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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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73話『死の群れ、到来』

 トランクルームの階段を真っ先に駆け上ったイリスは、階段の一番上の段に足をダンっと乗せて急停止した。ここまでなら異空間の範囲なので、馬車にかかる重量を節約できる。

 後ろから靖治とガンクロスもすぐに追い付いて、イリスの足元からひょっこり顔を出す。イリスは波打つ虹の瞳を強く開いた。


「状況は!?」


 叫ぶような声の後に聞こえてきたのは、大きな雨音だった。

 馬車の外は大雨だ。大粒の雨が馬車を覆う幌に降りかかり、ドッドッドッドッドッとうるさい音を立たせている。馬車の隣に浮かんだアグニにも大量の水が降りかかり、馬車が走ってきた道は薄い霧が広がっていた

 この幌馬車は、馬車を覆う布の一部を取り払って覗き窓を作れるようになっている。アリサはそこから入ってくる雨に負けず外の様子を覗き込んでいたが、声に気付き振り返ると、イリスの顔を見て簡潔に説明した。


「今のとこは、さっきヘンなのに襲われた以外に怪しいのはいない。でも馬の様子が妙に興奮してて休んでくれないのよ。イリス、あんたは馬車の外に出て警護して」

「敵が来たのはどちらの方向ですか?」

「右、北西の側ね」

「わかりました、そちら側を重点的に警護します!」

「頼んだわよ」

「イリス、気を付けてね」

「ハイ!」


 靖治の応援にキビキビと返し、イリスはひとっ飛びで馬車の外に出ると、そのまま馬車の右隣に並走した。雨でできた水たまりを蹴りつけながら、悪路を難なく走ってアグニを追い越し、御者台の隣についた。

 馬車が走っている街道は多めに幅を取られているが、両側ともに道を外れたならすぐに林が並んでいる。イリスは走りながら右の林を注視した。


 靖治とガンクロスもトランクの中から出て荷台に上がる。

 ガンクロスは御者席にいるメメヒトの隣に顔を出した。


「大丈夫か?」

「えぇ、でもライムとジミーの気が高ぶりっぱなしで。雨だから休ませたいのに」

「しょうがねえ、今は走らせるか。でもいざとなったらキツく止める準備はしとけ」


 馬車馬は雨に打たれながらも、休むことなく走り続けていた。疲れを見せるどころか、むしろ力強く脚を動かしている。

 しかしガンクロスが聞く馬たちの呼吸の荒さは運動量を超えている、何かに強く興奮させられているのだ。

 アリサはツインテールをマントの中に押し込み、備え付けのフードをかぶっていつでも雨の下に出れるように準備をした。


「セイジ、あんたも心の準備くらいしてな。役立たずでも動けないよかマシよ」

「うん。一応銃はあるしね」

「オイ、坊主ども。非常時に備えてできるだけ邪魔な荷物は片付けたい。お前らのバッグもオレの異空間に退避させてくれ」

「それって……丸飲みするやつ?」

「そうだ」

「うげっ」


 ガンクロスの言葉に、アリサが難色を示した。

 嫌そうな顔をするアリサの肩に、靖治がポンと手を置いて説き伏せる。


「アリサ、ここはお願いしとこうよ。階段から置きに行って、その間に何か起こったら危険だし」

「あーもう、わかってるわよ!」


 靖治とアリサの荷物はガンクロスが保護してくれることになった。彼は二人の荷物を両手で持ち上げると、大口開けてすっぽり飲み込んで異空間に送り込む。

 そうして馬車の中がスッキリして、置いてあるのは蓋の閉じた黒いトランクケースだけになった。


「トランクはしまわないんですか?」

「中に生き物がいるあいだは、表に出しとかねえといけねえのよ」


 とにかくこれで動きやすくなった。広くなった車内で一旦腰を落ち着けようとしたガンクロスだったが、何か違和感を覚えて俯けた顔をすぐに上げた。


「オイオイ……こりゃあ……」

「どうしました?」


 呟きを聞いて靖治が尋ねるが、ガンクロスの顔は強張った表情を見せる。


「音だ」

「音……?」


 靖治が耳を澄ますが、馬車が走る音以外に聞こえてくるのは、大雨からなる雨音のみ。

 しかしガンクロスには何か聞こえているのか、慌てた様子でメメヒトに向けて叫んだ。


「メメヒト馬車を止めろ!! 今すぐだ!」

「えぇっ!? は、はい!」


 メメヒトは困惑しながらも、馬車のブレーキレバーを作動させ手綱を思いっきり引っ張った。

 ブレーキと言っても本来は駐車時に馬車を固定するためのものだ。いきなり車輪が固まった馬車は水が染み始めた地面を滑り、馬車馬は首を振って荒々しい息を吐きながらなんとか止まってくれる。

 急停止に気付いたイリスは遅れて地面を踏みつけて速度を殺すと、辺りを見渡しながら慎重に歩いて馬車の隣に引き返す。


「馬車が……ッ!?」

「ちょっと、何で止めたの!?」


 アリサは困惑しながらアグニの火力を最小限に静め、雨の霧化を弱めながら周囲を警戒した。

 靖治は硬い表情をするガンクロスへ問いかける。


「何が聞こえたんです? 僕たちには雨音しか……」

「ちょっと待て、集中させろ」


 ガンクロスは手を立てて靖治の口を閉じさせると、しばらく耳を澄ませていた。

 同様に他の面々も口を閉じて耳に意識を傾けるが、聞こえてくるのがドッドッドッドッという雨音のみ。


「――こいつは、雨音じゃねえ! 気を付けろ、右の林から大量の足音が迫ってくるぞ!!!」


 ガンクロスの叫びに、イリスは地面を蹴って馬車から少し離れた林の目の前に陣取った。同じくアリサも険しい顔をしてアグニを馬車の近くに寄せて守りを固め、靖治も自分の銃を抜き薬室へ弾薬を装填した。

