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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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48話『猛きタテガミの牙』

 突如として現れたタテガミのあるワニを仕留めた靖治たちは、仰向けで倒れたワニの周囲に集まって様子を観察していた。一応、いきなり暴れられたりしても大丈夫なよう、気絶しているワニの側面にそこそこの距離を置いて最低限の警戒は敷いている。


「川から現れる正体不明のモンスター……こいつでいいの?」


 大きさ5メートルはある巨大ワニ、しかもイリスとアリサともやり合えるほどの強靭な肉体を持っていた。

 街中に大きなモンスターが現れて街の人間を襲撃しているという話、このワニが相手ならリキッドネスファミリーの実力者でも被害を受けたというのが頷ける。


「可能性は高いです。しかし今まで単独の相手を闇討ちしていたのに、何故昼間から私達の前に現れたのか疑問が残りますね」

「腹が減ってたんじゃないのー? さっきだってエビだかザリガニだか食ってたじゃんこいつ」


 冷静に分析しようとするイリスの隣で、アリサは組んだ手を後頭部に当てて安直な発想を並べている。

 川岸で靖治たちが話し込んでいると、土手の上から数名のギャラリーが集まってきていた。大阪に住んでこの周辺の畑や家畜を管理している農家たちだ。


「何だアレ、ワニ? 初めて見た」

「デケー」

「ワニって毛が生えてんの?」

「やだわ、あんなのいたらウチの鶏が食べられちゃう」

「人食べんの?」


 ガヤガヤとうるさい声が聞こえてきて、アリサが片眉を吊り上げる。


「どーすんの。まだ息があるけどとっとと仕留めちゃったほうが良くない? 後で被害者に死体だけ見させて確認させればいいんだし」

「あのー、それだけどよ……」


 後ろからミールが恐る恐る手を挙げたので、彼に向かって靖治たちは振り返った。


「そういえばミールさん、さっき戦ってる最中に気付いたことがあったっぽいですけど」

「気付いたっつうかなんつうか……」


 しどろもどろにミールが切り出そうとしていると、気絶していたワニがギョロリと目玉を開かせた。

 目を覚ましたワニは、手足をバタつかせるとノシリと音を立てて腹ばいになるよう起き上がってきて、靖治たちは驚いて身を引く。


「うわお」

「靖治さん、後ろに!」

「チッ、しぶとい!」


 後ろに下がった靖治をかばうように出たイリスとアリサが、即座に臨戦態勢を取る。

 構えるメイドと、アリサの背後に現れる炎の魔人を前にして、巨大ワニは頭から尻尾の先までブルブルと振り回して体の調子を整えている。


「なによ、まだやる気か!?」

「な……なぁ、ちょっと待ってくれよ」

「はあ?」


 殺気立つアリサを抑えるように、ミールが割り込んでくる。


「イリス、アリサ。ここはミールさんの言うとおりに観察しようよ。警戒は続けて」

「わかりました!」

「チッ」


 イリスもアリサも数歩下がって警戒しながら、靖治の言う通りにうかつな行動は抑えた。

 眠気覚ましを終えたワニは、のそりのそりとイリスへと顔を向けて軽く口を開く。


「ガウッ、ガウ」

「むっ、威嚇のつもりでしょうか」

「いや……『強くて真っ直ぐ、けど違う』って」

「ふぇっ?」


 神妙に相対するイリスに、ミールが妙な言葉を口走った。

 ワニは更にアリサへと顔を向け、同じように短く鳴く。


「ガウッ」

「『お前も違う、技に品性がない』……って」

「さり気なくディスられてるんですけど!?」


 そしてワニは大きく口を開けてブオーと大きな欠伸を掻くと、そのまま目も口も閉じて、靖治たちからそっぽを向いて地面に身を預けてしまった。


「……寝始めたねー」

「呼吸も安定しています、リラックスしているようです」

「ちょっと、どうなってんのよこれ!」


 いやにのんびりしたワニの対応に困っていると、土手の上が騒がしくなり始めた。


「おい害獣だ! イノシシが出たぞー!!」


 一同が上に目を向けると、聞こえてきた通り一匹のイノシシが爆走して、見物客たちを追い散らしているところだった。

 ワニ目当てに集まってきた人たちは「うわー!」「こわいー!」などと思い思いの悲鳴を上げながらも、ちゃっかり無事に逃げ出している。要領がいいと言うかたくましいと言うべきか。

