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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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7話『虹の瞳と少女の笑顔』

 メイドの少女は弾の残りのすくないハンドガンを投げ捨て、スカートの下からコンバットナイフを右手に取り出してトカゲ人間たちに斬りかかる。トカゲ人間たちも、手に持っていた銃をスリングで後腰に吊るし「ぶっ殺せー!」を掛け声に素手で応戦し始めた。


 靖治は甲板が素足には熱いため、患者服で膝立ちの状態になりながら戦闘の様子を見守った。

 その反対側では、相変わらず狼男がスコープ越しに少女を覗いている。


「ったく、あのトカゲ共、追い詰められるとすぐ近接戦やりやがるから援護しづらいぜ」


 トカゲ人間たちの鱗にナイフはあまり有効ではないが、メイド少女はジワジワを敵を傷つけて失血を狙いながら、狙撃されないように敵の体を盾として立ち回っている。

 狼男がさっきみたいに銃弾を撃ち込もうにも、トカゲ人間たちが射線にチラついて引き金が引けず、人差し指はピクピクとじれったい動きを繰り返す。

 時間を稼がれもどかしそうに口元を歪めていると、彼の背後でアロハのゴリラが船の外を見ながら声を掛けた。


「アニキ、アニキ」

「ンだよ猿、今回はお前、前に出るなよ。あいつらアホだから同士討ち食らうぞ」

「クライアントがきたウホ」

「はあ?」


 驚いたと言うより呆れたような声を出して狼男が顔を上げる。

 すぐさまゴリラの隣に出て砂漠を見渡すと、砂上を行く一台の装甲車を見つけて銃のスコープで確認した。

 どこぞから流れ着いたらしいあの車は八つのタイヤを回し、角ばった硬い装甲の上には赤黒くて丸く、そして刺々しいフォルムの甲殻がどっしりと構えていた。


「なんだあ? ったくあいつ、腹イタいからオーサカから出ないとか抜かしてやがったくせに、気まぐれな野郎だな」


 スコープの先で、装甲車は土煙を上げて疾走し、車体に合わせて上部に乗った巨体が揺れる。

 堅牢な甲殻に無数の棘を伸ばし、尻尾の先にハンマーのような突起を備えた姿は、正に人型のアンキロサウルス。

 どっぷりした体格で車に二本足で立つそれは、身長3メートルの巨体を腹の底から揺らして、あからさまに傲慢な笑い声を上げた。


「グワッハッハッハッハ!! たっぷり出して調子は絶好!! この世界に流れ着いてからこっち、ツキのない日々もこれまでだ! こんなでけえ戦艦、あんな女ひとりにゃもったいねえ。このオレ様、ドン・ミズホスが貰ってやらあ!!」


