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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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70話『夜と朝が交わる人』

 ――翌朝。

 青い空が輝く下で、野営地の中でパチリと目を覚ました靖治は、夏用の薄い寝袋を着たまま上半身を起き上がらせた。


「ん~! いい朝だぁ!」

「あっ、靖治さんおはようございます!」


 燃えカスだけが残った焚き火の前で座っていたイリスが、主人の起床をすぐに気付いて声をかけてきてくれる。

 靖治は寝袋から出て立ち上がりながら言葉を返した。


「おはようイリス。夜通し警戒してもらったけど大丈夫だった?」

「ハイ! 問題なしです!」

「そう、良かった。甘えちゃってるけど、僕らもできる限りのことはするから、イリスがして欲しいことは何でも言ってみてね」

「大丈夫! ……と言いたいですが、もしその時にはお願いします」

「うん。ところで今は何時かな」

「5時27分です!」

「夏は明るくなるのも早いねー。そろそろアリサも起こしたほうが良いかな?」

「ではお願いします!」


 靖治は寝る前に脱いだ学生服風の上着とズボンに手を伸ばして、身なりを整えてからアリサに近づく。

 簡易マットの上でマントにくるまって眠っていたアリサに、声をかけながら軽く肩を叩いてやった。


「アリサー、朝だよー」

「ふわぁ……今何時……?」

「5時半」

「うぅ、ねむぃ……」


 アリサは大変うだるげにしながらも、マントを開いて重たい身体を起こす。寝る前に解いていた紅蓮の髪の毛が、朝日を受けながら肩に掛かっていてとても綺麗だ。

 手枷の付いた手で目ヤニを拭いながら欠伸をして、不機嫌そうな目を向けてきたの靖治は笑い返した。


「おはようアリサ」

「あー、はいはい、おふぁよぉふぁあ~……さっさと準備しなさいよ。いつでも出れるようにしときなさい」

「オッケー」


 アリサは指示を出しながらヘアゴムで髪の毛をツインテールにくくり始めた。

 靖治も朝食の乾パンを食べながら、寝袋を畳んで出発の準備をする。


「そう言えばガンクロスさんたちは?」

「まだ起きてきませんね、例の異空間の中です」


 護衛依頼を受けた靖治たちは夜間の警戒も仕事のうちのため外で寝ていたが、依頼主であるガンクロス夫妻は異空間『トランクルーム』の中でぐっすりだ。

 そのことを話していると、ちょうど停めてある馬車の中でトランクの蓋が開き、中からメメヒトが出てきて、靖治たちの前に姿を表した。


「みなさーん。おはようございまーす」

「おはようございます」

「おはようです!」


 おっとりした声をかけてくれるメメヒトに、靖治が小走りで駆け寄り、イリスが後に続いた。


「メメヒトさん、どうでしたか? 昨日の人は……」

「それが……」


 メメヒトは少しだけ困った顔をして、馬車の中のトランクを見た。




 ◇ ◆ ◇




 メメヒトが再び幌馬車を走らせ始めてからアリサを警護として残し、靖治とイリスはトランクルームの中に入ってきた。

 理由は、昨日の晩に保護した、あの青髪の女性だ。


「一晩ここで休ませてるが、まだ目覚めんな」


 鉄板に囲まれた薄暗い部屋の中で、ガンクロスは腕を組みながら、靖治たちに言った。

 彼らの前ではベッドに横たわった青紙の女性が眠り続けている。本来は夫婦で使う寝室のダブルベッドに寝かされた彼女は、昨日から一度もまぶたを開けていない。


 気のいいガンクロス夫妻は彼女の保護を許し、イリスとメメヒトが率先して看護した。昨日のうちに身体の汚れを丁寧に拭き取り、代わりに夫妻のシャツとパンツを着せて寝かせてある。

