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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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69話『闇に這う刃』

 ――日が沈み、夜が更けてきたオーサカ・ブリッジシティ。

 時刻は夜九時を回った頃。2000年代の日本ほどでないにせよ、生活に必要なインフラストラクチャーが整ったこの街は、この時間帯になっても街のそこかしこで明かりが灯っていて、まだ眠らない人々の活動を支えている。


 そして街を次元光から護る空間結界の中心部、リキッドネスファミリーの屋敷の中で、構成員の下っ端が数枚のプリントを抱えて、廊下を小走りで渡っていた。

 歳もまだ二十歳に満たずでまだまだ雑用を押し付けられる立場の彼は、最上階の重要な人物が休んでいる大仰な部屋の前まで来ると、額の汗を拭いて切らしていた息を整え、準備が済んでから恐る恐るドアを叩いた。


『誰だ?』

「夜分遅くに失礼します! アルフォードさんに伝令です!」


 硬い木を彫って作られた重厚なドアが開き、部屋の主が奥から現れる。

 ファミリーの現頭首のアルフォードだ。もう就寝前だった彼はいつものスーツから着替えており、赤いハート柄の模様で全体に彩ったパジャマと、ナイトキャップでウサミミを隠した寝巻き姿でいた。

 中々独特な寝間着を着たファミリーの長に、下っ端は一瞬驚いて目を剥き、動揺を表に出さないよう必死になった。


「どうした? 私はもうお休みの時間なのだが」

「お、お休みのところ失礼しました……ビワ・ファクトリータウンのマイティハートから伝令です」


 噴き出しそうなのを堪えながらプリントを渡す。

 受け取ったアルフォードは紙束に書かれた内容を読むに連れ、眉間にシワを寄せて神妙な顔つきへと変わっていった。


「異世界から転移してきた謎のモンスターを取り逃しただと……?」

「はい、すでにTN(テイルネットワーク)社を通じて賞金がかけられています」


 ペラリとプリントをめくると、そこにはマイトの記憶情報から転写したという敵モンスターの画像が印刷されていた。

 髪を垂れ下げた刀を持った骸骨が、眼孔の奥から危険な灯火を向けてくる瞬間が鮮明に再現されている。


「類似する死霊系モンスターが多数、侍風の本体を中心とした感染増殖型の疑いがあり……備考、マシーンに対して執着心を認める……?」


 いくつか気になる情報を読み上げたアルフォードは、内容を記憶すると紙束を下っ端に突っ返した。


「わかった、お前はこれをオーガストのところにも持っていけ。それが終わったら若い奴らを叩き起こせ、見回りを強化せねばならん」

「了解しました!」


 下っ端が去るのを見届けてから、アルフォードは部屋に戻って急ぎスーツに着替える。


「情報によると、敵が逃げたのは南東方面……イリスくんたちは無事かな……?」


 ネクタイを締めながら、朝方に別れたばかりの彼らのことを思い出していた。




 ◇ ◆ ◇




 そのころ、靖治たちは楽しい晩飯も終わり、ガンクロス夫妻はトランクルームの中にある寝室に姿を消していた。

 そろそろ寝る頃合いだ、その前に靖治は巻取り式のちり紙とランプを持って、焚き火の前から立ち上がった。


「それじゃ、ちょっと影でしてくるね」

「はいはーい、いってら」


 すでに地面の上に野宿のための薄いマットを引き、そこに寝転がっていたアリサは焚き火の炎を見つめながら軽く手を振る。

 しかしイリスは首を傾げて靖治を見つめてきた。


「してくるとは、どういう意味ですか?」

「あぁ、トイレだよ」

「なるほど! ではお供します靖治さん!」


 すっかり機嫌を直したイリスが、ピシッと敬礼しながら靖治の隣に並ぶのを、傍から見ていたアリサは舌を出して信じられなさそうな顔をしていた。


「いや、一人で大丈夫だよイリス。」

「えっ!? で、でも単独行動は危険ですよー!」

「離れるって言ってもほんの数メートルさ。危険がまったくないとは言わないけど、危なかったら声を出して二人を呼ぶし、銃だってあるからなんとかなるよ」

「イリス、ベッタリしすぎよ。トイレくらいガキだって一人でやってるんだから」

「うー、でもでもー……」

「はいはい、あんたはこっち!」


 イリスのことは後ろ襟を引っ張るアリサに任せ、靖治は一人で馬車から離れ、茂みの奥に入っていった。


「ここらでいいかな」


 イリスたちから見えない場所で足を止める。

 ランプとペーパーを足元に起き、ズボンのベルトに手をかけたところで、暗闇の奥で木の葉がこすれるような音がした。


「――――!」


 靖治は息を静かにさせて、ホルスターの銃に指を這わす。ガンクロスからの手ほどきを受けて銃の整備は終わってるし、弾も込めてある。

 ホルスターのベルトを外し、銃のグリップを握って持ち上げると、ゆっくりとスライドを引いて薬室に弾薬を装填した。

 腰をかがめていつでも動けるように身構えながら、音のした方にじっと目を凝らして銃口を向けた。指先は引き金にかけず伸ばしたまま、暴発しないよう慎重に様子をうかがう。


 人か? それとも何らか獣、あるいはモンスターと呼ばれるようなやつか?