 そう言い放ったアンキロサウルス型の恐竜人ミズホスは、装甲車の屋根を蹴って砂漠の上に飛び上がると、身体を丸めて猛烈な勢いで転がり始めた。

 襲撃を掛ける彼に対し、病院戦艦はシステムをクラックされており、無人の管制室は真っ赤な画面にエラーを映したままだ。

 すんなりと戦艦に近づいたミズホスは、転がりながら尻尾で地面を叩きつけ、反動で甲板にまで飛び上がった。


「うぉぉぉおおおおらああああい!!!」


 日差しに影がさし、甲板で戦闘していたメイド少女とトカゲ人間たちも彼の来襲に気付いた。

 慌てて距離を取って散り散りになったところへ、ミズホスの巨大が落下してきて甲板の一部をひしゃげさせる。

 戦艦の上でのっそりと立ち上がった巨体を、影から見ていた靖治は目を丸くした。


「わーお……でかい」


 現れた敵の首魁を前にして、メイド少女は右手に持っていたナイフを握り直し、姿勢を低くして構える。

 何も言わず顔色一つ変えない少女に対し、トカゲ人間たちは切り傷だらけの腕を振り回して、味方の増援に歓喜した。


「ボス! 待ってました!」

「あのアマ酷いんすよ、俺らのキューティクルな鱗をこんなに削いで!」

「やっちゃってください!」

「ぐふふ、いいだろう。ワシにかかればこんな女、けちょんけちょんよぉ!!」


 部下の歓声を受け、ミズホスは巨体を跳躍させると、少女へと飛びかかった。

 逆光を受けてのしかかろうとしてくるミズホスに対し、メイド少女は一度飛び退いて攻撃を回避した。

 ミズホスの巨体が甲板を再度揺らす中、少女はすぐさま突撃し、着地の衝撃で硬直するミズホスの腹に斬りかかる。

 しかしナイフの刃は表面の鱗を滑るだけだ。斬撃を受けたミズホスの腹に傷一つつかないのを、少女は瞬きせずに見つめている。


「――――」

「無駄無駄ァ!!」


 あざ笑いながらミズホスは丸太のような腕を奮って少女を殴りつけようとしてきた。少女は素早く前に走り出て、ミズホスが着地する背後に回り込む。

 しかしこの動きを読んでいたミズホスは巨体をひねり、ハンマー状の尻尾を振ってメイド少女を捉えた。


「――――!」


 巨体から発揮される凄まじい筋力で振るわれた槌が、メイド少女に正面から激突して、彼女の身体を呆気なく吹き飛ばした。

 衝突の際にゴシャアンとトラックが衝突したような音を立てて、少女の身体が宙を矢のように飛び、病院の壁に天地逆しまの状態でめり込んだ。

 磔にされたように壁ハマったまま微動だにしない少女の姿に、影から見ていた靖治は息を呑んだ。


「そんな……死んじゃった……?」


 砕かれた壁の材質がパラリと零れ落ちる音が異様に大きく聞こえた。

 だがそのすぐあとに、少女は壁にめり込んだままグリンと首を動かして敵を見つめると、両手で壁を叩いて爆発的な速度で飛び出した。

 シュタッと甲板に着地した少女は、勢いを殺さずに走り、さっき自分が投げ捨てた拳銃へと走り出す。


 少女は甲板から拳銃を拾い上げるとミズホスの眼球に銃口を向けた。残った弾丸は二発、少女はミズホスの右目だけを狙って迷わず引き金を二度引いた。

 二発の弾丸が銃口から飛び出て、針の穴を通す精密さでミズホスの眼を潰しにかかる。ミズホスが咄嗟に閉じた『瞼』に一発目の弾丸が防がれ、二発目がその背後から更なる衝撃を加えた。


「ぐぬっ!?」


 ミズホスが苦しそうに呻く。弾丸は瞼を貫通はしなかったが、涙目にする程度のダメージを与えた。

 敵が怯んだすきに、メイド少女は姿勢を低くして右手を振り上げて口を開いた。


「トライシリンダー、セット!」


 少女の右手が握られる。次の瞬間、右手にはめた白い長手袋が内側から引き裂かれた。

 手袋の下から現れたものに靖治は目を丸くする。皮膚があるべき少女の右腕は白く、光沢があり、その硬質な腕の肘から手首までのパカリと開かれ、その下から三本のシリンダーが腕の周りに展開されたのだ。

