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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
222/235

213話『不死の砦を揺るがせ』

2020/02/04

歯医者行ったりして疲れたので休みまする~。

「ありがとうネームロス、来てくれて……」


 再び立ち上がったナハトは、ゆらりと体をよろめかせながらも倒れることなく土を踏みしめ、幽鬼のように前方の吸血鬼を睨みつける。

 二つの呪詛が充満し、心を包丁で滅多刺しにされるかのように蹂躙され、朧気な意識で得物の名を呼んだのだが、本当に来てくれるとは思わなかった。

 存外に、手に持つ剣が自分を好いていてくれることに驚き、また嬉しく思う。


 死の霧によって倒れたナハトが見せられていた悪夢は、幼少のことに友達を殺した時の再現だった。炎が燃える村の中で、再びナイフを持たされた自分の前に、かつて刺したサリーがいた。

 恐怖の記憶の再演をさせられ、自分が何者にも変われないことを説かれ、泣き出して自分の命を投げ出そうとした時にこの声は鳴り響いた。


『―――殺せ!―――』


 ラウルの呪詛を上回る強く暴力的な声、そしてその声は、今も消えてくれない。亡失剣ネームロスは見事にラウルの死の霧を斬り払ったが、もう一つの謎の呪いはどうにもできなかった。


『殺せ――――殺せ! 神の敵を殺すのだ、殺して殺して、神への従順を示し殺せ殺せ殺せ――』

「っ……これは、何なのでしょうね……こんなものが、いつの間にわたくしの中に……」


 皮肉にもこの声が流し込まれたラウルの憎悪を引き裂き、ナハトの意識を現実へと引き戻してくれた。

 だがそれはあくまで一時的な話だ、絶えず繰り返される圧倒的な負の念は、ナハトの心に食い込んで離さない。

 声が響くたびに背中の十字が酷くわななき、痛みすら覚える。溢れる魔力が燐光を発しながら、ナハトの周りに寒い風を吹かせ続けている。


「意識を、持っていかれそう……けれど、戦えるならば。何を利用してでも……」


 頭に響く呪詛だけでなく、肉体までヘンだ。沸き立つ魔力が抑えきれずに体が爆散してしまいそうで、立っているだけでも苦しい。

 必死に体を支えるナハトのことを、ハングドマンはレイピアを手に構えながらも律儀に待ってくれている、やはりそういう性格らしい。


 しかし物分りが良いと言っても話し合いで解決できないなら、どんな相手でも斬り伏せる覚悟がナハトにはあった。

 それは悲しいことかも知れないし、本当ならこんな物を得たくはなかったがナハトは引かない。


「ネームロス、わたくしは卑しい女です。ここの術師が死を弄んでいると知った時も、イリスさんのようには怒れなかった。胸の内では、そんな手合いもいるだろうと冷めたことを考えていた。このような偽善者なわたくしですが……」


