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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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212話『逆襲の叫び/悲鳴』

「な、何だアレは……どういうことだ……!?」


 驚愕に見開いたラウルの眼に映るのは、倒れ伏して取り込まれるはずの少女が、赤々しいオーラを吹き上げながら床に腕をついて起き上がろうとする姿であった。

 熱いオーラを揺らめかせながら、少女の肌から蒸気のようなものが上がっている。


「ぐ、う……こ、のぉぉぉぉ……!!」


 赤き少女が、アリサ・グローリーが、心を蝕む呪詛に負けずに声を発して瞼を開けた。更には彼女の体から炎が勢いよく燃え上がって、音を立てて彼女の体を包み込む。

 だが決して荒々しいだけの火ではない、雄大な炎は本人に火傷の一つも負わせず、羽織ったマントが温かさの中で揚々とたなびいている。

 絢爛の火が肉樹の虚を照らし出す中、ラウルは顔面をジリジリと炙る熱気に肝を冷やされ、靖治は顔を庇いながら慌ててアリサから離れた。


「アリサ、起きられるのか……!?」

「馬鹿な! 我が呪いを克服するような精神力が、そう何人もいるはずが……」


 言葉の途中でラウルが目を細め、アリサから吹き上がる煙をよく見つめた。

 体内に魔力を循環させ、霊的視野で状況を解読する。


「あの蒸気……汗ではない……まさか、体内に侵入した死の霧の魔力を焼き尽くしているのか……!?」


 アリサは腕を振り上げ拳を床へと叩きつけ、顔を上げると食いしばった歯を見せた。

 まだあどけなさを残す子供でありながら恐るべき力に、不死であるはずのラウルは今までにない危機感を植え付けられる。


「あの炎……何か……何かマズい! このまま受けて良いものではない……!」


 アリサが震える腕で体を押し、床を靴底で引っ掻いた。しっかりと見開かれた青い眼で前を睨みつけたアリサは、芯の通った声で吠える。


「うぉぉぉォォォオオオオオオオオオオ!!!」

「パージしかない! 間に合え!!」


 アリサが完全に肉体の制御を取り戻す前に、ラウルは車椅子から触腕を伸ばして真正面からアリサの胸元へと突き込んだ。

 先端の鉤爪は赤い熱気に阻まれてアリサを傷つけられなかったが、それでも彼女の体を持ち上げて奥へと吹き飛ばすことには成功し、背後に飛んだアリサは地面を転がって奥の通路へと叩き込まれる。

 そして間を置かずにラウルは緊急用のエリアパージを実行し、通路をまるごと崩落させてアリサをヴォイジャー・フォー・デッドの外へと追放しようとした。


「アリサ!!」


 何が起きるのか気付いた靖治が慌ててアリサへと走り出すが、彼が駆け寄るよりも早く通路がガコリと音を立てて傾き、アリサの体は崩落する通路に飲み込まれて下方へと消えてしまう。


「いかに恵まれた才能があれど、所詮は年端もいかぬ子供の遊びよ!」


 ラウルは急ぎヴォイジャー・フォー・デッドを操縦すると、百果樹の結界攻略を中断させて落下していくアリサを捕捉させる。

 分解される肉の構造材と共に追い出したアリサを感覚器官で追いかけた蜘蛛の魔獣は、木の根のような禍々しい脚を持ち上げ、たった少女一人へ向けて振り下ろそうとしていた。


「この術式の体躯こそ我が一万年の怨嗟の蓄積! 50万の命の物量を、矮小な体で思い知れェ!!!」


 太ましい足の底が迫る様子は、まるで空から天井が落ちてくるようだ。

 風を割って近づいてくる足の裏側を、アリサは落下しながら見上げて悪態を吐く。


「ったく! アイツらと出会ってから、ずっとこんなんばっかりね! 滅茶苦茶でグチャグチャで……!」


 靖治とイリスに出会う前から、アリサは凄腕の異能者として自信を持っていたし敵対するやつは誰だろうと叩き潰してきた、だがあの砂漠でイリスと敵対してからは何かが違う気がする。

