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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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224話『天より来たりし』

「2分19秒。コイツが拳を握ってから、オレが割って入るまで稼いだ時間だ」

「……たかが2分ちょっと、インスタントのヌードルを作るにも満たない時間ではないか。そんなものがどうしたというのだ」


 またもや邪魔をしに現れたハヤテの言葉を、妄言だとでも言うようにラウルは見下してくる。

 その悪意に溢れる(まなこ)を前にしながら、ハヤテは一切たじろぐことなく右手の拳銃を突きつけたままニヤリと笑った。


「オメェが言ってた奇跡と呼べるものについて、もう一つ教えてやるぜ」


 死の奇跡を、そのせいかを求めるところのラルウは、この言葉を聞いてわずかに口をつぐんだ。

 ハヤテは左肩に痛みに苦しむ靖治を抱えたまま、胸を張って続きを離し始める。


「どうやらオレらは、今すぐにお前をぶっ倒すことはできないようだ。だがここまでの戦いが無駄だったか? そうとは限らねえ。ここでのオレらの起こした風は、この世界を駆け抜けていく。それぞれの持つ因果は細かくぶつかり合い、お互いに影響を与えながら未知の領域にまで加速する。止めようたって手の平をすり抜けるぜ、意識も届かないほど遠くへと達し、そしてそれらはいつか何処かで結実し、ここへと返ってくる」


 先に囚われてしまった月読も、肉樹の内側からこの声を聞いていた。

 逆境の中でそれでも希望をあるように語ってみせるハヤテの姿を、意識を研ぎ澄まして超常の眼で食い入るように見つめている。


「コイツの稼いだ”たかが”2分程度の時間の内に、ここで起きた事象の波紋が、黄金よりも価値ある形となってやってくるかもしれねえ。固めのカップ麺だって喜び狂って踊りだすほどの奇跡にな」


 ハヤテが靖治の体を担ぎ直す。目も耳も効かず、彼には今の状況がまったく理解できていないだろう、その不安がどれほどのものだろうか。

 もはや精神の負担は限界で、ほとんど意識がないのか呻き声すら漏らしていない。

 その中でも、この少年はわずかに四肢を動かして、とにかく何かやろうと足掻いている。


「それが起きるとしたならば、今のコイツくれえに、血まみれになって死にたいくらい苦しみながらでも、諦めようとしねえやつの前だろうよ」


 そしてハヤテは「オレはそういうのが見てえんだ」と小さな言葉で締めくくった。

 この主張を黙って聞いていたラウルは、幾ばくか思考した後に重々しい口を開く。


「いい言葉だな、だが奇跡は言うほど容易いものではなく、努力が実るとは限らないのも世の常だ。だからこそワシは何十万、何億もの嘆きを集めて創り出そうとしているのだ。それを貴様ら程度が簡単に覆せると思うなよ」


 世が無慈悲なものだとラウルは身を通して思い知っていたし、自らの目標を達成する努力ならこの老いぼれとてしてきたのは同じだ。

 であれば負けるはずがないと不死者は断言する。


「お前にも人の世に対して自分なりの理解があり、信念があることはわかった。下らない下衆だと軽んじていたが、多少の敬意は払った上で鏖殺しよう」


 車椅子から生えた八本の触腕が持ち上がり、先端の刃をギラつかせる。

 大きく広がって数秒先の未来を覆い尽くそうとしてくる禍々しい姿を、目を睨ませているハヤテへと見せ付ける。


「お前は邪魔過ぎだ、確実に殺す」


 お互いに意志の籠もった瞳で睨み合い、相手の本気を感じ合った直後、ラウルの触腕が怒涛となって振るわれて、同時にハヤテの指が引き金を引いた。

 ハヤテの持っているのは彼のお気に入りである秘蔵のM500。常人であれば撃つだけで肩を壊される50口径の衝撃を、霊力で強化した肉体で無理矢理抑え込み、凄まじい銃声と共に五度に渡って撃ち放つ。

 回転するシリンダーから飛び出した銃弾は空気を割って殺到し、車椅子に座した老いぼれの股ぐらから頭部にかけて正中線上に次々と命中、着弾箇所の周辺部を徹底的に捻り潰した。


