61話『通りすがりのガンスミス』
路地裏の隙間に建てられたボロっちい屋台と、そのそばに置かれた安売りの銃が詰まったドラム缶へと靖治は近づいた。
カウンターの奥では、油だらけのオーバーオールを着た頭頂部の禿げた中年の男性が、口に咥えたパイプから煙を浮かべている。
「坊っちゃん、銃見んのかい?」
「はぁい」
「そうか、じっくり選びな。おっちゃん奥いるから、決まったら呼んでくんろ」
そう言って店主は口から煙を吐くと、屋台の裏にある路地裏へと引っ込んで、何やらゴソゴソと作業を始めてしまった。不用心だが盗まれても構わないくらいどうでもいい商売なんだろう。
「うーん、でもこんなのから選んで大丈夫かなぁ。暴発とか怖いよ」
「ならば私にお任せください!」
ドラム缶の前で選択に迷っていると、隣に現れたイリスが敬礼のポーズを取りながら割り込んできた
イリスは左手の白い長手袋を脱ぎ取って銀色の機械の手を露わにし、その芸術品のように繊細な指を伸ばすと、指先から何やらキィンと小さい耳鳴りのような音が漏れ出して空気を叩いた。
「指から微細な振動波を発して、銃の内部を非破壊検査します。これなら靖治さんに不良品を掴ませませんとも!」
「おぉー、何でもできるねイリス、頼りになるー」
「むふーん! そうでしょうそうでしょう!」
細かい振動で空気を揺らしながら鼻を伸ばしたイリスは、早速ドラム缶の中から銃を漁りだした。
「んーと、これはダメです、スライドのスプリングが萎びてます。こっちもダメー、引き金の部分が壊れててユルユルです。うわ、こっちなんて銃身がすっごく歪んでます、ダメですね。んーと、これはー……」
「ねえちょっと、銃ってそんな細かくみないといけないもんなの?」
「そうだよー、ちゃんとしてないと危ないよ」
下手な不良品など使えば上手く動作せず壊れてしまったり、暴発してしまったりする危険性すらある。これは命に関わる問題だ。
靖治のために真剣な表情でドラム缶の中から銃を漁るイリスは、やがて声を上げて一挺の銃を取り上げた。
「むっ、これです! この銃が良いです!」
「おっ、ベレッタ! カッコいいねー!」
黒光りするスマートな美しいラインはベレッタ・モデル92。かつては軍隊で制式採用もされていた銃であり、映画などでも大活躍のハンドガンで靖治も名前くらいは知っていた。
無駄を削ぎ落とした惚れ惚れするような機能美に、間近で見た靖治は思わず生唾を飲む。
「ありがとうイリス、じゃあ早速それを」
「――止めときな、良くないぜそれは」
しかし購入を決断しようとする直前、後ろから男の声が届いてきた。
靖治たちが後ろに振り向くと、そこにいたのは二人組の男女だ。
男の方は目元に色の濃いサングラスを付けており、細身だが筋肉質な身体にミリタリーベストを着て、縮れ毛の髪の毛の上にワークキャップをかぶった30歳台の男性だった。腰の両側にガンホルダーをぶら下げており、ゴツイ白銀の拳銃が収められている。
その隣には中東風の赤いドレスを着た年下の女性が、男の左腕にそっと寄り添っていて、細目で優しく微笑みながら栗色のセミロングヘアーを揺らしていた。
「エキストラクターがすり減ってる、それじゃあ薬莢が排出されんぜ」
「えっ?」
男がイリスの銃に指を差して指摘してきた。
慌ててイリスがもう一度銃に指を這わして振動波を確認すると、ハッと目を見開いた。
「あっ……この人の言うとおりです」
エキストラクターとは、銃弾を発射した後の空薬莢を引っ掛けて排出させるでっぱりだ、これがすり減っていたりすると薬莢の排出に失敗して次弾が撃てなくなったりする。
「ちょっち待てよ、この中から選ぶ、な、ら……っと」
サングラスの男は連れの女を置いて歩み出ると、イリスの横からドラム缶に腕を突っ込み、安売りの銃をあさり始めた。
