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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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206話『不穏なりしハングドマン』

「イリス、行くわよ! 迂回してセイジのやつを取り返す!」

「ハイ!!」


 崩落した通路の前に立っていたイリスは、アリサの言葉へ力強く頷きながら振り返った。不死者ラウルが靖治の身をどう利用するつもりかは知らないがこのままにはしていけない。

 急ぎ、災厄術式のより深くへ向かわなければならないが、その前にアリサは通路の脇で腰を下ろして脚の怪我をかばっているウポレと、気絶しているケヴィンに目を向けた。


「アンタらは……」

「ウポレとケヴィンはついていくのはキツそうウホ。出てきた癖に大したことも出来ず、すまなかったウホね」

「いえ、ありがとうございます。そのお陰でわかったこともあります」


 イリスは感謝の言葉をウポレとケヴィンに投げかけた。

 少なくとも、ラウルが尋常ならざる不死であることは把握できたのだ。どう頑張っても殺すことができない相手、絶望的な情報だが知らずに突っ込むよりかはずっとマシだろう。

 そこにハヤテの念話が頭に響いてきて、イリスとアリサは頭上を見た。


『つっても前に進んでどうするよ。一万年の不死をブッ殺す武器なんてここにゃねえぜ。アリサもせっかく渡した銃と弾さっき落としちまっただろ』


 先程の崩落の時に、アリサは落ちていく通路にハヤテから提供された拳銃と、それに込められた不死をも殺す銃弾を落としてしまっていた――どちらにせよ効果がなかった武器であるので、アリサに未練はないが。

 確かにどうしようもない状況だ。殺すことはできず、かと言ってその他の手段が今すぐに準備でいるわけでもない。イリスたちがラウルを倒すことは、現時点では不可能だ。


『逃げるなら、外でガネーシャ神とアンフィスバエナが切った張ったしてくれてる今のうちだぜ。今なら頑張れば、怪獣バトルの間を縫ってギリギリ逃げれないこともねえ。だとしても行くのか?』


 だがそれでも、イリスは一歩も怯むことなく、虹の瞳を強く煌めかせて拳を握った。


「私に何ができるかわかりません。でもこのまま何もしないなんて、それじゃあどうして生まれてきたのか、それこそわからなくなります! 今ここで問題の解決ができなくても、せめて靖治さんだけでも助けだします!」


 過去最大の難敵。靖治を助けて逃げる、それだけでも絶望的に困難だ。

 しかしイリスは、靖治との邂逅により自我を獲得した身だ。靖治を見捨てることは、自らの存在意義そのものを捨て去ることと同義だ。それだけは絶対に選択することはない。


 そしてアリサも口を揃えた。


「おおむね同意ね。あたしは今まで何度も裏切られてきた、だからこそここでアイツを見捨てて行けるかってのよ」


 アリサの半生は裏切りとともにあった。母に裏切られ、頼った先でも置いていかれ、最後に兄にも裏切られてワンダフルワールドに流浪してきたのがアリサだ。

 そんな彼女に手を伸ばしてくれたのが靖治なのだ。その手は私欲まみれではあったが、アリサがどれだけ脅そうと靖治はその手を引っ込めることはしなかったから、最後には手を掴み、結んだ。

 靖治が裏切らない限り、アリサからその手を離す気はなかった。とんでもなく頭のイカれた男だが、最後まで義理を通す。


『ハン、結局のとこ破れかぶれだな。だが怯えっぱなしよか面白え。せっかくだ、中枢までの進路をナビゲートしてやるよ』

「助かります! 行きましょうアリサさん!」


 時間が惜しいと急いだイリスは、アリサの膝裏をさっと掬って、俗に言うお姫様抱っこの姿勢で抱え上げた。

 そしてアリサが丸くした目を戻さない内に、イリスは機械の体を駆動させて勢いよく走り始める。


「うわっ、ちょっ! きゃー!?」

「全力で走ります! 舌を噛まないように気を付けてくださいねー!!」

「そういうことはもっと早めにきゃん!?」


 走り去るイリスたちはあっという間に見えなくなった。

 その場に取り残されたウポレへと、ハヤテの念が語りかける。


『ウポレ、おめえはどうするよ?』

「ウ…ホ……。多分、ここから先はウポレが介入する余地がない気がするウホね。もうここにいても何も出来ないし、とっとと尻尾巻いて逃げるのが一番懸命ウホね」


 脚を怪我して動けないこともあるが、それ以前のところでウポレは戦っても無駄だと痛感していた。


 これはウポレの視点の話だが、彼は戦いというものを勝ち負けを決めるだけのものとは思っていない。

 信念と理念をかざして、全精力を懸けたぶつかり合い。勝って何かを得た者も、負けて失った者も、戦いを通じて知覚した己と他者の違いに明日の自分の行方を知り、日々を変えてゆく糧とする、それがウポレにとっての戦いの意味であった。