 亡失剣を右手に握るナハトは、左手の人差し指を鍔近くの刃に沿わすと、そのまま指の表皮を裂きながら切っ先までなぞり、でこぼこに書けた白刃を血で彩って魔力を付加する。

 絶えない声に脳が侵され鎧も作れず、使えるものは剣と呪符のみ、ならばそれだけで勝とうとナハトは決意し戦いに臨む。


「せめて、我が愛しき仲間たちのために、力をお貸しください!」


 血液に込められた魔力を吸い込み、活力を得たネームロスはナハトの意思に応えるように打ち震えた。

 十字の呪いに負けず刀を構えるナハトを見つめ、相対するハングドマンは微動だにせず。


「あの殺意、あの刀、ラウルのもとに行かせてはならない……どちらも彼の障害となりうるだろう」


 冷静に自体を見極めたハングドマンは奉公に徹し、ただ己ができうる限りの助力を共に託そうとする。


「わたくしの前に立つならば斬る!」

「ならば受けて立とう」


 純白と黒、両者の翼が再び舞い始める。静かに戦場を飛ぶハングドマンに対し、ナハトは制御しきれない魔力を風として荒れさせながら、嵐となって暴れ狂う。

 だが戦いにおいてこの女は、どこまでも目標を達成する意思を研ぎ澄ましていた。すなわち、必殺の意思。


 カミソリのような鋭敏な機動で空中を飛び回ったナハトは暴風を作り出しながら、暴走する肉体をあえて走らせたまま制御する。

 乱暴な雄牛の手綱を取るように、止まれば即座に爆ぜてしまいそうな体を強靭な意思で従え、痙攣する筋肉を突き動かし死線へ飛び込む。


「先程より早い――」

「遅い!!」


 烈風の圧と急激なスピードの変化から、ハングドマンの対処がわずかに遅れる。

 そこに片翼を羽ばたかせてナハトが、閃光のような剣閃でハングドマンの左腕を斬り飛ばした。


 そして災厄術式の外側では、アリサが顕現したアグニ・バルクバーンの中でマントを揺らめかせながら、いつもより静かな面持ちで前方に立ち上がるヴォイジャー・フォー・デッドの姿を見つめている。


「不思議だわ、こんなに力を使ってるのにいつもより疲れない。まるでアグニが自分の手脚みたい……」


 アリサが右手を握ると、作り出されたアグニも巨大な右手を握りしめる。

 本来のアリサは能力を使うごとに脳が疲弊して頭が痛んだ、増してやこれまでにない100メートル級の体躯、無茶を通せば反動が必ずあるはず。

 それなのに、まるで痛みを感じない。思考は晴れて心は穏やか、体を包むアグニの熱は温かくアリサの心を落ち着けてくれる。


 チラリと背後をかえりみる。後方に広がっているのは百果樹の巨大な結界と、その内部に守られた街と住人。

 地上では緊急事態に集まってきた能力者や術師たちが、そびえ立つアグニを見上げて口々に何事かを唱えて指差してくる。


「アレはなんだ。昼前にデッカイ火をぶっ飛ばしたやつか」

「あんなにデカイのを作れる能力者なんて」

「助けてくれるのか、オレたちを……!」


 彼らの声はアリサにまで届かなかったが、それでも地上に広がるどよめきが前向きな意志であるように感じられた。

 まあどう思おうがアイツらの勝手だ、自分は自分の仕事をしてやるとアリサは街から視線を離す。


「後ろには百果樹、前のバケモンの中にはセイジたち。あたしとアグニもちょっと強くなったけど、それでもまだ進退窮まったって感じよね」


 笑みを作って前方を向いた先には、肉樹を背負ったえげつない蜘蛛の化け物が山を揺らしながら立ち塞がり、口周りから伸びた大鎌を広げて「キシャァアアアアアアアア!!!」と空を震わすような金切り声を上げてきた。

 敵はこれまでになく本気で、内部に靖治たちを抱えている。ガネーシャ神とアンフィスバエナさえ退けた異形だ、今のアリサでも倒しきれるかわからないし、かと言って逃げれば仲間たちも百果樹の街も、誰も助からない。


「だけど引かないし逃げないわ、アイツら置いて逃げられるかってのよ。行くわよアグニ! とりあえずぶん殴りながらどうするか考える!!」


 勇敢に言い放ったアリサと共に、魔人アグニは「ヴォォォォォオオオオオオオオオオ!!!」と雄叫びを轟かせ、ヴォイジャー・フォー・デッドへ向かって突撃を開始した。

 巨体が進むだけで凝縮された大気が律動と共に唸りを上げ、地を揺るがし、見るものの臓腑を練り上げる。


 宙を飛んで戦場を横断したアグニは、握り込んだ右の拳をストレートに叩きつけた。

 これに対してヴォイジャー・フォー・デッドは大鎌を持ち上げ、正面から拳に振るう。両雄ともに怯えることなくぶつかっていき、衝突したエネルギーと質量が爆発染みた爆音を響かせる。

 一瞬の間を置いて衝撃が爆ぜた時、魔人と蜘蛛はお互いに拳と鎌を弾き返され、大きくのけぞりながら後方へと押し飛ばされた。


「っつぅー、硬ったぁー……! けど、まだまだぁ!!」


 魔人アグニに損傷はないが、それでも相当の痺れがアリサにも伝わってきている。

 見た感じではいまのでも敵に傷はなし。相手は50万人分の魂を燃料にした魔獣だ、この限界を超えた全開のアグニでも容易くダメージは与えられない。


 ――だがだからと言って負ける気はしない!


