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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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72話『気配』

 平らに均された街道を幌馬車がほどほどのスピードで走っていく。空の雲は厚く、夏の日差しを遮って、地上はわずかに暗くなっていた。

 二頭の馬の手綱を握る御者席のメメヒトから離れて、荷台であぐらをかいだアリサは、退屈そうな顔をして来た道を眺めながら時間を潰していた。

 馬車から見て右の方向へと顔を向けると、幌の一部を切り離してできた窓から魔人アグニが並んで浮かんでいるのが見えた。顕現したアグニはアリサの移動に合わせて引っ張られ、もしもの時も素早く対応できるようにしてある。

 アリサは愛想が良い方でもないので必要な確認以外ではクライアント側と関わらず、メメヒトもそれに合わせてくれていたのだが、道の途中でメメヒトが話しかけてきた。


「アリサちゃん、大丈夫かしら? ライムとジミーが何だか様子が違うの」

「ライムとジミー?」

「この馬たちの名前よ」


 相談を受け、アリサが立ち上がって御者席に近寄り、メメヒトの隣から馬車の外に顔を出した。

 しかしながらアリサに馬の様子がわかるような技術も能力もない、普通に見ただけではただ馬が走っているだけにしか思えなかった。


「……特に変には見えないけど」

「でも少し気が立ってるようなの。さっきから変に急いでるというか焦ってるというか、抑えるのが大変で」

「ふーん……? 気になるけど他で変わったことはないしね。昨日の行き倒れが問題なさそうなら、イリスを呼んで二人で警戒するわ」

「えぇ、お願いね」


 話し合っていると、二人の後ろで荷台に積まれたトランクがひとりでに開かれ、奥から眼鏡を掛けた顔がニュッと現れて馬車の中を見渡した。


「アリサー、メメヒトさーん」

「おっ、セイジ」


 ちょうど良く現れた靖治が御者席にアリサとメメヒトを見つけると、トランクの階段から荷台へと上がって二人へと近づいた。


「昨日の人は目を覚ましたよ、けっこう元気そうだ。さっきガンクロスさんが温めたシチューを食べてまた休んでるところ」

「あらあら、良かったわぁ」


 報告を受けて、メメヒトは細い目をやんわり丸めて、嬉しそうに顔をほころばす。

 アリサは御者席から荷台へ下がると、靖治へと顔を近づけた。


「アイツが無事ならイリスのやつ呼んできて、二人で警戒がしたい」

「どうしたの?」

「クライアントが馬共の様子がおかしいって、動物って勘がいいから気になるわ。それにあたしらの依頼は病人の看病じゃなくて護衛のはずよ」


 状況を伝えていると、布の天井からポタッと軽い音が聞こえてきて靖治とアリサは顔を上げた。

 御者席で馬を走らせているメメヒトも、周囲の変化に顔を上げる。


「あら、雨だわ」


 空からはポツポツと水滴が降り注ぎ始めていて、馬車を覆う幌に当たって音を鳴らす。

 馬車の隣に浮かんでいるアグニにも雨は降り注ぎ、魔人の表皮からは蒸発した雨粒が薄い霧となって後方に流れていく。

 秒ごとに強まっていく雨音に、アリサが天井を見ながら舌打ちを鳴らした。


「チッ、雨か。雨は苦手ね」

「アグニに支障があるの?」

「ハッ、舐めんじゃねー。この程度でアグニの火は消せないわよ……つっても、雨が蒸発すれば視界が悪くなるし、サウナ状態で体力が消費しやすくなる。アグニの中に入って大暴れモードになれば関係ないけど、アレって手加減できないから護衛対象まで巻き込みかねないし」


 実際に馬車の通った後には薄っすらと霧が漂っている。アグニが雨の影響を受けなくとも、本体のアリサは別というわけだ。


「それじゃイリスを呼んでくるね」

「あぁ、頼んだわ――」


 靖治を送ろうとした瞬間、アリサは眼光を強めて気を漲らせると、魔人アグニが動いた。

 そして間髪入れずに、街道の右側に広がる林の奥から、馬車馬に目掛けて青白い何かが飛び掛かってきた。


「きゃああ!?」


 驚いたメメヒトが悲鳴を上げた時には、すでにアグニの拳から撃ち放った火の塊が命中し、襲ってきた不埒者は火柱を上げて燃やし尽くされた後だった。

 走り続ける馬車馬は火柱の隣を掻い潜り、燃やされたナニカは馬車の後方に転がっていく。突然火を見て興奮する馬を、メメヒトは「どうどう!」となだめるのに必死だった。

 迎撃に成功したアリサも、咄嗟の行動だったため後から驚いている。


「今のは!?」


 アリサは急いで荷台の後ろに駆け寄って正体を確認しようとして、靖治も同じように後方に目を凝らした。

 しかしあったのは白い骨だけだった。アグニの火で煙を上げた白骨が、地面に落ちてバラバラに散っていくのだけが見える。


「骨……っ!? よね、今の!?」

「うん、そうとしか見えなかった」

「そんな火力じゃなかったはずだけど……」


 すれ違いざまでは詳細に確認できたわけではないが、肉の一片も見当たらないのは妙だ。確かにアグニなら肉だけを燃やし尽くす一定量の火力も出せるが、肉だけを焼き落とすには多少の時間が掛かるし、そこまでのパワーも使っていない。


「セイジ、気になるわ。早くイリスを!」

「わかった!」


 この場はアリサに任せ、靖治は急ぎトランクの階段に足を踏み入れた。

 駆け足で階段を下りて奥の厳重なドアを開けながら、大声で名前を呼ぶ。


「イリス! イリース!」

「どうしましたか靖治さん!?」


 ナハトが休んでいる部屋の前で待機していたイリスも、靖治の声を聞いて慌ててトランクルームのエントランスエリアにやってきた。

 騒ぎを察知して、空間の主であるガンクロスも、サングラスを布で拭きながら別のドアから現れた。


「何だぁ坊主!?」

「敵の詳細はわかりませんが、馬車が襲われました。すでにアリサが撃退しましたがおかしな敵です。イリスはすぐに戻って馬車の護衛をお願い」

「ハイ! イリス了解です!」

「オレも出るぜ。任せてばっかりってのも不安だ」


 イリスだけでなく、ガンクロスもサングラスを掛け直すと、両腰のデザートイーグルを軽く揺らして気を引き締めた。

 各々トランクルームの出入り口へと足を向ける。そこで靖治が思い出したように尋ねた。


「ところでナハトさんは?」

「お休みの途中です、様子を見ましたが見事に寝てました!」

「オレも把握してるぜ、グースカ寝てらぁ。起こさないほうが良いだろう」


 非常事態にフラフラの病人に出てこられるよりかは、この異空間で休んでもらったほうがお互いのためだろう。

 ともかくイリスを先頭に、外へ続く階段を駆け上った。

ちょっと最近カツカツなので、明日の土曜日は休もうと思います。

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