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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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6話『目覚めは嵐の如く』

 寝台で眠っていた少年、万葉靖治が起き出したのはしばらく後で。

 瞼を重そうに開けてぼんやりと明るい天井を見つめながら、凍りついていた脳が少しずつ動き始める。


「うっ……ここは……?」


 靖治は寝台に手を置いて体を起こした。


「……? どこだろここ……」


 部屋を見渡し思わず首を掲げる。記憶が定かならば、自分は確かコールドリープで病気が治せる未来まで眠りについたはずだ。

 それで病院で目がさめるのはわかる、その時が来たということだろう。だが目覚めたのが病室でなくいきなり手術室で、周りに誰もいないというのはおかしい。

 手術をするなら冬眠から起こしてから、まず医者の説明を受けてから手術を受ける、という流れになるはずじゃないだろうか。

 それともまさかもう手術が終わったのだろうかと、襟から服の内側を覗いてみても、胸の周りには特に手術痕はない。切開もしていないのにどうしてここへ連れてこられたのか。


「あのー、すいませーん! 誰かいませんかー? ボクはどうして起こされたんですかー!」


 叫んでみても反応はない。

 何らかの理由で一時的に起こされたのかもと考えたが、どちらにせよ説明はあるはずで、患者を放置というのはおかしい。


 いよいよもっておかしいと感じた靖治は、裸足で床に降り立ち、部屋の外に出てみた。

 手術室の扉を開け、外を覗いてみても人気はない。整備されていて床には汚れの一つもなく、照明も綺麗に輝いているが、少しばかり綺麗すぎる気がする。

 空調の効いた廊下の冷たさを感じながら、静寂の中に立っていた。


「おかしいな、どうしたんだろ一体……」


 そのまま廊下を歩きだしてみる。靖治が眠りについた病院とまったく同じ作りであったが、未来にまで一切の工事なく残り続けたのだろうか。しかしどこもかしくも綺麗で、まるで作りたての建物のようだ。

 廊下を練り歩いても人の気配はない。病室のプレートにも入院患者の名前はなく、部屋を覗いてみても誰もいなかった。

 そんな中で、靖治の他に生き物と呼べるのが廊下に飾られた観葉植物と、コの字型の院内にある中庭の花壇だった。


「おっかしいなぁ、どうしたんだ」


 ナースステーションの中に無断で入ってみたが、部屋の中にあるファイルやプリントはすべて未使用。形だけ整えたみたいな様子だ。

 幸い未使用のスリッパがあったので一つ失敬する、そろそろ足が冷えてきていた頃だった。

 長い眠りから目覚めたら、新品みたいな病院でたった一人。果たして自分は何年眠っていたのか、そもそも自分を起こした人物は誰だ。

 謎だらけの状況で、靖治は口元に手を当て神妙な顔をした。


「これは……あれだね……不思議すぎてワクワクしてくるね!」


 パッと顔を明るくして脳天気な声を上げた靖治は、のほほんとした緩んだ表情で足を動かす。

 元より、病気でとっくの昔に死んでいないとおかしい身だ。『どんな不可解な状況であろうが、生きているだけでそれ以上の幸運があるだろうか』靖治は長い療養生活で、そう考える人間に育っていた。


「とりあえず外へ行ってみよう、誰かいるだろうしね」


 少なくとも自分を起こした人がいるのは確実なのだから、一人ということはないだろう。そう楽観的に考えた靖治は、エレベーターを動かして一階へ向かった。この施設が靖治が知っている病院と同じなら、ここから歩けば二階まで吹き抜けのエントランスホールの左通路へと繋がっている。

