3話『ここに集いしは異界の者共』
彼はある銀河を統治するアイーダ帝国の誇り高き帝国軍、その機械兵団の一兵士であった。
戦争の真っ只中、人型兵器に乗り込んだ彼は、ある惑星で宇宙からくるアメリダ共和国軍への防衛に駆り出されていたのが先程までの話だ。
森の中で孤立して敵に追い詰められていたが、突如オーロラがあたりを包んだかと思うと、気がつけば見知らぬ街の上空にいた。
慌てて機体各所のスラスターを噴射させて機体を制御すると、ショックアブソーバを前回にしてコンクリートの地面を砕きながら着地して膝をついた。
東京で、この世界がはるか未来で到達するはずの機械技術が、頭部から排熱の息を吐いて、単眼のカメラアイを輝かせた。
『――HQ! こちら第一小隊のラウズ4! オーロラが激しくなったと思ったらいきなり街の中に放り出された! わけがわからん! 現在位置は!?』
堅牢さを表すような四角張った鉄の巨人が立ち上がる。
慌てていたパイロットはロボのアサルトライフルを振り回し、外部スピーカーをオンにしたままコクピットの中で喚き散らした。
周囲を見渡したカメラが映したのは、悲鳴をあげる一般市民の姿だった。
「う、うわああああああ!?」
「きゃあああああああああ!!!」
「なにあれロボット!?」
日常に放り込まれてきた謎の存在にパニックが巻き起こり、大勢の悲鳴が集音マイクから伝えられてくる。
宇宙暦850年の常識では到底見合わぬ前時代的な町並みと服装に、パイロットが困惑していると、休むことなく降り掛かってくる影があった。
オーロラの奥から飛び降りてきた幾多の異存在の一つ、10メートルはあろうかという巨大な蜘蛛のような生物がビルに着地してから、地上に立ったロボを標的と見定め糸状にまとめられたエネルギー粒子を吹きかけてきたのだ。
奇跡的にそれを察知したパイロットは、とっさにブースターを吹かし機体を横に滑らせる。
『な、謎の化物を発見! 交戦中!!』
モニターに映った謎の化物に、酷く驚きながらも彼はレバーを動かした。
道路の上で鉄の巨体が腕を持ち上げ、ビルの上にいる巨大蜘蛛へとアサルトライフルを突きつける。
回避行動を取ってビルからジャンプする巨大蜘蛛へと、セミオートで三発の実体弾が発射され、ビルの壁面に大きな弾痕を残しながらも、そのうち一発が蜘蛛の足を引きちぎった。
巨大蜘蛛は足の一本から緑色の血を流しながらビルの合間を飛ぶが、まだ致命傷には遠い。
引き続きトリガーを引きながら周囲を見るが、民間人だらけで思うように身動きが取れない。
「化物だあ!!!」
「まだ何か降ってくるぞ!」
「あっちやべえって、逃げよう!」
『おいHQ! 俺はどこにいるんだ!? この敵はなんだ!? 共和国の新兵器か!? 足元は人だらけだぞ!!』
それもそのはず、この世界に落ちてきた異存在は彼らだけでない。あらゆる場所に飛来してきて混乱したまま暴れだしており、この世界の市民たちはどこへ逃げれば良いのかわからないまま浮足立っていた。
人型兵器と対峙した巨大蜘蛛は、追い詰められたと見るや起死回生を狙い、己が身で飛びついてきた。
パイロットは機体の重心をずらしながら左腕に内蔵された超振動ダガーを作動させると、横合いから蜘蛛の土手っ腹に刃を差し込み、そのまま道路の上に叩きつける。
それで終わりではない、次々と空から落ちてきた人、その他生物、あるいは機械が彼を取り囲んでおり、カオスの真っ只中でパイロットは叫んだ。
『どうなってるんだバカヤロォー!!?』
◇ ◆ ◇
「くっ……みんな無事か!?」
「え、えぇなんとか……」
突如として空中に投げ出され、道路の真ん中に着地した四人組は、世界を救うべくムース国から派遣された勇者たちのパーティだった。