 当たり前だが、こんなことは生身の身体でできることではなく、靖治は驚嘆を言葉にして零す。


「機械……? 義手……!? いや、それともまさか……」


 靖治の前で、メイド少女の右腕に光が集まっていく。

 三本のシリンダーから雷のようなエネルギーを奔らせる女の子のは、顔色一つ変えずに拳を構えた。


「……ロボット?」


 右腕のシリンダーにエネルギーが充填されていくにつれ、少女が見る視界の端にはチャージの状況が常に表記されており、三本のゲージの下で変化する数値を読み上げた。


「シリンダー№1から3。エネルギーチャージ60%……70%……」


 一本目と二本目のゲージは半分を超えた、だが三本目のゲージは底部で揺らめいているだけでそこから上がらない。


「……っ、10%。既定値クリア!」


 低レベルでしか動作しない武装に、少女は一瞬もどかしそうな顔をしたものの、機能の発動に成功した。

 少女の右腕から青白い紫電が放射され、空気が割れる音を甲板に響かせていた時、狼男がスコープで頭部に狙いをつけていた。


「そこだ!」


 トリガーが引かれ、再び凶弾が少女を穿とうとする。だが弾丸が頭部に命中する前に、少女の左腕が持ち上がり、弾丸を手の甲で防いだ。

 弾丸を受けて破れた手袋の下は右手と同じく白い装甲。角度を付けて銃弾を下から跳ね上げた少女の手の甲は、衝撃を物ともせず弾丸を弾いた。


「左っ……おいウソだろ、自己再生機能まで付いてんのか!」


 少女が雷鳴を手にして走り出す。充満するエネルギーを堅牢な外殻で押さえ込み、右手に意思を込めて力を留める。

 疾走する彼女の前でミズホスは巨体を揺らし、涙を浮かべた目を凶暴にギラつかせて、彼もまた右腕を振りかぶった。


「こんの、クソガキャア!!」


 ミズホスの直径50cmはありそうな図太い腕が、ビキビキと筋を立てて振り下ろされる。今度はただ振るうだけでなく、助走まで付けて体重まで乗せた渾身の一撃だ。

 その光景に真正面から対峙しながら、少女は大声を上げながら拳を打ち付けた。


「――フォースバンカー!!!」


 お互いの拳が衝突し合う瞬間、シリンダーの内部に蓄えられた粒子状のエネルギーが、鉄杭のように打ち出され、青白い粒子の奔流を生み出した。

 放射された粒子は疾風のように駆け抜けて、ミズホスの巨体を飲み込み、凄まじい斥力を発揮した。光にさらされたミズホスは吹き飛ばされないように踏ん張ろうとする。


「ぐぉ……この……クソぉおガぁあああ!!!」


 だが抵抗も虚しく、ミズホスの身体は甲板から弾かれて、はるか後方の砂漠の上へと吹き飛んでいった。

 少女は各部の放熱フィンを展開する。二の腕に、スカートの下の太ももに、首と耳裏、人間の皮膚に似せた生体パーツがパクリと割れて、奥のフィンから内部の熱を白い煙と共に放射する。

 そしてコンディションを整えてから右腕のシリンダーを内部に収納し直し、両脇を締め拳を握った。


「ふぅー……よしっ!」


 勝利の決めポーズを取る少女を、靖治は影から眺めながらぽかんと口を開けて見ていた。


「ほぇ~……すっごい……カッコイー」


 派手でカッコよく、そして綺麗な光の奔流だった。どこか無骨さのある技だが、それでもあの一直線な技は少女に似合っているような気がする。

 しかし相手からすれば脅威以外の何物でもなく、頭を飛ばされたトカゲ人間たちは泡を食ってうろたえており「おいどうする!?」「知るか! 俺に聞くな!」などと言い合っている。

