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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
二章【栄光のきざはし】
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25話『心を縛るモノ』

 彼女が手枷で食器をひっくり返さないように気をつけてながら食べているあいだ、靖治は周りの様子を観察してみた。

 アリサが選んだこの店の様式は、西部劇に出てくるような木製の建築だ。ウェスタンっぽい木の扉と、天井でクルクル回るプロペラみたいなのがいい味を出している。ちなみにプロペラみたいな空調はシーリングファンと呼ぶ。

 大衆食堂のようで店のサイズはけっこう大きく、時間帯のおかげで大勢の客で賑わっている。おかげでアリサが騒いでも気にしている人は少ないようだ。

 壁にかけられているメニューを見ると、日本語で文字が書かれていた。通貨も円、ここらへんは過去の日本の地続きらしい。

 ただ周りの人の手を見てみると、フォークやスプーンを使っている人もけっこう多いようだ。文化の根本に日本があるが、それ以外の人も馴染めるように間口を広げている感じだ。


 そしてアリサはフォークを使わずにお箸を使っていたが、動きは拙くて何度もご飯をこぼして食べるのに難儀していた。


「お箸は慣れてないの?」

「んんっ……関係ないでしょあんたには」


 アリサは指摘されたのが恥ずかしいようで、バツが悪そうに眉をひそめて睨みつけてくる。

 視線を気にせず、靖治は続ける。


「お箸の持ち方はね、まず一本だけ、ペンを握るみたいに持ってみるのがいいんだよ」

「は、はあ? ……こう?」


 靖治に優しい口調で語りかけられ、アリサは戸惑いながらも言われた通りにした。

 片方の箸を食器に置いて、残ったほうをペンのように持つ。


「その状態から、もう一本を後ろから親指と人差し指のあいだに差し込んで」

「えっと……こんなの?」

「そうそう、そのまま薬指に置いて、関節のところらへんで支える。動かすのは上のお箸だけ、親指は固定して、人差し指と中指で動かすんだよ」


 半信半疑と言った様子でアリサは言われた動きを試してみる。

 しかしいきなりやってもうまくいかないようで、動きはぎこちなくて、少し動かすと箸の位置がずれてしまっていた。

 アリサは辛抱強く位置を正して練習しながらも、難しさから靖治へ懐疑的な視線を向ける。


「本当にこれで合ってるわけ? 嘘言ってないでしょうね」

「多分合ってるはずだよ。千年の間に変わってたりしなければだけど」

「はあ……?」


 何度か箸で開いたり閉じたりを繰り返してから、アリサは試しに白米に箸を向けてみた。

 慎重に慎重に、わずかに震える手でちょっとずつ箸を動かして、ご飯を摘んでみる。

 そしてゆっくりと閉じた箸は、先端で一口分のご飯を持ち上げた。


「おっ」


 アリサは驚きながらも箸を顔の高さまで上げて、そのまま自分から箸に食いついてご飯を口にした。

 なんとか上手くやれたアリサに、靖治は笑いかける。


「上手く行ったね」

「ん……うっさいわよ」


 何だかんだで教えられてしまい、アリサは恥ずかしそう目をそらした。

 しかし靖治の言葉が身になったのは確かなようなので、アリサは仕方なさそうに鼻を鳴らすと、トレーの上にあったスプーンを味噌汁に突っ込んで、そのお椀を靖治へと渡した。


「これ」

「くれるの?」

「しょーがないでしょ、見られっぱなしでも鬱陶しいし。そのかわり、何かあったらあたしに贔屓しなさいよ」

「わかったよ、ありがとう」


 要は、ご飯を分けたんだから、いさかいが起こりそうになった時はとりなせと暗に伝えている。イリスを警戒して、先んじて餌付けしてきていた。

 靖治としても、最初からアリサと喧嘩しようとは思ってないので、喜んでこれを受け取った。

 沈殿した味噌をスプーンでかき混ぜて、豆腐と一緒に口に流し込む。


「ふはぁ~、いいねぇ、久々の味噌汁ウマシウマシ!」

「変なやつねあんた……まあ、どうだっていいけど」


 いい加減、気を張るのも疲れてきていたアリサは、美味しそうに味噌汁をすする靖治を前にして、肩の力を抜き始めた。

 しかしながら、箸の扱い方を教えられても、分厚い手枷が邪魔をして、相変わらず食べにくそうである。

 慎重に箸を進めるアリサを、靖治は味噌汁を味わいながら覗き見た。


 フォークなどもあるのにわざわざ箸を使って食べようとしているということは、彼女は頑張り屋なのだろう。環境に合わせて、付いていこうと努力している。

 おまけに優しくて、何だかんだ話を聞いてくれて、若干当たりが強いのも良いアクセント。なんとチャーミングな少女なのだろう。


(ううむ……イリスもいいけど、アリサもカワイイなぁ)