代々伝わる退魔の剣を持った勇者、神の加護を受け継いだ姫、それに齢60を超える国お抱えの大魔導師に、勇者の幼馴染であるムキムキの筋肉の格闘家。
「おかしい……ここはどこだ!? 俺たちは確かに魔王オムルスを倒したはず……まさか失敗したのか!?」
「いや、確かにあなたの剣は魔王の核を破壊したはず」
「じゃあこれは一体!?」
傷を負いながらやっとの思いで魔王を討伐したはずの彼らであったが、いきなりの異変に混乱を隠せずにいた。
姫は冷静にアスファルトの地面に手を置く。
「何この地面、石で出来てるの? それにこの建物、私達の知ってる作りとまるで違う……」
「おい! それより今は周りじゃ! なんかわからんがヤバイ感じじゃぞ!」
歳に似合わず溌剌とした声を上げた大魔導師の言う通り、この世界には次々と見知らぬ何かが降り注いでいた。
それは彼らと変わらぬ人であったり、人型でありながら翼が生えた亜人であったり、はたまた人智を超える魔物であったりした。
しかしながら何事もなく降りてこられる者だけでなく、時には普通の人間も時折混ざっており、勇者が見上げた先では、そういう一般人と思わしき人間が頭から落ちてくるところだった。
「うわああああああああ!!!?」
哀れにも巻き込まれた凡庸な男が、頭から真っ逆さまに落下した。勇者は思わず結末から目をそらしたが、聞こえてきた音からどうなったかは想像に難くない。
だが空から落ちてきて無事なものも多い。その中でも凶暴で血に飢えた魔獣のたぐいは、夜の街に降り立つなり、本能のまま周囲の人間を襲い血を降らせている。
「見慣れない服装の人たちでいっぱいだ、ここらへんに住んでる人か!?」
「とにかく、助けないと……!」
そんな中、クラクションを鳴らしながら爆走する軽トラックが一向のほうへと突撃してきた。
「危ない!!」
とっさに筋肉隆々の格闘家がスキンヘッドの頭を光らせながら飛び出して、そのたくましい体で荷物が満載されたトラックを真正面から受け止めた。
鍛え抜かれた肉体には傷一つつかなかったが、車のフレームはグシャグシャに歪み、座席では中年の男がエアバッグに顔を突っ込ませ目を回している。
「うおっ!? 何だこの鉄の化物、中に人が食われてるぞ!」
車の存在を知らぬ格闘家は、親切心からフロントガラスを素手で砕いて中にでかい頭を突っ込んだ。
死に物狂いで混沌から逃げようとしていた運転手は、いきなり目の前に現れたいかついハゲ頭に目を丸くする。
「おい、大丈夫か?」
「ぎゃああああああああ!!!? 助けてえええ!!!」
「おいおい、そんなに叫ぶことないだろ。そんなに俺の顔怖いか?」
そうしている間にも、勇者は剣を握り、一般人を襲おうとしていた魔物と思わしき異形を倒していた。
巨大な人喰い鳥を引き裂き、剣についた血を払いながら、勇者は戦いの中であって呆然とした声を唱えた。
「一体……どこに飛ばされたんだ俺たちは!?」
◇ ◆ ◇
「な、なんじゃあ!?」
ジャージ姿にレジ袋を片手に握ったうら若き女性は、風を巻き起こして着地すると、慌てて周囲を見渡した。
艶のある黒いロングヘアーを振り回しながら、困惑した声を上げる。
「わ、妾はコンビニ行ってアイスとコーラとポテチと課金用カードを買って帰る途中だったはずなのに、どこじゃここ!?」
見渡す限りのコンクリートジャングルは彼女にとっても親しみ深かったが、この道は見知らぬ場所だ。少なくとも家の近くではない。そもそも気が付いたら空から落ちていた時点で明らかにおかしい。
