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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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217話『通じる鍵』

 日本列島でも最大の面積を誇るネオ京都を統べる支配者、白面金毛九尾の紅葉彩衣と言えば五千年を生きながらも未だ独身であるが、何かに付けては身寄りのない子供を引き取って、息子・娘として育てることで知られている。ネオ京都が反映し始めて700年ほど、ほぼ毎年養子にされる子供の数は合計五百は下らない。

 冒険団オーガスラッシャーのリーダーハヤテ、本名『紅葉疾風』はその息子の中でも彩衣から「もっとも出来の悪いバカ息子」と呼ばれている愚か者だ。


 27年前、ネオ京都近郊の山岳部で次元光により土地ごとの入れ替わりが発生し、異世界から火事真っ最中の村が丸ごと転移してくる出来事があった。

 ちょうど事件現場の近くにまで紅葉彩衣が気晴らしの散歩に足を向けており、彼女が現場から助け出した唯一の住人が、まだ生まれて間もない赤子だった狼の獣人であった。

 獣人は仮死状態にまで陥ったものの奇跡的に蘇生し、以後は紅葉彩衣が息子の末席にこの赤子を加え、疾風と名付けて他の子供たちとともに大事に育てた。

 紅葉の子供たちは母親から仙術や陰陽術などを習い、ネオ京都を護る屈強な軍組織の一員となる者が大半であったが、疾風はそうはならなかった。


 紅葉疾風は語る。


「ガキの頃、火に包まれてオレぁ死に触れたが、人生の行き先があんなつまんねえものなんて教えられて、今から生まれ育った街で欠伸しながらのんびり暮らせなんてまっぴらごめんだね。せっかく生き残ったんだ、クソ下だんねえ死神に飲まれちまう前に、思う存分この世を満喫しねえとなあ!」


 こうして紅葉疾風は母親から学んだ技術を悪用しまくり冒険しまくり。

 やがてはゴリラのウポレとメカニックの鳥人ケヴィンを仲間に引き入れ、あっちこっちに首突っ込んではどこもかしくも騒がせる、クソ迷惑な冒険団オーガスラッシャーを結成するに至ったのだ。






 肉樹の内側から樹を砕きながら現れたハヤテが金毛に変じた尾をしならせる、飛び出るついでに肉樹の犠牲者が十何人か粉砕されて死んだようだが気にすることはあるまい。

 血飛沫を弾きながら宙に飛び出たハヤテは、妖力を充填させた手の爪を金色に光らせる。

 眼孔から血を流して伏す靖治の傍らで触腕を靖治の耳元に突きつけていたラウルは、壊された肉樹の内壁を見て眼を丸く飛び出させた。


「なっ……貴様!?」

「不死者ってのはどいつも油断しがちだなあ!! 金剛鉄壊爪!!」


 驚愕にラウルの行動が遅れる間に、振り下ろされた金色の爪は触腕を引き裂いて靖治の身を護った。

 あいだに割って入ってきたハヤテは床を踏んで体を回転させると、尾を伸縮させて鞭のように振るってラウルの顔を正面からぶっ飛ばし、ついでに地面に転がっていた靖治を蹴飛ばす。靖治は目が見えない中で突然蹴られて「うげっ!」と悲鳴を上げながら、隅の方へと転がっていった。

 吹き飛ばされたラウルは車椅子に腰掛けたまま床を滑って壁にぶつかったが、すぐ車椅子から生やした触腕で車体を起こすと、潰れた顔を再生させながら腰をかがめて着地したハヤテのことを睨みつけた。


「この愚か者め……まだそんな力が残っていたのか」

「へへっ、あの手この手でせせこましく生き残るのが、定命の者の生き方なんでね」


 ハヤテは自慢気に口端を吊り上げて笑ってみせると、ラウルから目を離さないまま片手を後ろ腰に回し、奥にいる靖治へと差し向ける。

 すると手の中でほのかな光が浮かび上がると、ハヤテはまるでその光に語りかけるかのように小声で口にした。


「ホラ、お前は行けよ。あっちに用があんだろ」


 すると光はチカチカと光を点滅させて手の平から抜け出すと、広間の隅で呻いている靖治の方向へと消えていった。

 ハヤテが手に感じた熱が去るのを感じて、彼の脳内ですっ飛んきょな女の声が木霊する。


『イェーイ! 妾withバカ息子、大☆参☆上ー!! いやー、妾ってば分霊とは言え久しぶりに京都から出て大はしゃぎ! 普段は街の結界のために動けんからのおー、血湧き肉躍るってものじゃ!』

「うっぜー、年考えろよお袋」


 頭の後ろ側で喜びダブルピースをかましてくる育ての親の分霊に、さしものハヤテもげんなりした顔で苦言を漏らす。

 ハヤテの体からわずかに抜け出た彩衣は、朧気な体をしながらも興味深そうにあちこちへと視線を飛ばした。周囲には取り込まれた犠牲者の苦悶の顔に――殺してくれぇぇぇ――という嘆きが響いているのに、まったく歯牙に掛けぬマイペースだ。


