51話『男の祭り』
大阪の中心部、リキッドネスファミリーの屋敷のすぐ前にある広場。
そこに人垣に囲まれながら、真夏の太陽の下で身体をぶつけ合う戦士たちの姿があった。
片方はタテガミのあるワニ、シュナイダー。もう片方は、リキッドネスファミリーの突撃隊長、豚人のオーガスト・レイジだ。
二人は急遽作られた相撲に似た土俵――と言ってもシュナイダーに合わせてかなり巨大なサイズだが――を踏みしめて、相手に向かってぶつかり合う。
真正面から激突したシュナイダーの槍のような細長い口を、オーガストは一切身を引かずに受け止めて、強靭な両腕で抱え込むようにしてロックした。
しばし力任せに押し合う二人だったが、やがて汗だくの身体で取っ組み合うオーガストが、眼光を強めて鍛え上げた筋肉を霊峰かのごとく隆起させた。
「ふんっ! ドオラァ!!」
気合を吠えたオーガストが、二の足で踏ん張って全身に力を込めると、1トンはあるシュナイダーの巨体を持ち上げてしまった。
バタバタと手足と尻尾を振って逃れようとするシュナイダーだが、オーガストの腕は万力のように相手を締め上げて離そうとしない。
オーガストはそのまま重心を後ろにずらし、シュナイダーを背後の地面に叩きつけた。
シュナイダーの鱗で覆われた硬い背中がドオォンと大きな地響きを立て、周囲の地面まで自身のように揺れが届き、砂埃が舞い上がる。
『一本! そこまで!』
マイクを持ったアルフォードが鋭く叫び、スピーカーから決着を告げられた。
観客がざわざわと騒ぐ中で、仰向けから起き上がったシュナイダーに対し、オーガストが膝を突いて地面の上で恭しく一礼した。
「ガウッ!」
「うむ、良き勝負であった」
言葉は通じないものの意思は通じた二人の勇士が、強い眼差しを差し出していた。
そこに駆けつけてきたミールが、試合を終えたシュナイダーに話しかける。
「で、どうだ? この人は相棒に的確か?」
「グウゥ」
「そうか、強いけど合わねえか。昨日のやつらと同じパターンだな」
確認をとっているあいだに、アルフォードがウサミミを揺らして土俵の上に上がり込んだ。
ピシッと背筋を伸ばしたアルフォードは、マイクを待ちながら片手を上げ勢いよく声を発する。
『デモンストレーションは終了。これより、オーサカ・ブリッジシティの力自慢大会を急遽開催する!!!』
会場の周辺に設置されたスピーカーから、キーンとハウリングを鳴らしながらアルフォードの宣言を響き渡らせる。
『対戦相手は近頃この街を騒がしていた巨大ワニ、霊獣シュナイダーだ! 恨みのあるやつ、力試しがしたいやつ、怪我したいやつ、誰でも挑んでけっこう!! 勝負は素手! 相手を土俵から落とすかブチ転がすかしたほうが勝利! 参加費は一回一万、勝ったやつが総取りだ!!!』
「「「「オォォォォォォォォーーー!!!」」」」
ここに集ったブリッジシティの荒くれ者たちが、お祭り騒ぎに目を輝かせてやんややんやと歓声を弾けさせて沸き立った。
「賭けの受付はこちらでやってますよー、見物だけの人も是非!」
「ビール~、ビールいらんかね~。夏にはキンキンに冷えたビール」
「焼きそばー、かき氷ー、お好み焼きー、アイスー、たこ焼きー、色々あるよー!」
「防具の出張レンタルもやってるぜー! 自信のねえチキン野郎はウチへ来い!!」
会場の端には商売のチャンスと見た屋台が立ち並んでおり、この馬鹿騒ぎの中で客を誘う。
活気づいた会場の端っこにある運営委員の席に戻ったアルフォードの隣に、靖治、イリス、アリサの三人も肩を並べて大会を見物していた。
「昨日の夕方に募集してこれとか、暇なやつ多すぎでしょ」
「この街は荒くれ者と目立ちたがり屋が多いからな。近頃、抗争で緊張しっぱなしだったし良い息抜きだ」
「でもこんなにファミリーの人集めて、襲撃とか治安とか大丈夫なんですか?」
「問題ない、敵対する組織にも片っ端から『参加しないものは臆病者だ』と招待状を送りつけた。色んな勢力が集まっているから、下手な騒ぎを起こせばそいつはフルボッコだ。他所で抜け駆けするような卑怯者も恨まれまくられるしな」
「だからっていきなりこんなにも人が集まるものなのでしょうか?」
「男どもってアホよね」
騒ぎとなるやこぞって集まってきた集団を見ながら、アリサが呆れたため息をつく。
「オッシャァー! まず俺が行くぜ! 覚悟しやがれワニ野郎、鉄腕のアダムス様が相手だ!!」
「グア!」
土俵の上では片腕がサイボーグの男が上がってきて、早速第一試合が行われるところだった。
勝負を眺めながら、靖治がアルフォードに話しかける。
「ありがとうございますアルフォードさん、急な頼みを聞いていただいて」
「構わん、必要なものがあれば提供すると約束したのはこちらだ。それに明確な知性を持つものを無闇に迫害したとなれば品性が疑われるからな、この世界ではチャンスは平等だよ。無論、力がなければ死ぬだけだが」
