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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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41話『いつもイリスはいい笑顔』

 食堂に来た靖治、イリス、アリサの三人は、受け取った食事券で夕食を摂ることにした。

 天井から吊られた電球が弱い光を放ち、不自由ない程度に明るい食堂は、靖治の知っているような作りとそう変わらない。

 中には人類系の人から獣人、爬虫類系、鳥人など色々な人種で賑わっている。アリサの説明ではこのリキッドネスファミリーの構成員らしかった。


「何があるんだろ……えーと、定食に、うどんとか蕎麦とかラーメンとか……へえ、日本っぽーい」

「一応日本ですから」

「イリスは何か食べる?」

「いえ、私は必要ありませんので遠慮しておきます」

「タダ券もったいないじゃない、頼んどいてよ、あたしが二人前食うから」


 メニューに郷愁を覚えながら靖治はカレー蕎麦を注文し、イリスとアリサはうどんとラーメン。お盆を持って隅っこの席に集まった。

 まず靖治が奥から二番目の椅子に座ると、イリスがその奥の席に座る。アリサは向かいの席のどちらに座るか少し悩んで、微妙な乙女心から靖治の斜め向かいに腰を下ろした。

 そうしてご飯を食べながらお互いのことを話すことにした。


「改めまして自己紹介、僕は万葉靖治、よろしくねアリサ」

「はいはいよろしく、あたしはアリサ・グローリーよ。そっちは……」

「はい! イリスです!」

「声でけー……」


 イリスの常にテンション高めなノリに若干ついていけずアリサが渋い顔をしていると、同じ食堂で夕食を食べていたファミリーの構成員が、眉を潜めて振り返ってきた。


「おい、うるせえぞ静かにしろ」

「はーい、スンマセーン」


 強面のおじさん相手にアリサは適当に返すと、きつい表情をしてイリスを見る。


「ちょっと、あんまり騒がないでよ。ここの親がやられて、気が立ってるやつ多いんだからさ。喧嘩でも起こしたらアルフォードから睨まれるわ」

「すみません」


 指摘されたイリスは、口元を手で押さえて声のトーンを三段階ほど落とした。


「なるほど。トップが死ぬと、その組織の人間は怒りやすくなるのですね」

「そりゃ当たり前でしょ……それより一つさ、重要なことを確認しときたいんだけど」


 アリサが机から身を乗り出して、靖治へと顔を近づけた。


「何かな?」

「あんたさ、なんか能力とか持ってる……よね?」


 口元に手を当ててコソコソと聞かれにくいよう小声で話す、それに靖治は笑顔で返す。


「いや何も」

「まーたまたー、隠したってタメにならないわよ? ね? ね? あたしにだけ教えてよー。異能とか、魔法とか、変身能力とかなんか持ってるんでしょ? お兄さん、あんだけぶっ飛んででナニもないってのはないでしょー」

「いや、ホントに何もないよ」

「……マジで?」

「マジでマジで、ガチでマジで」

「靖治さんは完全無欠にノーマルヒューマンですね、身体能力も平均的なレベルと言うか、むしろそれ以下です」

「5歳年下と喧嘩して負ける自信あるよー」

「自慢にならんからなそれっ」


 それを聞いて、アリサはクライアントの貧弱さに絶望と、やっぱりなという諦めが同居した真っ青な表情を浮かべ、俯かせた頭を両手で抱え込んだ。


「あーもう、ガチかよー……若干そんな気はしてたけど、ドノーマルがあんな鉄火場に喜んで首突っ込んでくるとか、やっぱちょっと理解超えてるっていうか、あんたバカすぎでしょ……」