 靖治は努めて冷静に警戒する。右手で銃を向けたまま、左手でランプを取って持ち上げる。

 ガラス越しにほのかなオレンジの光が柔らかく周囲を照らし出すが、怪しい影はどこにも見えない。

 しかしその直後、奥の茂みが揺れてそちらに銃を向けると、暗がりから現れたのは、白いもふもふとした小さな獣だった。


「なんだ、ウサギか」


 靖治は銃を持ったまま足元を踏み鳴らして威嚇すると、ウサギは怯えて夜の森へと逃げ出していった。

 改めて用を済ませようとして靖治が銃をホルスターにしまってランプを足元に置いたところで、突如、暗闇の中から布に包まれた何者かが飛び出してきた。


「うわ――」


 布をまとった不審者に覆いかぶされながら、咄嗟に靖治はホルスターから銃を引き抜き、自分に当たらないようだけ気を付けて引き金を引いた。

 静かな夜に乾いた銃声が鳴り響き、焚き火の周りで待機していたイリスは驚いた顔で飛び出した。


「靖治さん!?」

「マジで危険が来たか!?」


 アリサも目を丸くして、慌てて後を追う。

 先に走り出したイリスが茂みの奥に飛び込んで見つけたのは、包帯で包まれた荷物を引きずりボロ布をまとった何者かと、それに押し倒された靖治の姿だった。

 ランプに照らされた靖治たちの姿を肉眼で確認し、急いで拳を振り上げる。


「靖治さんに何をするんですか!?」

「待ってイリス!」


 不審者に殴りかかろうとしたイリスを、靖治の声が静止させた。

 靖治は地面を撃った銃をホルスターに収め直すと、自分に覆いかぶさっていたボロ布の人物を仰向けに転がした。

 ランプに照らされたのは、青い髪をした美しい女性の姿だった。苦しそうな顔は泥に汚れており、瞳は閉じてぐったりと地面に体を横たわらせている。


「この人、敵意はないようだよ。気絶してるみたい」

「診せてください」


 イリスが靖治を下がらせ代わりに女性の様子を診る。元々は看護ロボだったのだ、彼女の診断は信頼におけるだろう。


「もしもし、大丈夫ですか? 聞こえますか?」


 肩を叩いて問いかけるが反応はない。

 イリスは左手の手袋を外すと、人差し指の先からライトを点灯させ瞳孔の動きを確認したり、首の脈から脈拍を測るなどした。

 そうしているあいだにアリサが追い付いてきて、靖治の後ろから顔を覗かせてきた。


「どうしたのよ?」

「行き倒れ……のようです。意識がありません、どうしましょうか?」

「まず保護してみよう。ガンクロスさんたちにも伝えてくる」

「わかりました」


 イリスはボロ布の女性の背中と膝裏に手を差し込んで抱え上げる。

 腕に抱かれた女性の顔を見て、アリサはわずかに息を呑んだ。


「こいつは……」


 青い髪をセミショートにしていたその女性の顔には、少しだけ見覚えがあった。と言っても知り合いというほどでもない。

 抱えられているのは、かつてミズホスの部下たちに捕らえられ、次元光が発生した時には空を飛んで逃げ出していたはずの女だった。




 ◇ ◆ ◇











 どこか遠くの、靖治たちの預かり知らぬ場所で。

 夜の山奥を徘徊していた大きな熊が一頭、背後から喉を刺し貫かれ、地響きを立てながら木々の間に倒れ込んだ。

 その背後の闇から現れたのは、全体の大部分を欠損した骨だけの死霊だった。

 関節に灯した鬼火で骨格を動かす死霊は、暗闇の何処かを睨めつけ、眼孔の奥で不吉な赤い灯火をギラつかせている。


「キ、カ、イ……コワサ、ネバ……」


 白髪を垂らした頭部と右腕だけしか残っていない見窄らしい姿で死霊はなおも動く。右手に力を込め、刃を獲物のより深くへ突き刺すと、刀の刺さった傷口から青白い火が燃え上がり始めた。

 息絶えた熊はあっという間に炎に包まれ、白い煙を上げながら肉体が溶けるように消失し始めた。

 一方、この火に当てられていた死霊は、欠損した部位を再生させ始めた。砕かれたはずの骨が伸びて本来の形を型取り始め、かつてまとっていた衣服までもが紡がれ始める。

 やがて熊の全身の肉が溶け落ちた時には、着物と袴をまとった五体満足の姿となり、侍風の死霊は大地に立ち上がった。


「カツ、ノ、ハ……ワレ、ワレ、ニンゲン、ダ……!」


 そして元の形を思い出した骨の足で歩き始める死霊の背後で、肉体を失った熊の骨がモゾリと蠢く。

 骨だけになった熊の頭部の眼孔に、侍風の死霊と同じ赤い光が闇夜に瞬いた。

 関節に鬼火を灯し、ひとりでに動き始めた熊の骨は、死霊の供に加わり後ろに付き従う。


「グウ……ク……」

「クカ、クカカ、クカカカカカカカカカカカ」


 生きとし生けるものを終わらぬ地獄へ引きずりこみ、数を増やしていく死の群れ。

 今、異世界からの驚異が蔓延りつつあった。

オーガスト「……お前もう少し服のセンス磨いたほうが良いぞ」

アルフォード「何故だ?」

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