36話『靖治が征く!』
街を仕切るリキッドネスファミリーの二枚看板が戦っているのを、遠くにいた靖治は預かったリュックを背負って、浮浪者の子供たちと一緒に見ていた。
建物に紛れて魔人の姿は見えないが時折黒煙が空へ登るのが確認でき、街を揺らす爆発音が届いてくる。
遠くの建物が崩れる音を聞きながら、子供たちの中で一番年齢が高い10歳頃の少年が、靖治へ話しかけてきた。
「ありがとうございます、逃げろって言ってくれて。おかげで巻き込まれず済みました」
「お礼なんていいよ。それより、さっき言った通り僕にはやることがあるからここまでだ。気をつけてね」
「はい、気をつけてください」
ペコリと頭を下げた幼きリーダーは「みんな行くよー」と子供たちを率先して、新しい居場所を探して歩き出した。
彼らの背中を見送ったあと、戦いの方角を見ていると、焼け焦げたメイド服の女の子が近づいてくるのが目に映った。
「靖治さ~ん!!」
ホバーブーツで浮いて走ってきたイリスだ。手袋が焼け落ちて露わになった銀色の手を振って滑ってくる。
彼女は靖治の目の前までやってくると停止して、安堵した表情を浮かべた。
「良かった、ご無事でしたか!」
「うん、前持って離れてたからね。アリサは……」
「見ての通りです」
戦場の方から空気を切り裂く音と光を感じて、二人が同時に目を向けた。
一筋の熱線が空へと上って青空を赤く焦がし、やがて消えていくのが見えた。
「早くこの街を出ましょう、彼女は執拗に私を狙いたいようですが、このまま行けば大阪の戦力が彼女を倒しきるでしょう」
「そうか、じゃあそうなる前にアリサを止めよう」
「えぇー……」
当然のように言った靖治に、イリスはげんなりとした顔で肩を落とす。
彼女としては珍しいくらいあからさまに嫌がると、手を振り回して反論した。
「どおーしてですか!? 何故ですか!? 助ける必要性がまったく理解できません!!」
「まあ必要ではないよねー。あの状態は僕がきっかけのところがあって悪い気がするけど、アリサの自業自得でもあるっぽいし」
「じゃあ!」
「でも助けたい」
声を荒げるイリスに、靖治はどこまでも静かに、けれど真摯に意思を表明した。
わけもわからず泣きそうな顔をするイリスを前にして、靖治は自身に人差し指を立てて指し示した。
「イリスは僕が好き?」
「もちろんです!」
「うん、僕もイリスが好き。そしてアリサも好き、だから助けたい」
靖治はイリスに指を向け、次にアリサがいる方へと指し示した。
「イリスには悪いけど一人でも言って話しかけてみるよ。アリサと話したのはほんの少しだけどとても楽しかった、このまま放っておけないんだ」
「それって……」
煙が昇る空を見据え、頑としてアリサの傍に近寄ろうとする靖治に、イリスは目を見開く。
「もしや!!? 人間で言うところの"恋"!! でありますか!!?」
興奮気味に食いつくイリスに、靖治も思わず驚いて目を白黒させて視線を合わせた。
ちょっとだけ考えて脳天気に言葉を返す。
「恋? うーん……そうかも!」
「おぉぉおおー!!?」
何やら目を輝かせて大興奮したイリスは、拳で手を叩いて音を鳴らすとアリサがいるところに向き直って拳を握りしめた。
「わっかりましたぁ! 靖治さんの行く道をお護りするのが我が役目! 行きましょう靖治さん! きっと尊いその気持ちを、私がお助けします!」
◇ ◆ ◇
魔人との戦いはわずかにアルフォード側に傾いていたものの、長期戦の様を示していた。
アルフォードの結界とオーガストの連携により、着実に魔人を傷つけアリサの体力を削っている、だが魔人の側の攻撃を一発でも直撃すれば致命傷となるだろう。
一瞬も気が抜けない状況で、アルフォードは汗をかきながら短刀を構えた。
「フゥー、とんだジャジャ馬だ。火事の鎮火とて楽ではないぞ」
そう言って魔人の攻撃で燃え上がった地形に短刀を投げつけると、位相結界を展開して炎を別空間に消し飛ばした。
街の被害を抑えるための処置とは言え、連続で術を行使させられるせいで負担が大きい。
魔人の近辺の橋はほぼ壊滅して川がむき出しになっている。わずかに燃え残った街の支柱を足場にして立っている状態だ。
息をつくアルフォードの先で、ジャンプしたレイジが大斧を振るう。
「フンッ!!」
魔人に傷をつけたレイジが川に落ちる前に、アルフォードが結界の足場を用意して受け止める。
斬りつけられた魔人は傷跡から炎を漏らして光を揺らめかせるが、それもすぐに修復されていく。
だが無駄ではない、魔人の内部で能力を維持しているアリサは、ズキズキと痛む頭を押さえて苦しそうに呻いている。
『ハア……ハア……クソ、粘りやがって……』
未だ頭に血が上ったまま戦闘を続けようとしていた彼女だが、遠くから急速に近づいてくる物体を見て目を見開いた。
『なっ……!?』
