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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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47話『ワニだワニ!』

 昼休みを終えて再びミールと合流した靖治たちは、再びボートで街の下を這いずり回っていた。

 靖治が先頭に立って通りがかりに話を聞き、アリサが単眼鏡で遠くを探り、ミールが難しい顔をして黙々と糸を垂らし、イリスが最後尾でボートの操作をしながら分離した左手で水中を探索する。

 しかしやはり時間帯が悪いのか、一向に獲物はかすりもしない。


「収穫ないねー。みんなは何か見つかった?」

「ダメよ、特になし」

「あー、こっちもだ」

「イリスはー?」


 靖治が声をかけたのだが、明るさを心がけているイリスには珍しく中々返事をしてくれない。

 いつもならすぐに「ハイ!」と唱えるはずだろう彼女は、まぶたを重そうにしてこっくりこっくりと首を上下に揺らしていた。

 靖治たちが見つめる中、声をかけてから数秒の間を開けて、イリスは閉じかけていた澱んだ瞳を開いて我に返った。


「…………ハッ!? ひゃ、はい! イリス、異常ありません!」

「イリス大丈夫? さっきから様子が変だけど」

「だ、大丈夫でっす!」


 返答とは反対に見るからに大丈夫ではなさそうだ。昼食での一件の後、靖治はイリスのそばで彼女を元気づけていたのだが、その時から微妙に反応が遅れていて、それが段々と酷くなってきている。

