63話『I'm looking forward to hearing all your stories.』
荷物が詰まったバックパックを背負って歩きながら、靖治は右腰でわずかに揺れる重みに頬をニヤつかせた。
揺れているのは、先程買ったばかりの革製のガンホルスターと、そこに収められたガバメントだ。ホック付きのベルトがグリップの後ろ側から回って、銃をしっかりと押さえ込んでくれている。
銃はまだ整備も終わっていないので弾も装填されてないが、背中の荷物とはまた違う重みに、靖治はつい何度も指を這わして革の厚みと銃の冷たさに酔いしれた。
「ふへへ」
「嬉しそうですね靖治さん!」
「うん、まあね!」
力を持てば使いたくなるのが人のサガだとはよく聞くが、靖治にはその気持ちが今は良くわかった、この銃を試してみたいという気持ちが確かにある。
とは言え、靖治自身には他人を傷つけたいとは思わないし、実際にこれを使う状況にはなりたくないが。そんな状況、控えめに言って大ピンチだろう。
「着いたわ、ここよ」
アリサが足を止めて、靖治も立ち止まった。
「ここがテイルネットワーク社?」
街中にある整った外見の白い建物を靖治が見上げる。
二階建ての幅広の壁には、一枚の看板が掛けられており、その場所の名前と一つの英文が書かれている。
『Tale Network Company -I'm looking forward to hearing all your stories-』
あなたの物語を聞かせて欲しいとは、どういう意味なのだろうか。
入り口は大きめのスイングドアで、さっきから時折人が出入りしている。
靖治が意を決してドアを押して店に入ると、中にはテーブルが並べられ、まだ昼にもなってないのに酒をかっくらって騒いでる人が何人もいた。
「何か普通の酒場みたいだね」
「基本的に併設されてますね、依頼を受ける側は酒飲みが多いですから」
「あたしは、うるさくって嫌だけどねー。二階には宿もやってるわ、普通に泊まったり、隠して交渉する時に使ったりね」
「へえー」
靖治はキョロキョロと店内を見渡した、壁の一角は一面のトルクボードになっていて、沢山の依頼書がピンで止められて、手に取られるのを待っている。
受付の奥は酒瓶が並んでいてここだけ見ると普通の酒場だ、ただ特徴的なのがパソコンと一体化したようなレジスターが置いてあることと、その隣に高さ20cmほどの青いクリスタルが浮かんでいることだった。
アリサが先に進んでカウンターに近づくと、店主らしき豹の顔をした獣人が、ヒゲを揺らしながら叱りつけてきた。
「おい、ここはガキの来るところじゃ……って何だアリサか」
「ようおっさん、ご無沙汰」
どうやら顔見知りらしく気さくに挨拶をしている。
靖治は後に続きながら、イリスに話しかけた。
「ここで依頼が受けられるの?」
「はい、ここで登録者同士のあいだで依頼のやり取りができます。テイルネットワーク社について全容は不明ですが、独自の情報ネットワークを保有しているようです」
「不明なんだ」
「謎が多い企業です」
イリスはわかっていることだけでも、概要をざっと説明してくれた。
「私も利用前に念を入れて裏側を調べましたが、結局は何もわかりませんでした。テイルネットワーク社は何百年か前に仲介業者として現れ、いつのまにか庶民の間で普及していたそうです。旧来のインターネットのような情報通信網がないこの世界において、完璧な情報網を所持し、支店のあいだで登録者の情報について瞬時にやり取りできます。しかしながら情報技術の詳細や、具体的な経営者などは不明。支店を任されているのも雇われ店主ですね」
「どーも、雇われおっさんだ」
イリスの説明に割り込んこんで、カウンターに立った豹人の店主が。細長い尻尾をゆらゆらさせながら紹介にも満たない自己主張をしてくる。
「ただ何故かネットワーク化されてるのは、登録者情報だけなんですよねー。依頼については店によって差があります、大阪みたいな大きな街だと三つほど支店がありますので場合によっては足で行き来して探さないとですね」
「変な話だねー」
仲介業をスムーズに行うのならば、依頼の内容も同時にネットワークに取り込んで閲覧できるようにすればいいだろうに。やる気があるのかないのかわからない仕組みだ。
イリスは説明の続きをするため、カウンターの上に浮かんだクリスタルを指さした。
「そこにある『ダアトクリスタル』という水晶に手をかざして詠唱文を唱えると、それだけでその人の経歴や、依頼を達成できたかどうかなどの確認も済んでしまいます。恐らくはすべての情報が抜き取られているのではないかと推測されてますね」