 だがそういう意味でラウルは最悪だ。頑なで、人の意見を聞かず、我を通すことを目的とした怪物。一万年の時を経てその程度のことしか出来ない老人にウポレは哀れみを想ったが、その傲岸な思考こそが、かの不死者への無力の証左とも思った。

 要は、ウポレがラウルに対して、してやれることは一つもない。ならもはや戦う気は失せたし、他の者に任せるかという気にもなった。


「けれど、さっきのイリスが見せた、あの叫び。少し、結末を見てみたいウホね」

『ケケケ、ならしばらく残るってか。イリスのやつも随分好かれるもんだな』

「そんなんじゃないウホ。ただ……」


 イリスの純粋な怒りを思い出す。


 ――あなたの、勝手な感情で……靖治さんや、たくさんの人を……! みんなの人生を……歪ませるような真似をするなァ!!!――


 あまりに幼く、単純で、けれども心の底から出てきたことは疑いようのない真実の怒りだ。

 ウポレはこんな風に強い声を上げられる人が好きだった。


「ああいう暗黒の輩と立ち向かえるのは、いつだって心に光を宿した者だウホね」




 ◇ ◆ ◇




 イリスとアリサが道を変えて進行を続けるよりもう少し後方。大自然のキャンプ場を模したエリアでは、右手にネームロスを持ったナハトが、純白の鎧と片翼を輝かせ、戦闘を続けていた。

 絶えず刀を振るい続ける彼女にも、ハヤテへの念話が届いてきている。


『つーことだ! オメェも靖治のことが大事なら、助けに行ってやったほうがいいぜぇ?』

「ご忠告、痛み入ります……しかし!」


 険しい顔で口にしたナハトは、地上に立って剣を構えて何かに備える。その瞬間にも薄暗い木々のあいだを、高速で疾走する黒い影が一つある。

 常人ならば到底眼で追えない速度で駆け回る相手を、ナハトは研ぎ澄ました聴覚で追いすがり、敵の攻撃が来る瞬間に合わせて振り返った。


「この男、背を見せていいような相手ではありません!!」


 刀をかざした瞬間、黒い閃光のように奔った細剣が激突してきて、打ち合わされた刃と刃が甲高い金切り音を奏でられる。

 高速振動するレイピアが火花を散らし、二人の剣士、半天使にして聖騎士たるナハトと、黒き翼を背負う吸血鬼ハングドマンの白面を照らし上げた。


「この――!!」


 レイピアを受け止めたまま、ナハトは左腕にまとわせた呪符から仕込んでいた刃を表すと、腹部を抉るように突き込んだ。

 しかしヒョイと身を翻して刃を避けたハングドマンは、コウモリのような黒翼を羽ばたかせて宙に舞うと、黒い霧のようなものをナハトの頭上に発現させた。

 ナノマシンを集めて作った無数の剣、それが空中にかざされ、ナハトへ目掛けて打ち下ろされる。

 ナハトは負けじと呪符カースドジェイルを裁断しながら伸ばすと、落ちてくる複数の剣を絡め取り、振りかぶった。


「――そ、こォ!!」


 捕まえた剣が即座に投げられ、木々のあいだへ突っ込んでいく。一見して闇雲に投げられたように見える投擲だが、ナハトの眼は確かに闇に紛れた影の姿を捉えていた。

 投げ捨てられた無数の剣の進路上に、絶えず移動を続けていたハングドマンがちょうど飛び出してきた。

 ハングドマンは真っ白な無表情に、少しだけ感心を浮かばせて迫りくる剣を見る。


「ふむ、やるな」


 進行方向を読んでの投擲、並の戦闘技術では追いつかないはずだが、ナハトは軽くこなしてみせた。投げ出された剣のナノマシンを操作するには一瞬足らない。

 即座に回避を選択したハングドマンは空中に飛び上がり、それに追随する形で片翼を広げたナハトが眼前に並んでくる。亡失剣ネームロスを大きく振りかぶるナハトと、緩やかに細剣を持ち上げたハングドマンが再び打ち合った。


