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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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54話『力と覚悟』

 沸々と感情が沸き出したミールを乗せたシュナイダーは、橋をくぐり抜けて街の外にまで到達した。

 日差しの下に出たシュナイダーは、大きく水面からジャンプして雑草の生い茂った岸の上に躍り出る。

 下半身を水上バイクに変化させたイリスも、靖治を乗せたまま地面へと乗り上げて草の上を滑ると、スピードを殺しきってからパラダイムアームズによる変異を解いた。

 光りに包まれたイリスは元通りになった足で草を踏み、ミールと向かい合う。


「ミールさん、一体どうしたんですか!?」

「ぐっ……イリス、って言ったよな、名前……」


 名を改めて確認したミールは、歪めた顔に激情を浮かべて吠え立てた。


「イリス!! 俺と戦え!!!」

「へっ!?」


 いきなりの挑戦状にイリスは目を丸くして驚いた。


「戦えって、そんな、でもいきなり……」

「いきなりじゃねえ! いきなりじゃなかった……俺は……俺は……戦うんだ!!」


 今までのミールと違う、確かな激情の渦がイリスへ向けられ、シュナイダーも気合を込めるように大きく鼻息を吐いて尻尾を揺らす。

 ぶつけられた怒声に怯えを見せるイリスに、後ろから靖治の手が肩を叩く。


「イリス、その時がきた」

「靖治さん……」


 心細そうに振り返ったイリスに、靖治は柔らかく微笑みかける。


「君の思いついたままにすればいい。大丈夫、僕が見てるよ」


 優しい呪文を唱えてもらって、イリスは迷いを顔に浮かべながらも、決意してミールへと向き直る。

 前に歩み出るイリスの背中を見送って、少し下がった靖治の隣に、追いついたアリサが空からマントを揺らしながら降りてきた。


「ちょっと、これどういうことよ」


 状況がわからず問いかけてくるアリサに、靖治は真剣な表情でイリスの背中を見守っていた。


「面白いものが見れるのさ」


 踏み出したイリスは、なおも顔に戸惑いを残したまま、シュナイダーの背中にまたがったミールを見上げて眉を曲げる。


「ミールさん、何故ですか!? 伝えたいことがあるなら、まず言葉で……」

「ダメだ! 言葉なんかじゃダメなんだ! 俺も最初は、言って済むならそれでって思ったけど……それじゃ何も言えなかった……」


 ギリリと歯を食いしばったミールが、イリスを睨みつけて唾を散らす。


「俺に今必要なのは……言葉なんかじゃねえ……!!」

「そんな……」

「行くぞ、覚悟しろ!!」


 そう言ってミールが握ったタテガミを手綱のように引くと、シュナイダーが呼応して咆哮を上げた。


「グオガアア!!!」


 大口の奥から発せられた叫びと生臭い呼気が、イリスの身体を貫く。

 腰が引けている彼女に向かって、シュナイダーが勢いよく跳躍し、空中から巨大な顎で噛み付こうとしてきた。

 目を丸くしたイリスが反射的に横へ跳び、地面を転がりながら攻撃を避けると、外れた大顎は地面を丸ごと齧り取ってしまった。

 土を吐き出すシュナイダーの上で、ミールは銛を握った腕に力を込めて、鍛えていた筋肉を張り詰めさせる。


「そうだ……本当はもっと早くこうしてればよかったんだ……!」


 堰を切ったように溢れ出す感情に、震えた声をして精一杯という様子で言葉をひねり出す。


「イリス! おめえは強いんだろう……俺じゃ勝てねえんだろう……けどな……それでもミズホスは、俺のリーダーだったんだ……」


 一つ一つ、確かめるようにミールは言葉を噛み締めた。


「俺の……憧れだったんだ……」


 ミールが思い出すのは、ミズホスの丸く大きな背中。

 それを心に浮かべて眼に力を込めると、射殺すような眼光でイリスを睨みつけ、胸を叩く激情のまま叫びを上げる。


「そのミズホスをぶっ倒したお前と戦わねえと、俺はどこへも行けねえ!! 俺は今ココで、お前に全力を出さねえといけねえんだ!! それがあのクソッタレミズホスへの餞別だ! 力を貸せシュナイダー!!!」

