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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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67話『捨てざるを得なかった者たち』

 街道の途中、馬車の中でガンクロスがいきなり吐き出したトランク、その中にあった謎の階段を靖治とアリサは下っていった。

 奥行きは何メートルにも渡って続いているが、横幅はトランクと同サイズ程度で一人分程度の幅しかない。

 壁も階段ものっぺりした石材でできた灰色一色の道を下りていくと、行き止まりにあったのは鋼鉄製の水密ドアだった。

 靖治が一度アリサへ目配せしてからドアを押すと、ロックは掛かってないらしくギギギぃと金属音を鳴らしがらドアが開く。


 ドアの向こう側は、床も壁も天井も、部屋の基本がすべて黒光りする鋼鉄で作られた、部屋だった。

 四方8mほどの広い部屋の奥で、机の上に尻を乗せたガンクロスが、ニッと笑って白い歯を見せてきた。


「ようこそ、オレの秘密基地へ!」


 天井から吊るされた照明に照らされながら、ガンクロスはワークキャップを指で押し上げて得意げに言い放つ。

 靖治とアリサはドアをくぐって、部屋の中に足を踏み入れた。


「ここは……」

「ここはオレの持つ隔離空間、通称トランクルーム、だゼ」

「まんまじゃないのよ」

「さっき住んでた村が襲われたって言ったろ? その時にメメヒトと逃げた先にたまたま見つけた泉でよ、泉の妖精ってやつがこの能力をプレゼントしてくれたんさ」

「泉の妖精?」

「よくわからんが、くれるっていうから貰っといた」

「軽いなオイ!」


 ラッキーだけで気安くレアそうな能力を譲り受けて笑っているガンクロスに、アリサがツッコミを入れてツバを散らす。


「出入り口はオレの口かトランクの二択、ここがオレの銃工房ってわけさ」

「なるほどね……移動しながら銃を売り歩くってどうしたのかって思ったけど、これ利用してんのね」


 馬車の荷物の少なすぎるのも、これがあるからだろう。必要な荷物はすべて彼がこの異空間に収納しているのだ。

 ガンクロスは机から降りると「ついてきな」と言って、別の部屋に続くドアを開けた。


「このトランクルームは入り口の部屋の他には四つの区画に分かれてる。一つが住居施設、一つが工房、一つが試し打ちにつかう射的場。後はまあ物置きだ」


 ガンクロスの後に続いて靖治たちが移動すると、別の部屋にあったのはベルトコンベアとその上にたんまり置かれた銃の山だった。


「あれは……」

「さっき買った安モンの銃さ。バカ食いしてただろ?」

「こっちに送られてたわけね」


 オーサカの屋台で、ガンクロスがドラム缶から丸呑みにした銃だ。

 どうやら彼の口内を通じて、このコンベアの上に運ばれてきたらしい。


「こいつをバラして使えるパーツは流用して、残りは溶鉱炉にブチ込んで材料にすんのさ。こうやって経費削減してるおかげで、貧乏人でも買える値段で銃を売れてるんだ」

「こんだけ検分するとか大変じゃないの?」

「心配ご無用!」


 そう言ってガンクロスがサングラスを取ると、そこにあった瞳は先程までとは違っていた。

 黒目の部分にちゃんとした虹彩がある。先程までは白く濁っていて前が見えなさそうだったのに、今は確かに視力があるのが、靖治たちに焦点を合わせている微細な動きから感じられた。


「この空間の中だと視力が回復する。っつーか、空間内のものなら全部手に取るようにわかる。どの銃がガラクタかも一発でわかるし、お前らのポッケに入ってるゴミクズの形から、腹の底に溜まってるクソの重さまでよくわかるぜ」