 コンマ一秒毎にぶつかる剣戟がまたもや火花を散らす。ナハトが攻め、隙を見てハングドマンが攻め返し、尋常ならざる速度で振るわれる二人の刀剣は、またたく間に百を超えてぶつかった。

 しかし、どう頑張ってもナハトは攻めきれない。刺し違えないならここが限界という最後の一合を打ち合った両者は、一旦距離を取ると地上に着地して油断せずに見つめ合う。

 ハングドマンは背筋を伸ばして優雅に立っているのに対し、ナハトは背を曲げて汗を垂らし、美しい顔に苦しげな表情を浮かべていた。


「強い……! しかも底が見えない……これまで戦った誰よりも得体が知れない……!! こんな男がいるなんて……!」


 人生のほとんどを戦いに費やしてきたナハトにおいてすら、このハングドマンと呼ばれる細身の男は、焦燥をかき立たせる異様な感触があった。

 ハングドマンは白いシャツを来た飾り気のない格好であったが、本人は見た目よりもっと『色』のない男だと感じる。彼の剣には何ら一切の感慨が浮かんでいない。無機質で、果たしてこの無表情な男の胸にあるのは怒りか、それとも喜びか、まったくわからず本性が掴めない。


 だが一つ言えるのは、とんでもない達人であることだけだ。しかもまだまだナハトに見せていない奥の手が、それこそ無限にあるような、底知れぬ雰囲気を感じた。

 無理に倒そうとすれば返り討ちにされてしまうだろう予感が、ナハトに賢明な戦いを強いて、一進一退の状況を長引かせるに至っている。


 そしてナハトは戦えど戦えど理解できない謎多き敵を前に、焦りと恐れと、そして憤りを感じていた。


「何故……そんなにもの力を持ちながら! 何故あなたは、手を貸すのですか!?」


 ナハトは我慢しきれず、戦いの中でありながら糾弾するような言葉を吐いてしまう。

 するとハングドマンは、まるでこの言葉が誰に宛てられたものかわからないかのように辺りを見渡し、ようやく自分に対する叫びだと知ると、慎重に計るかのように口を開いた。


「ふむ……ワタシとラウルのことか?」

「当然です! このような邪悪な魔獣を造り上げる悪逆非道の輩に手を貸すなど、一体何の目的があって!?」


 ラウル・クルーガーについてナハトは名前でしか知らなかったが、それでもその企みが世に仇をなす恐ろしいものであるとは感じ取っていた。

 だが交わした剣に心を澄ましてみれば、目の前の男は酷く空虚で、しかし悪辣さを微塵も感じ取れないのだ。

 ハングドマンは吸血鬼であるというが、その根幹にあるものは邪悪ではないような気がしていた。あるいは彼は、靖治やイリスのような無垢な領域にいる者であるとすら感じる。

 にも関わらず、これだけの力を正しい方向へと向けられないハングドマンに対して、ナハトは憤りとやるせなさを覚えていたのだ。


 強く問いただしてくるナハトに、ハングドマンは緩やかに剣を降ろしながら簡単に答えてくれた。


「簡単に言えば義理だな」

「義理……!?」


 信じられない言葉にナハトが声を荒げる前で、ハングドマンは淡々と順を追って話し始める。


「ワタシは一つ、新しい発明の実験をしていてな。守護者の眼を眩ますものだ」


 ――『守護者』、そのワードが腹の底に食い込み、ナハトは生唾を飲み込んだ。


 ワンダフルワールドに君臨する覇者、人々の営みの土台とも言うべき場所に収まった巨竜。積極的に人の世に介入はしてこないが、それでも守護者を基点としてワンダフルワールドの社会が構築されている。

 呼ばれている名の通り、守護者はこの世界の安寧を護っている存在なのだ。その守護者と競うような真似をするなど、頭のおかしい者だけ。しかも守護者に対して干渉する術を実現したなど、ナハトには噂ですら聞いたこともない。


「おかしいとは思わないか? このヴォイジャー・フォー・デッドは行く先々を死の影で覆ってきて、これから先も世を蝕み続ける。にも関わらず守護者が反応してくる気配がない、本来であればとっくに反応して殲滅されてしかるべきはずなのにだ」

「…………」


 それはナハトも薄々感じていたことであった。この災厄術式全体から感じ取れる並々ならぬ悪意、これ程までに影響力を増した者を、守護者が見逃すのか?