「ガアウゥゥウ!!」


 嬉しそうに咆哮をあげたシュナイダーが、ミールの意思に心を並べた。

 乗り手と霊獣、二つの生命力がリンクする。二人の身体を交互に駆け巡った霊力は、互いの意思力に乗算して遥かな力を発揮する。

 全身にわずかな光が漏れてはすぐに肉体へと染み込んでいき、筋力を格段に上昇させたさせたミールとシュナイダーが地面を蹴って前に出た。

 地面とほぼ平行に飛び出して、砲弾のごとく風を切って迫りくる二人に、イリスは目を見開いた。


「来るっ!?」

「うぉらああ!!!」


 唸りを上げてシュナイダーの頭部が襲いかかってきて、イリスはこの体当たりを空中に跳んでかわす。

 しかし上に乗ったミールが銛を構えると勇ましく突き上げると、先端のトゲがイリスの腹部に命中し、服の下から装甲が火花を散らした。


「クッ!」


 損傷は軽微、銛は表面装甲を貫くには至っていない。だが何度も繰り返されればどうなるかわからないパワーを、今のミールは持っている。

 咄嗟に銛を掴んで追撃を止めようとしたイリスを、ミールは力を込めて右腕一本で振り回して地上に叩きつけた。

 重たい機械の身体を軽々と振る舞わされたイリスは、地面に身体を打ち付けられて眼の中で火花が散った。シュナイダーも、それに乗ったミールも、先程までとは力も速度、全体の戦闘能力が桁違いだ。

