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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
二章【栄光のきざはし】
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37話『尊き灯火』

 胸にリュックを担いだままだった靖治は、アリサとともに魔人の中で天地逆さまの状態で顔を合わせていた。

 間近で驚いて目を丸くするアリサを見つめて、ほにゃりと頬を緩ませる。


「来ちゃった♪」

「彼氏気取りか貴様はッ!!」


 すぐさま怒声を浴びせられて、とりあえず二人は姿勢を整えて、魔人の中で座るような姿勢でお互いに向かい合った。

 正座をした靖治がいそいそとズレたメガネを掛け直し、あぐらをかいたアリサが睨みつける

 リュックを背中に背負い直す靖治を見ながら、アリサが苛立たしそうに顔をしかめて怒鳴り散らした。


「あんたさぁ……なんでこんなとこまで来たのよ!?」

「だってアリサと話したいからね」


 やはり当然のように自分のしたいことを語る靖治に、アリサが目のあいだを辛そうに歪めて顔を背けた。


「止めてよ、あたしは簡単に人を裏切る薄情者なのよ。さっきだって、結局あたしはクライアントをぶっ殺した。あんたみたいなやつに、信じてもらう価値なんかない」


 自らの罪悪を後悔するように語るアリサに対して、靖治はきょとんとした表情で首をかしげる。


「薄情者って戦艦でミズホス置いて逃げたところで今更じゃない?」

「ぐほっ」


 思わぬ一撃に、思わずアリサは血を吐く思いをさせられた。


「本当に義理堅いなら、あの時点でもっとミズホスのこと守ろうとすると思うしねー」

「な、なんなのよあんたは!? さっきはあたしに言い寄ってきた癖に!?」


 さっきは命を差し出すくらい信用しておきながら、今度は人の弱いところをなじりだす靖治に、アリサは胸ぐらを掴んでガクガクと揺らした。

 一旦揺さぶられた靖治は、アリサが落ち着いてから真っ直ぐ目を見つめて口を開いた。


「僕は別に裏切るくらい大したことないと思うよ、君の利己的な側面がそれってだけだし。素晴らしいじゃないか、自分のために戦える強さがあるから、君はここまで生きてきたんだ」


 人の悩みを素晴らしいを言いのける靖治に、アリサは意表を突かれて思わず手を離した。

 魔人の内部で落ち着いて腰を下ろし、穏やかに靖治の言葉が紡がれる。


「人には色んな側面があるものだよ。アリサは見知らぬ人を助ける優しさがあって、でも自分のためなら容赦なく行動できるしたたかさもあって、それでいて、僕を殺さないという選択を取った人でもある。いずれ君の行いがどこかで牙を剥くかもしれないけど、僕だけは君を責めたりはしない」


 そのすべてを是として語る靖治に、アリサは肩の力が抜けるのを感じていた。

 この世界に来てから、ずっと肩肘張って、裏切らないように生きてきた。

 だがそんなアリサに、別にそれも一つの選択だよと、ありのままを語るように教えられるのは初めたのことだった。


「感謝してるよ、あそこで僕を殺さなかったこと。流石にちょっとハイになりすぎちゃったしねー、ハシャギ過ぎちゃった」

「ハシャイだの一言で済ませて良いもんじゃないでしょアレは……」


 あの時の狂気を思い出して、アリサはげんなりとした顔をする。やってることは誰よりも重たいくせに、本人の気持ちが軽すぎる。

 でもそんな心軽やかな靖治だからこそ、ここまで来てくれたのだ。

 そんな自由を謳歌する靖治は、改めてアリサに向かい合って真剣な顔をした。


「ここまで僕の気持ちを言いそびれてた、だから今度はちゃんと言うよ」


 珍しくカッコいい顔をする靖治に、アリサはつい息を呑んだ。


「君は優しいだけじゃなく、自分のためならクールに行動できて、それでいて信じれば信じた分だけ応えてくれる、可愛くて強くてカッコいい、この世界に生きるに相応しい頼もしい女性だ」


