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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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71話『思いやり』

 行き倒れだったナハトの世話をイリスに任せ、靖治は部屋から出た。

 しかし扉を抜けた直後、右隣にうずくまって頭を抱えこんでいるガンクロスの姿があった。


「……どうしましたか?」

「うぐぐぐぐぐ……怒るつもりじゃなかったっつーのによぉ……」


 靖治の問いかけに、独り言のような言葉を返しながらガンクロスは唸り続ける。


「まあ、なんつーかオレが出た後お前さんが言ってたとおりよぉ、先に逝っちまった村のやつらとか、メメヒトの両親のこととか考えたら、つい抑えられなくなっちまってよぉ……」

「あっはっは、そういう時もありますよ」


 どうやらナハトに対して怒鳴りつけてしまったことを悔いているようだった。

 後悔に声を重くするガンクロスに、靖治はにこやかに笑って軽く流す。


「……お前さんマジにすげえな、なんにも動じなくてよ」

「まあガンクロスさんは仕方ないですよ、優しい人同士でもウマが合わないこともある。それに僕の場合、死にたがる人の気持ちもちょっとわかりますから」


 要は負い目があるのだろう、と靖治は考える。だからこそ、尚更そういう人には優しくしてあげたいとも思う。

 泰然とした態度の靖治を見て、ガンクロスは自分の落ち度にため息を付きながら立ち上がる。


「あー、セイジ。オレぁ昨日のシチューの残り温めるぜ。お前さんが持っていってやれ。どーもオレは、あの姉ちゃんと会わねえほうが良さそうだ」

「ありがとうございます、ガンクロスさんも親切だ」

「お前さんほどじゃねえやい。何だかオレが偽善者だって思い知らされるみたいだぜ」


 ガンクロスはトランクルームの居住区画で鍋のシチューを温めて――なんとキッチンはガスコンロだった、ガスの供給元は不明だそうだ――から、銃工房のほうへ引っ込んでしまった。ナハトとは顔を合わせないようにしつつ、トランクルーム内にいることで彼女の様子を監視するらしい。まだ彼女が悪人の類ではないと完全に信用したわけでないのだ。

 靖治はお盆にスープを乗せて、ナハトが休んでいる寝室の扉に手をかけた。


「イリス、ナハトさん、失礼するよ――」


 そう言いながら部屋に入った靖治だったが、中の光景に思わず立ち止まりお盆の食器をガタンと鳴らした。

 ベッドの上に居たのは、さっきまで着ていたシャツを脱いで体を起こしていたナハトと、そんなナハトの体をタオルで拭いているイリスの姿だった。

 扉をまたいだところで固まる靖治に対し、ナハトとイリスは何でもない様子で顔を向けてきていた。


「おや、セイジさん。まだ何かご用ですか?」

「あっ、もしかしてナハトさんのご飯ですか!?」

「ああうん、そうだけど。邪魔してごめんね。失礼しま~す……」


 そのまま後ろに下がって扉を閉めた靖治は、お盆を床に置いて壁を背に座り込むと、気まずそうに目元をマッサージした。


「あぁ~、しまったなぁ……ウチじゃ姉さん相手に気を使うことなかったから抜けてたや……」


 1000年前の時代にたまに病院から実家に戻っていた時は、靖治の姉は裸を見られようと構わない、というかむしろ嬉しそうにするような人だったから気にせずしたが、ついその時の気分で扉を開けてしまった。

 上半身について細部までバッチリ見てしまった靖治は、後悔を抱えつつ、柔らかそうな果実のことを思い返しながら待っていると、少しして部屋の扉が開いてイリスが顔を出してきた。


