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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
四章【The third edge.】
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57話『琵琶湖の攻防――勇敢なる機械の勇士マイティハート――』

 ――未明、琵琶湖の北部に湖を囲むように形作られたビワファクトリータウン、そこから西3kmの地点にて。


 街の空間結界の外側、開けた平地には草花の絨毯が敷かれ、まだ夜が明けない地上で風に吹かれてざわめいている。

 その中の一輪、暗闇の中で咲き誇っていた名も知られぬ白い花が、上から落ちてきた白羽に切り裂かれて花びらを散らした。


「グ、ウゥ……」


 うめき声をあげて、刀を杖のようにしながら這うような体で地を行こうとするのは、肉のない骨だけの姿の死霊だった。

 彼、もしくは彼女から生前の臭い感じさせるものは、肩に掛けられたボロボロの着物と、頭骨の右半分にだけに残っている白い髪の毛、そして手に持った一振りの日本刀だけであり、失った肉を鬼火のような紫色のオーラで補っていた。

 骨の関節を揺らめく火が軋ませ、すでに死した躯を突き動かす。

 ソレは虚ろな眼孔の奥に、執念の籠もりし不吉な赤い光を宿しながらも、今は自ら戦うことをせず何かから必死に逃げていた。


「待テェイ!!」


 そこに後ろから、合成された機械的な声が野原に響き渡り、目が眩むような照明が浴びせられた。

 遠く琵琶湖にそびえ立つ巨大建造物から投射された、大電力のサーチライトによる光線を後光のように背負い、声の主は立っていた。

 巨大な二つの手のようなユニットを両脇に浮かばせて仁王立つ人型の物体、喉元にハメ込まれたスピーカーからけたたましい合成音声を紡ぎ出す。


「コのビワファクトリーは! 大宇宙航行機動兵器サテュロスの名誉アル頭脳ユニットである、マイティハートのマイト様が治メル土地だピポ!」


 逆光の中、胸部に取り付けられた液晶画面に笑い顔のアイコンが表示される。

 やたらと威圧的な電子音を並び立てるそのボディは、光沢の目立つ艷やかな金色で流線型を形成し、頭部に二つの複眼バイザーを青く光らせている、見るからに生き物でないとわかるチープな形の"いかにも"なロボットだった。


「キサマのような狼藉者ガァ~、傷つけテ良いようナ安ッポイ街ジャナイのだピッポッパッポ、ポッパッパ!!」


 自らを勇敢なるものと名乗ったそのロボットはただの端末だ、本体は琵琶湖の湖畔に不時着した白い機動兵器、名はサテュロス。それは上半身が人型、下半身がスカートの形をした足のない形をしており、全高1.5kmの巨体を湖畔から天へと突き伸ばしている。

 ビワファクトリータウンと名付けられた街は、その機動兵器サテュロスを中心として発展した街であり、同機体の頭脳ユニット『マイティハート』こそが、この街の統治者なのだ。


「ワタシの街ニ攻メ込んでキタのが運ノ尽キダ! 他のザコ死霊共々、完膚無キマデ滅殺! 瞬殺! 完殺シテヤロウォ! ピーッポッポッポッポッポッポーゥ!!」


 この調子乗りのマイトが守護するビワファクトリーは、現在は謎の死霊モンスターの群れに襲撃を受けて、雇われた冒険者や街の防衛組織が戦いに駆り出されていた。

 襲撃してきたのは、恐らく前日の次元光による転移してきた、異世界の亡霊系モンスターなのだろう。

 もっとも激しい戦場では狼や鹿、イノシシから猫など、様々な骸骨の死霊がひしめき合い、世界を憎むような恐ろしい慟哭をあげて街の戦力とぶつかっている。


 サテュロス本体から照明を浴びせられる侍風の死霊がいるのは、戦いの本流から離れた場所だ。ここからでは防衛部隊の姿は暗闇に紛れて見えず、戦闘の怒声や銃声が小さく聞こえてくる程度だ。

 そんなところに逃げてきた侍の死霊を、西暦から遥か未来の文明からワンダフルワールドへとやってきたサテュロスの頭脳ユニット、マイトの端末が見つけ出したのだ。

 マイトは複眼バイザーをピロピロと光らせて骸骨の死霊を確認すると、逃げようとしている背中に手型の砲撃ユニットを向けた。


「クインテットウェポン起動! レールガン及びガトリングガン斉射!! 次いでプラズマ砲スタンバイ……ウテェェエー!!!」


 対になって浮遊する手型砲台クインテットウェポンの人差し指と中指から、磁気で加速された弾丸と火薬を用いた一般的な銃弾が次々と放たれて、死霊の姿はあっという間にどしゃ降りの銃弾と、耕された地面の砂埃に包まれる。

 更には土煙に飲まれた目標を赤外線、及びレーダーで正確に把握し、親指から発射された光球がバリバリと空気を引き裂きながら着弾した。

 しかし破滅的な音を立てて地上を食い尽くす雷の中から、死霊が刀を握り、鬼火の尾を引きながら飛び出してきた。

 サーチライトに照らされた死霊は今の攻撃で左半身を失いながらも、残った骨をケタケタと揺るがしながら飛び掛かってくる。


「クケケケケケケケケカカカ!!!」

「フン、ムダだ、下品なヤツメ」


 だが振りかぶった刀で斬りかかろうとしたところで、不可視の壁が死霊に電撃を流し込んだ。事前に展開されていた電磁バリアだ。ガクガクと震える骸骨に対し、マイトの胸部液晶モニターのアイコンが「あっかんべー」と舌を見せる。