 我慢できなくなった靖治が、前のめりになってアリサの手を掴み上げた。

 アグニとはまた違う、心を包み込む柔らかさと温かかさが、アリサの心をいたわるように包み込んでくる


「君と一緒に旅をしたら、きっとすごく楽しいと思うんだ! だから僕は君に来てほしいんだよ、アリサ!」


 こんなにも、一心に求められたのは初めてのことだった。

 誰よりもまっすぐに自分を見つめてくれて、その価値を認めてくれる靖治の想いに、アリサはなんとなく昔のことを思い出した。

 自分の人生で唯一温かな記憶、拾ってくれたおじさんの家で、兄と三人で暮らしていた時期。

 他人に自分を認めてもらえて、自分で自分を認められて、安らぎの中でほっと安心した息をつける。その時の肌を潤す熱を、この靖治から感じていた。

 思わず頬を赤らめて、靖治の真っ直ぐな視線を前にして呆けてしまう。

 アリサの瞳にわずかな煌めきが生まれだしたのを見て、にっと笑った靖治が手を握ったまま振り返った。


「このアグニを止めることなら気にしなくていい、僕には君の他にもう一人、頼れるパートナーがいる」


 魔人のはるか先に、一人の女の子が立っている。

 生きた年数こそ長いが、その身に秘めた純粋な輝きは少女のように透いていて、見るものの胸を焦がす。

 美しい銀の髪を風に揺らして、メイドの格好で凛と立ち、どこまでも広がるような虹の瞳を向けてくれていた。


「僕たちの道を切り開いてくれる、心を持った素晴らしい機械が」


 魔人と視線を合わせるよう、遠くに残ったビルの上で、イリスは仁王立ちして胸元で右手を握りしめていた。


「アリサさん……どうしてあなたのいるところに、私がいないのでしょうか」


 その顔が僅かに憂いる。瞳が僅かに伏せられ、切なげに眉を歪めて大事な人へと手を伸ばした。


「私だって、靖治さんにもっと見てもらいたい、話しかけてもらいたい、手を握ってもらいたい……でも靖治さんは、アリサさんにそんなにも手を伸ばす」


 ジン……と胸に秘めた機械のコアが疼いて電脳が痺れる。

 広い世界でたった一人、靖治だけを見つめながら歩いてきた少女の、儚く健気で、一途すぎる想い。

 その気持ちを握りしめ、イリスは熱い想いを口にする。


「――ならば! 靖治さんともろともに、アリサさんも助けましょう!!」


 眼光は強く、虹の瞳は見開かれ、声高々に。

 憂いも羨望も、そのすべてを命の輝きで飲み込んで、彼女は強く、より気高く銀の手を空に掲げた。


「靖治さんが生きるを助ける――それが、私が私に課した使命だから!! アリサさん、あなたもまとめて、私たちの旅路にご招待です!!」


 右腕のパーツが開いて内部から三つシリンダーが現れる。

 刻まれたのは『Brave』『Friendship』『Love』の文字、その内側に光と共に己が想いを込めていく。


「トライシリンダー、セット! エネルギーチャージ60-50-100!!」


 掲げた拳が気持ちを握り締め、右腕全体が光を放ち始めた。

 イリスの心情を表すように、今日の彼女は桜色、すべてを祝福するために柔らかな熱を胸に湛えて。


「鮮やかなるは私の拳! 虹を超えて命を誇る!!」


 愛しき主人が考案してくれた、とっておきの祝詞を上げて、光り輝いたイリスはとうとう走り出した。

 脚のホバーとスラスターを全開、建物の上から飛び出して、高度を落とさず靖治とアリサを迎えに空を駆ける。

 立ち塞がるのは火の魔人、相手も拳を振りかざしイリスへ向かって叩きつけてくる。

 迫り来る拳はまるで壁のよう、そのすべてを粉砕するその圧力にもたじろぐことなく、どこまでも開放された自由な気持ちで、イリスは前を向いていた。


「――この拳が、私です!!!」


 想いを乗せた真っ直ぐな拳が、炎の壁に向かって放たれた。


「フォース、バンカァァァァァァアアアア!!!!」


 桜色の粒子が疾風のように拳から放出された。

 光をまとったイリスの拳を前にして、大いなる魔人の拳が土塊をほぐすかのように崩れて消える。

 イリスから放たれた桜色の風は、魔人の身体全体を巻き込んで、アリサの内に芽生えた黒い心と一緒にその熱を奪い去っていく。

 その輝きを見せられて、アルフォードとレイジも自然と声を漏らしていた。


「おぉ……!」

「なんとあっ晴れな光か」


 桜色の風の中で靖治と手をつなぎながら、アリサも首筋を通り抜けるその輝きを感じていた。


「すごい……綺麗な光……」


 痛みはない、光は優しく力だけを解いてくれる。

 靖治とアリサを包み込んでくれるこの光は、あらゆる垣根を超えて心を傷を埋めていく。

 命の素晴らしさを肌に感じながら、崩壊する魔人の中から、靖治とアリサは光る風に連れ去られて宙を舞った。

 風が耳元でうなりを聞かせ、温かさと爽やかさが頬を撫で、二人は遠く遠くへと運ばれていく。

 夏の日差しに照らされながら、二人は青空へと手を握りあったまま舞い上がった。


 大阪の遥か上空には壮大な景色が飛び込んできた、海を埋め尽くした砂漠、木々が生い茂る山々に草の柔らかさが伝わってくるような草原、横たわった川をまたがって広がる人の営み。

 どこまでも広がる、驚嘆と歓びに満ちた素晴らしき混沌世界、ワンダフルワールド。

 とても綺麗な景色だったけれど流石に勢いが怖くて、アリサはギュッと目をつむり、隣に悲鳴を聞かせてしまっていた。


「きゃあああああ!?」

「あっははははははは!! すごいよアリサ! 飛んでる飛んでる! 僕飛んでるよ!! きんもちいい~!!!」

「笑ってる場合か! 着地どうすんのよ!?」

「あははー……どうしよう?」

「まさかのノープラン!?」

「うん、頼んだアリサ!」

「丸投げすなー!!?」


 光を撃ち放ったイリスも、飛び立った二人に青い顔をして頭を押さえていた。


「あぁー!? しまったやりすぎましたぁ!!?」


 今更イリスが手を伸ばしても後の祭りで、このまま二人は大阪の街を出たところに真っ逆さまだ。

 急速に近づいてくる地上を見て、いよいよ危険だとわかったアリサが無我夢中で叫んだ。


「あーもう! お願い、アグニー!!」


 アリサの身体から炎が沸き立って、二人の目の前に魔人アグニが作り出された。

 魔人は大きな手で二人の身体をすくい上げると、人肌程度の炎で墜落の速度を受け止めてくれる。

 応えてくれたアグニの姿に目を丸くするアリサと靖治は、郊外の川辺に落っこちて大きな水しぶきを上げた。

 しぶきが晴れた後、そこには浅い川で尻もちをついた二人の姿があった。


「あっははは、アグニも頼りになるね!」

「……フン、当然よ。こいつはあたしの一部みたいなもんなんだから」


 二人してずぶ濡れになりながら靖治に笑いかけられて、アリサは少し気恥ずかしそうに口を叩く。

 そうして頭上に浮かぶ魔人を見上げて、ポツリと安堵したように呟くのだった。


「……ありがとうアグニ、裏切らないでいてくれて」


 魔人は何も言わず、ただアリサのそばに佇んでいた。

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