 この状況に目を光らせた靖治は、ワニに向かって声を張り上げた。


「おーい、ワニさん! あのイノシシ食べていいよー!」

「靖治さん!?」


 突飛な行動に驚くイリスたちの前で、ワニはパチリと目を開けて身体をわずかに起き上がらせた。

 土手の上の害獣に顔を向けると、「グワーオ」と軽快な鳴き声を上げて走り出した。

 その巨体からくる豪快なスピードであっという間に土手を登りきったワニは、タテガミを逆立てながらイノシシの横合いから巨大な口を突っ込んでくわえ込む。

 顎に挟まれて持ち上げられたイノシシは、鳴き声を上げてもがいていたが、ワニが顎に力を込めるとベキベキと嫌な音を立ててすぐに力を失った。

 動かなくなったイノシシを、ワニは夢中で貪り食って飲み込むと、ゲップを吐いた後に土手から降りてきて、靖治たちの前で立ち止まった。


「ガウッ!」

「言うことを聞いた……ということは」

「こちらの言語を読み取る程度の知能はあるようですね」

「翻訳ナノマシンは効いてんのこれ?」

「……まず翻訳ナノマシンって詳しくはどんなものなのかな?」


 靖治とて、その名前で効果については予想できるが、詳しい性能が気になって尋ねると、イリスがそれに答えた。


「この世界の空気中に散布されているナノマシンのことです、製造者は不明」

「それのおかげであたしらも普通に会話できんのよね」

「ただし翻訳ナノマシンは機能するのにある程度以上の知能が必要になります」

「へえー、どうしてだろ」

「そりゃアレじゃない? 動物の声までわかったら美味しく食べれないじゃない」

「……確かに」


 アリサの言う通り、牛や豚の声がハッキリと聞こえてきたら食べる方も辛いことだろう。


「製作者の意図がアリサさんの言う通りかはわかりませんが、脳の言語中枢にナノマシンが介入しているため、その部分が発達しているかどうかが鍵となるようです。ただそれ以外でも相性の良し悪しがあり、明らかに高い知能を持つ対象でも上手く動作しないケースもあるようです」

「じゃあ、イリスから見てこのワニはどう考える?」

「恐らくですが、靖治さんの言葉が通用したということは、他人から話を聞くぶんには翻訳機能が機能しているものと思われます」


 イリスが分析を伝えると、ワニは目の前で「ガウガウ、ガ~ウガウ、グルル」と何やら怪しげな鳴き声を並べ始めた。

 それを一通り聞き終えると、再びミールがその意味を口にした。


「『その通りだ、聡明なり鉄の女よ』って言ってる」

「ミールさん、話してることがわかるんですか?」

「あぁ、なんつーか、鳴き声と重なって意味が入ってくる」

「翻訳ナノマシンとは別……ワニ自体が持つ伝達能力でしょうか?」

「どっちにしろ、話を聞けるのはこいつだけってことだわね」

「ミールさん、通訳をお願いします」

「あぁ……わかった」


 靖治の頼みに、ミールが前に歩み出た。

 巨大ワニもまた得心した様子で、ミールが出てくるなり意味があるらしき鳴き声を紡ぎ始めた。


「ガ~ウ、ガウガウガウ、ガウグルッ」

「えー、『我はワニではない。誇り高き勇士の一人、聖地に住まいし由緒正しき霊獣の一族、名をシュナイダーとも申すもの』」

「なんか無駄にカッコ良さそうな名前ね」

「『我々は三ヶ月ほど前に、こちらで次元光と呼ばれる奇っ怪な光に誘われてこの地に参った』」

「……我々?」


 靖治の小さな疑問に対し、シュナイダーと名乗ったワニは話を続ける。


「ガウガウルル、ガウンガッグ、ガガウ、グルルガウ」

「『我らは元々、人間と共に育ち、彼の者たちの中からツガイを選び、共に戦士として生きる。共に野を駆け、川を泳ぎ、幾多の夜を超え獲物を狩り、成果を戦士の証明として神に捧げ、生涯を共にする。我もまたこの世界に、認め合うパートナーと共にここに参ったが、彼は先に逝った』」