「あはは、それほどでも」

「褒、め、て、ね、え、よっ」


 アリサの悲壮感をまったくこれっぽっちも理解しない靖治に、アリサはツリ目を更に吊り上げて睨みつける。

 しかし今更どうこう言っても仕方ないと気を取り直して座り直すと、握った箸を靖治へと向けて言った。


「あんた明日の調査にも着いてくる気?」

「行くよー、だって面白そうだし」

「おいメイド、こいつの能天気さどうにかならないの?」

「私もびっくりしましたが、多分不可能です。あと私の名前はイリスです」


 死人こそ出てないとはいえ、重傷者が多発している事件にもお気楽な靖治には、イリスも少し困っているようで肩を落としていた。

 靖治本人は呑気にカレー蕎麦をすすりながら話を続けた。


「いざとなったら逃げるか助けを呼ぶよ。捜し物には眼が多いほうが良いだろうし、それにこういうことには慣れておきたいのもある」

「あー、まあ街中でなら逃げやすいし勉強にちょうどいいか。つーかさ、あんたらはここ出たらどこ行こうってわけ?」

「それは私がご説明しましょう」


 アリサがうどんとラーメンを食べ比べながら尋ねた言葉に、イリスが張り切って手を上げた。


「靖治さんはこの世界を見て回りたいと言っていますが、まずは拠点となる生活の場を整えてからのほうが安全です。そこで京都に向かい、そこでの居住権を得て当面の生活を確保するのが目標です」

「ふーん、ってことはルートは琵琶湖経由?」

「はい、その予定です」

「あれ? でも京都の街って、大阪と琵琶湖の中間くらいの位置じゃなかったっけ?」

「はあ? 何言ってんのよ?」


 イリスとアリサで話が通じているところに、靖治が疑問を呈するとアリサが不思議そうに眉を吊り上げた。

 すかさずイリスがフォローを入れる。


「それは前時代の京都市の位置ですね。元々京都市のあった位置は油田に変貌しています」

「……油田? なんで油田?」

「地形ごと異世界と入れ替わったんです。現在京都と呼ばれてる街は、より北西の山に囲まれた場所に新しく作られたものです。街の一部は日本海に面しており、過去の舞鶴市付近になりますね」

「へえー、砂漠とおんなじパターンかー」


 話し込む二人を、麺をすすりながら見ていたアリサは怪訝な表情を浮かべる。

 この程度の話は、この近辺で生活している者なら誰でも知っている基礎知識だ。


「そんなのも知らないって、あんたどっから流れて……」

「そういえばアリサさんは、どこまで靖治さんについてくるおつもりですか?」

「いッ!?」


 しかし思わぬキラーパスに疑問は遮られ、アリサはビクリと肩を震わせる。


「靖治さんと同行するのは契約という形ですが、契約を満了するラインを明確に記憶しておきたいのですが」

「あーいや、それはその……」


 非常にアンビバレンスでセンシティブな問題だ。アリサは引きつらせた顔を反らして、誤魔化すように頬を掻く。

 一応は傭兵として契約してるから甘い顔はできないというプライドと、絆された心がせめぎあい、やがて頬を赤らめて靖治の顔を流し見ながらおずおずと言葉を紡いだ。


「べ、別に……あんまり決まってないっていうか。まあ他に当てもないし? ソロで金稼ぐよりか安全そうだし? セイジが嫌って言わなきゃ、しばらくくらいはいてやっても……」