風を切って進む音に、アルフォードも気がついて振り返る。
瓦礫の街を突っ切って走ってくるのは、ホバーブーツとスラスターを全開にしたイリスと、彼女に肩車された靖治の姿だった。
靖治はさっきまで背負っていたリュックを反対向きにつけて、胸の前に抱えた状態でイリスに乗せてもらっている。
「あばばばばばば、風つよーい!!!」
「しっかり捕まっててください靖治さん! 髪の毛握っても大丈夫ですよ、私メカなので!!」
「痛くない?」
「へっちゃらです!」
強風に煽られるのを強化メガネに守られながら、靖治は一直線に魔人を見据える。
「靖治さん! アリサさんがいるのは魔人の下部、腹部の辺り。その内部は比較的熱量が少なく保護されているようです、アリサさんと話をするならそこに飛び込むのが一番かと!」
「うん、頼むよ!」
「イリスタクシー、行っきますよー!!」
ホバー走行するメイドの上に少年が肩車された異様な光景に、アルフォードなどは「何だあれは……」と困惑した声を漏らす。
だがもっとも混乱していたのは、やはりアリサだっただろう。魔人の中から靖治の姿を見下ろすと、驚愕に歪んだ顔で叫んだ。
『ば……馬鹿じゃないの!? 何故来た!? 止められないって言ったでしょう!?』
自動で動くアグニは元々の標的を見つけると、間髪入れずに熱線を吐き出した。
火の柱が渦を巻いて迫ってくるのを真正面から見て、前髪がめくれたイリスは焦燥を感じながらも靖治に叫ぶ。
「例のモノを!」
「うん!」
靖治は胸に抱えたリュックの中に手を突っ込むと、その中から一つの宝石を取り出してイリスへと手渡す。
イリスは指に挟んだ瞳のような青い石に口づけし、内に秘めたチカラへと語りかける。
「深き青よりキミを求む、君の目、君の音、君の吐息!」
言霊が伝わる、意志が伝わる、仄かな煌めきを宿したその宝石は即座に熱線へと投げつけられた。
火と接触した宝石は即座に融解したが、その内部からまた別の光が現れ、熱線の内側から食い破るかのように巨大な氷の結晶が現れた。
かつていた恋人への想いが込められた情熱の絶対零度が、炎をかき消し咲き誇る。
氷のオブジェクトを盾にして、イリスと靖治がその下をくぐり抜ける。
「どぉーですか、私が二百年掛けて集めたマジックアイテムは! 結局使わなくて換金しようかと思ってましたが、役に立ちました!」
「すごいや! さっすがイリス!」
「えへへ……次! スクロールです!」
言われたとおりに靖治はリュックから丸められた紙を取り出すと、二発目の熱線に対して紙を開き、イリスから前もって教えられた呪文を唱えた。
「ココこれなるは束縛の証! 空をも遮る大盾よ来たれ!!」
中に描かれていたのは防護の魔法陣、偏執的な魔術師が施した執念が今一度顕れる。
誰かを封じ込めるための力が、靖治たちの目の前に光の盾となって熱線を弾き、火が絶えるまで防ぎきった。
「うわっほぉーい! 魔法使いになった気分!」
『ちょ……まっ……こっち来んなぁ!!』
狼狽するアリサだが、それよりもこの時間は決定的な隙だった。
巨体を鍛え上げた脚で飛び上がらせたオーガストが、豚鼻を鳴らすと手に持った無骨な大斧に最大の闘気を込めて放った。
「ブフォォォッォオオオオ!!!」
重たい斬撃が魔人の胸部に見舞わられ、胸を斜めにまたがる大きな傷が作られた。
傷跡から炎を吹き出して苦しむ魔人へ、更にアルフォードが短刀を投げつけて両腕の周りに配置させる。
「よくわからんが援護しなければな!」
アルフォードが念を送り込むと、短刀から展開された結界が、魔人の両腕を捕縛して取り押さえた。
光の膜で動きが封じられた魔人へ向かって、イリスがスラスターを噴射させて飛び上がった。
「投げますよ靖治さん!」
「うん!」
イリスは魔人へと飛びかかりながら、靖治のお尻を引っ掴んで持ち上げる。
そして勢いに乗ったまま、魔人の内部で仰天しているアリサに向かって靖治の身体を振りかぶった。
「ど――――っせえええい!!!」
両手で投げつけられた靖治の身体が、砲丸のように空を突き進み、アリサに目掛けて飛んでいく。
「アーリサーーーー受け止めてくれえーーーー!!!」
『いやいやいやいや!? お前ーッ!!?』
引きつった顔で身構えるアリサだったが、靖治の勢いは誰に求められず魔人の腹部に衝突し、ゼリーに顔を突っ込んだようにぷよんと内側にめり込んだ。
本来、アリサがいる場所はもっとも固く保護されているはずだが、この不埒な客人を拒むことせず迎え入れる。
魔人の内側に入った靖治はそのままアリサと衝突した。
「うべっ」
「うぎゃあ!?」
内部で少年少女がこんがらがる。その様子を見つめながら、オーガストがアルフォードのそばに降り立って問いかけた。
「で、これでどうなるんだ?」
「俺に聞かれても知らん」
「そうか」




