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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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214話『暗闇』

「死は優しい、それが僕が到達した結論だ。だけどそれは死ぬことそのものを肯定するためのものじゃない、いつか来る死が安らかなものだと信じるからこそ今を精一杯生きられるんだ。僕の考えだって、世に数ある生きるための方便に過ぎないのさ」


 戦いで揺れるヴォイジャー・フォー・デッドの中枢で、靖治はしっかりと足で立ちながら柔らかさを取り戻した口調でラウルに語った。

 靖治は死にたがりではない、けれども死を恐れない、だとしても死ぬことをそのものを無条件に肯定したりはしない。


「みんなどれだけ頑張っても、傷ついても、最後に柔らかい死に受け止めてもらえるからこそ精一杯の人生を謳歌できる、それが僕の見つけた答えだ。死と生は裏表だからこそ、無闇に生を蔑ろにしたんじゃ死の優しさを汚すだけだ。まあ、それすら受け止めるだけの慈悲深さが死の安らぎにはあると、僕は思ってるけどね」


 死に際から蘇生して、死の片鱗に触れながらも生きることを選んだ靖治が持ちうる理念がこれだった。

 彼はラウルの前で穏やかな表情をすると、頭上に映し出されるヴォイジャー・フォー・デッドの視界の投影、つまりは激闘を繰り広げる魔人アグニの姿を愛おしそうに見つめた。

 今だってアリサは必死に頑張っている、恐らくはナハトも、そして今はまだ眠り続けているイリスだって懸命に頑張って生きようとしている。


「みんな、あんなに強く生きられるんだ。お前に負けないくらいになれる。多分、きっと、生きるのって素晴らしいことなんだ。自分で死にたいと思うのは仕方ないかも知れない、だけど他人の命まで否定しちゃいけないんだ、辛いことだけれどね」


 靖治は生きることの苦しさを人一倍知っている、ただ生存することだけにあらゆる無駄を削ぎ落とすことを余儀なくされ、外で遊ぶことも出来ず、激しいゲームや映画なども避け、半生のほとんどを閉じた病室の中で精神をコントロールしながら過ごしてきた。

 だから当然、彼だって健康な他者を羨んできたのは事実だ。病院の廊下ですれ違う他の患者が、いずれそこを出て普通の生活に戻っていくのを見るのは寂しかった。

 靖治だって健康に生きたかったのだ。もっと遊びたかった、頑張りたかった、はばかることなく命を祝われたかった。


 それでも靖治は、この羨望を刃に変えて他人を傷つけるようなことをしなかった。病院で知り合った人が無事に退院していくその背中には、いつも「おめでとう」と言い続けてきた。