「うげっ」


 下品なことを言われて、アリサがあからさまに嫌そうなうめきを上げて頬を引きつらせた。


「サイアクよ、このセクハラオヤジ! セイジ、あたしはこんなとこ出るわよ。外でイリスと警戒しとくから!」

「リョーカイ、気を付けてね」


 アリサはマントをひるがえして、元来た道を戻っていく。

 二人きりになり、ガンクロスは「フラレちまった」と肩をすくませると別のドアに手をかけた。


「坊主、ついでに射撃場でオレの銃を撃たせてやらァ、着いてこい」

「はーい♪」


 無料(タダ)で銃を撃たせてくれるらしく、思いがけないラッキーに靖治は声を弾ませてガンクロスを追った。

 扉をくぐった先の部屋は、数十メートルの奥行きがある射撃場で、奥には人型の柄が描かれた紙のターゲットが吊るされている。


「振る舞い方からして銃を撃ったことはねえだろ? 坊主はさっき買ったガバメントがあるが……ちと反動が強いからな、オレのベレッタを貸すからそっちで練習させてやる」

「ありがとうございます」


 靖治は渡してもらった拳銃を手に持った。重すぎず、軽すぎず、絶妙な重みが手にかかる。

 安全装置の外し方、構え方、狙い方、一つ一つを教えてもらって弾薬を薬室内に装填した靖治は、いざ引き金を引いた。


 パン、と火薬の音が響き、ターゲットの右脇腹から数cm離れたところに穴が空いた。発射から着弾までわずかなタイムラグがあるはずだが、靖治の感覚からすると同時にしか感じられない。

 反動はそこまで強くはない、所詮拳銃弾程度であるしブローバックでの衝撃吸収もある。それでも発射の衝撃は、靖治の手の内側でジーンと残って、名残惜しそうに反響している気がした。