 今までにない強い敵とぶつかった、今までにない出会いがあった。あの時から自身の運命が、うねりを上げて大きく変化し始めている気がする。


「だがいいわよ、やってやろうじゃない。セイジもイリスもナハトも! どいつもこいつも抜けてやがる分、あたしが力になってやる!!」


 自分を超える力をもアリサは見てきた。イリスの見せた光に全開のアグニを消し飛ばされたこともあったし、銃職人夫妻の護衛依頼の道中では侍の死霊の技を前にして斬り捨てられたりもした。

 今この戦場にいるのだってそうだ、死の霧で周囲を包み込む災厄の魔獣、街を護りながらも戦った神、辺り一面を焼け野原に変えて尚も怒りを撒き散らす双頭竜。

 そして、目の前で感じた大いなる『守護者』の怒号。


 化け物だらけで楽に行けやしない、だがそれでも世界にはこれだけ強いやつらがいる。




 なら、自分だってそうなれるはずだ。

 この血潮に宿る炎ならば。











「燃え盛れアグニ!!!」


 言葉が波紋となって天と地に響く。アリサの五体から放出された炎が世界を照らしながら広がっていく。

 熱が大気を弾き、彼女のもたらす因果が世界を取り巻く壮大な運命にも木霊する。






 ――――遠く富士樹海にて。


 傷を癒やして眠る巨竜が音を立てて眼を覚ました。






 現れた巨大な火の掌が、打ち下ろされた蜘蛛の足を受け止め握りしめる。

 猛烈な勢いで広がる火は形を持って収束し、頑強な魔人の姿を造り上げる。


 だが、デカい。燃え上がる火はアリサを包んでなおも止まらず、もっと強く、もっと硬く、もっと大きく。

 5メートルから10メートルへ、10メートルから50メートルへ、それでもまだ目の前の魔獣に劣る、ならばもっとだ。

 勢いを増す魔人は顎を開いて吠える。


『グォォォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!』


 神にも魔獣にも負けぬ雄たけびとともに、更に巨大化した火の塊はヴォイジャー・フォー・デッドを真下から持ち上げながら、熱量を秘めて殴り抜けた。

 まるで太陽の如き閃光と爆発が四散し、撃ち出された火炎の奔流が蜘蛛の魔獣の腹に直撃した。

 焼け野原だった地上を更に焼き尽くすインパクトで、ヴォイジャー・フォー・デッドの巨体が空を飛んだ。


「あ、あの小娘……何者だ!? 先の竜よりも象よりもまだ強い!?」


 異空間化に守られた災厄術式内部は天地がそのままに保障されていたが、ヴォイジャー・フォー・デッドそのものは空中で二転三転もして吹っ飛び、途中でぶつかった山を砕いてまだ押し流される。

 大気が唸り、破砕された山の瓦礫が重々しい悲鳴を上げる中、八本足で地面に傷跡を作りながらようやく停止した蜘蛛が見たのは、100メートル級まで巨大化した炎の魔人の勇姿であった。