 ただの一度も、健康に生きられる他人の道筋を否定したことはなかった。


 背筋を伸ばして魔人の奮闘を透き通った瞳で見つめる靖治の横顔を、ラウルはいつのまにか息を止めて見ていた。

 感じ取れたのは、靖治がもつ命そのものへの敬愛。この少年の視線は、死に愛されながらもどこまでも未来へ向けられているのだと、ラウルは思い知らされた。

 死と求めて流離ってきた哀れな不死者とは、あまりにも違うのだ。


 ラウルは誰よりも死ぬことを羨んでここにきた、けれども靖治は生きることを羨みながらここにきた。

 見ている方向のあまりもの違いに、ラウルは愕然とした面持ちで一度は肘掛けに置いた手を緩ませる。


「………………認めん……認められん」


 しかし、ラウルは再び皺の多い手を握りしめると、か細いからだから信じられないくらいの声を吐き出した。


「ワタシはここまで来たのだ!! これから起こる死に人生の意味を! 一万年の結実を求めて!!」


 声を響かせたラウルは、車椅子から生やした触腕を振るうと、力任せに靖治の脇腹に叩きつける。


「ぐぁっ!?」

「そのような物言いは、一万年の昔に地の底に封印された時にもう置いてきたものなのだ!!!」


 吹っ飛ばされて床を転がった靖治に、ラウルは車椅子を動かしてそばに近づくと、覚束ない手脚で地面に立ち、靖治の背中を足で踏みつける。


「ぐっ!!」

「お前にも言い分があるらしい、だがそれを理解するわけにはいかん。聞く耳持つことすら許されん! ワタシは……!」


 言葉を途中で飲み込み、歯をギリギリと噛み締めたラウルは、憤怒の表情にて靖治を見下ろして繰り返し踏みつけた。


「理解しなければいけないというのならお前の方だ。一万年ものの暗闇に耐えるしかなかったワタシの絶望を!! すべての幸福を奪い去られて、石の牢獄の中で呼吸一つ許されなかった苦しみを!!! その中でどれだけの憎しみを育てさせられてきたのかを!!!」


 どれだけ諭されようと、ラウルは自らの意思で止まることなど出来なかった。彼自身の意志と心が石の中で封じ込められてきた時間が、彼に止まることを許さない。

 つまりは『憎悪』。一万年の封印の中で誰にも掬い上げられることなく、延々と溜め込まれてきた感情の渦が、決してラウルの暴挙から引き離さなかった。


「お前が死の因子というのならば、我が到達すべき死からの使者とも言うべきお前にだけは、ワタシの夢を否定させるわけにはいかない!!」


 駄々をこねる子供のように、持ち上げた足を少年の体に叩き落としながら、ラウルは悲鳴のような必死な声を響かせる。

 感情的な声だった、悲痛な声だった。頼むからわかってくれと泣くような声だった。

 しかし、靖治はそれに応えることはできない。踏みつけられて苦しみながらも、自分の尊厳だけは譲らずに笑ってみせた。


「譲ら、ないよ…………何度でも言うぞ、お前は死の本質を勘違いしてる。馬鹿なこと追い求めてないで、畑でも耕してみてなよ。きっと気持ちいいぞ。ハハッ……」

「減らず口を言う子供だ。嫌いではないが、この期に及んで許容するわけにはいかぬ……」


 こんな出会いでなければ、ラウルはこの子供を可愛がれたろうにと惜しんだ。孫の代わりというわけではないが、共に語らい、共に笑い、素晴らしい友人関係になれたはずだった。

 そのようなことを考えながら、ラウルははたと気がついた。


「あぁ…………このような情けない体でこの世界に降り立ってからしばらく、常に空虚さを抱いていたが、そうか、ワタシは理解者が欲しかったのか。あるいは、死の因子となら友達になれるかと思っていたのか……いやはや、世の中そうは上手くいかんな……」


 思えば不死となって封印されてから、ずっと孤独だったのだ。そのことに気付き、まるで一万年の寂寥がどっと押してきたような寒さが身を包んだ。

 ラウルは顔を手で拭いながら、拙い動きで車椅子へ倒れるように腰掛けた。倒れ伏した靖治を前にしながら、胸の空白に耐え忍んだ。


「いや、どうだろう…………試してみればいいではないか。ワタシは子供の頃からずっとそうやってきたのだから」


 いやに明るい声が放たれ、這いつくばって聞いていた靖治は虫が這うような悪寒に目を丸くした。

 咄嗟に起きて走り出そうとした靖治の首を、伸びてきた触腕が絡みついて宙に持ち上げてきた。

 靖治は首周りの触腕を手で掴み必死にもがきながら、ラウルの独り言を聞かされた。


「がっ!? な……にを……!?」

「大丈夫だやれる。人体の改造は得意だ、ワタシを体を変じさせた者たちの技術は正確にはわからんが、拙くとも不死の再現程度は余裕だろう。だがそれだけで足りんな」


 靖治の疑問を意に介さず、ラウルは顎に手を当ててぶつぶつと不気味に呟きながら目の前の体を舐めるように見ている。


「状況を合わせねば。あのコンクリートに閉ざされた牢獄と同じにせねば、ワシの再現になるまい。()()()()()()()()()()()。そういう状況が此奴には必要だ」

「おい、あんたまさか……!?」


 触腕が力強く動かされ、靖治の首の位置が強制的にラウルの膝下へと移動させられた。

 ラウルは眼下に固定された少年の姿を見下ろしながら、ゆっくりと背もたれから起き上がり枯れ木のような指を立てて近づける。その細い指先に靖治は何をするのかを悟り、恐怖と共に叫び声を上げた。


