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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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58話『方針を立てよう』

 力自慢大会を抜け出してイリスとミールが川辺で殴り合った――あとついでにアリサも殴り合わされた――日から一夜明けた朝。

 リキッドネスファミリーから貸してもらった客室で、靖治とイリスとアリサの三人は、丸テーブルを囲んで椅子に座り、大阪の街で最後の会議を開いていた。


「で、これからどうすんのよ」


 体裁上雇われの身であるが、何かと面倒見がいいアリサが机に肘を置きながら真っ先に尋ねた。

 難しい問題に、イリスは頭を抱えて身体をねじりながら苦悶を漏らす。


「うむむ、まさか予定していたルートにピンポイントで次元光がくるなんて……」

「ツイてないけどこの世界じゃままあることよね」

「まったくもって面白いねー、ワンダフルワールド」

「ちっとも面白くありません、メイドとして靖治さんには快適安全な生活を提供しなければ!」


 相変わらずのほほんと構えている靖治に、イリスが握りこぶしで机を叩き、断固として付き人の意思と姿勢を表明する。


「僕は住めるならどこでも良いけどねー」

「しかしそれならば安全なところで住むに越したことはありません! 最低でもこの街からは出たほうが良いでしょう」

「そうよね、リキッドネスが死んで裏じゃ組織争いがヤバイし。アルフォードのやつも甘そうに見えて、組織のトップ任される程度には腹黒よ、このままここにいたらあたしらのこと利用しようと、ゼッテー面倒事に巻き込んでくるわよ」


 現在のオーサカブリッジシティは、先代の統治者が死んで何かとゴタゴタが多い、普通に過ごしていても危険があるかもしれないし、イリスとアリサほどの戦闘力がある者が放って置かれるはずがない。

 この状況から逃れるには大阪を出るしかないだろう。


「今ここらで安全にこだわるなら、琵琶か京都なのは確かね、ビワファクトリーの方はどうなわけ?」

「い、いえ、琵琶湖のほうは住むにはちょーっと問題が……」

「そう? まぁあそこ物価高いしね、余所モンが入れる雰囲気じゃないか」

「それだけじゃないんですけどねー……ゴニョゴニョ……」


 後ろめたそうに口ごもって顔を背けるイリスと、アリサが疑わしい眼で見つめた。


「それだけって何なのよ?」

「いえ! 全然問題ないと思うんですけどね!? ちゃんとリキッドネスに予知を依頼して、やっても問題なしって言ってもらえましたから!! 私のしたことでマイティハートに因縁付けられるようなことは多分!!」

「ちょっと待て、ホントに何やったお前!? まさか統治者に喧嘩売ったのか!?」

「あががががが、ひ、秘密ですー!」


 とんでもないことを口走ったイリスの頭を、声を荒げたアリサが引っ掴んでグラグラと揺らして問いただした。

 何やら緊迫感が生まれてきた空気を、靖治が相変わらず呑気そうな態度で止めに入る。


「まあまあ、イリスの秘密を暴くのはまたの楽しみに置いといて」

「楽しみにしないでください!?」

「まずは京都に行くことが目標に変わりはない、それで良いよね。ルートは?」

「琵琶湖側からが無理なら、砂漠に沿って西側へ、明石らへんを経由して北上って辺りよね」

「アリサさんの言う通りで問題ありません、細かいルートは歩きながら状況によって決めましょう」


 西暦2000年代の京都なら大阪と琵琶湖の中間あたりに都市があるが、1000年経ってこの世界では転移により街がまるごと油田に入れ替わっているらしい。

 前時代では山ばかりが続く位置に、今は新しい京都と呼ばれる街があるのだ。


「つっても京都に行って居住権もらえるアテあるの?」

「ふっふっふ、問題ありませんよアリサさん」


 疑問を呈したアリサに、イリスが得意げに笑みを見せた。


「私は強い、それでもってアリサさんも強い」

「まあね」

「つまり京都の用心棒として雇ってもらえれば!!」

「あんたそれ世の人はノープランって言うのよ???」


 頭が硬い一方で、肝心なところが曖昧なイリスに、思わずアリサはジトッとした視線を投げかけた。


「大体ソレって、あたしらでこいつを養うってことになるんじゃ……」


 そしてイリスとアリサの両名は、この場で唯一の男にして一番貧弱な無能力者である靖治へと顔を向ける。

 二人に見つめられて、靖治は自信満々に親指を立てた。


「大丈夫! 世の中専業主夫って言葉もあるよ!!」

「何が大丈夫じゃバカタレ、ちょっとは悪びれろ」


 とは言え、コールドスリープから目覚めたばかりの靖治は手に職もコネもなく、現状頼れるのはイリスたちしかいないのだから、仕方ないことではある。それでもここまで堂々とヒモ発言をできる胆力は、頭のネジが外れているが。