 無論、それは性格だけでなく見た目もだ。

 ツンツンした吊目によく似合うツインテール、真っ平らな胸もベストマッチだ。貧乳、良いよね、と靖治は誰ともなく思う。

 大きな手枷を嵌めているためか、来ている服は長方形の布の中央に穴を開けて頭を突っ込んで、前後から布で身体を挟み込み、脇の下で紐を結んで留めている、そんな身軽な服装だ。ノースリーブの肩が美しいし、服の下からら隙間に見える脇腹の白さが煌めいている。

 これでミニスカで太ももも眩しいんだから、男としてはもうたまらない。腰に下げたポーチや、羽織ったマントも勝ち気な彼女には格好良くてグッドだ。


「ちょっと、何ジロジロ見てんのよ、いやらしいわね」

「っと、ごめんね」


 視線に気がついたアリサに咎められ、靖治はすぐに頭を下げた。

 デレデレした顔だった靖治を、アリサは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「ふん、ったくいい人そうな顔してても他の男どもと同じね。すーぐいやらしい目で見てくるんだから」

「うん、なんたってアリサはかわいいからね」

「ぶふぉっ……ふざけんじゃないわよっ」

「僕はいつだって大真面目だよ」

「ウソつけ優男モドキ」


 実直な言葉は慣れていないらしく、アリサはわずかに頬を紅潮させて靖治を睨みつけた。

 場を誤魔化そうと、大げさに肩をすくめてみせる。


「あーヤダヤダ、男ってばどいつもこいつも女のこと獲物にしてきやがって。あたしがミニスカ履いてるからって、覗こうとしてくるやつ多いし」

「確かに、そのミニスカは惹かれるね!」

「何マジな顔で言ってんのよバカ。でも残念でしたー、下はスパッツ履いてるから恥ずかしくともなんともないもんねー、ザマーミロ」

「僕はむしろスパッツ履いてるほうが好きさ!」

「知わないわよこのヘンタイ野郎!?」


 アリサはスカートの端を左手に摘んでヒラヒラさせていたが、靖治が鼻息を荒くして眼を輝かせると、即座に脚を閉じて怒鳴りつけた。


「はぁ……何なのあんたマジで……話してて頭痛くなるわー」

「僕はアリサと話してると楽しいよー」

「知らんわ!」


 再びアリサが頭を押さえる。その手首には、当然ながら手枷が着いたままだ。

 可愛らしいところが多すぎてここまでスルーしてきたが、靖治にはやはりこのことも気になった。


「その手枷、どうしたの? 鍵穴もないみたいだけど」

「あぁ、これ? ……はん、外し方なんてないわよ」


 問われたアリサは、まるで意地悪を思いついたイジメっ子のように、暗い眼をして靖治を睨め上げる。

 箸を置いて手枷をかざしてよく見せる。非常に重厚な枷は、片側だけで2kgくらいはありそうだ。

 その堅牢な金属の表面を、アリサは指で弾いて重たい音を鳴らしてみせる。


「元いた世界でクソみたいな大人共に追いかけ回された挙げ句、とっ捕まって手首に直接鋳造されたのよ。熱くて痛いのが何日も、何十日も続いて、気が狂いそうになるくらい苦しかったわ」


 そう言われてから手枷の根本を確認してみると、影になった部分の肌が酷く変色しているのがわずかに見えた。鋳造された時に負った火傷が、密かに残っているのだ。

 今は普通に手を扱えているようだが、靖治の知っている普通の人間なら、神経が損傷してまともに手が動かなくなってもおかしくない仕打ちだ。

 痛ましい記憶を語りながら、アリサは眼光を強めて、不気味な視線を叩きつける。


「鍵穴なんてないさ。鎖だけは引き千切ってやったけど、封印の魔法が何重にも刻まれてて枷自体はどう頑張っても外せない。重くて邪魔ってだけじゃない、これを付けたまま街中をボロ雑巾みたいに引きずられて、見せしめの断頭台に連れて行かれる気持ちがあんたにわかる?