 電撃に弾かれた死霊は羽織った着物から煙を上げながら地面に叩きつけられ、かなわないと見るや再び逃走の姿勢を取り、刀を握った右手と右足だけで地上を駆けていく。奇っ怪な動きであるが、そのスピードは豹のように速い。


「グククッ」

「逃げても無駄ナリィ!! マイクロミサイル発射ァ!!!」


 勢いづいたマイトが、クインテットウェポンの手の甲から無数のミサイルを発射させた。

 煙を吐きながら追いすがる小型のミサイル郡は、地上を這う死霊に大雨のように降り注ぎいくつもの爆発を引き起こす。

 その爆炎の中から、とうとう右足さえも失い着物も焼き尽くされた死霊が、なおも逃げようと右腕一本で飛び出した。


「ムウ、コイツは物理攻撃デハ倒レンか、他ノ雑魚とは違ウナ」


 大火力で圧倒するマイトだが、いかんせん科学ではファンタジーな存在相手には決定打に欠ける。雑魚の死霊相手なら鉛玉で十分粉砕できたのだが、どうやらこの侍の死霊相手にはそれでは足らないらしい。

 肝心の"核"となる部分に攻撃が通用しないようだ。


「ダガ!! ソレはお前が群レノ本体ダトいうことノ証左ナリィ!! キサマさえ倒セバ、街ハ守ラレ住人はワタシを讃えようピッポー!!」


 マイトは二つのクインテットウェポンを操作し、小指だけを立てて死霊に向ける。

 ポンと軽い音共に指先の銃口から青白い塊が放たれたかと思うと、それは空中で広がって網目を作り上げた。


「電磁ネットだピポー!! 捕マエテ街の術者ニ引キ渡シテやるぞォー!!」


 帯電して青白い光を放つネットが死霊の上に降りかかろうとする。

 だが命中する寸前で死霊は刀の柄を口に咥えたかと思うと、右手一本で宙にジャンプし、白い髪を引きながら首だけで刀を振るってみせた。


「グカッ」

「ムキャ!?」


 白羽が美しい弧を描き、一瞬景色がズレる。

 華麗な一太刀で二枚の電磁ネットは切り裂かれて、網の残骸は目標を外れ地面にかぶさり草から煙を上げさせただけ。

 死霊はそのまま右手一本だけで地を駆け、恐るべき速度でその場から去って行ってしまった。


「クソ! オイマテ! ワタシは本体からアマリ離レられんのだ! 逃ゲルな臆病者ー!!!」


 胸に怒りん坊マークを表示させて憤慨するマイトは地団駄で草を踏み荒らすと、離れていく死霊に力なく肩を落とした。


「トホホ、せっかくカッコいいトコロ見セヨウトシタのに、上手くいかんピポなぁ~……」

「マイト様、ここにおられましたか」


 背中から名前を呼ばれ、マイトが顔を上げてそちらへ振り向く。

 ハイヒールにもかかわらず軽い身のこなしで地面を飛び跳ねて、サーチライトの光の中に着地して来たのは、眼鏡を掛けたスーツ姿の品格がある女性だった。

 深い群青色の髪の毛をネコの髪留めでまとめた鋭い目の彼女に、マイトは両手を振り上げて歓迎する。


「オオッ! 我が秘書グレイ・マクドネルよ!! 戦況はドウカ!?」


 マイトの質問に、秘書グレイは眼鏡のつるを立てた中指で押し上げながら冷静に答えた。


「他は問題ありません。途中から敵群体の統率が乱れ、優勢は決しました。じきに駆逐が完了しましょう。そちらは?」

「フーム、ワタシが追いかけた個体ガやはりボスだったようダナ。残念ナガラ、首魁ニハ逃げられたヨ。敵モ中々やるようダ」

「そうですか、しかしお怪我がなくて幸いです」

「フッ、愚問ダナ。このマイト様にかかればコノ程度チョチョイのチョイよ! ピ~ッポッポッポッポ!」

「よくいいます、ビビリのくせに。足震えてたりしてません?」

「ビ、ビ、ビ、ビビリちゃうワ! コンクライじゃ震エンわ!!」


 スピーカーを荒げて反感を示したマイトだが、すぐに気を取り直して命令を発した。


「トニカク、至急テイルネットワーク社ヲ通して、冒険者タチに追撃の依頼を。マタ警備を密に、街中に警戒を呼びかけろッポ」

「依頼の方は了解しました。しかし街の住民にまで呼びかけるほどのことですか? 確かに厄介な手合ではありますが……」


 ビワファクトリータウンはマイトの本体『サテュロス』の警戒網と、無数の警備ロボットからなる万全の防衛体制が常時敷かれている。今日の戦闘でも暗闇の中、不意打ちを許さずに先制攻撃で死霊たちの布陣を崩したほどだ。

 だがグレイの疑問に対し、マイトは合成音声のトーンを落として神妙に呟く。


「お前タチ肉アルモノにはワカランか。ワタシは自我を得タ機械故に情緒は薄イが、自分に向けられタ感情とイウモノには敏感ニ感ジル。さっきのアレは……」


 マイトが秘書から顔を背け、敵の逃げていった方角を見据える。

 夜明け前の暗闇の中に、死霊の眼孔に宿った悍ましい怨念の赤い光を思い出して、電子頭脳が冷えるのを感じながらスピーカーを震わせた。


「マシーンへの憎しみでイッパイだ」

















 オ、ノ、レ、キ、カ、イ、ノ、ト、モ、ガ、ラ、ヨ。


 カ、ナ、ラ、ズ、ヤ、


 カ、ナ、ラ、ズ、ヤ、キ、サ、マ、ラ、ヲ。


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