「そんな程度で、あたしとアグニが怯むかぁー!!!」


 アリサはすぐさま魔人に前を向けさせると、再びの雄叫びと共に疾走させて次の拳を振りかぶった。

 今度はヴォイジャー・フォー・デッドは大鎌を突き出して串刺しにしようとしてくる、しかしアグニは左の拳を横合いから打ち込んで大鎌を反らしてみせた。

 蜘蛛の魔獣が武器を打たれて体勢を崩す隙に、アグニはわずかに飛び上がって両手を組みながら振りかぶると、八つ目が並ぶヴォイジャー・フォー・デッドの額に力の限りのスレッジハンマーを叩き降ろた。


「どぉらぁあああああああ!!!」


 衝突の衝撃波が円状に広がって光を歪ませる。鐘をついた時のような硬い音が野山を走り、百果樹の結界までもが波打つほどだ。

 この恐るべしパワーの影響は外側からは伺えなかったが、それでもヴォイジャー・フォー・デッド内部にまで届くほど強烈なものであった。

 靖治とラウルがいる肉樹内部の空洞までもがグラグラと揺れ動き、ラウルは車椅子の肘掛けを掴んで体を支えながら焦りを顔に浮かべている。


「ぬぉぉ……!! 異空間化した内部にまで揺れるとは、なんというエネルギーだ!?」

「アリサ、こんなにも強くなれたのか……」


 肉樹の内側に浮かべられた外の景色には、すさまじい大きさのアグニが映っていた。しかしその映像も衝撃のせいで途切れ途切れだ。

 画面の中ではヴォイジャー・フォー・デッドの大鎌が振るわれたが、魔人はそれを受けながらも一歩も退くことなく殴り返してくる。


「クッ、倒せん……! クソ、一個人が出せる能力だとこれが!? しかも術式内部に新たな魔力反応まである……何だこれは、この殺意の塊のような……!?」

「殺意……まさかと思うけどナハトか……?」


 他の冒険者の可能性もあったが、靖治が真っ先に思い浮かべたのはナハトの姿だった。

 彼女もまた大変な宿命を背負っているらしい女だ、ラウルの喉元に届くだけの業を秘めていてもおかしくないと思ったのだ。


「こうもことごとく我が術法の到達点が通じんとは、死の因子が仲間に招くだけのことはある、それだけの傑物揃いか!」

「あぁ、そうらしいね、まったくもって嬉しい限りだよ。そしてラウル、アンタも無駄なことはもう止めたほうがいい」


 唯一目覚める気配のないイリスの体に、重しとしてタクティカルベストをかぶせてあげながら、靖治は揺れの中で立ち上がってラウルを見た。


「無駄だと!? 負けると言うつもりか!?」

「そうじゃない、それ以前の話だ。例えお前が目標を達成したとしても、アンタの心が救われることはない。繰り返し言うぞ、『死は救いなんかじゃない』」


 死という救いを求める不死者へと、靖治は繰り返し残酷な事実を告げた。ラウルはあからさまに同様を示し、喉を鳴らしながら緊張した面持ちで靖治を見つめ返してくる。


「死は優しい、それが僕が到達した結論だ。だけどそれは死ぬことそのものを肯定するためのものじゃない、いつか来る死が安らかなものだと信じるからこそ今を精一杯生きられるんだ。僕の考えだって、世に数ある生きるための方便に過ぎないのさ」

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