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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
二章【栄光のきざはし】
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23話『道を往きながら』

 街に入って早々、ヘビィな現実と相対した靖治とイリスは、とりあえず街の中心部に行くことにした。結界が縮小されただけなら、その内側に行けばまだ治安はマシなはずだ。

 ミルクキャンディの甘い味を楽しみながら歩く靖治の隣で、イリスはリュックリュックを背負ったままガックリと首を垂らす。


「トホホ……まさか大阪がこんなことになってるなんて……」

「だからあのトカゲたちも戦艦を狙ったのかもねー」


 言葉を返しながら、靖治は周囲の様子を観察した。

 橋の上に作られた街は、数多くの人種が集まっているためか、多種多様な様式の建物が立ち並んでいる。

 木造りの家もあればレンガの建物もあり、かと思えば近代的なコンクリートの家が立ち並び、風変わりなものでは藁の家なんてのもあったりした。


「すごい原始的な家……うわお、見てよイリス、街の中にお城があるよ」

「どんな家を建てるかは自由ですからね、元の世界の住居に似せて作る人が多いそうです」

「でも地震とか大丈夫なの?」

「そういえばそうですね……? 川の氾濫は結界で避けてると聞きましたが、地震対策についてはよく知りません。私は一般知識にはそこまで興味がなかったので」

「ふーん、どうしてるんだろ……あっ、あそこで釣りしてる人がいる! 下が川だからどこでも釣れるんだね」


 街に住む人を見てみると、一見すると靖治と同じような人類系の人種が一番多いように見受けられた。しかしながら、パッと見ではイリスも人間と変わらないし、実は人外というパターンも少なくないかもしれない。

 二番目に多いのが獣の特徴をもった人だ、ケモノっぽい耳が生えてるだけのから毛むくじゃらなのまで幅が広い。

 残りはなんかよくわからないのだ。岩石ぽかったり虫ぽかったり触手が生えてたりする。


「それでここからどうする? この街に住んじゃう?」

「私としては反対です。空間結界が縮小されたのに外側の区域に人が残っているということは、内部はかなりの人口過密状態です。それに加えて統治組織の再編で内乱は必至でしょうし、安全な街とは言い難い状況であると思われます」