 術師が肉体に多大な損傷を受けたことで、触腕がビタリと停止する。

 だがそれは束の間のことだ。

 本当なら銃弾の威力で搭乗者ごと吹き飛ばされていいはずの車椅子が、後ろによろけながらもバランスを取って倒れずに衝撃を受け止めている。

 床に踏ん張った車椅子の上で、グチャグチャに壊されていたラウルは、破壊された肉体を粘土をこねるように修復させていき、傷口から銃弾を押し出しながらハヤテのことを睨みつけた。


「それで終わりか?」


 挑発めいた言葉を出してすぐに、再び走り出した触腕が八方からハヤテへと襲いかかる。

 弾倉が空になった拳銃を尚も構えたハヤテは、禍々しい刃が降り掛かってくるのを見上げて舌打ちを漏らした。


「チッ、一分ちょっとくれぇかな」


 もう肉体も霊力も限界、打つ手なし。

 自らが稼いだ時間を振り返り、コイツよりも短いのは気に食わねぇなと吐き捨てる。

 ハヤテが凶刃に沈もうとする姿を、肉樹内に囚われた月読が見て狂乱して思念波を発していた。



――ダメ、やめて! そんなことさせられない!!――



 だがこの声すらも、ラウルの術式に拘束された今では繋がりの薄い者たちには伝わらず、誰も聞き届けてくれはしない。

 月読はこの光景を涙して見ていた。彼らと出会ってまだ短いけれども、それでも月読は泣いていた。



――あの人は、あんなに頑張ってるのに、あんなに生きようとしているのに、それなのに、殺されるなんてあんまりだよ!!――



 月読は既に死んだ人間であり、東京で暴走した機械に殺された一人だ。一機の看護ロボットとともに逃げ回り、そして何も出来ないまま無念の死を迎えた一人だ。

 だからこそ彼女は涙していた。己の殺された時の張り裂けんばかりの恐怖と絶望を思い出し、その瞬間が今また目の前で行われようとしている悲劇を自分のことのように悲しみ、そして憤った。