 夏の空の下に寒さが過ぎる。


「ガウガウ、ガッグルル、ガググガウ」

「『名誉ある死、街から離れて魔物に襲われた子供を助け、我が友は先に遥か空高き城へと上った。そうして我は一人になり、新たなツガイを探さんと今この地にいる』」

「ガウウ、ガウガウ、ガガウガウ」

「『我、再び勇敢なる戦士と共に、命の証明を望まん……』」


 段々と声色を沈めていったシュナイダーは、最後に低い唸りのような声を上げて締めくくった。


「ガウッ」

「『おしまい』……だそうだ」


 心なしか、シュナイダーのまとった空気からは亡くなった相棒を悼む気持ちが伝わってくるようでいて、しばし靖治たちは口を閉じていた。

 間を置いてから、靖治が代表して彼に改めて話しかける。


「あなたの事情はわかりました。僕たちは、この街で人が襲われている事件を調査しています。失礼ですが、あなたは身に覚えがありますか?」

「ガウガウ、ガッグガッグ、グガウ」

「『夜間において、新しき友を探す神聖なる儀式を行っていたのは確かだ』だとさ」

「儀式って……」

「要はこいつが通り魔? じゃあなんでこっそり人を襲ってたりしたのよ」

「ガウガウガウ、ガガウガウ」

「『そりゃお前、街中にこんなのノッシノッシ歩いてたら怖がられて駆除されるだろ、馬鹿なの?』って……」

「誰が馬鹿じゃーい!!」

「どうどう」


 いきり立って突っかかろうとしたアリサを、靖治が素早くたしなめた。


「ガウルルウ」

「『我が友は、第一に強くあらねばならない。我が試練に抗えるほどのものを探していた』」

「ではこちらにいるイリスとアリサの二人は、今しがた実力を証明しましたが、あなたから見てパートナーに相応しいですか?」

「ガウガウ、ガーウ」

「『否、強いだけではダメだ。我がこの者たちと組んだところで、お互いの長所が発揮できん』」

「なるほど……もう一つ疑問に思っていることがあります。どうして今は、日が高いうちから現れたのですか?」

「ガウガウ、ガウル」

「『危なそうな魔物が街に近づいていたから』……だと」

「……なるほど、そうですか」


 さっきのザリガニに似たモンスターを思い出し、靖治は薄っすらと笑みを浮かべた。


「ともかく良かった、一気に解決の糸口が見えてきたね」

「解決つってもこいつどうすんのよ、焼くの?」

「まさか。アルフォードさんは、手段も結果も問わないって言ってた。ならシュナイダーさんの新しいパートナーが見つかれば、もう人を襲う必要はなくなって万々歳さ」

「えー、メンドクない?」


 靖治やアリサたちが話し合っている少し後ろで、イリスはうつらうつらと頭を揺らしながら、ぼんやりと会話を聞いていた。


「わかり合える友人をむざむざ殺すより、そのほうがずっと良いよ。アリサだって、必要でもないのに話せる相手を殺したくはないだろう?」

「そりゃそうだけど……」

「あーその、俺からも頼む……一人きりの不安と寂しさは俺にもわかるんだ。それにこいつは人は食ってないみたいだし……」



 ――声が遠く感じる。どうしたのだろうとイリスは思う。


 まぶたが重たく、目の前の景色が滲んで見える。色彩は曖昧になり、大事な人の顔がぼやけた世界で、沈んでは浮かび、浮かんでは埋没する。

 彼を護るモノとしてちゃんとしないといけないのに、上手く体が機能しない。

 思考がブレてしまうのに、何故か頭の後ろでは、今日の朝から靖治と出会うまでの出来事が反響していた。


『俺、あいつに告白されてたんだ』


『ロボットだけにホントは作り笑いでもしてんじゃないのー?』


『昔の君は、表面上は明るかったがどこか冷たい女だった。何事にも関心を寄せず、自分の使命だけに殉じていた』


『イリスを殺すなら僕をまず殺してくれ』


『死ね! 死ね! 潰れろ! ツブレろろろろろろろろ!!!』


 盗み聞きしたミールの話、アリサの不思議な疑問、アルフォードの世間話、靖治の異常な行動、ミズホスの憎悪と怒り。バラバラになったピースのように、電子の脳に残っていた言葉が、キラキラと零れて足元に積もっていく。


『じゃあ……君があの人のところへ行って、最期まで手を握ってあげてくれないかな?』


 そういえば、そういえば。

 最初に靖治が目覚めて、イリスが戦艦の襲撃犯を追い返した時。

 最初にミールの仲間が死んだあの時に、彼はどうしてそう頼んできたのだろう?


 わからない、わからナイ、ワカラナイ――――?

 いや、それとも自分はわかっているのだろうか? 人の死は痛ましいものだと、知識だけでは知っていたのに、冷たい靖治の顔に夢を見ていたころより現実はずっと重たくて、戸惑ってしまう。

 あの時、死にゆく者を見送った時に、急速に活力を失っていくあの身体に何も感じなかったはずなのに、いま思い返すと自分の手に冷たい肉が重くのしかかっているように感じていた。

 もしかして自分は、取り返しの付かないことをしてしまったのだろうか?




「――――イリス!? 大丈夫、イリス!?」


 視界が暗転する、機体が不安定になり、コントロールを失って地上に落ちていく。

 闇に飲まれていく感覚の中、大切な人の声が聞こえたことに、安らぎと、申し訳無さを感じながら、イリスは眠りに落ちていった。

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