 コンビを組み、お互いに意識を共有し、今や一体の戦士となって立ち塞がってくる。


「イリス! 二人は本気で来てるよ、何もしなきゃやられる!」

「うっ……靖治さん……」


 イリスは靖治の言う通りだと理解する、今のミールからはミズホスにも負けない圧力をヒシヒシと感じる。

 だと言うのに機体の出力が上がらない。胸の奥にあるコアが光を失って、全身に力が入らない。

 いや、逆だ、力が入らないのではなく、関節が軋みを上げて縮こまっているのだ。

 自分個人に叩きつけられる感情の奔流を目の当たりにして、イリスはわけも分からず萎縮し始めている。

 重たい身体に鞭打って震えながら立ち上がるイリスに向かって、さらなる怒号が飛んでくる。


「どうした! 何故戦わねえ!? 二対一じゃ卑怯だってか!? なら……!」


 叫んだミールが武器とタテガミを手放してシュナイダーの上から飛び降りると、そのまま駆け出してきて腕を振り上げた。


「これならどうだぁ!? タイマンだぞ、ミズホスを倒したってんならお前の力を見せてみろ!!」


 呆然と立ち竦んでいたイリスに、ミールの拳が襲いかかってきた。

 ゴンと音を立てて一発、二発、三発。イリスの顔が何度も殴りつけられて身体を揺らした。

 その攻撃をイリスは抵抗することなく、自分の身で受けることをよしとした。鱗のある拳に打たれるたび、表面の人工皮膚が破け、血を流さないまま削がれていく。

 無抵抗でなぶられるイリスを見て、アリサが焦りを含んだ声を漏らした。


「ちょっと、何考えてんのよあいつ」

「…………」


 靖治は心配しながらも、黙って見守っていた。


 芯を打ち抜く拳の衝撃が電脳を揺らし、イリスはクラクラと思考が空回りした。瞳は陰って、身体がその場に倒れ伏しそうになる。

 痛い、痛かった。イリスのボディには人間と変わらない痛覚センサーも内蔵されている、いざとなれば感覚を遮断することもできるが、今は何故かできなかった。

 どうしてまともに痛みを受けてるんだろうと、イリスは殴り付けられながらぼんやり考えて、すぐに答えに行き当たる。

 逃げることを許さないほどに、今のミールは真っ直ぐに心を向けてきていたから。


「……そうか、この痛みが、あなたの気持ちなのですね」


 静かに重く呟いたイリスが四肢に力を走らせると、飛んできたミールの拳を左手で受け止めた。


「ぬっ……!?」


 老木のように頼りなかったイリスの気配が、硬く大きく変貌していく。変わり始めた何かに、ミールが驚いて様子をうかがってくる。

 イリスは顔をうつむけてゆっくりと痛みを噛み締める。何度も殴られて、ようやくこの痛みから、彼の気持ちを感じ取れたような気がする。

 熱く、激しく、自他を傷つけてなおも盛んに燃え広がるような、そんな心が伝わってきたのだ。


「これが、怒り、ですか」


 単なるやつあたりとはなにか違う。ここまで明確に、イリスだけに向けられた怒りは、生まれて初めてだった。

 胸の奥でコアが段々と鼓動を強くし始める。頬の痛みに怒りを、胸の鼓動に己の命を確かめながら、イリスの道程に立ち塞がってきたミールへと恐る恐る言葉を繋げる。


「……あなたから見て私のしたことが何だったのか、靖治さんから少しだけ教えてもらいました。私が感じたものが確かなら、声を上げたくなるのも仕方ないかもしれません」


 もしも靖治が死んだらと今一度思考して、喉奥から込み上げる苦しさに歯を食いしばった。

 気持ちで胸がいっぱいになった時は、声を上げて走ればいいと靖治から教わった。きっとミールは今がそうなのだ。

 だがかつてイリスが歓喜に走った時と違い、ミールのうちにあるのは決して歓びではなく、繋がれた連鎖は身を引き裂くような痛みと苦しみによるもの。

 自らの行いが善悪の範疇を無視し、激しい感情の濁流となって返ってくる事実に、イリスは生きることの恐ろしさを身に染みて感じ、体の奥を震わせる。

 鼓動が早く、拳を掴んだ手が握られる。恐怖を前に心が竦む思いで、なおも手に何かを掴もうとする。


「何が良くて、何が悪いのか、私にはそれがわからない。もしかしたら、私がここであなたに倒されるべきなのかもしれない」

「んだと、テメエ……!」

「でも私は!」


 弱気な言葉に怒鳴ろうとしたミールだったが、顔を上げたイリスの瞳に気圧されて口をつぐむ。

 イリスがミールを見る。ミールの中にある激情を見つめながら、自らの意思を固めてそこに立つ。

 美しく気高い、血潮のように波打つ虹の瞳で。


「私は、靖治さんと共にあると決めたのです!」


 イリスが動く。左手でミールを捕まえたまま一歩踏み込んで、握り込んだ右の拳を叩きつけた。

 想いを掴んだ拳が胸を打ち、ミールは殴り飛ばされて痛みを感じながら引き下がった。