「まあ、そうだろうけど……」


 靖治は道すがら、通りの人々に目と耳を向ける。

 数人でまとまって遊んでいる子供たち。


「今日の朝さ、砂漠で次元光が出たらしいぜ!」

「みたみた、久しぶりにデカイのが来たよなぁ。守護者カッコよかった~」


 井戸端会議らしきおばさん方。


「住める場所が減ったせいで、中央部はどこも改築してばっかりなのよ。高い建物ばっかりで日当たりが悪くなっちゃう、今は夏だからいいけど」

「冬が来る前に魔術式の日光ライトでも買った方が良いかしらねぇ。良いメーカー知りません?」


 腰に剣や銃器を携えた、荒事に慣れてそうな風貌の男たち。


「最近、川の中からモンスターが出るって噂だぜ。結界の縮小のせいかな」

「へっ、そりゃいい。賞金が出てから退治すりゃ儲けられるぜ」

「どんなのだ? サメ?」

「サメって、映画じゃあるめーし」


 色々なタイプの人がいるが、彼ら彼女らの顔はそこまで険しくはなかった。

 愚痴を漏らしている人もいるが、誰もが生き生きとしているように見える。


「案外、みんな悩んでなさそうだよね。ここらへんは結界の外って話だけど、普通に過ごしてるっていうか」

「この世界は何かとトラブルばかりですから。予想外のことにも慣れてるのではないでしょうか? 次元光もいつ現れるか知れませんが、来ない時は中々来ないですし」

「そっか、なんかそういうタフさ、良いなぁー。あははは」


 困難でも簡単は挫けない姿を見て、靖治の口端から笑みが零れる。

 そんな彼を見て、イリスが眉をひそめてジッと見つめてきた。


「靖治さん、この状況を楽しんでません?」

「その通り! すごく楽しんでるよ、面白い街だねここは!」

「うぅ、やっぱり……前向きなのは健康的でいいことですけど、なにかーこうー、置いて行かれてるみたいで胸がムズムズします!」


 この街を楽しんでいる靖治に、イリスは自分の気持ちが伝わっていないような気がしてもどかしそうに声を上げた。

 頭を悩ませているイリスに、靖治は涼やかな顔のまま目を向けた。


「苦労かけてごめんね。でもイリスがいてくれるから安心できてるよ」

「むっ!? ということは、私がいるおかげで、靖治さんが喜んでいるということですか?」

「うん、そうさ」


 一も二もなく肯定され、イリスは足を止めると口の端をニヤつかせた。

 彼女は自分の表情を確かめるように、緩んだ頬に両手を当てる。


「えへへー……そうですか、私が靖治さんを……なんだか私も嬉しいです!」

「イリスが嬉しいと、僕も嬉しいよ」

「うぅぅ~……やりましたぁ!」


 思わずガッツポーズを取ったイリスは、ウキウキした様子で再び歩き始めた。靖治もそのあとに付いていく。

 イリスは機嫌を良さそうにしながらも、あくまで自らの使命のため、人差し指を立てながら語気を強めて話を改めた。


「しかし靖治さん! ここは一見日常的でも治安が悪いことには変わりありません! あなたの身の安全のために、より快適に暮らせる場所を見つけましょう!」

「うん、わかったよ。ここからどうする?」


 靖治の問いに、イリスは三つの指を立てて返す。


「この地方で大規模な空間結界は三箇所でした、うち一つがこの大阪、残り二つが琵琶湖と京都です。琵琶湖は……ちょっと問題があって難しいかもしれないので、京都に行くのが望ましいかと思われます!」

「へぇ……なら当面の目標は京都に行くことだね」


 何故大阪だけでなく、その二箇所に大きな街ができるに至ったか、そういったことも靖治は気になる。

 だが今はそれより先に話したいことがあり、今後の方針が定まったところでその話を切り出した。


「ねえ、イリス。さっきのあの話、どう思う?」

「あの話と申しますと」

「あのエリマキトカゲみたいな猫のことだよ」




 ◇ ◆ ◇




「旅をするが良い若者よ、お前たちは世界を救うだろう」

「え……えぇーーーーーっ!?」


 車の荷室に突如として現れて、妙にしっとりしたイケメンボイスに抑揚たっぷりでそう言いのける、蝶の羽が生えた黒猫に、イリスは驚いて悲鳴を上げた。

 『運命と試練を司る無名の神』だと自称した黒猫は、首から生えた羽を開いたままパタパタと動かして、運転席と助手席から覗き込んでいるイリスと靖治を見据えている。

 イリスは過剰に反応していたが、靖治としてはさっきまで巨大生物やらのどんちゃん騒ぎに巻き込まれていたため、そこまで驚きはしなかったが、それでもやはりその文面には心惹かれた。


「世界を救うって、どういう……」


 詳しい話を聞こうとした時、イリスがスカートの下からサバイバルナイフを取り出して刃を指で挟んで持つと、間髪入れずその猫に向けてナイフを投げた。

 回転しながら飛んでいったナイフは、見事に黒猫の眉間に命中し、刃の中腹までがズブリと肉に食い込み、靖治は咄嗟に声を上げた。


「あっ!」


 だが二人の目の前で、ナイフは黒猫の身体をすり抜けるようにズズズと降下し始めて、やがて軽い音を立てて荷室の床に落ちる。

 黒猫は傷一つなく、涼しい顔で欠伸を一つかいた。


「無駄だ、単なる物理攻撃では我は倒せぬよ」

「くっ、靖治さんに何をするつもりですか!?」

「別に警戒する必要などありはせん、我はただ示し、問いかけるだけだ。先へ進むか? 否か? とな」


 突然の来訪に身構えるイリスの隣から、靖治は黒猫の顔を覗き込んだ。


「運命と試練の神って本当なの?」

「いかにも、その通り。我の羽ばたきで起きた風は、未来へと吹き抜ける。その風よりこれから起こる交差せし因果の檻を識ることができるのである」


 そう言うと黒猫は、首から生えている蝶の羽を前方に向かってふわりと羽ばたかせ、ゆるい風を起こした。

 そよ風に頬を撫でられながら、靖治は続けて質問する。


「何で無名? 神様って名前があるものじゃないの?」

「我はすでに元の世界での役目を果たした神である。故に無名で良いのだ」

「綺麗な体してるね、撫でていい?」

「羽は駄目じゃぞ、毛ならいい。グルーミングとか大好きだ」

「駄目ですよ靖治さん! こんなわけのわからない生物の相手は危険です!」


 イリスはあくまで警戒の姿勢をとっていた。なんせこの猫の言うことを証明するものはなにもない、害がないとは限らない、胡散臭いことこの上ない。


「で、僕らが世界を救うってどういうことなの?」


 靖治はもっとも重要なことを問いかけた、これに対する答えの内容如何によっては、これからの旅路の意味合いが大きく変わる。

 言葉を聞き漏らすまいと集中して耳を傾ける靖治へと、無名の神は。


「それは――秘密じゃ!」

「えー、いいじゃん教えてよー」

「教えんでもお前がお前の道を往けばやがてわかる。だがゆめゆめ気をつけよ、未来とはまるで水面に浮いた墨の絵のごとくたやすく変化するもの。故に我が神託すらも泡沫のごとく弾けるやもしれん」