 幸いにも病気であるはずの心臓が痛むことはなく、立って歩ける程度の身体機能は保持されている。なら行けるところまで行ってみよう。


 エレベーターは正常に起動してくれた。チーンと聞き慣れた音を鳴らして靖治を一階まで送り届ける。

 空調で調整された涼しさ感じながら歩き出す。


「いやー、何年くらい寝てたんだろ。十年? 百年? 五百年くらい経ってたりして。姉さん元気かなー、結婚できたかな」


 期待に胸を膨らませながら廊下を曲がれば、広々としたエントランスが見えてきた。

 見慣れた作りだが、やはりというかここにも人気はない。外はどうなってるだろうかと思いながら玄関口へと向かう。


「姉さん、迎えを寄越すって言ってくれたけどどうなったんだろう。誰か迎えに来てくれ――」


 そう言いながらエントランスに足を踏み入れて瞬間、二階の高さまでガラス張りされた正面玄関が、パリーンと透明な音を立てて砕け散った。

 見上げた靖治の視界に、日に照らされて輝くガラスの破片と、その中で踊る白黒の女の子が見えた。


「――メイド?」


 ガラスを突き破ってエントランスホールに飛び込んできたのは、両手に機関銃を持った、銀髪のポニーテールをたなびかすメイド服の少女だった。

 呆気にとられる靖治の前で、少女はエントランスの真ん中に着地すると、廊下の入り口に立った靖治を見て無表情のまま声を上げた。


「靖治さん!!」

「えっ、ボクのこと? だよね」


 何でメイドとか、何でボクの名前を知ってるのかとか、何で機関銃とか考えていると、新たな人影が院内に飛び込んでくる。

 いや、それを人と形容して良いのだろうか。なんせ肌が緑色、ザラザラした鱗を肌に敷き詰め、おまけに尻尾を垂らしている。

 漫画か小説にでも出てくるようなリザードマンとでも呼ぶべき男(?)は、拳を振り上げ、猛烈な勢いでメイド少女に飛びかかってきた。


「ウォォオオ!! 死ねぇえ!!!」


 洒落にならない言葉と迫力で殴りかかったトカゲ男であったが、メイド少女は靖治から視線を切り上げ即座に反応した。

 両手の銃を離さないまま、表情一つ変えずにトカゲ男に向かっていき、紙一重で拳を避け右側へと回り込む。

 そのまま右手のトリガーを短く引き、一発の弾丸をトカゲ男の右脇にねじ込んだ。

 青い顔をする男に、少女は更に回し蹴りを叩き込んで文字通り吹き飛ばした。


 とんでもない脚力で蹴られたトカゲ男は、3メートルは上に飛ばされ、壁にぶち当たって靖治の目の前に落下してきた。

 靖治の目の前で、2メートルほどの異人類がうつ伏せで倒れて図太い悲鳴を響かせた。


「いだい、いだいよぉおおおお!!!」


 血走った目で苦悶の声を上げるトカゲ男を前にして、靖治は目をキラキラと輝かせて興味深そうに男の顔を覗き込む。


「うわぁ~!? すごい! 何だこれリザードマン? 生物兵器? 突然変異? 定番だけどトカゲって言ったら怒るかなぁ」

「だ、誰がトカ……ぐふっ!」


 弾丸で内蔵をやられたのか、トカゲ男は長い口から血を吐き出してピクピクと痙攣し始めた。

 こっちの男も気になるが、さっきの女の子はどうなっただろうと靖治がエントランスを見ると、そこは無数の弾丸が飛び交う戦場だった。


「オラァー! 死ねぇー! 殺せぇー!!」

「あの女さえぶっ壊せばここはオレたちのもんだぁー!!!」


 暴言と共に、病院の外から無数の弾丸がエントランスのガラスを突き破って飛び込んで来て、ロビーを穴ボコだらけにしていく。

 口汚い野次と弾丸が飛び交う中を、少女はエントランスにある柱を立てにして応戦している。

 靖治がちょっと顔を出して外を見てみると、病院の外に広がる青空の下には、こっちのトカゲ男に似た爬虫類系の人種や、タクティカルベストを着込んだ狼人間などが銃器を振り回し、女の子に向かって引き金を引いていた。

