はだらんと力なく垂れ下がっている。

 それを見てメメヒトが眉を垂れ下げた。


「セイジくん、左腕どうしたの!?」

「脱臼……かな? 痛いですね、肩外れたの初めてですよ」

「暢気に言ってる場合か!? あぁ、でもオレら関節治すの知らねえし……!」

「大丈夫ですよ、多分もうすぐ」


 慌てるガンクロスたちの前で、靖治は冷静に言い含める。

 喋っているあいだに痛みの奥で、肩周りにムズムズした感覚があって、ちょいと銃を持った右手で左腕を押し上げると、カコンと小気味のいい音が鳴って肩の関節がはまった。


「治りました」

「「えぇー!?」」


 あっさり回復した靖治に、ガンクロス夫妻が揃って唖然とした。


「ぼ、坊主もホントは能力者だったんか?」

「いえ。身体の中にナノマシンが入ってるので、それで治癒力は高いほうなんです」


 まだズキズキとした痛みが残っているが、そんなことで弱音を吐いていられない。


 ――大丈夫だ、病気で死にかけた時に比べればこの程度なんてことない。せいぜいちょっと目眩と耳鳴りがするくらいだ。それだってもう治りかけてる。


 病気で苦しんだ過去が、今の苦境を支えてくれる。

 一番古い記憶は二歳の頃だ、病気の発作で仮死状態まで行った。医者も諦めかけ、家族の叫びを聞いてすんでのところで蘇生した。まだ物心も付いていなかったが、当時の感覚は鮮烈に刻まれている。

 あの時の死へ向かう途中の苦痛に比べれば、この程度のなんて些細なこと。靖治はこの危険な状況下で面白げに口を笑わせ、銃を握りしめた。


「今は防衛線を築きましょう。馬の周りにバリケードを……」


 そう言いながらガンクロス夫妻へと振り向いた靖治は、御者席の向こうに見えたものに目を丸くした。

 馬車の馬はハーネスという複数の留め具で固定されており、首に刀を突き刺され死んでしまった馬の上に、まだ生き残った馬が折り重なっている。

 だがその馬たちの上に、一体の死霊が足を乗せていた。


 他とは違う、袴姿の白髪を生やした死霊が音もなく現れていて、馬車馬に刺さった刀に手を伸ばしていたのだ。

 あまりに静かで、あまりに唐突で、靖治だけでなく音で物を視るガンクロスまでもが反応に遅れていた。

 一瞬の空白の後、靖治とガンクロスが同時に銃を向けて引き金を引いたが、弾丸は振るわれた刃に弾かれて雨の中に消えていった。


「ヤロォ、防ぎやがった!?」


 驚きながら二丁のデザートイーグルを構えたガンクロスが、無我夢中で引き金を引き強烈な弾丸を吐き出す。

 しかし侍風の死霊は馬車馬の上から跳び上がって弾丸をかわすと、靖治たちの前から姿を消した。

 そのことに嫌な予感を覚えた靖治が馬車の後方を見上げると、雨空の下で燃え盛る魔人アグニと、それに向かって宙を行く侍の姿を見つけた。


「逃げろアリサ! そいつはヤバイ!」


 声が届いてアリサの視線が侍へと向けられた時、すでに刀は一閃していた。

 雨粒を斬りながら振るわれた刃が空を裂き、炎をも斬る。

 暗い雲の下でも煌めく斬撃が華麗な弧を描き、気づいた時にはアグニの左肩が見事に両断され、傷口から炎を血のように噴出させていた。


「アグニ、がっ……こんなあっさり……!?」


 一瞬の早業にアリサは理解が追いつかず、伝播する痛みに苦悶の表情を浮かべる。オーサカでの戦いの時も、突撃隊長のオーガストに傷をつけられたことはあった。

 だがその時とはまるで性質の違う斬撃。この侍の刀からは何のパワーも感じられない、()()()()()のみで炎をも断ったのだ。

 反撃することもできず無防備を晒すアリサに向かって、侍が刃を再度刀を振りかぶる。


「チャージ70-60-30――――フォースバンカァー!!!」


 そこにスラスターを噴射させ、砲弾のように飛び込んできたイリスが、シリンダーを展開した右腕に黄色の輝きをまとって殴りかかった。

 侍は一瞥もせずに刃の向きを変える。イリスの拳を白刃で受け止めて、キィィィンと鉄の響く音が雨音の中に広がった。

 刃と衝突してもイリスの拳に傷はなかったが、拳から放たれた黄色の光の本流は、刃により二つに分けられ侍の両側に散っていく。


「フォースバンカーのエネルギー波を切り裂いた……!?」


 そればかりか、単純な物理的な衝突のエネルギーをも刃は斬って捨てていた。攻撃を無力化されたイリスは次いで蹴りを打ち込んで侍を弾き飛ばしたが、こちらは身を捻って衝撃を分散されたようだった。

 一方、能力を維持できなくなったアリサが魔人を掻き消して空中から落下する。イリスは彼女を抱えるとスラスターを噴射し、敵の少ない場所へと着地した。

 地上に降ろされたアリサは左肩と頭が強く痛んだが、自分で立ち上がってイリスに話しかけた。


「気ぃ付けなさいよ、イリス……あいつ……」

「えぇ、そのようです」


 眼光を強めたイリスが右腕を通常に戻して、確かめるように拳を握る。


「あの侍、達人です」


 イリスたちの前には、死霊に囲まれた侍が、眼孔の奥に灯った歪な輝きを、イリスに向けて注ぎ込んでいた。











 そしてガンクロスが授かったトランクの中に広がる異空間、その最も奥深く。

 争いから空間的に遮断されたその場所で、眠っていたナハトが目を見開いてベッドから体を起こした。


「戦いの臭いがする……死と殺戮の臭いが……」


 薄暗い部屋の中、不吉なほど真紅の瞳が煌き、気配だけが周囲を切り裂かんばかりに膨れ上がる。

 汗ばんだシャツの下、彼女は背中に十字の疼きを感じていた。

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