 眠ったままの女性の美しい顔立ちを眺めながら、集まった三人は声を小さくして話し合った。


「彼女は大丈夫なのイリス?」

「ハイ、診断した限りではただ栄養失調です。しばらく何も食べてなかったようですね。休んで栄養を摂れば問題なく回復するかと、ただ……」

「ただ?」

「少し違和感があります、弱ってる割には呼吸と脈拍が安定してるんです」

「それって良いことじゃないの?」

「それはそうですが、ここまで低体重だともっと弱っていてもおかしくないはずなんですよ」


 ここで気になってくるのが、彼女がどういう生物か、ということだ。

 よくいる霊長類と呼ばれる人類系の種なのか、それともまた別の何かか。


「機械の嬢ちゃん、こいつは人間なのかい?」

「肉体の組成的には」

「だよなぁ、オレがパッと視た感じでもそうだ。内臓とかの身体の仕組みもオレたちと変わりねえ、身長182cm、Gカップ、巨乳で脚長のべっぴんさんだ」

「最後の情報は必要なのですか?」

「大いに必要だね!」

「うんうん、ですよね」

「違う気がします……」


 男どもの趣味はともかく、ただ眠っているだけではこれ以上できることはない。

 美人の寝顔を見ていた靖治が、床の上に置かれてある品物に目をやった。

 女性が引きずっていた包帯で巻かれた荷物と、出会った時に着ていた泥まみれの装束だ。よく見てみると、女性が着ていたものの中にくすんだ金属を見つけた。


「これって鎧ですか?」

「ん? あぁ、そうだ。ボロ布の下に着ててな。まあブレストプレートってやつだな、魔法とか使う異世界から来たやつがよく着てるようなのだ。わっかんねえのが、包帯でぐるぐる巻きの方だ」


 そう言いながら、ガンクロスはブーツを履いた足で包帯の荷物を軽く蹴る。

 包帯で楕円形に巻かれたそれは、ちょっと蹴った程度ではほんの少し揺れるだけだ。どうやら中身は相当重たいらしい。


「こいつぁある種の封印だぜ、ここはオレの世界だってのに中身が見通せねえ」

「私も検査してみましたが、音波やX線などすべて通用しませんでした。何らかの魔術的防護が張ってあるものと推測されます」


 衰弱した女性、戦士が着るような鎧、大きな荷物、どうも符号するにはしっくりこないものばかり、アンバランスだ。


「流れでここに招いちまったけどよ、ちっと嫌な予感するぜ。何でこのべっぴんさんは、こんな荷物を抱えて一人で森の中をうろついてた? 道に迷っただけか? それとも、他になにか理由があったのか……?」


 ガンクロスは警戒するように腰に吊るしたデザートイーグルを確認し、眉を吊り上げた。

 懸念を聞きながら、靖治は昨日の夜に女性を保護した後のことを思い出していた。


 イリスがトランクルームの中で看病しているあいだ、靖治はアリサと、あることを話していたのだ。


『あたしさ、アイツのこと知ってるわ。って言っても顔を合わせた程度だけど』

『えっ?』

『あいつミズホスのとこのトカゲ共にとっ捕まってたのよ、多分売る予定だったんでしょうね。そんで砂漠で次元光のゴタゴタの時に空を飛んで逃げ出したみたい、その時にちょっとすれ違ったわ』

『でも、そんな能力があるならなんでこんなところで倒れてるんだろう?』

『さぁね、まあこの世界は変なやつ多いし……それに本人が、生きる気力をかなり失ってるように見えた』


 アリサが持っていた情報はわずかなものであったが、それでも気になる内容のものであった。


『あいつ、何かヤバイ気がする、ただの勘だけど。普通、あんだけ気力のないやつなら早々にくたばってんのよ。それなのにいざ死にかけたら逃げ出して、生き延びて、こうしてあたし達の前に現れた。ただの軟弱者にできることかしら?』

