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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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46話『煙に嗅ぐ』

 靖治が先に係留所に戻るのを見送ってから、アリサは昼の休憩のあいだに、少し市場の方を見て回ることにしていた。


「安い食い物は買いだめするに限るってね、さーて良さげなモンは……」


 こういう細かな空き時間に、安く買い叩くのがアリサの趣味みたいなものだった。

 騒がしい商店のあいだを、さっと通り抜けながら見て回る。限られた時間のうちでは中々ピンとくる品物は見つけられないが、ざっと売り物の流行を見ていけるだけでも面白いものだ。

 空間結界の縮小で畑で取れるものは高値の傾向、逆にモンスターから取れる肉類は安くなっているようだ。そういえばこの前も干し肉が安く買えた。

 マントを揺らしながら通りを行く楽しい買い物の途中で、軽薄な男の声がアリサに足を止めさせた。


「よーう、アリサちゃん、買ってかねえかい?」

「はあ?」


 眉を吊り上げて振り返ると、そこにいたのは以前の仕事で肩を並べたりもした、冒険団オーガスラッシャーのリーダーである狼人のハヤテがいた。

 ただしギュッと絞った手ぬぐいを鉢巻として頭に着けて、腰に前掛けを垂らしたスタンダードな八百屋スタイルで、並べられた野菜のあいだに仁王立ちしている。


「んじゃ」

「待っ、行くなってオイ!」


 去ろうとするアリサの肩を、詰め寄ってきたハヤテが毛でモコモコの手でガシッと掴んできた。

 捕まえたアリサに、ハヤテは必死な形相を浮かべながら大根片手ににじり寄る。


「そっけない顔すんなよ、大根安いぜ買っていけよ」

「保存も効かないのにいるかそんなもん」


 ギリギリ笑みに取れるかどうか微妙な顔のハヤテを、バカにしたように睨みつけるアリサは、仕方なく立ち止まってやった。


「あんたその格好なんなわけ? ふざけてんの?」

「ふっふっふ、俺ってばいい男だからなぁ。美人さんがどうしてもって頼ってきて仕方なく……」

「くぉーらハヤテ! なにくっちゃべってんだ!」


 顎に手を当てカッコつけて語りだしたハヤテに、店の奥から野暮ったいおっさんの声が轟いた。


「オレぁちょいと出るからちゃんと店番しとかねえと借金減らさねえからな! サボってたら、オレらぁオーサカ商工組合が黙っちゃいねぇかんな、ったく! 稼がねえと二度とオーサカの土地は踏ませねえぞオラ!」