 世の中のことが何もわかってない偽善者どもが野次と石ころがぶつけてきて、笑いものにされながらあたしはギロチンに首を押し込められた。暗くて冷たくて、誰からも見放されて独りで死にそうになった、クッソくだらないありきたりな話よ」


 無闇に威圧的な言葉が並び立てられ、重い声が呪詛のように紡がれる。

 アリサはそう語りながら、積年の恨みを無関係な靖治に対してぶつけていた。


(さあどうする、惨めなあたしを嗤う? それとも軽蔑する? あるいは怯えるか? 所詮、いい顔したがる偽善者なんぞそんなものよ。どいつもこいつもあたしのこと見下してきて、自分の行いを悔改めよだの、死刑になるなんて馬鹿な女だなんだ、誰も得しないご高説を偉そうに垂れ流す。


 どうせお前もそうなんだろ、あんたもあたしのことを馬鹿にして、見下して! わかりゃしないのに勝手に憐れんで! 薄っぺらな笑顔の下から気味の悪い本性を覗かせて、あたしのことを裏切るに決まってる! さあ、どうなのよ。さあ、さあ、さあ!)


 ギラギラと危険な煌めきが、アリサの蒼炎のような眼に籠もって射殺さんばかりに靖治を見つめていた。

 自分を排他する世への恨み、見下し憐れむ人々への恨み、不幸から出た呪いを滲ませるアリサに、靖治は。


「そっか、大変だったね。でも首を斬られないで良かった」

「はあ? なんでよ?」

「何でって、アリサみたいな人が死ななくてホッとしてるからさ」


 それだけを答えて、靖治は何事もなく、残った味噌汁を飲み干した。

 拍子を抜かれたアリサは、息を止めて目をしばたかせる。


「手首の焼かれたところ、今は痛くないの?」

「……まあ、そうだけど」

「そっかぁ、でもちょっと不便そうだね。さっきから食べるの大変そうだし」

「まあ、うん」


 普通に世間話するみたいに聞かれて、アリサは言葉を少なくしていった。

 おとなしいアリサを眺めながら、靖治は何事か思いついて手の平を拳でポンと叩く。


「いっそ僕があーんして食べさせてあげよっか!?」

「いらんわぁー!!」


 行き場のなかったエネルギーが、頭お花畑な言動によって爆発した。


「なんなのよあんたさっきからー!? ナンパか!? 自分は人畜無害な草食獣ですー、みたいなのほほんとした顔しといて、ナンパのつもりかワレェ!!?」

「落ち着いてアリサ、ちょっと冷静に考えてみてよ」

「なによ!?」

「可愛い女の子と一緒に食事なんてデートみたいな状況で……これは口説くしかなくない?」

「知るかンなこと!」


 声を張り上げるアリサに対し、流石に騒ぎすぎたのか他の客が苛立たしそうな目を向けてきた。

 チーターの顔をした獣人が、不機嫌そうにヒゲを揺らして苦言を放ってくる。


「おいウッセーぞガキども、もうちょっと静かに……」

「ああん!!?」

「ヒィッ!?」


 だがアリサに鬼の形相で睨まれて、すぐに文句は引っ込んだ。

 思わず目を背けた彼へ、同席していた同じ種族の者が耳打ちする。


「おい止めとけよ、そいつクレイジーアリサだぜ。近づいたら火傷じゃすまねぇ」

「えぇ、こいつが? 怖っ」

「あの目は云百人は殺してるな」


 他の席からも、アリサに対する似たような囁きが聞こえてきた。


「やべーなアリサのやつ、同い年くらいの兄ちゃんイジメてるよ」

「いや、あれイジメてんのか……?」

「おい、あんま見んなって。喧嘩吹っかけられるぞ」


 ひそひそ話で囲まれて、アリサはまたもや頭を手で押さえて苦悩することになる。


(駄目だこいつ……あのよくわからんメイドのご主人様なだけあって頭あっぱらぱーだ……おまけにアホな顔して肉食系だし、他のやつからも白い目で見られるし、信じらんないわ、もうやだ……)


 アリサはもう、目の前の男をただの優男とは思わないようにした。このベイビーフェイスに惑わされてはいけない、この少年は目の前に肉が転がってくれば即座に食らいつく隠れ狼だ。