 火薬の音と匂いを感じながら、靖治は廊下の影に引っ込む。


「……う~ん、しばらく寝てたうちに世の中カオスってるなぁ」


 あるいはコールドリープの中で夢でも見てるのだろうかと頬をつねってみるがやはり痛い、信じられないが現実であるらしい。

 中々面白い状況であるが、生まれてこの方、病院で過ごした時間が人生の9割になる虚弱人間が出ていって無事でいられる場所じゃないだろう。


「あの女の子は味方っぽいし。あの子が勝つのを信じて、ボクは奥に避難しーとこ」


 結果は神のみぞ知る、人の身である自分は安全そうな場所で昼寝でもして待っておこう。

 極めて合理的な答えを出した靖治は、踵を返してもと来た道を戻ろうとしたところで、何かに足首を掴まれた。

 振り向いてみると、倒れ伏していたトカゲ男が血を吐きながら靖治を捕まえていてギョッとした。


「ぐっ……だ、誰がトカゲ男だ……」

「あっ、いやぁ、さっきのは冗談ですよ、気に障ったなら失礼しました。とってもカッコいいスタイルなんで興奮してしまって、ほらあなたの細長い口とかとってもワイルドで男らしい」

「私は女なのよぉ!!!」

「えっ、マジですか。すみませんレディにとんだ失礼をぅうわああ!!!」


 驚愕の宣言をしたトカゲ男改めトカゲ女が、靖治を力の限り振り回した。

 そのまま床に叩きつけようとしたようだが、銃弾を受けた身体は力が入り切らず力が緩んで、掴んだ手から靖治の足がすっぽ抜けた。

 結果、人外の膂力に振り回された靖治は、そのままエントランスのど真ん中に投げ飛ばされた。

 華奢な少年が戦場に飛び出してきたことに気付き、病院の外からアサルトライフルを構えていた狼人間がトリガーから指を離した。


「おい、なんだアイツは」


 だが一番驚いていたのは彼でない。依然として弾丸が飛んでくる戦場で、靖治に気づいてメイドの少女が悲痛な声を出した。


「靖治さん!!」


 少女は両手の銃を手放して柱の陰から飛び出ると、吹っ飛んできた靖治を空中でキャッチして、エントランスにある背もたれ付きの座椅子の上へと投げ飛ばした。

 抵抗する暇もないままバスケットボールのようにパスされた靖治は「うわっぷ!?」と悲鳴をあげてクッションの上に落っこちる。

 ただ女の子に助けられたことだけ理解して背もたれから顔を出すと、さっきの女の子はハンドガンに持ち替えて病院の外に出て応戦していた。


「とりあえず隠れよう」


 幸い、敵意は女の子の方に向いていて今は靖治のほうへは弾丸が飛んでこない。この座椅子の背もたれは銃撃を防ぐには心もとないし、ひとまずさっき女の子が盾にしていた柱へと小走りで駆け込んだ。

 投げられた拍子でスリッパが脱げていたので、裸足のまま怪我をしないよう慎重に足を運ぶ。なんとか逃げ込んだ靖治は、柱に背をつけて一息ついていると、さっきのメイド少女がまたこの柱の影に逃げ込んできて目が合った。


「あっ」

「あっ、ども。さっきはありが……」


 礼を言おうとする靖治だったが、途中で声を忘れてしまった。

 靖治が見たのは、虹色をした少女の美しい瞳だった。

 滑らかな輝きで、光の映りで微細に色彩を変える虹の瞳に、靖治は見惚れてしまっていた。

 それに、この少女は整った顔立ちだ。

 長いまつげに、程よく高い鼻、なめらかな肌の柔らかそうなほっぺたに、ぷるんと震える可愛らしい唇。

 少女の美しさ、愛らしさにボーっとする靖治へと、少女は目を見開いて大声を上げた。


「どうしてこっちに来ちゃったんですかー!?」

「あ……あぁ、うん、迷惑かけてごめんね」


 我に返り頭を下げる。少女はそんな靖治からすぐに会話を切り上げて、ハンドガンの弾倉をスカートの下から取り出して交換すると、柱から外を覗き込んで応戦し始めた。

 しかしここからどうしたものかと靖治は悩む。この女の子はやはり好意的なようだが、今はあれこれ世間話できる状況じゃないし話も聞けない。

 だからと言って靖治に戦う手段があるわけもなく、結局やることがなくて眼の前の少女を観察することとした。


 少女の透き通った銀髪はとても素晴らしい輝きで、まるで傷のないダイヤモンドを思い浮かぶ。頭頂部にはふわふわのヘッドレスを添え、その後ろに髪を持ち上げる形でリボンでまとめてあった。双葉のように揺れる黄色のリボンがいいアクセントだ。