「これが銃か……」

「思ったより軽いか?」

「そうですね、でも人を殺すだけの力は感じます」


 本来、靖治が住んでいた日本でなら特別なことがない限り持つすら許されない力だ。それを実際に握って使っていることに、靖治はちょっとした感慨を覚える。

 かつて病弱で明日も知れない身だった男が、今は命のやり取りの練習なんておかしな話だ。

 靖治は冷静な眼差しでもう一度照準を定め、引き金を引く。

 ターゲットの右胸を銃弾が撃ち抜き、排出された薬莢が足元で軽い音を鳴らした。


「そういや、坊主はどうして冒険者の側になんぞ立った?」

「イリスが僕を京都に住まわせたいんですよ。旅をしながら金を貯めるための小遣い稼ぎですね」


 射撃を続けながら言葉を返す。

 引き金を引く。今度は左胸の下の辺りを弾が穿つ。


「僕はイリスに頼らないと生きられませんからね、彼女の願いは極力叶えてあげたい。だからとりあえず、京都を目指して旅してるわけです」

「なんつーか、意外と主体性ないなぁ……男らしくないっつーか」


 病弱だった身で銃の反動は少し応える。一度グリップから手を離し、右手を確かめるように動かしてから銃を握り直す。


「男らしさですか、それは自分が真っ先に捨てたものの一つですよ」


 狙い、撃つ。

 銃弾は胸の中央、少し上に着弾した。


「僕は生まれた時から病弱で、長らく死の吐息を耳元に感じながら生きてきました。周りに頼りきりで、そのことに罪悪を覚えて弱気になれば、あっという間に死の淵の底です」


 当たり前のように息を吐き、当たり前のように言葉を紡ぎ、至極当然のように銃を構える。

 少し教えただけであるが、その姿は堂に入るようでガンクロスはわずかに驚いていた。

 体にわずかな怯えや緊張がない、自然体のまま初めての射撃に当たれている。


「だから、僕は頼るしかない部分では遠慮なくみんなを頼ります、その上で生きていく、それが僕なりの覚悟のつもりです」


 自分が生きるに足らない人間であることも、身の回りの起こることも、何もかもを受け入れて尚も折れることなく立つ。そこに靖治の性質が現れていた。

 どんなことにも迷わない戸惑わない、ただあるがままに身を委ねてその瞬間を生きる、それが靖治の持つ数少ない才能と言って良かった。

 そんな生き方を、支えてくれた人がいる。


「それでも、生きて良いんだと言ってくれた人がいますから」


 靖治の胸に幼い頃に感じた熱が蘇る。

 病院の中、医者たちのあいだも半ば諦めが広がる中、名前を呼んで「生きろ」と言ってくれた人のことを思い出した。


「……姉さん」


 トリガーを引く一瞬、脳裏に浮かんだ幻影に銃口が揺らいだ。

 銃弾は狙いを反れ、左肩の斜め上に飛んでいった。

 そばかす顔に眼鏡を掛けたポニーテールの女性を思い出し、靖治は一度銃口を下げた。


「そうか……ちょいと羨ましいな」


 ガンクロスが呟いた言葉に、靖治は首を傾げながら振り向いた。


「羨ましい?」

「オレもなぁ、こっちの世界に来てからずっとメメヒトのやつに頼りきりでよ。特に視力を失った直後は特に大変で、メメヒトに助けられなきゃいけねえ自分にずっと落ち込んでた」


 ガンクロスの視力は、モンスター襲撃の折りに奪われたものだ。この混沌とした世界でいきなり光を失った人生に立ち、さぞ大変だったことだろう。

 この閉鎖空間の中に引きこもれば一時的に見ることはできる、だが生きるためには外に出て稼がなければならない。

 苦難を余儀なくされた当時のガンクロスが、気落ちするのも無理はなかった。


「だけどよ、どんなに落ち込んでもオレは生きていて、生きているからにはアイツに頼ってでも生きていくしかねえ。そう腹をくくるのに何年もかかった。それをお前は、オレより半分くらいしか生きてねえのにもう覚悟を決めてやがる」


 弱さを語りなおも胸を張る靖治へ、ガンクロスが寂しげな笑いを投げかけた。

 靖治はそれに微笑みで以って返す。


「同情されたことは数あれど、羨ましがられたのは初めてですね」

「まあな、オレだってもっと若い頃なら、お前のことを軟弱者だって馬鹿にしてたろうな」

「あぁ、ありそうですね」

「あっ、否定しろよオイ!」


 声を荒立てるガンクロスに、靖治は茶化した笑みを浮かべた。


「それに僕らみたいなのは少数派でいい、諦めることなんて知らないほうがいいんだから。でしょう?」

「ハッハッハ! そりゃそうだ!」


 自分の力で生きる道を諦めることは、それはそれで辛いことだ。自身の心から血肉を削ぐに等しい。

 お互いに捨てざるを得なかった者への共感があり、哀れみがあり、二人のあいだには奇妙な友情を感じられた。


「しかし坊主、今はナノマシンだらけで随分と頑丈そうな体じゃねえか。一人で生きていけるんじゃねえか?」


 どうやらガンクロスは、靖治の体内まで見通していたようだ。

 確かに靖治の体は、イリスが施してくれたナノマシンの効果で病魔の檻から解き放たれている。


「そうですね、イリスのおかげです。彼女のおかげで、僕は肉体的には健康になった」


 話しながら靖治はターゲットに向き直り、今度は連射の練習を始めた。

 連続で引き金を引くと、小刻みに銃弾が発射され、反動を手に感じながら少しでも的の中央を狙おうとする。


「でも物理的には問題なくても、これまで生きるために色々捨てすぎたせいで精神性が軽くって、周りの人が重しになってくれないと生きられそうにないんですよねー。多分すぐに無茶して死んじゃうんじゃないかと」

「な、難儀そうな人生送ってんなぁオイ」


 バスバスと銃弾を撃つ靖治の背後で、ガンクロスが同情の視線を送ってきた。

 射撃の結果はそこそこ。それなりの的の中央付近を射抜けているが、やはりまだ反動の制御が難しい。

 すべての弾薬を撃ち尽くして、銃の上部が後方に引いたまま動かなくなった。ホールドオープンという状態だ。


「でもそうですね、自分が一人でも生きられるようになるのなら……」


 スライドを戻す。弾がなくなったぶん軽くなったはずだが、射撃の疲労でさっきよりもむしろ重く感じた。

 汗ばんだ手をワキワキさせながら、靖治は笑みを浮かべて振り向いた。


「それは多分、イリスが成長して、一人で生きる意味を見つけられるようになった時ですかね。アハハ」

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