 垣間見せた純真さに、イリスは理解できず眼をしばたかせていたが、当の靖治にはバッチリ通じてしまい、彼はニヤケ面でアリサを見つめ返していた。


「おっ? それじゃあ当分は一緒にいてくれるんだ? やったー、嬉しいよ」

「あーもう、どうだっていいでしょそんなことっ。セイジ、あんたも鼻の下、伸ばしてんじゃねえっ」


 明らかに嬉しそうな態度を見せる靖治に、アリサが吠え立てて一心不乱に麺をすすり始めた。

 よくわからないイリスは、靖治へと顔を向けて問いかける。


「どういうことなのですか?」

「ははは、アリサは可愛いなーって話」

「はい?」


 調子づいてる靖治を、アリサが「フンッ」と声を上げて蹴り飛ばした。

 机の下で脛にブーツのツマ先がめり込み、靖治は痛みに悶えて、青い顔からメガネがずれる。


「あづっ!」

「どうしました?」

「な、なんでもないよ……」

「フンッ、いやらしい男はキライよ。それより、あたしよりもアンタは何なのよ、イリスちゃんよ」

「私がどうかしましたか?」


 アリサの考えはこうだ、これから団体行動をする以上、舐められてはイケねぇー。

 下についた人間など惨めなもんだとアリサは考える、そうならないためには自分の弱さを見せずに相手の隙を見つけることが重要だ。

 アリサは骨身にしみた高圧的な笑みを浮かべ、イリスへと胡散臭い視線を送った。


「アンタさー、なーんか態度が嘘くさいのよねー。私は純粋ですー、みたいな顔してセイジにひっついて回って。ロボットだけにホントは作り笑いでもしてんじゃないのー?」


 ちょっと下卑すぎかな? と自分でも思いながらも、靖治はあまり気にしてないようなので思い切って勝負を仕掛けてみた。

 腹の中を探ろうとするアリサに対し、イリスはいつものように明るい表情でハキハキと返す。


「はい、その通りです。前向きなのは健康に重要ですから」

「……はっ?」


 まさかのノーガードで打たれたカウンターに、アリサが目を白黒させられてしまった。

 頭を打たれた衝撃で混乱したまま思わず尋ねてしまう。


「えっ、いや、どういうこと?」

「元々、私の生まれは看護ロボです。患者の健康のためには精神的な側面も外せません、そのため私は生まれた時から笑顔の表示と明るい発声を義務付けられていました。現在も靖治さんの生命活動をサポートしているわけですから、靖治さんが心身共に健康であるために、私が明るく振る舞うことは当然であります!」


 いっそ誇らしげに「全部作り物です」と語るイリスに、アリサは唖然として口を開いていた。

 一方靖治は聞いてるのか聞いてないのかわからない普通さで、カレーの汁が飛ばないよう慎重に蕎麦を口に運んでいる。


「ちょ、ちょっとちょっと、セイジってば、アンタこれでいいの? こいつ普段の振る舞い全部ハリボテだって公言してんだけど」

「ん? 良いんじゃない?」

「いいんかい!?」


 まるで風船みたいな軽いノリで、靖治は何事もなくイリスを認めていた。


「今はまだそれ以外に知らないのなら、それで良いんじゃないかな。形から入って中身ができるということもあるし、他の生き方がしたいと思ったならおいおい学べばいい。それに例え作り物の態度でも、それもイリスの一つだよ」

「そーかもだけどさー……」


 言ってることはそう間違ってないと感じるが、それでもこの動じなさにはアリサのほうが驚かされるばかりだ。

 そしてイリスはというと、妙な態度を取るアリサを見て少しばかり不安げな顔をする。


「あの、私になにか問題がありますか?」

「ううん、大丈夫だよ。イリスはイリスの好きなようにしたら良いんだ」


 靖治はそういうと、自然な流れでイリスの頭に手を伸ばした。

 ヘッドドレスを避けながら髪を優しく撫でつけると、イリスはあからさまに狼狽した様子で顔を赤らめた。


「わわっ!? せ、靖治さん……な、何だかこれ胸がムズムズします……!」

「うん? イヤだったかな?」

「イヤじゃない……イヤじゃないですけど……何か、熱く、コアがアツく……!」


 揺れ動いた虹の瞳をギュッと閉じたイリスは、頭をパカっと開いて内側から「ポーッ!」と蒸気を噴出させて周囲の注目を集めた。

 ざわめく食堂で唖然としていたアリサは、やがて困った顔をしながらも、軽く笑ってボヤいていた。


「ったく、こいつは、底抜けなバカなんだから」

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