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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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45話『自由とエゴの名のもとに』

 ミールは靖治との話を終えた後、昼飯は一人で食べたいと言い出したので、待ち合わせだけ取り決めると街の人混みに消えていった。

 靖治、イリス、アリサの三人は手近な飯屋により、四角いテーブルを囲んで座る。靖治の隣にイリスが着き、アリサは斜め向かい側だ。

 お昼のかきいれ時、活気のある店内で靖治は川魚定食、アリサはオムライスを注文した。イリスはまた食事なしで座っているだけだ。


「じゃあいただきまーす」


 注文した品が来て手を合わせた靖治は、鮎の塩焼きに齧りついて美味しさに目を見開いた。

 街の川から捕れた新鮮な魚は、ナノマシンで整えられた環境ででっぷり太って食べごたえが合って味も抜群だ。

 舌鼓を打っていると、アリサがオムライスを食べながら話しかけてきた。


「で、午後からどうするよ?」

「とりあえずこのまま情報収集しつつ地道に探索でいいんじゃないかな、でも見つからないかもしれないね」

「被害は夜の間だけだから、その時間を狙って張り込むほうが良いかもね」

「ターゲットになるのは一人でいる人とのことですので、囮を使う、という手もあります。その場合は私が適任かと」

「そうだね、でももうちょっと手を尽くしてからにしようよ。危ない橋を渡るのは後で良い」

「同感ね、こういうとこで面倒がるやつは早死にするわ」


 今のところは、街に現れるモンスターの手掛かりはまったく掴めてないが焦りは禁物だ。

 基本方針だけ改めて固め終わると、イリスが挙手して話を切り替えてきた。


「ところで、考えていたことがあるのですが」

「どしたの?」

「ミールさんがあんなにも落ち込んでいるのは、身近な人が亡くなったからという理由であっていますでしょうか?」


 他の二人を交互に見つめるイリスの飾り気のなさすぎる言葉に、アリサはあんぐり口を開いて見つめ返していた。


「あんたマジで言ってんの?」

「違いましたか?」

「いや、合ってるけどそうじゃなくて……」

「イリスは人とあんまり触れ合わなかったそうだしねー。自分で考えただけすごいんじゃないかな」


 お昼ご飯を食べながら、靖治は冷静に客観的な意見を述べる。

 イリスは二人の反応に引っかかりを覚えたものの、とりあえず間違ってはいないようで手を叩いて喜んだ。


「あってるようなら良かったです!」

「いやいや、良かったですじゃなくて」

「はい?」

「そうだねぇー」


 モグモグと口を動かしていた靖治は、思案しながら食べていたものを飲み込むと、隣のイリスへと顔を向けた。


「イリス、ミールさんの気持ちを知りたい?」

「知りたいかですか……そうですね、参考になりますから!」

「じゃあ、僕がミズホスに殺されて、イリスだけが生き残ったときのことを考えてみると良いかもね。何かわかるかもしれないよ」


 そう言われた途端、まるでまじないを掛けられたかのようにイリスは真顔のままビタリと身体を硬直させた。

 多数の客で賑わっている店内で、三人のテーブルだけが異様に静まり、口を半開きのまま何も言わないイリスを、靖治とアリサが見つめる。

 やがてわずかに身体を震わせたイリスは、その美しい虹色の瞳から大粒の涙を湛え始めた。


「あ、あれ……? す、すみません……機能が誤作動して……あれ? 止まらな……」


 これには靖治もアリサも目を見張り、すぐには言葉が出てこなかった。

 イリスは困惑するような声を出して、頬を伝う涙を手で受け止めているが、次から次にあふれてくる激情になすすべもないまま震えている。

 泣きじゃくる子供のようなイリスに、靖治はわずかに眉を曲げると、そっとイリスの頭に手を伸ばして、彼女の顔を胸元に抱き寄せた。


「せ、せいじさ……!?」

「辛いことを言ってごめんねイリス、僕はここにいるから、安心して」


 優しい言葉をかけられて、イリスは少し戸惑いを見せたものの、今はしばしこの心の波に身を任せることに決め、靖治の胸の中で肩を震わせながら涙を流し続けた。

 二人の睦まじい姿を、アリサは無言でご飯を食べながら訝しげな顔で眺めている。

 しばらくして落ち着いてきたイリスは、靖治の胸から顔を上げた。


「靖治さん……こんなに胸が苦しくなるなら、何故あの方は何もしないのですか?」

「……人には色々あるのさ」


 ようやく当然の疑問を得たイリスであったが、返ってきた答えは曖昧なものでしかなかった。

 靖治とてすべてがわかっているわけでは当然ないし、わかったとしてもただ教えればいいものというわけでもないだろう。


「謝ったほうがよいのでしょうか……」

「止めたほうがいいと思う、君が謝ってもきっと彼は救われない。彼が自分で踏み出さないといけないことだ」


 靖治の目から見ても、ミールが何かしらのわだかまりを抱えているのは感じられたが、当事者である自分たちから言えることはないだろう。例え正論という類の言葉を言えたとしても、ミールが素直に受け取れるとは思えない。それはただの言葉の暴力にしかならない。