『ほーん、なんじゃ暗い場所じゃの。でで、どこじゃ? 東京への鍵というのは!?』

「さっき蹴飛ばしたあのガキだろ。ほらあそこに見えんだろ」


 ハヤテが指差した方向で転がっている靖治の体を見て、彩衣はあからさまに眉を潜めて期待が外れたと不満がる。


『なんじゃ、もう虫の息ではないか。役に立つんかいのアレ? あと妾、歳下は好みじゃないんじゃよね』

「男ってのは死にかけぐれえが燃え上がるんだよ。それにババアと比べたら世の大半はショタじゃねえか」

『誰がババアじゃ!!!』


 母親の怒鳴り声を聞きながらも、ハヤテは一瞬も気を漏らさずにラウルと睨み合いを続けていた。互いに威圧しあい、慎重に相手の様子を伺い合う。

 雑談をしながらもまったく油断を見せないハヤテの姿に、ラウルも出方を選んでいるようだ。


『ちっ、話に惹かれてきたのにとんだ詐欺じゃ。まあ一応、アヤツの名くらいは聞いとくか』

「万葉靖治だ。」

『ほぉー、万葉姓か。妾の昔の友人にも万葉ってのがおってな。ほぉー、せいじ…………』


 呑気に呟いていた彩衣がその名を反芻して、ふと目をパチクリしばたかせた。


『ま…………万葉靖治ぃぃぃぃぃ!?』


 彩衣の絶叫が魂を貫いてきてハヤテは目を白黒させ、その機に触腕で床を叩いたラウルが車椅子を跳ねさせながら強襲をしかける。

 ハヤテは突き込まれる触腕の攻撃に対して手脚を振るって受け流してまた距離を取ると、目の前のラウルを凝視しながら取り憑いた母親に怒鳴り声を返す。


「うっせぇ! デカイ声出すなよ!?」

『ででで、デカイ声も出るわ!! なんでお前が、あの女の弟と一緒にいるんじゃ!? 東京への通行手形どころの騒ぎじゃないぞ!?』

「あぁー?」


 いやに焦った彩衣の声に、ハヤテは胡乱げな唸り声を上げる。

 彩衣は気を取り直すと、しかし尚も真に迫った態度で心の声を張り上げた。


『ええい、何でも良い! いいか疾風、お母さん命令じゃ、何があっても万葉靖治の命だけは絶対に死守せよ! 此奴は、この無茶苦茶になった世界を救うことの出来る最後の鍵じゃ!!』

「……ククク、んだそりゃあ。世界だぁ? いきなりデカイもん背負わされてるな、苦労するぜぇアイツ」


 一つ二つスケールが飛び出た話を出され、ハヤテは喉を震わせて笑いを零す。

 沸々とテンションが上がってきたハヤテに対して、潰れた顔面が元に戻ったラウルが殺気立ってにじり寄ろうとしてきた。


「貴様、もはや容赦はせんぞ。死の因子諸共、死よりもおぞましい地獄をお前にも……」

「あー、ちょいタンマ。少し待ってくれないか?」


 話を遮って手をかざしてきたハヤテに、ラウルは意表を突かれて思わず口をつぐんでしまう。

 言葉を忘れるラウルの前で、ハヤテはゆうゆうと着込んだタクティカルベストのポケットを開いてタバコの箱を取り出すと、一つ摘んで指先に灯した鬼火で火を付ける。


「スゥー……ハァー……」


 肺いっぱいに煙を吸い込んで、タバコの臭いで嗅覚を痛めつけながら息を吐いた。

 そしてタバコを口に咥えたハヤテは、黙りこくったラウルに視線を向けてポケットに手を突っ込みながら喋った。


「あー? なんだまだ来ねえの? 真面目だねぇー、ラウルクンは」


 おどけた態度のハヤテに対し、ラウルは怒気を漲らせておぞましい魔力を吹き出した。


「よくわかった、お前は殺したほうが良い」


 両者が床を蹴って飛び上がったのは同時だった。

 ヴォイジャー・フォー・デッドからの供給を得て、八本の触腕を生やしたラウルが距離を保ちつつ尖端の鉤爪を狙い澄まし、ハヤテは金色に光る自らの爪と尾を振るって立ち向かう。