 一番に捕らえたのは、眼球の望遠機能をオンにした木々の合間を見つめたイリスだった。


「これはッ――!」


 素早く木々のあいだを駆け抜けイリスの脇を通り抜けたのは、一匹の野犬だった。犬はそのまま馬車の下をくぐり反対側へと駆けていく。

 だが一匹だけではない、たくさんの野犬が、猫が、ウサギが、イノシシが、鹿が、ネズミが、リスが、数多の野生動物が北西の方向から押し寄せてくる。

 沢山の生き物が地面を踏みしめる音が、雨音に混じって重たい音を生み出し、辺り一帯に響いていたのだ。


「な、なんだぁ!?」


 馬車の周囲はあっという間に駆けて行く動物たちに囲まれ、無数の足音にガンクロスが混乱して悲鳴をあげる。

 動物たちのどれもが一行の馬車に目もくれず、南西方向へと進む様子は、まるで何かから逃げるようだった。

 逃げ惑う動物たちの熱気に煽られ、馬車馬は激しくかぶりを振り蹄を振り上げ、メメヒトはなだめるのに必死になった。


「ライム、ジミー! お願い、おとなしくて! いい子だから!」


 大量に押し寄せる動物たちの波は途切れることなく続き、その種類も段々と変わっていく。足の早い動物が少なくなり、今度は熊などの大型の動物から、明らかに生物としての種類の違うものまでもが姿を見せ始めた。

 人間大のイモムシ、ヌルい炎をまとった大トカゲ、人を抱えられるほど巨大なコウモリ、八本の手で這いずる猿、魔力でつなぎ合わされた鉱石生物、通常の生態系からかけ離れたモンスターまでもが逃げているのだ。

 馬車から少し後方へ離れたところでは、高さ5メートルほどの首長竜のようなモンスターが、木々をバキバキとへし折りながら林から現れて街道を超えて行くのを見て、アリサは目を丸くしていた。


「あんなのまで……!?」


 誰もが異常事態を感じ取っていたが、この状況では身動きが取れない。

 逃げ惑うモンスターたちについては見逃して、イリスはひたすら林の奥を見つめてその時を待ち構えた。


「――来る」


 やがて足音が少なくなり、逃げている動物とモンスターの影が減ってきたところで、イリスがそれを視認した。

 木々の隙間を縫って走ってくる中に、異質な足音が交じる。薄暗闇に青白い火を灯し、地面を踏むたびにカシャリカシャリと軽い音を立てながら迫ってくる。

 イリスはそれが飛び出してくるタイミングに合わせ踏み込んだ。


「キシャアアアアアアア!!!」


 イリスの眼前に現れたのは、骨だけで出来た犬だった。失われた靭帯を鬼火で補い、死してなお憎悪に突き動かされて地を駆ける。

 虚ろな眼孔に赤い光を宿して吠える死霊は、それまで逃げていたものたちと違い、牙の揃った口を開けて、確かな敵意で襲いかかってきた。

 イリスは敵を見据え、間髪入れず鋼の拳で殴り、一発で骨だけの体を砕き散らす。

 しかしそれで終わりではない、奥からは次から次へと鬼火を灯した死者たちが、草根を踏んでにじり寄ってくる。


「カッカッカッカッカッ!!」

「シャッ! シャッ! シャッ!」

「クキャッ! クルルル、クキャッ!!」


 犬の死霊が鋭い牙を見せ、猫が爪を伸ばし、イノシシが硬い頭骨を叩きつけ、鹿が残った角を立て、ウサギやネズミのような小さな動物までもが噛み付こうと飛び掛かってくる。

 目の前から怒涛のごとく襲いかかる死霊たちに対し、イリスは冷静に拳を振るい、林から飛び出てきた時点ですべてを粉砕した。


「早く馬車を出して下さい!」

「で、でも前にも!」


 馬車の横から来る死霊はイリスが防いでいたが、その前後まで守れていたわけではない。街道の通り道にも死霊たちは骨を鳴らして入り込もうとしていた。


「薙ぎ払えアグニ!」


 アリサの一喝と共に魔人アグニが顎を開き、喉奥から熱線を吐き出した。

 雨粒を消し去りながら伸びた焼け付くような光が、進路上に侵入しようとしてきた死霊たちを一気に吹き飛ばす。

 アグニの火を受けた死霊たちは骨格からバラバラになり、関節部に宿していた鬼火を上塗りするようにかき消されると、虚ろな眼孔に力を無くし、今度こそ動かない屍へと成ることができた。


「今よ!」

「はい!」


 メメヒトは焦る心を抑え、一瞬の間隙を縫って馬車馬を走らせた。今の熱線で街道の右端が燃えているが、馬たちはその左脇を抜けて行く。

 イリスも絶えず襲ってくる死霊を拳で跳ね返しながら、馬車に合わせ走り始めた。

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