「っていうのは半分冗談として」

「半分なのか!? そうなのかオイ!?」

「現状、僕たちに将来的な見通しを立てられるほどの余裕はない、まずは京都に行って、他のそれから考えよう」

「ハイハイ! 靖治さんに賛成です!」

「はぁー……それしかないってのはわかったけどさ、一つ問題があるのよ」


 ここまでは妥当だ、だがここからが最大の問題だとアリサは力強く机を叩いて立ち上がった。


「歩いて京都にいくほどカネが!! ないのよ!!!」


 上から勢いよく言い放ったアリサを、イリスと靖治は緊張感がないままぼんやりと見つめていた。


「お金ですか?」

「そうよ!! 根無し草の何が大変かっつーと金がかかることよ! 飯屋で食えば自炊より金がかかる! 野宿するなら道具もある程度揃えなきゃだし、宿屋に泊まれば寝るだけで金が飛ぶ!! 歩いて行くってのにこれじゃ京都まで全然足らない!!」

「そうなのですか!?」

「そうなのよ、あんたロボットだからわからんでしょーけどね!」


 イリスがまったくの予想外という様子で顔を青ざめさせているのに対し、アリサは苛立たしそうな態度で毒を吐いて座りなおす。

 しかしお金がないのも、アリサが街に掛けた迷惑分の賠償金を靖治たちが肩代わりしたことが原因なので、アリサも強くは言えないが。


「アリサの賠償金でほとんど使ったからねー、でもホントにまったくないの?」

「いや、旅立ちの支度金くらいはあるわ。つっても街出て数日で使い果たすわよ」


 アリサは元々自前の道具を持っていた、イリスを襲撃するまえに街の預かり屋にしまっていたが、昨日の内に回収して取り戻してある。

 イリスはロボットであるから装備なしでも問題なしであるし、新たに購入が必要なのは靖治の分だけ、そこまでお金はかからないはずだ。


「じゃあ歩きながら金策もしないといけないわけだ、どうすればいいかな?」

「まあ、テイルネットワーク社で仕事探しつつ渡り歩くしかないわね」

「テイルネットワーク?」

「平たく言えば冒険者に依頼を斡旋する店ですね、情報が抜き取られるという悪い噂もありますが、これ以外となると直接契約しか手がありません」

「冒険者!! いいねぇー!」


 湧いてきた胸ワクワードに、靖治は途端に目を輝かせて鼻息を荒くした。


「となると、一番良いのは集落を移動する護衛依頼などでしょうか?」

「ベターよね、それなら道すがら金が貰えるし、運が良けりゃ食費も出るわ」

「よしよし、それで行こうよ! 楽しそうだ」

「遊びじゃねえっつーの」

「わかってるさ、ってことで僕から真剣な提案も一つ」

「なんですか?」


 靖治は顔の前で手を組んで、真面目な顔で切り出した。


「僕も武装したい、最低限自衛できるくらいの強さが欲しいんだ。ひとまず手頃な銃でも調達するのが一番かなって思う」


 その言葉に、アリサは当然といった様子で頷いていたが、イリスは眼を丸くして、驚きのあまり声を失っていた。


「ミールさん見てたら僕も滾ってきちゃってさー、やっぱいざって時には少しくらいはイリスたちに頼らなくてもいいくらいに……」

「だ、ダメです! そんなの了承できません!!」

「どうしてよ、銃くらい待たせてやったら良いじゃない。あたしは賛成よ」


 慌てて反対し始めたイリスだが、アリサは靖治の側だった。そもそも様々な能力者やモンスターが跳梁跋扈するこの世界で、無能力者が丸腰でいることの方が非常識なのだ。

 街の中で縮こまっているだけならまだしも、外に出て世界を旅してまわるというのなら、武器の所持は相応の準備だろう。アリサが言った旅支度には、そのことも含まれているつもりだった。