「これはワタシの新作、因果隠し(フォーチュンミスト)が機能しているということだ、ナノマシンと魔術の組み合わせだよ。上手く行ってくれて何よりだ」


 言葉を並べながら、ハングドマンが指を二本立てた。その指の隙間にナノマシンが集まり、魔法陣にも似た円形の紋様を描いたペラペラのシールのようなものが出来上がる。


「それは……」

「よくできているだろう。このシールを貼ればそれだけでナノマシンが魔術式を展開して、守護者の感知能力から隠してくれる。この小型化には難儀したよ」


 驚嘆すべき特異技術だ。そもそも守護者がどういう基準で敵を選び、またどこからでも感知して飛んでくるのか、ほとんど誰にも解明されていない事柄であるというのに。

 それをハングドマンは、完璧に隠蔽する技術を創り上げたというのだ。


「最初に彼の運命を予測し契約を持ちかけたが、これほどまでに世界をかき乱すとはな。カレ風に言えば、ここまでの成果を上げるとは予想以上だ。素晴らしいモデルケースだったとも、おかげで今回の作品は完成の域に達した」


 そう言うとハングドマンはシールを塵に返し、ゆるりと細剣を構え直す。


「だから、ワタシの実験に付き合ってくれたラウルは手助けする。それだけだ。我が友人となってくれた彼に、最大限の誠意をお見せしよう」

「友人など……なんと浅はかな!」


 ナハトは亡失剣を持ち上げると、ハングドマンへ突きつけながら毅然として言い放った。


「アナタが彼奴の友と言うのならば、悪行を諭し、非道から遠ざけるべきでしょうに!! あなたがやっていることは、ラウルという男を不幸の谷底へ見送っているのと同じ! 浅はかな自己満足、その見当違いの善意を正すべきです!」

「ふむ……」


 ナハトは人殺しである自分にこんなことを言う資格はないとも思ったが、それでも善き聖騎士を演じてきた身としてこの程度のことは言えた。

 するとこれを聞いたハングドマンは、見ている方が驚くほど真面目な様子で受け止め、顎に手を当て何事かを考え始めていた。


「……そうなのか? 間違っていたのかワタシは?」

「当然でしょうに!」

「……ふむ」


 一度確認を行い、ハングドマンは神妙にうなずきを繰り返した。


「ふむふむ、ふぅーむ……なるほどなるほど、そういう意見もあるのか」

「……あなた、本当に自分がやっていたことの意味がわかっていなかったのですか?」


 あまりにも飾り気のない感心に、ナハトが思わず素で問うてしまうほどだった。

 やがて結論を出したハングドマンは、手を降ろしてぼんやりとした目でナハトのことを見つめてくる。


「ふむ、なるほど……お前の意見はあいわかった」

「ならば……」

「しかしだ、ワタシはどうにも正しいや間違いなどについて疎いらしい。どちらにせよ、彼を幸福の道へ導くことは叶わないだろう」


 淡々と語ったハングドマンは、感嘆のない様子で細剣をゆるく掲げる。


「故にこのまま行く。わからない以上、本人の判断に任せよう。あくまでワタシは、彼の望みを手助けすることを旨とする」

「……それで善人を気取っているつもりですか? 無秩序に欲望を叶えるなど、その人を破滅させたいも同じ」

「善人などではないさ、善も悪もよくわからぬワタシには無理なこと」


 一片の愛想もないハングドマンの態度に、ナハトは話にならないと感じた。というよりも生きている世界が違う気がする。

 説得は不可能。ならばナハトに今できることは、せめてイリスたちの戦いにこの男の介入を防ぐこと。

 ナハトは顔の前に欠けた刃を構え、研ぎ澄ました視線でラウルのことを舐るように見つめた。


「お覚悟を……もうしばし付き合っていただきます」

「そうか。それがお前の望みなら、ワタシはそれに応えよう」


 ナハトが睨み、ハングドマンは涼やかに受け止める。

 そして白と黒の翼を広げた両者は猛烈な速度で飛び上がり、何千回目かの剣戟を打ち鳴らした。

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