 身長は150cmある靖治よりも少し高い、160cmくらいだろうか。あまり年上には感じないが、外見的には二つ三つ上な程度に見える。

 半袖のメイド服に膝が隠れる程度のロングスカート、白い長手袋。足はちらっと見た感じハイニーソックスを履いているらしかった。

 靴は先の丸いローファーで艷やかな紺色が品格を引き立てている、格好は中々本格的なメイドさんである。


 だがなんと言っても気になるのはその顔の整いだ。横から眺めてるだけでも、あまりの愛らしさに惚れ惚れする。

 あまりに完成されている見た目に、まるで夢を見ているかのような錯覚を受ける。彼女と比べれば銃弾が飛び交う戦場もまだ現実味があった。


「ううむ、かわいい。好みだ……」


 瑞々しい少女の顔立ちについ唸る。

 そしてまた良いのが、メイド服の下で小さなお山を二つ作る少女の胸であった。

 美乳ともいうべきか、白いメイド服に包まれたそれを小さめだがフカフカして柔らかそうで、スレンダーな範囲にギリギリ収りつつ、決して小さいとは感じさせない素晴らしいおっぱいだ。

 果たして今この状況で一体どうこんがらかったものかはわからないが、こんな完璧かわいい女の子が自分を助けてくれるなんて、その時点で人生勝ち組ではないだろうか。


 靖治がのんきにメイド少女の愛らしさにうっとりしていると、一瞬銃撃が止み何かが投げ込まれてきた。

 黒いガムテーブでぐるぐる巻きにされたような物体で、表面になにかの機械が取り付けられている。

 それを見るなり少女は驚いた声を上げた。


「爆弾!」

「えっ、マズイね」


 ロクな反応を返す暇もなく、メイド少女は靖治へ手を伸ばしてきて、彼の身体をお姫様抱っこで抱え上げてしまった。


「飛びます!!」

「はい」


 とっさに靖治は口を閉じて舌を噛まないよう気を付けた。直後には少女は床を踏み砕くほどの勢いで、靖治を抱えたまま病院の外へと飛び出した。

 一瞬すさまじいGが靖治の身体にかかり、お腹の奥がギュッと絞られたかのように感じた。

 少女は割れた窓ガラスを超えて5メートルはジャンプして、背後で起こった爆発から靖治を守った。

 爆風と熱炎が少女の背中を焼いたが、彼女は顔色一つ変えずに、自分の身を盾にして靖治をかばう。

 少女の腕の中で空中へと連れてこられた靖治は、そこで見たものに目を丸くして、思わず声が漏れだした。


「すっごい……砂漠の上を船が進んでる!」


 暑い日差しが肌を焼き、開いた目を煌めかせる。

 靖治の目に映ったのは広大な青空の下に広がる、大砂漠。そしてそこに浮かぶ巨大な船と病院。

 今まで靖治がいた建物は、なんと船の上に建てられた病院だったのだ。船にあるのは病院だけでなく、いくつもの艦砲が備えられており物々しい雰囲気を放っていた。

 まるで写真で見た戦艦大和から、艦橋だけ病院に建て替えたような艦船が砂漠の海を渡っているのだ。


 病院から出た船の甲板上では、ならず者たちが三人いた。

 三人のうち誰もが尻尾があったり鱗があったりと爬虫類のような外見だ、彼らは小銃を手に靖治たちを待ち構えていた。


「撃てーっ! 殺せー!!」

「この病院戦艦はオレたちのもんにしてやるぜ!!」


 銃口が向けられて靖治が身構えるが、彼らが銃弾を発射するより早く、メイド少女が靖治を抱えたまま右手にハンドガンを構えて引き金を引いた。

 連続して発射された弾丸が、それぞれ男たちの肩に刺さり、相手からの攻撃を防ぐ。拳銃の口径ではトカゲ人間の鱗を貫通できていなかったが、痛みで怯ませる程度の効果はあった。