 遠くから見ていた狼男も、相変わらず銃を向けながら動けずにいた。


「ちっ、ミズホスの野郎。勝手に出てきて勝手にやられやがって」

「――アニキ~!」


 愚痴をこぼしている狼男へと、第三者の声が届いてきた。

 声の主は病院の影から飛び出してきた。全身からフサフサの羽毛をはやし、両腕には翼を備えた鷹と人を合わせたような男だった。

 鳥人間はくちばしを開いて。甲高い声を上げる。


「アニキ、そろそろ船のシステムも復旧するっすよ! これ以上は危険ッス!」

「そうか、よおし引き上げだ! そこのお前らもボスがやられたんだしとっとと逃げろ!」


 狼男は銃をスリングで肩から提げると、戦艦の甲板から飛び出して砂漠の上へと落ちていった。甲板から砂の地面まで数十メートルはあるが難なく着地する。

 彼をアニキと慕うゴリラと鳥人間、そしてミズホスをボスと呼んでいたトカゲ人間たちも彼に続いて戦艦から脱出した。

 メイド少女は彼らの様子を警戒しながら、深追いはせずに見逃していた。


 そして侵入者が全員船から去ったところで、メイド少女は影から見ていた靖治にグリンと顔を向けた。


「あっ、ども。助けて頂いてどうもありが」


 とりあえず礼を言おうとするが、言い終わる間もなく少女は靖治へ向かって走り出してきた。

 驚いて口を閉じると、少女は靖治の前で急ブレーキを踏み、慌てた様子で顔を近づけてきた。


「お怪我はありませんか靖治さん!? 体にどこか異常は!?」

「へっ? あぁうん、多分だいじょ」


 またも言い終わる前に少女が手を伸ばしてきて、靖治の体をお姫様抱っこで持ち上げた。


「検査します! 付いてきて下さい!」

「いや付いて来るも何も」


 少女は急いで甲板から走り出して、靖治の言葉は再三押し込められた。

 二人はボロボロになったエントランスから病院に入り、奥へと目指した。途中、トカゲ女が倒れたままピクリともしなくなっていたのが靖治の目についた。

 物陰に倒れていたため爆弾の被害は免れていたようだが、彼女のそばには大量の血が流れている。


「ちょっと待って、ストップ」

「すみません、お話は後で聞きます!」


 しかし少女は靖治の言葉を無視して階段を駆け上り、最初に靖治が目覚めた手術室へと連れ込んだ。

 即座に靖治を寝台に座らせ、彼の体を電極を引っ張り出して靖治の体に装着し始めた。

 患者服をまくられ体をいじられる靖治は、くすぐったさに苦笑いしながらもう改めて話しかけた。


「さっきのトカゲの人だけどさ、まだ生きてるかもだけどどうするの?」

「どうするの、とは」

「助けないの? それともあのまま?」


 慌ただしく動いていた少女は、問われて初めて手を止めて靖治をじっと見つめた。


「……すごい、教材で学んだとおりですね」

「教材って?」

「サルベージした、旧文明のサブカルチャーです。映画など」

「映画」

「それではたびたび、敵対的な人間であろうと助けようとする様子が描かれていました」


 気になる言葉が聞こえたが、この際置いておく。

 靖治は目を合わせながら、再び尋ねた。


「それで、どうするの?」

「助ける必要性がありません。しかしそれが靖治さんのメンタリティに影響するならば考慮します」


 彼女の喋り方は、靖治を心配していた時とは打って変わって無機質で機械的だった。


「それじゃあ、問題ないなら助けてあげて、お願い」


 靖治は今がどんな状況かわからなかったが、ここで見過ごすのは目覚めに悪いので一応助け舟を出そうとした。

 一般的道徳心によるものだ。


 それを少女は、じっと虹色の瞳で覗き込んできている。

 その眼の鮮やかな色彩に映っている感情は、果たして何なのだろうか。困惑か? それとも好奇心か?