「ここでの依頼を失敗したり、裏切ったりしたら筒抜けっつーわけなのよ。ここを介さない直接依頼だとあんま関係ないんだけどね、でもランクとかには影響あるらしいわ」
さらっと恐ろしいことを述べるイリスに靖治は首を傾げた。
「正体不明の組織に情報を取られるって、少し危なくないかい?」
「私もそう思うんですけど、ここ以外に信用できる仲介業者はほぼ存在しませんので、依頼を探す場合はここを使わざるを得ないんですよねぇ。それに情報が流出したという話は聞きませんし」
店主の獣人がカウンターに肘を付いてまた口を挟んできた。
「オレら店側に降りてくる冒険者の情報も、当たり障りのない部分だけだな。ランクとか依頼の達成度とか、そのくらいだ。そのランクも基準点不明だ、上が何考えて審査してるのかさっぱりだね。そもそも本社なんてもんが本当に実在するのかどうかわからんが」
どうやら危ない気はするがみんななんとなくで利用しているらしい。心配がないわけでもないが、これだけ安定した業者はこのワンダフルワールドでは希少なのだろう。
「実際に使ってやれば? そっちのほうがわかりやすいでしょ」
「そうですね。では店長さん、私の登録カードを再発行願います」
「はいはい、んじゃクリスタルに手をかざしてね、アレ唱えてね、アレ」
カウンターの前に出たイリスが、クリスタルに近づくとそこに手をかざした。
一呼吸置いて何かを思い出すと、ゆっくりとキーワードとなる言葉をその整った唇で紡いだ。
「『我ら善悪に惑う幼子、生命の果実は蒙昧な唇の上に』」
詠唱が終わるとクリスタルの隣にあるレジスターから顧客側に向けて、カシャッと音を立てながら一枚のプラスチックカードが現れた。
レジスターの液晶画面にも情報が映っているようで、店主は画面を見て内容を確認する。
「どれどれ……うおっ、『ゴールド級』か! やるなお前さん」
「ふふーん、どうですか靖治さん! すごいですよ!」
「すごそうだけど、それってどれくらいすごいの?」
「上から二番目ですよー!」
イリスがカードを手に取ると、そこに書かれた内容を靖治にも見せてくれた。
――――――――――――――――
種別:ロボット ランク:ゴールド級
カルマ:ライト
クエスト依頼数 0/0 0%
クエスト受領数 6/6 100%
裏切り回数 0
――――――――――――――――
短い記入の右隣に、イリス本人の顔写真が入っている。思った以上のシンプルさに靖治は目を丸くした。
「情報これだけ?」
「ハイ、表記される情報は少ないですが、逆に絞っているおかげで冒険者側も利用しやすいみたいですね。名前や経歴、戦闘技能などはできるだけ隠しておきたい人も多いですから。ランクは一番上がクリスタル級、その次にゴールド、シルバー、ブロンズと続いて、その更に下がボーン級です」
「あたしらのあいだで冒険者だの傭兵だのって呼び合ってるようなのはブロンズ以上よ、ボーン級は基本的に依頼を頼んでくる一般庶民とかね」
「へぇ、依頼をするにも登録が必要なんだね」
「それと……重要なのはカルマですね。相変わらず判別方法は不明ですが、重たいほど信用できない、という風潮です」
イリスが説明する隣で、アリサが 「おっさん、あたしのも」と言いながらクリスタルに寄って、イリスと同じ文言を呟いた。
レジから出てきたカードを取り、表記にアリサは渋い顔をする。
「うげっ、シルバーに落ちてるしっ。ミズホスのトカゲ共の件かぁ……? いや、他には影響してないからギリセーフ……あっ、でもカルマもミドルからヘビィに……」
なるほど、日頃の行いによってランクとカルマが変動するということらしい。
情報の詳細は伏せられながら、おおよその実力と人間性を推し量れることが、テイルネットワーク社が仲介業者として人気の秘訣なのだろう。
「まあいいわ、おっさん。明石京都方面への護衛依頼とかない?」
「自分でクエストボードチェックしろよ。まあ、今んとこはなかったような……」
店主が律儀に答えてくれていると、靖治たちの背後で店のドアが開いて新しい客が二名、足を踏み入れてきた。
その二人組はカウンター近くにいる靖治たちに気がつくなり声をかけてくる。
「あなた、彼らは……」
「おぉ、さっきの坊主たちか!」
聞き覚えがある声に靖治たちが振り向くと、そこにいたのはボロいガンショップで知り合ったサングラスの男とその妻らしき細目の女性の二人だった。