「じゃあ未来のこと教える意味なくない?」

「さよう」

「さようなんだ」

「やっぱりこれ信じられませんよ」


 神を自称しておいて自分の存在意義を否定するかのようなことを言う黒猫は、大きく開いた金色の眼で靖治を見つめて静かに口を開いた。


「旅をするが良い若者たちよ、そして縁を辿るのだ、自らの物語を綴るために。例えどのような道を辿ろうとも、そのどれもがかけがえなく、尊き光を放つものになるだろう。これからの旅路は、きっと命の意味を得るだけの出会いがあるだろうさ」




 ◇ ◆ ◇




 無名の神が述べたことはそれだけだ。それだけ言って彼は車の外に出て行き、イリスが追いかけたが忽然と姿を消していた。

 現れるも消えるも突然な黒猫の姿を思い出しながら、イリスは強い口調を靖治に向ける。


「靖治さん、私はあの謎の生命体の言葉を真に受けることに大反対です。あれに真実がある保証などどこにもなく、すべてが狂言という可能性も拭えません」

「まあそうだね、僕もそこまで信じているわけじゃないよ」


 正直、ずっと病院生活をしていた病み上がりが「世界を救う」などと言われたところで、何ができるというのか。

 ただまあ、靖治はそれよりも嬉しかったのだ、あの黒猫がこれからの旅がより善きものになると信じてくれていることが。

 対するイリスは、無名の神に対して警戒心が満々だ。


「保証も必要性もない以上は、すべて妄言として忘れてしまうのが得策と考えます! それに何より……世界を救うとか、絶対危ないじゃないですか!!」

「あー、そこかー」


 イリスが注目しているのはその一点であった、彼女はいかにして靖治を護るかを考えており、だからこそ無名の神の得体の知れない言葉に対して敏感に反応している。


「私が選んだ私の使命は、あなたを護り、助け、その命を生かすことにあります! そのためにはあんなよくわからない猫にわずらってる暇は……っと、ストップです靖治さん」


 イリスが地面を見つめながら手で制してきたので、靖治は立ち止まった。

 二人はここまで石造りの足場を歩いてきたが、そこから先は木の板を並べて掛けられた、簡素な橋が続いていて、木材の隙間からは川の流れが目に映る。


「どうしたの?」

「私の体重ではこの先、足場が崩れてしまう危険があります。迂回しましょう!」

「あー、うん、そうだね」


 靖治は口を濁したが、ロボットであるイリスの体重は非常に重い、下手に頼りない道を進めば下の川にドボンだろう。

 進行方向を変え、別の道を探し始める。注意深く地面を見ながら歩くイリスへと、靖治は話しかけた。


「イリスって水は大丈夫なんだよね?」

「潜水は可能です、しかしながら重量の問題から泳ぐことはできないので、川に落ちたら底まで真っ逆さまです。その場合は岸まで歩いて這い登る必要があるでしょう」

「そりゃまずいよね」

「はい! 靖治さんを一人にするわけには参りませんから!」


 この街の治安を考えれば靖治一人で歩くのは非常に危険だ、彼を助けることが自分の使命と決めているイリスとしては、そんな状況は見過ごせない。


「しかし心配ご無用です! 現在の私は視覚センサーをフル稼働! 割れそうな地面の僅かな歪みまでチェックしていますので問題ありません!」


 自らの性能を誇示するように、イリスは虹色の眼に指を立てながら胸を張った。

 いじらしい彼女の仕草に、見ている靖治も心が和む。


「そっかぁー、なら安心……」


 そう言い掛けた時、脇道から白くてふわふわで真ん丸に太った羊の群れが、飼い主を乗せて歩き出てきた。

 車ほどのサイズがあるその羊の群れに、話しながら歩いていた靖治は、モコモコの毛に身体をスッポリ飲み込まれてしまう。


「うわぷっ!?」

「はーい、どいたどいたー。遺伝子改良したハイパー羊の移動販売だよー。刈ってよし愛でてよし食ってよし使ってよし、お得な愛玩動物だよー、おっぱいもたくさん出るよー」


 のんびりした飼い主が警告していたが時すでに遅し、毛に埋もれた靖治はもがきながらも羊の群れに連れ去られてしまう。

 しかしイリスは足元にばかり注意を向けており、そのことに気付かず先に進み続けている。


「この私がいる限り、靖治さんの身に降りかかるトラブルはすべて防いでみせましょう! だから靖治さんは安心して、人間に相応しき素晴らしい青春を謳歌して下さいませ! ……あれ、靖治さん?」


 異変に気付いたイリスが顔を上げて振り返っても、すでに羊の群れは道を通り過ぎていた。

 風だけが吹き抜けるわびしい背後を見て、イリスは顔を手で挟んで真っ青になる。


「……靖治さんがいなくなったー!?」


 同行者が忽然と姿を消したことに、悲痛な叫びを上げるのだった。

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