更に自分と同じように周囲に降ってくる謎の存在たち。女性は冷静に努めながら地面に手を置き、アスファルトの下の大地へと感覚を這わせた。
「東京……に似ておるが、地脈が妾の住んでた東京のそれとは違う。それに頭上では空間がグズグズに崩れとる、まさか……いやそんなまさか……」
女性は地面から手を離し、愕然とした顔を上げた。
「い、異世界に飛ばされた……?」
状況を正確に判断した数少ない存在の彼女であったが、その事実にまたも驚愕してレジ袋を振り回す。
「いやなんでじゃ!? 妾はトラックに轢かれてもないし、ここ元々住んでた世界とそんなに変わらないじゃろ!? 飛ばすならもっとファンタジーな世界にせえよ!? 手抜きか!! っていうかもうすぐ印刷所の締め切りじゃったのにぃぃぃ!!?」
元の世界ではそれはそれで修羅場の真っ最中だった彼女は、今だ空に揺らめくオーロラに向かって吠え立てる。
そんな彼女の背後から、別の女の声が聞こえてきた。
「うわああああああ!!!」
渾身の悲鳴を上げながら飛び込んできたのは、全力疾走する満希那であった。
走りづらいハイヒールで懸命に走る満希那の背後には、牙を向いて彼女を追いかけ回す人型の気味が悪い異形がよだれを垂らしていた。
「た、助けてえええ!!!」
「頭を下げいニンゲン!」
黒髪の女性はとっさに満希那の頭へとレジ袋を投げつける。満希那が頭を下げてレジ袋が化物の顔に打ち付けられたのを見て、女性は右手に立てた人差し指と中指の間から、フッと短く呪いが籠った息を吐いた。
満希那の頭上を風のように駆け抜けた吐息は、女に襲いかかろうとしていた異形に到達すると、常識の埒外の力をもってして粉微塵に切り裂き、血と肉片が散乱した。
レジ袋を避けた拍子に転げていた満希那は、バラバラになった異形と前方の女を見比べて、恐怖したまま叫んだ。
「な、何だ今のは!? 何者だお前!? 今のは手品!? 化物と関係あるのか!? この空といい一体何が起こってるんだ!?」
「うぅむ、テンパっとるのう。妾とてよくわかっとらんから聞かれても困るんじゃが……」
謎の力を見せた女性が、ハッとなって上空を睨む。満希那が釣られてそちらに目を向けると、恐ろしさに竦み上がった。
さっきスカイタワーに降り立っていたはずのドラゴンが翼を広げ、こちらに向かってビルの上を飛んでくる。
満希那は生まれてこのかた喧嘩などしたことがなかったが、それでもドラゴンから放出される濃厚な殺気が、この黒髪の女性に向けられていることはよくわかった。
「すまんのう人間、悠長に話してる暇はないようじゃ。妾は不躾な輩の相手をせねばならん」
黒髪の女性はそう言うと自らの肩を撫で、そこから妖力によって衣服を編み出した。
元から来ていたジャージは露と消え、鮮やかな赤い衣が何重にも肌の上に重ねられる。
古くから日の本に伝わる十二単衣を身にまとい、頭頂部には黒い毛のもふもふした獣の耳に、鮮やかな金色の尾が九つも背負われる。
「お前の質問に一つだけ答えてやろう! 妾は四千の季節を巡りし大妖怪! 白面金毛とは妾のこと!」
ついでに目の前の満希那に魔除けの祝福をさっと施してやり、空から飛びかかってくる圧倒的な妖気を叩きつけた。
「九尾の狐、妾の名は紅葉彩衣! さあ疾く逃げい幸運で軟弱な人間よ! 生き延びたければ死ぬ気で走れぃ!!」
漆塗りの草履で歩道を蹴って、ビルの上空へと浮かびあがる。
東京の空で相まみえた九尾に向かい、ドラゴンがその巨体で喉を鳴らして叫び声を上げた。
――グオォォォォォオオオオオオオオッッツ!!!!!
その威容を前にして、音に聞こえし九尾の彩衣はニヤリと歯を見せ不敵に笑った。
「異世界で竜退治とはのぉ! さっさと済ませて原稿の続きじゃ!!」