 あんな風に無残に殺される悲しみが、この世に何度もあって良いはずがない。あんなに頑張っている人が、こんなところで死んでいいはずなんてない。



――どうして、私は何も出来ないの……あの時みたいに、ただ見てることしか出来ないなら、何で私はここに来たの……!? 力はないの、私にも力があったなら……!!――



 何もできない悔しさに歯噛みし、目の前の惨劇に胸を痛め、月読は優しさからくる悲しみで必死にできることを探ろうとする。

 だが彼女もまた何もない、圧倒的な悪意を前にしては踏み躙られる弱々しい一人に過ぎない。



――お願い、私にここに来た意味があるなら……応えてよ!――



 それでも、諦めようとせずに叫んでいた。

 この声が、どこにも届かないとしても――――。











 ――ヴォイジャー・フォー・デッドの現在地明石百果樹の地から大きく飛び越えて、東方へ約445キロメートルの遠方で。


 経度:東経139度69分20秒97

 緯度:北緯35度68分97秒92


 その場所には、次元光の発生以後からもっとも早く復興し、栄えていた街があった。

 円状に囲む外壁からエネルギーバリアのドームが張り巡らされ、外界と隔絶し、無人兵器の防衛力によって安全を保障されていた安らかなる大都市。

 人の創り出された機械により管理され、そしてその機械により起きた大虐殺によりすべての住人が殺され尽くした場所。


 東京。


 その地にて、エネルギーバリアの直上に立つ小さな影が一つあった。

 巫女服を着込んだ小柄な子供だった。白い頭巾をかぶって顔を隠して、風に吹かれて、巫女服をゆらゆらと揺らしている。

 この子供が、遠くから伝わってくる感情的な思念波の流れを受け止めていた。



――私にここに来た意味があるなら……応えてよ!――


「煩わしい声。キャンキャン泣き喚いて、情けのない」


 巫女服の子供は、頭巾の下から女の子の声でうざったそうに呟いた。


 ハヤテが殺される瞬間の月読の声は、感情と情景を乗せてわずかながら時を逆行し、数分前の過去、東京の上に立つこの人物へと届いていた。

 思念波から感じ取れる月読の思いの渦と、もたらされる光景を覗き見て、巫女服の少女は辟易した様子でボヤいている。


「微力な超能力の素養があるのにも気付きもしないで、じゃないと魂だけの状態で自由に動けるはずないじゃない。そのくらいわかってよね」


 天羽月読には、ほんの僅かであるが超能力の素養があった。

 と言ってもそれはサイコキネシスのような物理的に作用するような強力な力でない。

 誰かに見られていれば視線に気づきやすいとか、怪我をするなら一瞬前にそれを察知するとか、そういう”少しだけ勘がいい”で片付けられる程度のものだ。

 それでも月読自身が持つ無意識下の能力として人生に密着して存在し、故に生前はある一機の看護ロボットから他にないものを感じ取り、友達として呼び慕っていた。


 そんな月読の声を聞き届けた少女は、東京の真上から西に連なる山々を睨むようにして目を向けていた。

 すでに日は沈んでいたが立ち込める厚い雲が空を覆っているせいで、星と月の明かりは一つとして覗けない。


 少女の隣には一機のドローンがプロペラを回して浮かんでいた。搭載されたカメラから少女の様子を見つめ、スピーカーから女性的な声を発してくる。


『調子はどうですか?』

「サイアク、いつも通りに」

『そう、なら問題ありませんね』


 頭巾の下からぶっきらぼうな答えを返せば、ドローンの主は特に動揺することなく了承と取った。

 少女の声が無愛想ながらも年相応に感情的なら、ドローンから伝わる声はとても淡々としており、そして続く声もまたやはり機械的な音調で唱えられた。


『これより、マキナライブラリへの接続及び技術情報のサルベージ実験を開始します』


 その瞬間、風向きが変わった。

 彼女たちの足元、東京をグルリと囲っている外壁が唸り声を上げ始めたのだ。

 振動とともに動作するファンが周辺の大気を急速に吸い込み始め、かき乱された大気により巫女服の袖がバタバタと仰がれる。


『アメノトリフネ起動。東京外壁の大気吸入ファン全力運転開始、異能素子吸収。インビジブルラインを接続します』


 少女の胸の奥で透明な管が挿し込まれるような感覚がして、大きく身をしならせた。

 異物感に慣れようとしながら、少女もまた実験の推移を口頭で伝え合う。


「コア内部へのラインの接続が完了、テレポーテーション供給による異能素子の充填を確認――――マキナハート全開駆動」


 虹色の光が、少女の胸元から巫女服を貫いて輝き始めた。

 このワンダフルワールドの天と地に満ちた超常の欠片が飛び込んできて、少女の内部に収められたコアがエネルギーに変えていく。

 心に呼応して力を発揮するマテリアルが少女の想いを受け取って、夜の世界を照らす。


『マキナハート出力上昇中。予測数値の60%――80%――――100%を突破、なおも上昇中。前提条件をクリア、実験を最終フェイズへ移行』

「パラダイムアームズ:アマツ起動」


 少女の意思と共に、胸のコアはキィーンと高鳴りを上げながらいっそう力を生み出して、莫大なエネルギーと情報が少女の身を走り始めた。


「心象投影を破棄、シンボルを『槍』に強制固定。マキナライブラリへの接続に成功、次元超越技術の抽出に成功、これをアメノトリフネに保存。マテリアルのブレンド完了、生成を開始」


 少女が右手を開いてかざすと、その手の平から光のワイヤーが走り出す、一本の槍の輪郭を創り上げていく。

 長い柄の先端に両刃の刃が備えられた簡素な槍の形ができあがると、それは鼓動するように光を放って一回り大きくなり、それが繰り返されて脈動とともに巨大なものへと成長していく。