 それが靖治がわからぬうちに、少女は頷いた。


「……わかりました。しかし靖治さんの検査が先です、この装置を繋いで、スキャンを開始したら行きます」

「……うん、急いでお願い」


 ここは少女に大人しく従った。手術室の機器は心電図のように見えるが、どうやら中身は違うらしく、画面には謎の文字式が流れている。

 靖治と装置を繋いでから足早に少女は出ていった。


 それから数分後、思ったより早く少女は戻ってきた。


「どうだった?」

「手遅れです。手当をしようとしたところ、すでに致死量の出血を確認しました。輸血用の血液もありませんし、助かりません」

「まだ死んではないの?」

「はい、恐らくはもう2、3分で死亡するものと思われます」

「息はあるんだ」


 なら、まだやれることはあるはずだ。


「ボクが、またあの人のところへ行っていいかな?」

「ダメです。早急な検査が必要です」

「じゃあ……君があの人のところへ行って、最期まで手を握ってあげてくれないかな?」


 図々しいお願いだが、他にできる人もいないのだから、彼女へ頼んだ。

 少女は驚いてまばたきをした。


「……何故ですか? どんな意味が?」

「一人は寂しいからね、最期くらい誰か隣にいてあげて欲しいと思っただけさ」


 靖治は病院で色んな死を眺めてきた。

 その中で見ていて一番哀しそうなのが、誰も見舞いに来ず孤独なまま死んでいく患者だった。

 誰だって寂しいのは嫌なのだ、きっと自分も。


「君が辛いなら、できなくても仕方ないけど」

「……いえ、では命令のとおりに」


 少女は再びスカートをはためかせて部屋を出ていった。

 靖治の言葉を遂行するため、廊下を全速力で走る。途中、階段を降りるのが億劫で、窓を粉砕して甲板の上に飛び降りると、外からエントランスに回った。


 走っていた足を次第に遅くして、トカゲ女に駆け寄りながら考えた。

 彼はああ言ったが、こんなことに意味はあるのだろうか? すでに意識は朦朧としていて、隣りにいたところでなにもわからない可能性が高い。

 そもそも意識があったとして、彼女の命を奪った自分がそばにいたところで、悪感情を浮かばれるだけではないのか。靖治の命令は果たして正しいのか。

 だが人間には自分の理解が及ばない未知の領域があるのかもしれないと思い、ここは靖治の指示に従った。


 トカゲ女は微動だにしない。広がっていく血溜まりに立って隣に付いた少女は、スカートが汚れないよう左手で持ち上げながら座り込み、倒れ伏した手に右手を添えた。


「聞こえますか。最期までここにいます」


 そう宣言したが、トカゲ女はやはり反応はなかった。まだ生命活動は続いているが、意識はもはやないのだろう。

 手の平のセンサーの感度を上げて状態を探る、対象の心音が次第に弱くなっていく。

 こうやって間近で死を看取るのは、少女にとって初めての経験だった。だがだからといって何も思わない、何も感じない。見も知らぬ知性体がただの肉塊に代わる、そのことについて何の感想も思いつかない。

 喋る知能を持つ知的生命体なら人と呼んで変わりない、ならば人の死はこんなにも無意味で無感動なものなのか。それともただ自分が知性として欠陥品なだけなのか。


 命とは、尊いものではなかったのか。彼女が見た多くの物語にはそう語られていたのに、この死に際に、その価値を信じられるような何かが起こることはなかった。


 一分もしないうちに、その生命は消え去った。最後の瞬間を観察していて、少女の胸には何の感慨も浮かばない。これが人間なら違うのだろうかと考えながら、手を離して立ち上がる。

 果たして、自分はできることができたのか、悩みながら少女はその場を後にする、血溜まりが靴底に引かれて跳ねる小さな音が、なぜだか耳に残った。

 少女はゆっくりと足音を響かせて、靖治のもとへと戻った。


「どうだった?」

「死亡しました。すでに対象は会話する体力もなく、彼女から何も得るものはありませんでした」

「そっか」


 報告を聞いた靖治は、あのトカゲ女が死んだことは少し残念だが仕方がない、そう思ってため息をつく。

 その様子を、少女は丸い瞳で観察しながら口を開いた。


「意外ですね。落ち込んだ様子がないように見えます」

「ん? あぁそうだね。まあでも、誰だって死ぬ時は死ぬものだからさ」


 ずっと病院で過ごしてきた靖治は、亡くなった人間を見た数は同年代よりも多い。そのため、人の死がどういうものなのかを実感として知っているのだ。

 昨日まで元気に話していた人が、何かの拍子で発作を起こして死ぬこともある。戦場でなら多分もっと急だろう。助けられないなら、それはそれで仕方ない。


「死んだところで何もないなら、どうして私に彼女を助けるよう頼んだのですか」

「何でか……か。あはは、自分でもよくわかんないや、なんとなくだからさ」

「なんとなく……」


 少女は言葉を反芻し、何か考え込んでいるようだった。


「ごめんね、迷惑だったかな?」

「いえ、構いません。人間が不合理な生き物であるとすでに学んでいます」

「旧文明がどうのだっけ。それで君は……」


 ようやく気になっていたことを尋ねると、少女はまんまるに開いた眼を輝かせて嬉しそうに口端を釣り上げた。


「はい! よくぞ聞いてくれました!」


 誇るように張った胸を、機械の拳でドンと叩く。

 彼女の胸の内では、表しきれないほどの喜びが駆け巡り、搭載された主機が光を灯し、瞳の虹彩が煌めいた。


「私は、元は人類防衛都市新東京の第三病院所属の看護ロボXS-556Sから自我を発生させた人工知能です! 名乗る名はまだありませんが、この時を待ち望んでおりました万葉靖治さん! 西暦3000年8月1日の今日にようこそおはようございます!」


 銀髪を揺らし、大きく口を開き、今この場に立ち会えたことの感動を声に乗せる。

 何度も練習していた言葉があったはずが、喋りだした途端に一瞬で吹き飛んで、即興で浮かんだ言葉を並べていく。


「――あなたを生かすこと、それが私が私に課した役割です。よろしくおねがいします!」


 自己紹介の最後に、メイド姿のロボ娘は己が想いを語り、少年へと思いっきりの笑顔で笑いかけた。

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