そしてすぐにその中から選び取り、掴み上げる。
「こいつだ、M1911コルト・ガバメント。カスタム品でグリップの安全装置がねえみたいだが、まあそれも良いだろう」
男が言っている安全装置はグリップセーフティと呼ばれるもので、要はしっかりと握り込まないと発射されない仕組みなのだが、利便性を考慮してか外されていた。
ガバメントはイリスが選んだベレッタより前の世代の銃だが、こちらも軍隊で使用されていた信頼の置ける銃だ。
イリスはガバメントを受け取ると、振動波で精密に検査する。
「確かに、問題なさそうです。でも靖治さんに使えるでしょうか?」
「なんだ、もしかしてそっちの坊主が使うのか?」
「はい、そうです」
「こいつの使用弾は.45ACP弾。坊主の腕にはちっと反動がキツイ気がするが……まっ慣れりゃいいか。こんな世界だ、これくらいの威力はねえと通じねえわな」
「親切にありがとうございます」
「礼はいらねえ。それよりこいつは良い銃だ、整備もちゃんとしろよ」
靖治が頭を下げていると、店の奥から店主の男性がオーバーオールで手を拭きながら再び顔を出してきた。
店主はサングラスの男を見つけると、驚いた顔で話しかける。
「おや、ガンクロスさん。来てらしたんですかい」
「おうよ、またこのドラム缶の、全部貰えるか!?」
「えぇ、金さえ払ってくれるならもちろん」
「んじゃあ、いつもの金額で」
交渉がされるなり、男の隣から連れである細目の女がぬっと前に出て、男の代わりに財布からお金を手渡していた。
金額を確認して「はい、確かに」と店主が唱えるなり、質の悪いドラム缶の前に近づいたサングラスの男は、腰を落としてドラム缶に手をかけた。
「そんじゃあ、いただきまーす」
男はそのままドラム缶を持ち上げると、あんぐりと大口を開けてドラム缶をひっくり返す。
目を見開く靖治たちの前で、安売りの商品は次々とドラム缶の中からガラガラと転がり落ちて、男の口の中に吸い込まれるかのごとく入っていった。
人間が銃を飲み込む異様な光景に、靖治たちは思わず唖然としていた。
「こいつ、銃を食っとる……つーか丸呑み……」
「……この時代の人間って、みんな銃を食べるもんなの?」
「いやいや、まさかですよ!」
「ぷはぁー、ごちそーさん!」
靖治たちを驚かせながら、食事が終わった男がドラム缶を下ろして音を鳴らした。
ドラム缶の中身は空っぽだ。山積みにされた銃をすべて飲みこんだと言うのに、恐るべきことに男の腹はこれっぽっちも膨れていない。
しかし細目の女がドラム缶の中を覗いてみると、底の方に転がっていた一本のネジを目ざとく見つけ、手を伸ばして綺麗な指でつまみ上げた。
「あらあなた、こんなところにネジが。お残しはいけませんよ、はいあーん♪」
「あー……んっ!」
手渡しで食べさせた貰った男は、ゴクンと喉を鳴らして最後のネジを飲み込んだ。
満足したようにうなずくサングラスの男の左腕に、細目の女が再び寄り添う、どうやらそこが定位置らしい。
「そんじゃあなガキども、銃使う時は気ぃ付けろよー!」
女を侍らせた男は、そう言って手を振りながら靖治たちに背を向けて、店の前から去っていってしまった。
「何だったのでしょうかあの人……」
「まあ、ワンダフルワールドだしねえ……」
「ここって色んな人がいるねぇ……」
人混みの中に消えていく男女の影を見ながら、三人が突っ立っていると、店主のおじさんが銃を持っているイリスに声をかけてきた。
「嬢ちゃん、その銃買うのかい?」
「あっ、はいそうです!」
「ガンクロスさんが選んだんかい? だったら問題ねえわな」
「あの人、そんなに有名なんですか?」
靖治が尋ねると、店主は頷いて誇らしそうに言った。
「まあな、あの人は良質な銃職人、金ねえ庶民の味方さね」