「アグニ・バルクバーン形態(モード)!!!」


 今まで通り逞しい男性の上半身を象ったような形だが、肩周りや頭部には凝縮された炎が鎧のように形を取り、強い黄金にも近い橙の煌めきを放っている。

 巨大化形態を取ったアグニの内部で、浮かぶアリサが高らかに名前を謳い上げた。


「不死者だろうが50万だろうが関係ない! 行くわよアグニ、あたしらに手を出すやつは誰だろうとブチのめす!!!」







 ――――――同刻。災厄術式内部、キャンプ場エリア。


 右腕の修復を終えた吸血鬼ハングドマンが、友人への手伝いも終えて帰ろうと踵を返した時、地面をひっかく音に気がついた。

 まさかと思いながら首だけで振り返る。そこにいるのは左腕の呪符の他にはショーツだけ履いた姿でうつ伏せに倒れたナハトだ。

 垂れ下がった白い片翼はピクリとも動かず生気を感じられない。そのはずだ、ラウルの憎悪に取り込まれればいかに屈強な戦士とてひとたまりもない。

 気のせいか、そう思ったハングドマンが視線を外そうとした時、ナハトの右手が閉じて土を握った。


「……まさか? 動くのか?」


 唖然とするハングドマンの前で、ナハトが四肢をビクビクと震わせながら背を曲げる。

 体を丸めながらわずかに起き上がったナハトは、うつむけた顔から飛び出さんばかりに眼を剥いて、激しく咳き込んでよだれを垂らした。


「グッ、ガハッ! ハァー――ハァー――ハァー――!!」


 彼女の背から、刻まれた十字の痣がボンヤリと燐光を発したかと思うと、またたく間に光量を増してエネルギーを持った魔力が吹き出し始めた。

 荒れ狂う風の中、ナハトは苦痛に塗れた表情を浮かべ、四つん這いのまま獣のような叫び声を響かせた。


「あ……ぁぁぁ……あぁぁぁぁあああああああああ!!!」


 悲痛な叫びと浮かび上がる十字線を見つめながら、ハングドマンは呟いた。


「その背の十字架……そうか、キミはもう、先に呪われていたのだな」






『――――殺せ!――――』


 鋭い男の声のようなものが、ナハトの脳を貫いた。


『殺せ! 神の敵を殺せ、異端者を殺せ、我らの敵を殺せ! 立ち塞がる者を殺せ、罪なきものだろうと殺せ、容赦なく殺して殺して我らの神のために奉仕せよ』

「う……う…………うあぁぁああああああああああああああ!!!」


 千切れる血管と割れそうな頭蓋を押さえ、弾けるように身を起こしたナハトが、焦点の合わない眼でそれでも己の相棒を見つめる。


「ネェェェェェェェェェェーーーーーームロス!!!!」


 与えられた仮初の名を唱えられた亡失剣ネームロス。一度ハングドマンに振るわれたそれが突き刺さった地面からひとりでに飛び出して、空中をブーメランのように回転しながら飛来した。

 風を裂いて飛んだ魔剣は狙い澄ました欠けた刃を、ナハトの腹部へと突き刺した。

 音もなく滑り込んだ刀身が背中にまで貫通する。見ていたハングドマンが驚愕する前で、震える手に剣の柄を握ったナハトが、玉のような汗を飛び散らしながら力を込める。


「ウ……ウ…………ゥワァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 引き抜かれた刃が血飛沫を散らし、流血する腹の傷にナハトは左腕を叩きつけて氷の魔法で血を塞ぎ止めた。

 絶えず背中の十字から噴出する魔力を用いて黒衣を作り上げると、血のような真紅の眼でナハト・マーネは前を睨んだ。

 この荒々しい所業に、ハングドマンは感嘆の声を漏らす。


「ラウルの呪いを斬ったか……素晴らしいな、心というものはここまで強くなれるのか……!」


 吸血鬼が青白い顔を好奇心からの笑みを浮かべている前で、ナハトは自分の体を押さえて声を震わせる。


「グ、ウ……魔力が、溢れる……背中が掻きむしられる……! 体が爆発しているかのよう…………声が……声が木霊してくる…………神の敵を殺せと……!」


 魔力の疾風を放ちながら、ナハトは痛む頭を押さえてクラクラと揺らいでいる。


『殺せ――殺せ殺せ殺せ―――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――』

「頭が……割れそう……! いたい痛いイタイ……なん、て、酷い声……あ……あ…………あり――」


 一瞬泣きそうな子供の声を出して、意識を手放しそうになったナハトは、しかし目元を締め付けて瞳に意思を顕した。


「――ありがたい、これでまだ戦える!」


 片翼を開いてゆっくりと立ち上がるナハトは、衰えるどころかより強い殺気を打ち放っている。

 避けられぬ闘争の気配に、ハングドマンも再び黒き刃を手にとった。


「どうやら、今しばしラウルのために剣を振るわねばならぬようだな」

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