『戦艦での一件から今日で四日目だね、運が良ければ生き延びられる範囲かもしれないけど……』

『かもしれない、けどただ偶然生き延びただけじゃなかったら』


 会話を思い返し、靖治は真剣な顔で女性の寝顔を見つめている。

 するとその時、女性の閉じられていたまぶたがわずかに震えた。


「うっ……」

「――! イリス、彼女が」

「ハイ!」


 イリスがベッドに近づく。

 ガンクロスは「起きやがったか……」と呟き、いつでも銃を抜けるように身構えた。

 ベッドの中で女性がゆっくりと目を開ける。まぶたの下から現れたのは、赤い赤い、真紅の瞳だった。


「もしもし聞こえますか? 私の言うことがわかりますか?」

「こ……こは……」

「ここは安全な場所です、私達があなたを保護しました。ご自身のことはわかりますか? あなたのお名前はなんですか?」


 イリスが顔を覗き込みながら明瞭な声で質問する。

 女性は薄く開けられた目でイリスを一瞥したあと、天井へ視線を移し、呆然としながら小さく言葉を紡いだ。


「……ナハト……ナハト・マーネ……」


 靖治の知るところで言えば『ナハト』はドイツ語で夜、『マーネ』はラテン語で朝を意味する言葉だったはずだ。面白い名前だなと靖治は思う。

 名を答えたナハトと言う女性は、わずかに開いた目のあいだにしわを寄せ、目の端からひとしずくの涙を零した。


「助けてくれなくて……よかったのに……」


 ポツリと呟かれた言葉に、ガンクロスが苦々しい顔をすると、頭を押さえてその場に座り込んだ。


「ハァ~~~~、何だよただの死にたがりかよ、驚かせやがって……」


 ガンクロスの口から気が抜けたため息とともに悪態が出る。

 しかしナハトは気にした様子もなく、濁った目で天井を見つめるままだ。


「信じるものもなく……わたくしなど生きていても……」

「あぁん? 美人だからってンなこと言うなよこの野郎」

「ガンクロスさん、この人は女性ですよ?」


 イリスの指摘も意に介さず、立ち上がったガンクロスはサングラスの奥で眼光を強めて、横たわったままのナハトを見下ろし勢いよく口を開いた。


「世の中なぁ、生きたくて生きたくて仕方なかったのに、それでも死んでいくしかなかったやつだっているんだ! それなのにのうのうと生きといて、つまんねえこと抜かしてんじゃねえ!」

「……わたくしは……もう疲れました……」

「んだと!?」

「が、ガンクロスさん! 彼女は安静にしないと……!」


 突然激昂しだしたガンクロスを前にして、イリスは彼が何故怒っているのかわからずうろたえてしまっている。

 そこに靖治が一歩前に出た。


「でも、あなたは生き残った。確かなのはそれですよ」


 怒りと絶望の前でも毅然とし、冷酷なまでに事実だけを述べる靖治を前にして、ガンクロスも思わず怒りを消し去られて押し黙った。

 イリスも口をつぐんで目を見張る。靖治にはこういう時がある、どこまでも穏やかで、目の奥に底知れぬ静けさを湛え、見ていて怖くなってしまうほどに落ち着いた雰囲気で語りかけてくるのだ。それはまるで心の底にまで温かな指先を伸ばしてくるかのよう。

 悠然と立つ靖治に、ナハトも気を引かれているようで、真紅の瞳を彼に向けていた。

 ナハトと目を合わせ、靖治は柔らかに微笑みかける。


「あなたは生きている、運がいい」

「……良かった、と言ってよいのでしょうか…………」

「死は優しいけど、だからこそ最後でいい。あなたはまだ生きていて、やれることはたくさんある。それが希望なのか、残酷なことなのか、これからあなたにはそれを決めるチャンスがある」


 靖治はベッドの脇に跪くと、布団の中からナハトの手を取り出して両手で握った。

 体温を分け与えながら、じっとナハトの目を見つめながら、優しい吐息で語りかける。


「まずは観念して体を癒やしましょう。元気になれば何か見えてくるかも知れない。歩くのも、首を括るのもあなたの自由だけど、その前に先のことを見渡してみましょう。それからすべてを決めればいい」


 あまりの穏やかさに、さっきまで怒っていたガンクロスも、息を呑んで見入っていた。

 ナハトはわずかに頭を持ち上げて、靖治の顔をよく見ようとする。


「あなた……は……」

「僕の名前は万葉靖治です。彼女はイリスで、こちらの男の人はガンクロスさん。ここはガンクロスさんの能力の中なんですよ」


 紹介を受けたガンクロスは、気まずそうな顔をして縮れ毛を掻きむしると、ナハトに背を向けて部屋の扉に手をかけた。


「セイジ、オメェさんとイリスに任せる。オレぁ隣の部屋にいるぜ」


 それだけを言って、ガンクロスはゆっくりと扉を開けて部屋から出ていった。

 扉がしまってから、ナハトは枕に頭を預けて力なく息をつく。


「……怒らせて、しまいました……」

「……あの人も、大切な人を失ったことがありますから、思うところもあったんでしょう。気の良い人です、謝れば許してくれますよ」

「……はい」


 ナハトは瞳を閉じながら、少し安心したように呟いた。

 緊張が解れたのを重ねた手から感じ取った靖治は、手を離して立ち直るとイリスへ顔を向ける。


「イリス。ナハトさんのことを診てあげて」

「リョーカイです、お任せください!」


 嬉しげに声を上げたイリスが敬礼を取るのを見て、靖治も一度部屋から出ようとする。

 その背中に、ナハトが上体を起こした。靖治のために力を込めた。


「セイジさん、あなたは凪のような方ですね」


 それに気付いた靖治が振り向く。

 ナハトの眼は先程までの絶望に濁ったものではなく、安らかとした光があった。


「どこまでも澄み渡った、波一つ無い水面のようで……少し、嫌なことを忘れられた気がします……」


 優しくしてくれた人への、感謝の気持ち。

 ナハトの言葉を聞き、微笑んだ靖治はしげしげと頭を下げて、一言だけ残して部屋を去った。


「また来ます、失礼しますね」

 こういう人を書きたくて、靖治が生まれました。

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