シュナイダーのパートナーを探し出せば事件は一件落着と言うことで、見つかった暁にはパートナーともどもリキッドネスファミリーに所属することを条件に、アルフォードが協力してくれたのだ。
こうやって試合を繰り返せば、そのうちいい人の一人や二人は見つかるだろう。
「それにこういうのは面白いからな!」
「ですよね!」
「男ってもう……」
メガネを光らせて興奮する靖治とアルフォードに、またもやアリサのため息が漏らされた。
そのあいだにも第一の挑戦者が正面からの力比べを挑み、あっけなくシュナイダーの顎先に打ち上げられて、バネのように宙へ飛ばされるところだった。
「ぐわああああ!!!」
「おぉ、あのワニつえー!?」
「もうちょっと頑張れよなー、さっきだってオーガストのデブが勝ったんだから」
「誰がデブだ、誰が」
この醜態ではパートナーに相応しいか問うまでもないだろう、ミールがぼんやり試合を眺めていると、彼の後ろから近寄ってきたイリスが、チョンチョンと肩を指で叩いた。
「あの、ミールさん」
「うお!? な、なんだよお前、俺がなんかしたか」
眉を曲げて小さく話しかけてくるイリスに、ミールは驚いてしどろもどろに言葉を返す。
イリスは息を呑みこんで意を決し、恐る恐る口を開く。
「その……い、言いたいことがあるなら、何でもおっしゃってください!?」
「……なんだよ、それ……どうでもいいっつの……」
靖治には止められていたが、イリスはどうにも堪えきれず自分からミールの気持ちを確かめに行ってしまった。
しかし、ミールは殻に閉じこもり、曖昧な言葉で誤魔化している。
じっと虹色の瞳で見つめてくるイリスに、ミールはシュナイダーとの夜の会話を思い出して、つい目をそらした。
「でも、言うならそうだな……」
ミールはポリポリと顔をかいてから、土俵を指差す。
「お前の連れの兄ちゃん、参加してるけどいいのか?」
「気張ってこー」
「靖治さーん!!!?」
土俵の上に立っていたのは、メットとプロテクターで全身を固めた靖治が、意気揚々とシュナイダーに挑みかかろうとしていたところだった。
「止めてください靖治さん!! 死にますってば!!!」
「離してよイリス、せっかくアルフォードさんからお金借りて防具もレンタルしたんだ。死ななきゃナノマシン効果で大概治るんだし、僕も力試しやりたい!」
「勝ち目あるわけないじゃないですかー!! ダーメーでーす~!!!」
主人の危機を察知したイリスが、慌てて靖治の身体を後ろから羽交い締めにした。
しかし靖治は冷静な顔をして振り向いて、心配するイリスを諭す。
「いやいや、考えてみてよイリス、これは身の程を知るチャンスだよ。防具付きで試合という安全な場で実力差を思い知る好機さ、これで痛い目見れば僕も今後無茶を控えるかも知れないよ?」
「うっ……そういう考え方も、あるかも……?」
「それ本人が言うセリフじゃねえんじゃねえかな……」
「というわけでウッホーイ! シュナイダーさん、いざ尋常に勝負!」
「あっ、靖治さん!?」
すきを突いてイリスを振りほどいた靖治は、遊び心全開の大はしゃぎモードで土俵に飛び乗って、即座にシュナイダーの尻尾に叩きつけられて宙を舞った。
「ガウ!」
「ぐへーっ!」
「靖治さーん!」
開始二秒で転がされた靖治は、ミールの足元に倒れ伏してイリスの手当を受けていた。
「いやー、空を飛ぶのって気持ちいいねー」
「じゃないです!」
「あはは、ごめんごめん。やっぱ純粋なパワー差はどうにもならないね、面白い勉強になったよ。イタタ……」
イリスにふくれっ面で叱りつけられながらも、靖治は脳天気にのほほんと笑みを浮かべている。
防具を脱いで痛む身体を診てもらっているが非常に満足げだ。
その顔に、ミールが呆れて尋ねた。
「お前さん、なんでそんな無茶しようとするんだよ」
「だってやってみたいから」
ため息混じりの質問に、靖治はニマっと笑みを浮かべる。その顔の潔さに、一瞬ミールは虚を突かれた。
「別に負けたって良いじゃん、やりたいことをやれたら、それで僕は幸せさ」
「だからって無茶しないでください!」
「えー、でも骨折くらいなら別に構わな……」
「私が構います!!」
イリスに説教されて、靖治が苦笑いを漏らしている。
だがそんな前向きな靖治を見ていると、ミールの中で沸々と湧いてきたものがあった。
「……俺も出てみるかな」
靖治とイリスが目を丸くする前で、ミールが前に出た。
しばらくシュナイダーが挑戦者をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していると、やがて参加者の列からミールが現れて土俵に上がりこんできた。
「遠慮すんなよシュナイダー。ミズホスほどじゃねえけど俺も鍛えてんだ。行くぜ」
「グルル」
わざとらしく首を傾げて問いかけてきたシュナイダーに、ミールは苦笑交じりに返した。
「いや、なに。たまには冒険もワルくねえ」