 だがイリスはあくまで反論する。


「だってそんなの……銃なんて危険です! 靖治さんの身は私がお守ります!!」

「ありがとうイリス、でも危険から身を護るための銃だよ。それに常に状況が許してくれるとは思えない、この前だってイリスとはぐれちゃったしね」

「うぅ、それはそれすけど……」

「ハッキリしないわね、あんた何が嫌なわけ?」


 銃を持つこと自体が危険の裏返しなのは事実だが、それにしたって持たないほうが危ないだろう。

 それなのに反対するイリスに、アリサが懐疑的な視線を向けると、イリスは気を落として小さく口を動かした。


「だって……また靖治さんが、危ないことをしないか不安です……銃を持って強くなったら、もっと無茶して死んじゃわないかって……」


 イリスの懸念はこれまでの靖治の行動を考えるともっともで、思わず不安を聞かれた二人は押し黙ってしまった。

 微妙な空気の中、アリサがなんとかしろと目配せし、靖治も当然それに頷いてイリスに向き直る。


「心配かけてごめんよ。でもイリス、信じてほしいのは、僕は決して死にたがりというわけじゃない。銃を持ったって戦場に突っ込んだりはしないよ、せいぜい後ろで牽制する程度さ」


 嘘は言っていないつもりだ、生死を分ける危ない橋も平気な顔で渡ろうとする靖治だが、あくまでそれらは自分が生きるために必要なことだからやっているに過ぎない。

 靖治は一つ一つ自分の意思を明らかにし、真摯にイリスへ語りかけた。


「自暴自棄になって自分から死に目に向かう人はいるし、僕はそういう人を見たこともある。僕もそんな人達と同じ道を歩むんじゃないかって、イリスが心配しているのかもしれない、けど僕は未来に希望を持ってるし、生きることには貪欲なつもりさ」

「逆に貪欲すぎて狂人なのよあんたはよー、あたしを手に入れるために命まで天秤に掛けやがって」

「まあ、他の人とは死生観がズレてるのは自覚してるよ。でも命を賭けるのは、そんなにするつもりはないよ」


 命懸けを"そんなに"と述べる時点ですでに並外れているのだが、靖治の気持ちが未来に向いているのは確かだ。

 そのことだけは伝わってきたイリスだが、それでも不安が晴れたわけでなく、虹色の瞳ですがるような視線を靖治へ向ける。


「じゃあ約束してください、もしもの時は私よりも靖治さんの生存を優先してください」


 そして弱々しくも、ハッキリとした口調で言葉を続ける。


「銃を持つならば、必要な時は私ごと敵を撃つ覚悟をお願いします」


 イリスの頼みに、靖治は少し困った顔を浮かべた。


「……イリス、その言葉の意味は重いよ」

「そうですか? でも私はホラ、ロボットですから! 頑丈だから多少撃たれる程度は問題ないです!」

「そうじゃなくて、大切な人を傷つけるのは悲しいことってことさ」

「はい?」


 イリスの言っていることは靖治に自らの手で仲間を傷つけろという、ともすれば非情な選択を強要するものであったのだが、本人はよくわからないという様子で首を傾げている。


「……いや、わかったよ、それでイリスが安心できるならそうしよう」

「やった! 約束ですよ!」


 靖治のほうが折れると、イリスは嬉しそうに握りこぶしを作って笑顔になった。

 しかしその光景の危うさに、見ていて気を揉んだアリサが、横から靖治に耳打ちする。


「セイジ、いいわけ?」

「しょうがないよ、イリスのことを無視して危険な手を打った僕の自業自得さ」

「そりゃそうでしょうけどよ、できない約束しても後で辛いわよ」

「その心配なら大丈夫さ」


 いざという時、イリスを巻き込んで引き金を引けるのか、その疑問に靖治は眼鏡を掛け直しながら冷たい目を見せる。


「むしろ、躊躇なく撃ててしまったらのほうが怖いね」


 その心配に、ある意味セイジらしいなと、アリサは思った。

 靖治が自分の命と他人の命を同列に扱っているなら、自分の命と同じように他人の命も平然とベットに入れられるかもしれない。靖治は優しくあれるよう努力しているが、同時にそういう身勝手さも持っている人間だった。


「まっ、あんたらの関係に口出す義理はないか、せいぜい気ぃつけることね」

「うん、アリサも心配してくれてありがとう」

「べ、別に心配とかそんなんじゃ……」


 靖治が軽く微笑むと、アリサはしどろもどろに視線を外した。

 可愛くて頼れる味方がいることに靖治は嬉しく思いながら、そろそろ話を打ち切って机の前から立ち上がった。


「さて、おおよその方針も決まったし、出発しようか」

「了解です! 元気よく行きましょう!」

「とっとと出ないと延滞金でも取られそうだしね」

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