 だが少し離れた位置で、病院の左方にある対空機銃に身を隠した狼男が狙いを付けていた。


「いただき」


 狼男がトリガーを引くと、フルメタルジャケットの弾丸が銃口から飛び出して、メイド少女の左肩に横合いから突き刺さった。

 衝撃が彼女の肩を突き抜けて、空中で姿勢が崩れる。その拍子に靖治は腕の中から取りこぼされてしまって、鉄製の甲板の上に背中から落下した。


「がふっ!?」


 今度落ちたのはさっきのようなクッションの上でなく硬い鉄板だ、衝撃で靖治は痛みに苦しんで悶絶したが、身体の弱い彼としては不思議な事にすぐ動けるようになった。

 痛みでクラクラする頭を押さえなんとか立ち上がったが、外にいたトカゲ人間たちの銃口が靖治に向けられた。


「あっ……」


 肝がすくむ。体の芯が冷えて震えそうなのを必死に抑えた。


 ――落ち着け、まずは状況判断だ。


 靖治は自分に言い聞かせるとまず周りを見る。さっきの少女は右側の機銃で下半身をカバーして、右手でハンドガンを構えている。銃弾で左肩を撃たれたはずだが、腕はガックリと垂れ下がっているものの血が出ていない。


「おい、誰だあのガキ……」

「知らん、うかつに近づくなよ」


 トカゲ人間たちのうち二人はメイド少女を狙い、一人はこちらに銃口を向けて警戒している。膠着状態になっているようだった。

 ここから身を隠すのに一番近いのは少女のいる機銃の影だ、距離は10メートルほど。

 何故かトカゲ人間はすぐには引き金を引いてこない、メイド少女に目を向けると、彼女はダランと下げた左手の指を動かし、「こっちに来い」とこっそりジェスチャーを送っていた。


「……よしっ」


 一度深呼吸をした靖治が取った行動に、トカゲ人間たちは目を丸くし、メイド少女は息を呑んだ。


 なんてことはない、彼は普通に歩き出したのだ。


「ゆっくり、ゆーっくり。慌てて走ったら心臓爆発して死んじゃうからねー。撃たれたらまあその時はその時ってことで」


 靖治は小声で呟きながら肩の力を抜き、まるで自然体で歩いて少女の方へと向かっていく。日差しを受けた甲板は熱くて足の裏が焼けるようだが、ギリギリ我慢できる範囲なのでやせ我慢を通した。

 トカゲ人間たちはのんびりした靖治を前にして、トリガーにかけた指を緊張させ、すぐに指を離した。メイド少女は敵と靖治を交互に見やりながら、緊張した面持ちで固まっている。


「なんだぁ、あいつ……」


 離れた位置からスコープで狙いをつけたままだった狼男が、靖治のおっとりとした歩みにボヤきを漏らす。

 彼の隣には、なぜかアロハシャツを着たゴリラが立っていて、狼男へと声を掛けた。


「どうするウホ? 撃たないウホ?」

「いや、あの気の抜けた歩き方、ただもんじゃねぇ、十中八九何らかの異能力者だ。防御型ならまだいいが、カウンター型の能力だとやべえぞ。ここは見逃して、あのトンチキメイドを仕留めるのが先だ。あいつはそのあと素手で拘束」


 狼男とおおむね同じことをトカゲ人間たちも考えているのか、靖治へ銃口を向けて警戒したまま撃ちはしなかった。

 靖治がゆっくりと歩くのを、メイド少女はもどかしそうに身体を揺らしながら見守っている。

 やがて靖治が少女の手の届く範囲にまで来ると、彼女はすぐさま靖治の肩に銃を持った右手を回し、物陰に押し込んだ。


「あー、良かった撃たれなかっ、おわっ」

「あなたはここで隠れてて下さい!」


 メイド少女はそれだけ言うと、靖治を置いて飛び出してしまった。


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