 機械であるはずイリスだが、その様子は眠たげに船をこぐ人間のようだ。


「ただちょっと、お昼から急に頭が重く……まだ連続活動限界は先だと思うんですが……もしかしたら感情値のゴミデータが増えすぎて整理が必要なのかもふわぁぁぁ」

「データ? どういうことよ」

「眠いってことかな」

「そんなところですぅぅぅ……」


 欠伸を繰り返すイリスの目元は、目ヤニはついてないものの涙に似た液体がわずかに滴っている。


「ちょっとちょっと、こんなところで寝ないでよ。寝るなら夜に寝ろ」

「はい、わかって……ます……」

「下流域を見回ったらファミリーに戻ろうか。イリス、もうちょっとお願い」

「ひゃい……イリス、がんばります……」


 眠たいのを堪えたイリスの操縦により、船首は下流へと向けられた。

 四人を乗せたボートが川の流れに沿って、少し遅めの安全運転で進んでいく。

 川の上に大きくまたがって形成された街はどこまでも続く天蓋のように頭上を覆っていたが、川を下って出口に近づくに連れ明るさが増してくる。


「おーっ、外だ!」


 橋の出口は西に傾いた太陽が差し込んできて、そこだけ白く切り取ったかのような明るさで一同を出迎えた。

 重苦しい暗闇を抜けて街の外に出ようとすると、強い日差しが強く網膜を揺るがす。

 眩しさに視界が一瞬白く染まり、目が慣れてきた直後、ボートの前方で大きな水しぶきが上がった。


 水面下から、何か巨大な生き物が水を弾きながら現れる。長い身体をくねらせながら、なめらかに水の上へジャンプした。

 眼を丸くして驚く靖治たちの前で、跳ね上がった赤色のボディが光沢を煌めかせる。


「モンスター!?」


 水中から現れたのは、赤い殻と硬そうなハサミを持った、エビかザリガニのような甲殻類系の巨大生物だった。

 空中でビチビチと身をしならせたそのモンスターは、川に着水するとボートに向かって顔を向けてきた。

 一瞬、今回の標的かと靖治たちに緊張が走るが、それにしては少しサイズが小さい気がする。現れたモンスターは人間大の大きさだ、事前の情報よりかは随分と小さい。


「エビ? ザリガニ? ロブスター? アレって、ターゲットかな?」

「わかんないわよ! ひとまず仕留め……」


 どちらにせよ危険そうなのは確かだ、アリサがボートの上で立ち上がって臨戦態勢を取ろうとしたのだが、分離した左手を水面に垂らし続けていたイリスが叫ぶように言った。


「ソナーに感あり! 来ます!!」

「――アリサ、新手だ!」


 伝えられた直後には、巨大ザリガニの直下から水柱が上がり飛沫は日の下に散って煌めいた。

 顔にかかる水滴を手で防ぎながら目を凝らすと、水飛沫の中から現れた巨体に一同目を剥いた。

 細長い強靭な顎で巨大ザリガニを咥え、緑色の鱗をビッシリと生やした、それは正しく。


「「「わ、ワニだぁー!!?」」」


 通常の生態ピラミッドでは頂点に属するワニに間違いなかった。ただ少し違うのは、首の後からオレンジ色のタテガミが生えているところか。

 必死にもがく巨大ザリガニを捕らえた巨大ワニは、簡単に咥えた獲物をバリボリと噛み砕く。

 堅牢なはずの甲殻がバラバラに散る様子を眺めながら、靖治は目を輝かせた。


「タテガミ生えてる、カックイー!」

「ンな場合か!」

「ここでは不利です、岸に向かいます!」


 水中から左手を回収したイリスは、すぐさまボートを西側の岸に向けてモーターを全力で回した。危機的状況に眠気も吹っ飛んだようだ。

 音を鳴らして水上を走り出したボートに、タテガミのあるワニが口を動かしながら顔を向けてきた。

 獲物を飲み込んだワニは、大きく口を開いて「ガウッ!」と短く鳴くと、川を猛然と泳ぎだしてボートを追いかけてくる。


「イリス、操縦頼むよー。アリサはアグニで牽制と防御をお願い」

「お、オレは?」

「ミールさんは僕と一緒に邪魔にならないよう見物ー」

「いい気なもんねお前ら!?」


 タテガミのワニは凄まじい速度で水中を泳ぎ、あっという間にボートに追いついて噛み付こうとしてきた。


「来いっ、アグニ!」


 アリサの号令とともに、彼女の頭上に炎が燃え上がり、上半身だけの姿をした魔人アグニを作り出した。

 燃え盛るアグニはボートから飛び出して、襲い来るワニの大顎に右フックでのカウンターを食らわした。

 迎撃されて一度のけぞってスピードを落としたワニだが、すぐにまたボートを見据えて追いかけてくる。


「アリサ、本気で撃っちゃダメだよ、川の魚に被害を出したくない」

「わかってるっての、どっちにしろアレは原型とどめて倒さないとね」

「ん? どうして?」


 ボートの上で仁王だつアリサに、靖治が這いつくばりながら問いかけた。

 紅蓮のツインテールを揺らすアリサは、振り向かせた顔から歯を覗かせて不敵に笑う。


「知ってる? ワニって美味しいのよ」


 そのまま続けて二度、ワニの強襲をアグニの鉄拳が退けた。

 やがてボートが川岸まで目と鼻の先まで近づく。


「このまま岸に乗り上げます!」