 一度この男に騙されれば、骨までしゃぶり尽くされてしっぽりじっくり味わられることになると、過去の経験が教えていた。

 しかしだからと言って、アリサにはどうも目の前の男を追い払う妙案が浮かばずにいた。

 仕方なくガックリと肩を落として、再び箸を手に取ってもそもそと食べ続けながら、面倒そうに左手をぷらぷらと振る。


「あーもー……あんたとっとと連れ見っけてどっか行きなさいよもー……」

「あっ、じゃあ見つかるまでそばにいていいんだ」

「もーそれでいいから、大人しくしてなさい」


 アリサとしては甚だ不服だが、無理に追っ払おうとするよりも、適当に放置しとくくらいがちょうど良さそうだ。

 一方、言質を得た靖治はなおさら嬉しそうににっこり笑う。


「いやー、はぐれてからすぐに出会ったのがアリサで良かったよ。カワイイし強いし優しいし、それにカワイイ」

「気色悪い言葉並べんじゃないわよ。ったく、下らない世辞ばっか言ってきやがって……」

「お世辞を言ってるつもりはないよ。僕は君みたいな人は好きだし、トラブルを抜きにしてもこうして出会えて良かったと思う」


 ご機嫌にそう言う靖治に対し、アリサは心のない表情で切り捨てた。


「うるさいわ、どうせあんたもあたしを裏切るくせに」


 その顔は先程までの悪意に塗れた攻撃的な表情とは違う、深い失望と諦めがこもった、無の吹き溜まりのような表情だった。

 それは威圧的な表情よりも、よほど胸の内が伝わってくる気がして。

 垣間見せたその顔の色に、靖治は思わず押し黙ってしまい、恐る恐る口を開く。


「それって、どういう……」

「――あー!! いました靖治さん!!!」


 入り口から大きな声が届いてきて、靖治はハッと声の方へ振り向いた。

 店の扉から入ってきたのは、背中にリュックリュックを背負ったイリスが、銀色のポニーと黄色のリボンを揺らして立っていた。

 虹色の眼を輝かせたイリスは、靖治のすぐそばまで一目散に駆け寄ってきた。


「お探ししました靖治さん! 申し訳ありません、護ると宣言しながらすぐに離れてしまって……!」

「いやいや、僕こそはぐれちゃってゴメンね」

「次からはもう見逃したりなんか……はっ、そこの彼女は!?」


 靖治の向かいでご飯を食べているアリサの存在に、イリスはようやく気付いて即座に身構えた。


「あなたは、朝方の襲撃犯! あなたが靖治さんを攫って……!?」

「はっ、だとしたらどうだってのよロボットヤロー」

「イリス、止めなよ。彼女はさっき、僕を助けてくれたんだ」


 睨み合う二人に割って入って、靖治は冷静にイリスをたしなめた。


「確かに彼女は、僕たちと戦った。そのことに思うことがあっても、今は抑えてくれないかな」

「……ちょっと待て、あんたあたしがあの戦艦で戦ってたこと知ってたの?」


 怪訝な顔をしたアリサが、靖治へと視線を向けた。

 靖治の振る舞いから、てっきりまだ襲撃犯の一員だと気付いていないのではと高を括っていたのに、こうして狼狽せずに争いを止めてきていることに、アリサは静かに驚いていた。

 それに対し、靖治は当然のようにうなずく。


「うん」

「だったらどうして、あたしに付いてきたりしたのよ? 危ないとか思わなかったわけ!?」

「だって、君は信頼できそうな人だから」


 靖治はごく自然に返した、あまりに着飾っていないその姿からは、心にないことを言ってるようには見えない。

 だがアリサは、気に入らなさそうにギリリと歯を噛みしめる。


「ふん、間抜け面で簡単に人のこと信じて……馬鹿みたい」


 アリサは残ったご飯を口の中にかっこんですぐに飲み込むと、スカートのポケットから雑に硬貨を取り出してテーブルに叩きつけた。


「そういうやつ、私は一番嫌いよ」


 それだけ言うと、アリサは椅子の下からバッグを取り出て、店の外へと出ていってしまった。

 イリスはよくわからないまま、壁に書かれたメニューに目をやって、残されたコインを手にとった。


「……あっ、これお金足りてないです」



【そろそろ色々試してみようということで勝手に始めた一行後書き】

 最初はテンプレツンデレキャラとしてデザインされたアリサちゃん、気がついたら尖ったナイフの苦労人ポジションになりそうな彼女の未来はどっちだ。


 あっ、それと章ごとの雑なあらすじとキャラ紹介とかも別に投稿し始めました。

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