『サルベージされたデータを精査……問題ありません。実験は成功、よくやりました。パラダイムアームズの生成を中止し……』

「中止はしない。続行します」

『何をするつもりですか?』

「本当は無視したかったけど、間に合ってしまったんなら仕方ない」


 何もかも偶然だ。ちょうどこの日のこの瞬間に実験が行われたことも、それが遠方で起こる悲劇と重なったことも。

 この少女は何日も前から月読の声をすべて聞き取っていた、そして自分には関係ないことだからと、対岸の火事として素知らぬ顔をしていた。

 だが仕方ない、この瞬間にできることがあるのならやらずにはいられない。


 それが義憤と呼べるのか、はたまた八つ当たりかは自分自身にもわからない。

 だいたいこの介入でなんとかなるとは限らない、ただ少しだけ状況をかき回すだけであとは当人たちの努力と運次第だ。


「応えてよマキナハート。この狂った世界に風穴を」


 それでも、行動を起こすだけの気持ちが少女の胸にはあり、想いを力に変える術があった。

 光がまたたく。

 かざされた手から創り出されるのは、全体を虹色で塗り込まれた長大な一本の槍。ただ長く、ただ太く、すべてを貫いて届けられるだけの力。


 極彩色の可能性を従えた少女は槍に名を与え、遥か遠くにある混沌の地へと投げ放った。


「行け…………アマノヌボコ!!!」


 振りかぶられた槍が少女の手の平を離れた瞬間に、槍は音速を超えて加速する。

 ソニックブームの爆音を打ち震わせた槍は暗雲を蹴散らして、夜空に大穴を開けて星明かりを作りながら東京の地から過ぎ去った。

 空間を超えて早く、早く、一人の意思のもとに矛先を定めて、光より早く空間の狭間へと突入する。


 その到来を真っ先に予知したのは、魔人アグニと共に奮闘を続けるアリサ・グローリーであった。

 大蜘蛛との決戦の中で、突如として耳鳴りのような音がアリサに響き、その奥から明確な情報が彼女へと分け与えられた。


「――なに!? アグニ!? あんたが言ってるの……!?」


 相棒であるアグニが何かを語りかけて来ている。

 ヴォイジャー・フォー・デッドが振るってきた大鎌を腕で弾き返しながら、距離を取ったアリサは東の空を仰ぎ見た。


「来るって……一体何が!?」


 開かれたアリサの眼に映ったは、一瞬の時の狭間に空間を裂いて、雲の下から現れた眩き刃。

 息を呑む間もなく飛来してきた大槍は、全体から輝きを放ち、矛先から石づきまで全長百メートルはあるだろう長大な虹色の姿。

 槍は音を超えた衝撃を発しながらアグニの頭上を越えて、ヴォイジャー・フォー・デッドの頭に目掛けて飛び込んできた。


 衝突の瞬間に山を割る雷のような音が鳴らされたかと思うと、矛先は堅牢な災厄術式の防壁を突き崩して大蜘蛛の頭部に刺さってもなお止まらず進み、そのまま肉樹の根元にまでかけて一直線に切り裂いた。


「キッ――――シャァァアアアアアアアアアアアア!!?」


 虹の槍に肉体を大きく切り裂かれた魔獣が、衝撃によって後ろに押し込まれながら甲高い悲鳴を上げる。

 空間を超越する刃は、異界化した術式内部をもことごとく切り裂き、その先端は肉樹の虚にまで到達し、そして、ハヤテが始末されるその瞬間に間に合った。


「うぉぉおおおおおおおおおおおお!!?」


 ハヤテの背後から壁を割って現れた槍の先端は狼人のすぐ隣りに降り掛かってくると、肉でできていた床を圧し割って吹き飛ばし、ハヤテはその肉の瓦礫に足元をすくわれて、靖治の身柄を手放してしまいながら流される。

 ラウルもまた目を見張りながら抗う時間もなく、砕けた肉の破片にもろとも飲み込まれていった。


「な、なんだとぉぉおおおお!!?」


 ゴリゴリと食い込んでくる槍が轟音と共に肉樹の虚を大きく破壊し、巻き上がった肉の破片が血と粘液を撒いて散乱していく。

 虹の槍の進撃がようやく止まった時、ハヤテもラウルも、もうほとんど動けない靖治も、奥で倒れていたイリスも、全員が砕けた肉片の下敷きになり、辺りには幾ばくの静寂が支配していた。

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