『敵の情報は!?』

「一万年レベルの不死だ! 手持ちじゃ殺せねえ!」

『また厄介なモンを引き当てるなお主は!』

「いいじゃねえか、年上だぜ!」

『悪党は願い下げじゃ! 早死にするからのう!!』


 宙に飛んだラウルが敵よりも高度から四本の触腕を伸ばして降り掛かってくるのを、ハヤテは軌道を見切ってくぐり抜けるようにしてかわす。

 しかしそれを読んでいたラウルは残る触腕を巨大化させて肉の槌を作り上げると、真上から勢いよく振り下ろした。


『例え殺せずともやりようはある。気張るんじゃぞ疾風!!』

「ったりめえだ! イクぜオラァー!!!」


 空気を割ってのしかかって来る肉塊を見上げ、ハヤテは伸長させた金毛の尾をスプリングのように丸めて力を溜めると、槍のように突き伸ばして正面から肉の槌を貫き砕く。

 四散する肉片を見下ろすラウルは憎々しげに舌打ちを鳴らし、そんな老人のもとへとハヤテは爪を研ぎ澄まして飛びついた。




 ◇ ◆ ◇




 これらの様子は、声だけであったがラウルが繋ぎっぱなしにしていたスピーカーにより各所へ届けられていた。

 外部ではヴォイジャー・フォー・デッドの巨体に押しつぶされていたアグニが、何度も振るわれていた大鎌を手で掴み取ってにして抑え込む。

 魔人の内部では、アリサが頭の痛みを振り払いながら顔を上げた。


「何だかよくわかんないけど、ハヤテのやつが靖治を助けたの……!?」


 今までにない恐ろしい悲鳴だったが、それでも靖治が生きているならそれは希望となった。

 アリサは怒りに飲まれてから能力の負荷が増大し酷い頭痛に苛まされていたが、心の平静が戻るとともに痛みが去っていき、能力に再び活力が取り戻される。

 魔人アグニもまた意志に呼応し、黒ずんでいた炎の体躯を鮮明な色合いへと戻し始め、ごうごうと全身から炎を燃え上がらせて、蜘蛛の魔獣を前にしながら首を大きく反らした。


「だったら……こんなところで、負けてられるかぁー! 行くわよアグニ!!」


 気合の一声とともに、振りかぶられたアグニの頭部が鉄槌となって魔獣の口元へと叩き込まれた。

 重々しい音とともに口元をわずかに歪められたヴォイジャー・フォー・デッドが「キェェェェェェェェェェ!!!」と悲鳴を上げてのけぞり、そのあいだにアグニが下敷きの状態から抜け出す。

 起き上がった魔人は厳然とした威容を見せ付けると、魔獣へと飛びかかり組み合った。




 ◇ ◆ ◇




 ヴォイジャー・フォー・デッドの内部では、ナハトとハングドマンの戦闘も続いていた。

 音を立てて渦巻く魔力の暴風を前にしたハングドマンが、黒き細剣を振りかぶると矢のように投擲し、迫る刃をナハトが寸前のところでネームロスにより弾き飛ばす。

 地面にうずくまっていたナハトは、ハヤテの意気揚々とした声を聞いてからも険しい表情を続けていた。


「靖治さんは窮地を脱した……? けれども先程の悲鳴、彼はもしや……」


 あれほどの悲鳴を上げるのはどういう瞬間なのかを、長く戦場にいたナハトはわかってしまっていた。

 恐らくは、酷い後遺症が残るような拷問に等しい行為を受けたのだろう。

 靖治はまだ生きているかも知れない、けれどもこの戦いに勝てたとして彼の未来はどんな姿なのか。


(果たして、彼はそんな体になっても、わたくしのことを見ていてくれるの……?)


 無意識によぎった思考にナハトは気付くと、ハッと目を見開いた後、肩を震わせて乾いた声を上げた。


「…………アハハハ!! なんて浅ましい女!」


 仲間を家族のようなものだなんて綺麗事をほざきながら、心の底では自らの救いばかりを求めている自らに、ナハトは嘲笑しながらも剣を握った手を持ち上げる。


「けれども、わたくしはやはり護る側でいたいから。だから……」


 手には名を奪われた剣。背中の十字がまたたき、妖しい声を送り込んでくる。


『――殺せ!――』

「あなたを殺してでも、あの人のもとへと進ませてもらう」


 ナハトの瞳がハングドマンを射抜く。

 剣を構え、血の滲んだ殺気ですべてを切り裂きそうな半天使の姿を見下ろして、ハングドマンも再びナノマシンで細剣を作り出し手に取る。


「精神汚染か。痛ましいとでも言うべきかな……」




 ◇ ◆ ◇




 各所で戦いが繰り広げられるの中、一貫して無力であったのが靖治であった。

 血を流し、暗闇の中でもがく彼は、誰かに吹っ飛ばされたのはわかったが、それ以上の状況は掴めない。


「ぐ……ぅ……ぁ……何が…………?」


 眼孔の痛みに侵されて朦朧とした意識では、近くで巻き起こっている戦いの音もよくわかっていなかった。

 たった一人で暗闇の中を這い回るしかない不安感に押しつぶされてしまいそうになっていると、光がまたたくような声が届いてきた。



 ――ねえ聞こえる? 聞こえるお兄ちゃん?――



「だ……れだ……? 女の子…………?」


 顔を上げるが当然視えはしない、けれども何か熱のようなものが感じられた。

 今までに聞いたことのない声だ、だがこの透き通った子供の声は、どこか普通の人にはない静けさとやすらぎがあって、靖治の荒んだ心を癒やしてくれる。

 チカチカと光るような声は、繰り返し靖治へと語りかけてきた。



 ――私ね、月読――――天羽月読っていうの――


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