「お、おいこの……や、止めろ!! クソッ、言われたって止めないよなあんた! あぁ、でも止めろ! やめろやめろ!!」


 取り乱しながら右腰のガンホルダーからガバメントを引き抜いた靖治は、銃口をラウルの腕に突きつけて火薬を炸裂させた。

 無理な姿勢での発砲で肩が痛んだが何度も引き金を引き、そのたびにマズルフラッシュが目の前を照らし、弾丸がラウルの腕に穴を開けていく。だがいくら撃ち込んだ腕の肉は再生して埋まって行き、銃弾はあっという間に尽きてしまった。


「このっ、こんな事したってなんにもならないんだぞ!! この、止め…………!」


 一瞬、靖治は視界の端に倒れていたイリスを見るが、彼女は起き上がることなく、助けは借りられない無情な現実がそこにあるだけだ。

 拳銃をかなぐり捨てた靖治は目の前に近づいてくる指を掴み押さえ返そうとするが、老人の腕は恐るべき力で押し込まれてきて止められはしない。

 ラウルの細い指先はゆっくりと、しかし決して緩まずに近づいてきて、見開かれた靖治の左の眼球へと指先が掛けられた。


「ついでにあやつらにも聞かせてやるといい、お前の絶望の悲鳴をな」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」


 指先が眼孔に押し込められた後、頭骨の奥から千切れるような音が木霊した。





「――――ぎゃあぁ嗚呼ぁっァァァ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あ!!!!!!!!!」


 ブチブチと何かが靖治の体から引きずり出されるに連れ、子供が出すものと思えないすさまじい絶叫が迸る。

 肉樹の虚の中で上がったこの悲鳴を、ラウルはここだけに終わらず、災厄術式全体に広げてみるよう試みた。




 ◇ ◆ ◇




 靖治の悲鳴は災厄術式に吸収され、各所へと広げられた。

 まず外側にいる魔人に対して悲鳴は届ける。地上で戦っていた蜘蛛の魔獣は体を震わせたかと思うと、全身を発生機へと変えて靖治の悲鳴を外界へと響かせた。


『――――ぎゃあぁ嗚呼ぁっァァァ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚――――!!!!!』

「こ、この声…………何!? セイジなの!?」


 魔人アグニの内部にいたアリサは、あまりに聞いたことのない悲痛な絶叫に一瞬呆気に取られたが、その声の正体に気付くとこれまでにない怒りが燃え上がった。


「な…………何しやがったお前ぇえー!!!?」


 激昂したアリサは、魔人の力で殴りかかろうとする。しかし大振りで拳を振るうアグニの動きは先程までよりも遅く、明らかに精妙さに掛けていた。

 ヴォイジャー・フォー・デッドはその隙を逃さずに潜り込むと、殴ろうとするアグニの腕を大鎌で押さえ込んで体当たりを仕掛けてくる。

 巨大な蜘蛛の頭部が魔人の胸元に飛び込み、衝撃が突き抜けた。その痛みをアリサは諸に味わいながらも、それとは別に突き刺すような頭痛が走った。


「ぐぬっ、クソ……怒った途端、頭が痛くなってきやがった……!?」


 先程までは負荷なく大パワーを発揮できていたのに、精神が乱れるとギリギリと脳味噌を締め付ける感覚がアリサを苦しめ始める。落ち着いた精神状態から少しブレただけで、急激に負荷が強くなり始め、アリサの脳が痛み始めてきていた。