「靖治さん、終わりましたのでどうぞ」

「あ~い……」


 間延びした声を上げてお盆を持ち上げた靖治が改めて部屋に入ると、ナハトはまた服を着てベッドの上で上体を起こしていた。

 靖治は咳払いしながら話しかける。


「んゴホン。ガンクロスさんがご飯を分けてくれましたよ。クリームシチューです」

「そうですか、お優しい方ですね。後でお礼を言わなくては」


 靖治は少し気まずそうにしていたが、当のナハトは何もなかったかのように薄い微笑みを浮かべている。

 それどころかぎこちない靖治に対して、緊張を解すようにふわりと笑いかけてきた。


「そんなにお気になさらずとも構いません。生娘というわけでありませんから」


 ナハトの短い青髪が揺れて、整った美貌に浮かべられた笑顔はまるで天使の笑みのようだった。

 イリスも計算しつくされた美人だが彼女は可愛い系。ナハトの美貌はそれとは別種の、どこかナイフのように鋭い美しさを持っていて、靖治も見ているだけで心が湧き立つ思いだった。

 その寛容さと美しさに見惚れながら、靖治は襟首を正す。


「いえ、失礼しました。次からは気をつけます」


 頭を下げてから靖治はベッド脇のサイドテーブルの上にシチューを乗せたお盆を置いた。

 器の中でわずかに揺れる白い海をイリスとナハトが覗き込む。


「昨日のシチューですね。確かきのことお肉が入ってたはずですが、そちらは除けたほうが良いと思います。胃への負担が大きいですから」

「いえ、大丈夫ですよ。これでも体は丈夫なほうですし、せっかく出されたものですから」

「ダーメーです! 胃がびっくりしちゃいますから、消化に良いものだけ食べてください!」

「そうですか? お肉を食べないと力がつきませんが、そこまで言うなら……」


 仕方なく頷きながら手を伸ばしたナハトだったが、突然目を見開いて身動きを止めてしまった。


 大きく開かれた真紅の瞳で、ナハトは伸ばそうとした自分の右手を見つめている。

 赤い。その眼に赤が映る。血潮に押されて赤く脈動する視界の中で、さらなる赤塗れが見える。

 息もできず、瞳孔が開かれ、空っぽのはずの胃がねじ切れんほどに締め上げられ――。


「――ハトさん。ナハトさん!」


 イリスの呼びかけに我に返ったナハトは、緊張を解いて見上げた。

 心配するイリスと見守っている靖治にそれぞれ顔を向け、ナハトの額から冷たい汗が流れて首筋へ伝う。


「大丈夫ですか?」

「……はい、すみません。少しボーッとしました」


 イリスの問いかけにそう返しながらも、ナハトから発せられた気配はそう単純なものではなかった。

 見開かれた目と、力が込められたまま静止する手から、靖治とイリスには何か鬼気迫る感情を読み取れた気がしたのだが。


「すみません、今はまだ食欲がありません」


 ナハトは精一杯の微笑みを浮かべて言われては、それ以上追求することはできなかった。


「しかし、あなたには栄養が必要です、少しでも食べなければ……」

「別に、少しくらい平気ですよ」

「なら僕が食べさせてあげましょうか?」

「へっ!?」


 靖治の申し出を聞き、ナハトは小さな悲鳴にも似た声を上げてまで驚いた様子だった。

 裸を見られたときよりもよっぽど困惑した顔をして、両手を振って靖治の提案に遠慮する。


「そ、そんな! わたくしなんかのために申し訳ありません!」

「良いですよ。倒れたばっかりで食べるのも大変でしょうし」


 慌てふためくナハトの前で、靖治はいつも通りののんびりした態度でベッドに腰を下ろし、近くからナハトをじっと見つめる。

 靖治の穏やかな視線を浴び続けて、ナハトは萎縮して掛け布団で口元まで体を隠すほどだったが、やがて靖治に根負けして、恥ずかしそうに顔を赤らめながら顔を見せてくれた。


「で……では……その、甘えるようで失礼かもしれませんが……」

「うん、そう言ってくれて良かったです」