「みんな捕まって! 対ショック!」


 フルスロットルで突っ込んだボートは、ガリガリと音を立てながら岸の上に乗り上がると、慣性に乗って雑草の生えた地面を滑っていった。

 草の上を走ったボートが水上から数メートル離れて停止すると、ワニもそれに続いて岸に登ってきた。

 巨体をしならせたワニがハッキリと姿を表わすのを見て、靖治がイリスに視線を向ける。


「イリス、やれるかい!?」

「もちろんです! 見ててください靖治さん!」

「あたしも出るわよ!」


 ボートから飛び出たイリスとアリサが、ワニの前に立ちふさがった。

 水を垂らしたワニが唸りを漏らして睨みつけてくるのを、二人は鋭い視線を返す。


「デカいワニね、どのくらい?」

「目算で5メートル、体重は推定1トンかと!」

「ハン、食いごたえがあっていいわ」


 拳を握ったイリスと、アグニを傍に寄せたアリサに対し、ワニは警戒しているようでジリジリと慎重に距離を詰めてくる。

 互いに睨み合ったまま、イリスが隣へ問いかけた。


「ところでアリサさん」

「なによ?」

「戦場であなたを信頼して良いのでしょうか?」

「いまさらぁ?」


 だがもっともな質問ではある、なんせ昨日までは殺し合った仲なのだ。

 ため息をついたアリサは、少し返答に迷ったがすぐに答えを口にした。


「あんたが信じなくても、セイジのバカはあたしのこと信じてるわよ」

「なるほど! なら選択肢は一つですね!」


 その言葉に迷いなく頷いたイリスは、虹の瞳を煌めかせて颯爽と走り出した。


「後ろは任せます!」

「ったく、どいつもこいつもお気楽だわ!」


 正面から突撃するイリスに対し、ワニは大口を開けて食らいつこうとしてくる。

 大顎の捕食をイリスが左に跳んで避けると、目標を外したワニに対し、続いて飛んできたアグニが正面から勢いよく殴りつけた。

 重たい拳が閉じた口に突き刺さり、衝撃でワニの巨体が一瞬宙に浮いたが、着地と同時に前に飛び出してアグニに体当たりを仕掛けてくる。

 イリスは横へ回り込みながら、アグニと取っ組み合うワニを観察した。


「頭部が通常のワニのデータより巨大、それにタテガミ、通常のワニとは違う……?」


 このサイズのワニは記録でも存在しているが、それにしても頭部が大きい。鼻頭から尾先までのおよそ三分の一が巨大な顎で占められている。

 別の世界で独自の進化を遂げた種かもしれない、事実、半非実体であるはずのアグニにも平気で物理攻撃を浴びせているが、これは通常の生物では不可能なことだ。

 魔力か霊力か、それとも別の何かか、超常的な力を全身に付加したワニが大きな顎を開いて噛み付いたのを、アグニが口を掴んで正面から押し合った。

 力と力がせめぎあい、両者は身を震わしながら相手を圧倒しようと一層気合を込める。


「舐めんなぁ!」

「援護します!」


 アリサの一喝と共に、アグニは掴んだ顎を捻り上げ敵を投げ飛ばそうとし、更にイリスがワニの土手っ腹に鉄拳を打ち込んだ。

 怒涛の攻撃を受け、投げ飛ばされたワニはゴロゴロと草むらの上を転がってから、少し離れた位置で足を踏ん張って停止した。

 この程度ではまだ堪えないらしく、ワニはタテガミを振り回しながら口を開いて鳴き声を上げた。


「グゥゥー、アウゥッ!」

「ワニってこんな鳴き声だっけ?」

「さあ? そこまでデータがありません」


 矢面に立って戦う少女たちの後方で、靖治と共にボートの影に隠れていたミールが、今の鳴き声に目を瞬いていた。


「あいつ、今の言葉……?」

「えっ?」


 距離を近づけたワニが、身体を捻って尾を前に出し、強烈の薙ぎ払い攻撃を仕掛けてきた。

 イリスは跳び上がってこの攻撃をかわし、代わりにアグニが腕のガードで尻尾を受け止める。

 そのままアグニは尾を掴もうと手を伸ばすが、警戒されていたらしく、すぐに尻尾は引き戻されて魔人の指先をくぐり抜けた。

 このすきに反対側へと着地したイリスが、再びワニの横腹に近づくと、地面を鳴らして踏み込んで体重を乗せたアッパーカットを打ち込んだ。


 普通の動物なら肉塊になる一撃、だがまだ足りない。わずかに打ち上げられたワニは、すぐに体勢を整えるとイリスを下敷きにしようとのしかかって来た。

 落下してくるワニの腹の下からすぐさま逃げ出したイリスは、十分な助走を取れる位置まで距離を取ると、地を蹴って宙に跳び上がる。

 足首のスラスターを展開して全開で噴射させるイリスと、拳を振りかぶったアグニが、巨大ワニの両サイドから挟み込むように一撃を見舞った。


「ダイナマイトメイドキック!!!」

「ぶん殴れ、アグニ!!」


 砲撃もかくやの飛び蹴りと、魔人の熱拳がワニの顔にめり込んで、鱗で守られている嚴めしい顔が大きく歪められる。

 渾身の殴打を受け、ワニは一度後ろ足で立ち上がると「グオワアアア!!」と一際大きな鳴き声を響かせたのち、もんどり打って仰向けに倒れ込んだのだった。


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