 彼女に行使される魔人もまた炎に陰りが差し始め、明るいオレンジのような火が黒く沈んで逝く。

 再度、蜘蛛の魔獣が頭突きを仕掛けてきた時には、耐えられずに魔人は背中から地に叩き伏せられてしまった。


「集中、しないと……! ここで倒れたら、アイツらが……!」




 ◇ ◆ ◇




 この声を聞いていたのはナハトもだ。靖治の悲鳴は、術式内部のすべての領域に響かされていた。

 戦闘を優位に進めていた彼女も、靖治の悲鳴を聞いて亡失剣を振るう手を止める。


『――――嗚呼ぁっァァァあぁァァァァァ嗚呼ぁぁぁぁぁぁ…………!!!』

「セイジさん!?」


 片翼を開いたまま地上で立ち止まってしまった彼女は、汗を浮かべてスピーカーのように声を響かせる肉の天井を見上げる。


「い、一体何をされて……グッ!!!」


 今まで聞いたこともない靖治の尋常でならざる叫びにより精神の均衡が崩れた途端、ナハトの背中に付けられた十字の痣が魔力を放ち、呪詛の語りがナハトの脳内を支配しようとする。


『――殺せ! 殺せ殺せ殺せ、民を傷つけるものを殺せ、我らを害するものを殺せ、神への供物として殺せ殺せ――――!!』

「ぐ、が……声が……声が……頭が、割れ…………いやぁぁあああ!!!」


 心を押しつぶす声にナハトは耐えきれず膝を突き、溢れ出た魔力が彼女の周りで嵐を巻き起こす。

 その様子を、左腕を斬り飛ばされたハングドマンが、空中で黒翼を広げてながら遠巻きに眺めて分析していた。


「なるほど、キミは魂を魔力という形に変換し、それを利用するように進化した種族のようだな」


 ハングドマンは目に映る光景だけでなく、周囲に散布した数億のナノマシンから常時モニタリングされる情報が脳内にダウンロードしており、そこからナハトの状態を隙間なく看破する。


「背中の十字の痣に書き込まれた呪詛が細胞内のコンバーターを抑制していたが、ラウルの呪詛とぶつかって蓋が壊れたか。十字の呪いに意識をかき乱されるのと合わさって、肉体が暴走して魔力を絞り出している。これでは精神が衰弱するばかりだ」


 ハングドマンの眼には、ナハトが備え持って生まれてきた強靭な魂が、次第に削られて魔力として放出されていくのが見えていた。


「しかしこの呪詛は……意図が掴めないな。何らかの強迫観念を埋め込む処置にも思えるデザインだ。呪いに込めた情念が繰り返し精神に送り込まれ、思考を強制するためのものか……? まるで彼女の心を傷めつけるためだけの呪いだな。さしづめ、殺戮機械製造装置と言ったところか」


 淡々と推察をしているハングドマンの目の前で、ナハトは足元に突き立てた亡失剣を杖にして立ち上がる。

 しかしその顔は悲痛に溢れ、眼からは大粒の涙を零しており、精神の窮状が目に見えていた。彼女の脳内には、ずっといつ与えられたかもわからない謎の呪いが、辛い言葉を叩きつけてきている。


『殺せ! 許されると思うか、殺せ! その罪を浄化したくば殺せ。殺せ殺せ、人生を賭して神の敵を殺し尽くせ!!』

「あ……あぁ……ぁぁぁ…………! こんな、こんな声を聞かされるわたくしは……やはり、赦されな…………けど、けれどせめて彼らだけは…………」


 背中の十字から響く声が、ナハトの心を締め付けて屈服させ、従え、意のままに操ろうとしてくる。目に映るものを殺戮せよという圧迫的な声の響きに、ナハトは涙を流しながら、自分がどれだけ業の深い女かを思い知らされて死にたい気持ちになった。

 だが、苦しいからと言ってここで剣を手放すわけにはいかない。


 自分を助けてくれたあの少年は、まだどこかで立ち向かっているだろうからだ。

 彼は何も持たぬ身でありながら、困難を前にして決して諦めず、屈さず、胸を張っていることだろう。


 そんな彼に、恥じ入るような真似はしたくない――――




 ◇ ◆ ◇




 災厄術式の最奥、肉樹の虚内部にて。


「――――――――――――――――――――――――――――!!!」


 血に塗れた老人のか細い手から、二つの何か丸いものが打ち捨てられ、床の上で跳ねてべチャリと音を立てる。

 その傍らで、眼孔からおびただしい血を流す靖治は、声にならぬ悲鳴を上げながら暗闇の中で這いつくばっていた。

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