 その光景を遠くに見守りながら、靖治が小さく口を動かす。


「……頑張って、イリス」


 イリスはかざした拳を向けたまま、強い眼光でミールのことを見つめ続けていた。

 今この場にあるミールの激情が自分が生み出したものならば、尚のことイリスは逃げてなんかいられない。

 なぜならば、イリスの後ろには愛する主人がいて、この苦しみが靖治に牙を剥くことだけは絶対に防がねばならないからだ。

 イリスが受け止めなければ、行き場を失った感情が靖治へと向かう可能性は充分ある。ならばその前に、すべてに立ち向かって勝利してみせる。


「私は靖治さんと共に歩き、この世界を見に行きます。その邪魔をするのなら、例えどんな敵だろうと打ち砕くのみです!」


 イリスの眼はミールを見ていた。未来のために過去も受け止め、今この瞬間にいるミールに情熱を燃やしていた。

 その虹色と視線がかち合って、ミールは嬉しそうに口を歪める。


「へっ、いいぜ……そうだ、そうでないといけねえ……!」


 この言葉を待っていた気がする。

 だがまだ足りない、ここからこそだ。


「行くぜシュナイダー! 俺を乗せたんだ、お前にもとことん付き合ってもらうぜ!」

「グガア!」


 ミールは見もしないまま後ろに向かって跳び上がると、その下にシュナイダーが滑り込んできて彼を背中に乗せる。

 再び銛を持ち、タテガミを手綱代わりにまたがったミールに向かって、イリスが啖呵を切った。


「来るなら来てください、ミールさん! あなたの全部を、今ここで!」


 シュナイダーが駆け出し、同時にイリスも立ち向かう。

 巨大な頭部を逆袈裟に振り上げて薙ぎ払おうとしたシュナイダーの一撃を、イリスは真正面から拳を突き出して打ち合った。

 イリス一人を前にして、鋭い振動がシュナイダーの骨身を揺らし、巨体が押し負け引き下がる。命を同調させたミールも、そのダメージのフィードバックで苦しそうに顔をしかめた。


「っ、ようやく本気を出しやがったか!」

「まだまだです!何かわかってきた気がします……私はまだ、もっと行きます!」

「上等だぁ! ぶん殴ってやる、覚悟しやがれ!」


 ついに歩幅の揃った両者がいきり立ってぶつかり合い、川辺に疾風が吹き荒れる。

 強靭な肉体から来るシュナイダーの猛攻をくぐり抜け、肉薄したイリスをミールの銛が迎撃し、それを更にいなしてイリスの蹴りが鱗に食い込む。

 攻防の一つごとに川辺の土が掘り起こされ、土砂が舞って轟音が地面を揺らす。

 その姿を、ずっと靖治が見つめている。


「イリスはいいなぁ」


 一進一退の攻防を眺めながら、ほにゃりと頬を緩めて陽気な声が零れ落ちた。

 それをそばで聞いていたアリサは、唖然とした顔で靖治の不気味な笑みを前に固まっていた。


「いや、なにあんた、人の戦い見て鼻の下伸ばしてんのよ」

「いやぁー、だってさー。イリスすごいと思わない?」


 地面の揺れを足の骨に感じながら、嬉しそうに靖治が続ける。

 視線の先には、果敢に立ち向かうイリスがいる。表情は真剣で、そこにミールに対しての不満や憤りはない。

 ただただ真摯に、ぶつけられる想いに心を澄ましていて。このイリスにだけ与えられたステージで、踊り狂う全身で自分の意志を全力で表現している。

 懺悔と贖罪を重ねながら、激動に飲まれることなく我を通す、その姿はどこまでも透き通っていて美しい。


「彼女は純粋だ。色んなものを吸収して強くなれる、僕のことだけじゃない、敵とだって向き合って、全部受け止めて進んでいける、なんて素敵なんだろう」


 靖治は「最初にイリスと向き合った敵がミールさんで良かった」と付け加えた。あの人も怒りはあっても殺意はない、死人に引きずられるのでなく、心に決着を付けるために力を奮っている。彼の怒りもまた隠し事がなく純粋なのだ。

 おかげでイリスもその怒りを受け取って、ストレートに心で殴り返せている。


「カワイイなぁ、カッコいいなぁ。イリスがどう成長して行けるのか、その輝かしい可能性を、ずっと見ていたいよ」


 靖治が優しく呟く横顔を、今はアリサだけが見惚れていた。

 そしてわかった気がした。あぁ、こいつはイリスだけが好きなんじゃない、多分イリスと戦っているミールも、以前立ちふさがったミズホスも。

 きっとこの世界に波紋を立てる、生きた命の全部が好きなんだろうと、そう思った。


「……ホント、どいつもバカよね」


 イリスがあんなにも頑張れるのは、きっと靖治のこの眼差しが背中にあるからなのだと、アリサは納得して肩肘を緩めて、修羅場を間近にしながらまどろむような気持ちでいた。

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