 イリスは目元の涙を拭うと、ゆっくりと席を立った。


「……先に係留所に戻っています」

「うん、気をつけてね」

「はい……」


 意気消沈したイリスは、声色を暗くしたままフラフラと店から出ていってしまった。

 彼女の背中を見送ってから、アリサが靖治に気怠げな視線を向けた。


「いいのかなぁー、あんなこと言って。あれでイリスが戦えなくなったりしたらどうするの?」

「その時はその時、それがイリスに必要な道ということなんじゃないかな。自分で選んだ道を進んでくれればそれでいいさ」


 アリサとしては、イリスには戦力として期待しているのだからあまりブレないでいてほしいのだが、靖治はそうではないようだ。

 まあアリサも靖治のそういう甘いところは嫌いではないから一緒にいるのだ、彼の発言をそれ以上否定するようなことはしない。


「彼女には僕のそばに居て欲しいけど、心を強制することはしたくないよ」

「ふーん、優しいんだ」

「はは、まさか。僕はそんな善良じゃないよ」


 乾いた笑いを漏らした靖治がメガネをかけ直す。

 光を映したレンズの裏側から、虚ろな大穴のような、底の知れない黒々した眼がアリサを見ていた。

 その瞳にある穴の深さに、アリサは一瞬飲み込まれるような錯覚を受け、身を強張らせる。

 靖治はあくまでマイペースに、淡々と言葉を並べた。


「アリサ、第一にね、まず僕自身が自由でありたいのさ。だから僕が自由であるために、イリスにも自由にさせる。だってそうだろう? 他人の自由を否定する者が、自由であるはずがないんだからね。それは恐怖と不安に心を縛られた、もっとも不自由な行いだよ」


 ほんのわずか漏れ出した靖治の核心部分に、アリサは思わず口をつぐんで息を殺してしまった。

 言葉から感じられたのは、単なる生優しさではない、確固とした自我から来る、自他共に傷つくことを厭わない身の程知らずの覚悟があった。

 飲まれかけたアリサだが、しばらくして無理やり笑みを浮かべると、テーブルに肘をついて。


「……えげつないやつと契約しちまった気がするわ。他人のこと利己的とか言っといて、あんたが一番利己的じゃないの」

「あっははは、カッコいいだろ?」

「どこがよ腹黒男」


 特異な力など何も持たざるくせに、わが道を往くことを迷わない靖治の強情さに、アリサは首筋にわずかな冷や汗を浮かべていた。だが同時に、彼の持つ深さには、強烈に惹きつけられるのも事実だった。

 胸の内を語った靖治は、一度ため息を付いて肩を落とすと、最後にぽつりと言い落した。


「だから僕は、イリスを辛い道にも送り込む。いつか彼女に恨まれても仕方ない、僕は単なるエゴイストさ」


 普段、何事にも動じない靖治の僅かに見せた隙、自分が振り回す相手への負い目。

 そこにある躊躇に、アリサは気に入らなそうに舌打ちを鳴らした。


「……そうかね」

「何?」

「別に、ただあたしを誘ったやつが、そんな卑屈になんなよ」


 不機嫌そうにぶっきらぼうに、それだけ言ったアリサは頬杖をついてそっぽを向いていた。

 少し膨らんだ横面を、靖治はキョトンとして見つめていた。


「元気づけてる?」

「うるせー、ンなわけあるかバーカ」


 返ってきたいつもどおりの悪態に、靖治は思わず笑みをこぼした。


「それよりイリスのやつを午後までに使えるようにしときなさいよね、あんたの管轄よ」

「うん、そうだね。イリスのそばに行ってみるかな」


 靖治は残っていたご飯をかきこむと、アリサより先に立ち上がる。

 去り際に、アリサの不服そうな顔へと短いお礼を投げかけた。


「ありがと、アリサ」

「フン、何でもないわよ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てるアリサに、靖治は嬉しそうに微笑んだ。

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