「へ、へえ! わかってますよ!」


 頭毛が寂しい八百屋の主人が、ハヤテに怒鳴ると荷物を持って店の外へと出かけていく。

 罫線のような髪の毛をファサッと揺らしながら人混みに消えていく後ろ姿を見て、アリサはニヤニヤといやらしく笑みを浮かべて振り返った。


「あらあ、いい女だわねー、ハゲ面に残った髪の毛が哀愁誘うわ」

「チッ、るせえ」


 事情を察したアリサに、ハヤテは苦々しい顔をして悪態を漏らすと、誤魔化すようにアリサの首に指を差してくる。

 街に背いた咎人に嵌められる、爆弾付きの首輪だ。


「オメーこそどうしたよ。散々暴れたって聞いたぜぇ、重そうな首輪まで吊るしちまってよ」

「ふふーん、今流行りの火薬臭いアクセサリーよ。カッコいいでしょ?」

「……まあ確かに」

「マジか!? ったく、どーして男ってみんなこう」

「あ?」

「なんでもないわよ」


 冗談のつもりで言ったのに真顔で返されて、アリサは思わず片手で頭を抱える。


「もういいでしょ、こっちも忙しいのよ、行くわ」

「おい待てって、オメエ戦艦のガキの行方知らねえか? メイドでも良い」

「……あぁん?」


 去ろうとするアリサであったが、ハヤテの口から漏らされた不穏な言葉に再三足を止めさせられた。


「ガキってなによ」

「雉のプリントした写真はオメーも見ただろ。あれに映ってた青臭いガキだ、歳はなんだ、お前より上くらいか?」

「さあね、そいつがどうしたよ」


 いつも通りの不機嫌さを装いながら、慎重にハヤテの腹に探りを入れる。

 ハヤテは腕組みをしながら鼻を鳴らして話を続けた。


「なに、そいつが東京に入るための鍵になるかもしれねえんでな」

「と~きょ~? 随分前に締め切られて、それっきりって聞いてるけど」

「とは限らねえ、こんな世界だ、どっかに抜け道でもあるかもな」

「ふ~ん」


 アリサは少し興味深げな振りをして、悪い顔でハヤテの狼ヅラを見上げた。


「ってことは、拉致ってでも情報奪おうってんだ」

「バーカ、善意の提供をお願いするってだけさ」

「フン、悪党が」


 得意げに語るハヤテから距離を取り、アリサはマントで覆われた背を向ける。


「よく知らないわよ、メイドの方は会ったけど」

「ほぉ~、どこで?」

「一昨日街でハチ会ったってだけよ、なんか東の方に行くとか言ってたけど。あんたの睨んだ通りトーキョーにでも行くんじゃない?」

「へへっ、なるほどな……ならアリサよ、俺らと一緒に東京の夢見ねえか?」

「あん?」


 ハヤテは懐からタバコの箱を取り出して軽く振ると、一本飛び出させて細長い口に咥えた。

 口元でタバコを揺らし、アリサを見下ろしながら口説き文句を並び立てる。


「テメエの首輪なら俺らが外してやらぁ。お前さんいっつも一人でつまんなそうな顔してよ、俺らなら寂しさを埋めてやれるぜ? 仲間になりゃあ面白おかしい毎日だ、退屈なんぞさせはしねえ。どうだ、ここらでいっちょ男のロマンに付き合ってみんのも」


 だが言葉の途中でアリサが手を伸ばし、火がつく前のタバコを取り上げた。


「お生憎様、先約があるのよ。それにそもそも、煙吸うやつは信用しない主義よ」


 アリサが念じると、細い指に摘まれたタバコにぶわっと赤い炎が燃え上がり、一瞬で燃やし尽くす。

 パラパラと消し炭を捨てると、ハヤテの勧誘を一蹴したアリサは気持ちよくニッコリと笑ってやった。


「じゃあね色男、もう二度と会わないこと願ってるわ」


 それだけ言うと、枷の付いた手をひらひらと振りながら、バイト中のハヤテの前から去る。

 十分な距離を取り、お互いの姿が見えないところまで来てから、アリサは眉間の彫りを深くして舌打ちを鳴らした。


「チッ、鬱陶しい奴らに目ぇつけられてんなセイジのやつ」


 どういう経緯かよくわからないが、靖治はハヤテたちの一団から狙われているようだ。注意しないといけないだろう。


「まっ、大丈夫か。あいつら見るからに雑魚っぽそうだし、あたしとイリスでなんとかなるでしょ」


 ひとまず嘘の情報は流してことであるし、アリサは比較的楽観して靖治たちが待つ係留所に足を運んでいく。

 しかしその遥か後方では、したり顔をしたハヤテが、アリサの消えた方向を睨んでいた。


「へっ、狼の嗅覚って人間の100万倍なんだぜぇ。プンプン臭うぜアリサちゃんよ、男のガキと機械のニオイだ」


 呟いたハヤテは、もう一度タバコを咥えると、オイルライターで火を灯す。

 ジリジリと炙られたタバコが煙を上げ始め、ハヤテはヤニを肺いっぱいに吸い込んで、長い口の端から煙を吐き出した。


「あのガキとメイドはアリサと一緒か……東に行くのがブラフとなりゃ、行き先は淀川を上って琵琶湖か京都か、西の神戸方面か……? クックック、オレぁ一度狙うとしつこいぜー」


 今の情報だけでもかなり行き先が絞れた。煙を漂わせながら、ハヤテはニマァと口端を吊り上げて笑みを浮かべる。


「だがまぁカッコいいか……」


 アリサの態度を思い返して、ハヤテはタバコを指で摘みながら空を見上げる。


「あの首輪をカッコいいっていうんなら、案外話は合うかもな」


 路上に灰を落としながら、ぼんやりと夏の青空に呟いた。






「くぉらハヤテ! 店番中に煙浮かせてぇんじゃねえ!」

「ヒィ!? サーセンッ!!」

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