 靖治はお盆のスプーンを手に取ると、器の中からトロトロのシチューを掬い上げた。

 まだ湯気を立たせているそれに、軽く息を吹きかけて熱を冷ますと、片手を受け皿にしてナハトの口元へと匙を運んだ。


「はい、どうぞ。口を開けて」

「ぅ……は、ひゃい……」


 ナハトはまだ恥ずかしそうに声を上ずらせていたが、恐る恐ると口を開けて、靖治の施しを歓迎してくれた。

 控え目な口にスプーンの先を差し込んで、ナハトが咥えこんでからゆっくりと引き抜く。

 食べさせてもらいながら何を感じているのだろうか、ナハトは赤い顔で真紅の瞳を震わせながらゆっくりとスープを飲み込んでいて、その照れ顔に靖治は嬉しそうに軽く頷いた。


「食べれましたね、良かった」

「わ、わざわざ言わないでくださいまし……」

「おっと、ごめんなさい。でもまだありますよ」


 羞恥に悶えるナハトにも、靖治は動じずに次々スプーンを運んだ。

 しばらくすれば器の中に残ったのは、除けるように言われた肉やきのこだけで、他はすべて食べ尽くした。

 二人を見守っていたイリスは、ナハトの食べっぷり見て感心した声を上げていた。


「思ったより元気そうです! さあさあ、食べたら次は休みましょー!」

「うぅ……わかりましたから。わかりましたよ、もう……」


 耳まで真っ赤にしたナハトは、布団をかぶってベッドの中で丸くなってしまった。


「私は部屋の前で待機していますので、何かあれば呼んでください。靖治さんもここはひとまず」

「だね。それじゃあナハトさん、またね」

「もう次からは一人で食べれますから!」


 張りのある元気な声を上げるナハトに、靖治はおかしそうに笑いを零しながら、お盆を持って退室した。

 一緒に部屋を出たイリスは、扉を閉めてから靖治の顔を覗き込んでくる。


「靖治さんのおかげであの人は助かりましたね、健康のためには患者が前向きになることが一番重要ですから」

「だね。ちょっとでも明るくなれて良かったよ」


 病は気からという言葉を靖治は嫌というほど知っている。靖治が長らく病院のお世話になっていた頃は、他の入院患者は心が健康な人ほど顔を合わせる日が短かったし、その逆もしかりだ。


「やっぱり、靖治さんはすごいです、流石です。あんなにあっさり心を開くのは難しいことです」

「僕は大したことはしてないさ、彼女に人を信じる勇気があっただけだよ」

「でも、靖治さんはすごいです」


 繰り返し唱えたイリスは、ニッコリと笑って銀髪の尾を揺らしてみせた。


「靖治さんは、私の尊敬するご主人様です」

「はは、ちょっと照れるね」


 虹の瞳の真っ直ぐな眼差しに、靖治は苦笑して誤魔化すように髪の毛を掻く。

 そしてひとまず食器をキッチンに返しに行った。


「食器を片付けたら、外に戻ってアリサに報告してくるね。イリスはしばらくナハトさんのことをお願い」

「了解です!」


 靖治が離れていく扉の向こうで、ナハトは布団にくるまっていた。

 ベッドの中で扉に背を向けて体を縮こまらせ、貸してくれている家主に失礼とは思いつつも枕を胸に抱きしめてしまう。


「……あんなに人から優しくされたの、初めてです」


 親身になって世話をしてくれた靖治のことを思い出し、枕を抱いた腕にギュッと力を込める。

 靖治の態度には悪意がない、下心もない、どこまでもひたすらにナハトのことを想って手を差し出してくれていた。

 あんなに純粋な優しさを持つ人はそうはいないだろう、ナハト自身もああまで無垢に人を助けられる自信がない。


「マンヨウ、セイジ……さん……」


 善き人の名を唱えながら、ナハトは枕から手を離して見つめた。

 白い肌の上に、時折ノイズのように赤いベールを幻視する。


「そんな資格、わたくしにありなどしないのに」


 ぺろりと舌を出す。

 舐めた手には、血の味が染み付いている気がした。

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