203話『フリーダムアドベンチャーズ』
――――ある男が夢を見ていた。煉獄のような光景だった。地上から燃え上がる火は赤々と煌めいて、黄昏よりも不吉な輝きを映し出している。
森が見えている。丘が燃えている。田畑は実りを一つ残らず火の侵掠に奪われ、家々は音を立てて崩れていく。
そこら中に苦しんで死んでいった消し炭がある。子をかばいながら諸共に火に炙られて死んだ者、川に飛び込んでジワジワと苦しみながら死んだ者。目の前だけでなく、火と死は無限に続いて世界を閉ざしている。
ここに来るまでに、彼は沢山の悪夢を見せられた。
まだ赤子だった頃に死にかけていた彼を拾ってくれた母親が、他の息子たちに裏切られて背中からメッタ刺しにされる様を。
その兄弟たちが何も守れず失意の内に射たれる様を。
故郷に火を付けられ、そこに住んでいた民が炎に巻かれる様を。
彼らを侵掠した者たちもまた無様に死んで逝く様を。
そして共に馬鹿やってくれた二人の仲間が、それこそ本物の馬鹿みたいに呆気なく散りいくさまを。
みんな、無意味に死んでいくのを、見せられた。
故郷は燃えている、世界は燃えている。もうこの世に彼を楽しませてくれるモノはなく、すべては赤い過去の向こう側。
歴史は途絶え、いずれはそこに誰がいたのかさえ伝えられなくなるだろう。
赤い光景の中で、彼は一人ポツンと立っていた。腰元にはお気に入りのM500リボルバー、だがもはやこれで撃つ相手など瓦礫くらいで、なんとやり甲斐のない。
楽しい、苦しい、所詮それは人々の輪があってこそ認識できるもの。人と人との摩擦の中に起きる熱に、ようやく人は己の感情を実感できる。
孤独となった彼に訪れる歓びなど最早ない。
『寂しい光景だことだ』
思考に老人の声が響いた。心に無理矢理介入してくるような、否応がなく感情を突きつけてくる酷い声だ。
彼はただ立ち続けて聞いていた。
『お前を称賛する者はいない。お前の話を聞いてくれる者はいない。喜びを分かち合ってくれる者はいない。お前が達成すべき成果も、胸沸かせる未知も、何もなくなった。この世は空虚だ』
そりゃあ空虚だろう。遺跡に眠るお宝だって、その価値を決めるものがいなければ石ころに過ぎないし、楽しいはずの冒険譚だって聞いてくれる者がいなけりゃ風の唸り声も同じ。
『こうなればもう帰る家はない。向かう場所もない。この世にただ独りで、お前は自分を満たすことはできない。お前は空虚だ、お前には初めから何もない、撚り立つものがなければ何も成せない。群れからはぐれれば何もできない哀れな一匹狼だ。お前が生きる意味など本来どこにもありはしない――』
老人の声は繰り返し無力感を突きつけてくる。
心に流し込まれた憎悪たちが、ウゾウゾと蛆虫のように蠢いて胸に巣食い、その意識をかき乱さんと悪意を持って干渉してくる。
背中におぞましさを感じながら、彼は言った。
「――ハッ、何を当たり前のこと言ってやがる」
阿呆な老人の思念が怖じ気たみたいにビクリと震えて動きを止めるのを感じて、その生真面目さに思わずおかしくて吹き出しそうになった。
鼻で笑った彼はタクティカルベストのポケットからタバコの箱を取り出すと、内から一本出して細長い口に咥える。
「色即是空、空即是色。大切な人や物や意味なんて、オレの脳味噌が『きっとそこにある』ンだって夢見た幻にすぎねえ、家族も仲間どもも、いずれすべては泡沫のように弾けて還る。こんな光景は当たり前の結末だ」
わかっている、意味も価値もすべては無。人の意識が落とした幻の影に過ぎない。
それを嘲笑うエセ賢者様を笑い飛ばして、愚かな彼は舌なめずり。
「だからよぉ、こうなっちまう前に、そこにある夢幻の奇跡を全部、味わい尽くさなくっちゃなぁ?」
この男、人の世の良識は知っていた、安寧を知っていた、その辺りはまあ凡百の人々と同じであった。
だがそれでも、彼の頭は有り体に言えばバグっていた。
海をも飲み込む貪欲さで、無意味とわかる夢すら貪って、なおも足らないと下卑な笑いを浮かべた眼で暗雲を睨みあげている。
「それと一つお前は間違ってるよラウルさんよ。もしこの世界が駄目になったとしてもオレは次へ行くさ。次元光にでも乗って、異世界の百でも二百でも駆け巡って、いつか飽きる時まで夢を見続けるぜ」
自負心なんて欠片もない胸でそれでも言い切って、彼は咥えたタバコにジッポで火を付ける。
肺いっぱいに臭い煙を吸い込んで、胸をかき乱す気持ち悪さを覚えながら。
「まっ、同じ夢ならタバコがある夢が良いけどよ」
タバコは良い。臭いし不味いし健康に悪いし、無意味さの塊だ。
こんな下っだらねえ物をありがたがる馬鹿がいるのなら、まあ同じ馬鹿になって踊ってみるのもいいじゃねえかと、そう思えるのだ。
――――――――
――――
――
「ウッホッホッホーーーーーイ!!!」
「ヒャッッハァァァーーーーッス!!!」
アリサの絶体絶命のさなか、天井から融解した肉の飛沫を散らしながら二つの影が落ちてくる。
戦いの真っ只中に割って入ってくる不埒者たちは、重力任せの一撃でアリサを狙った六本の触腕をへし曲げて、だと思ったら続けて落ちてきた肉液に埋もれてすぐに見えなくなった。
ドロドロの肉の山に潰れた二人に、銃を構えていた靖治も、壁に叩きつけられていたイリスも、間一髪で助けられたアリサも、殺意を漲らせていたラウルも目を丸くして一瞬の静けさが過ぎり、そして肉液を吹き飛ばして、汚物塗れでも衰えない勇姿が現れた。
「ウッホオー!!! 久しぶりの外だウホ! さすがに興奮するウホね!!」
「チーッス! ラウルさん元気してましたかぁー!? 冒険団オーガスラッシャー参上でーッス!!!」
ド厚い胸でドラミングをドンドコ響かせるアロハシャツのゴリラと、フルフェイスのパワードスーツをまとった鳥人が大きく喚いて煩わしい声を響かせた。
その馬鹿馬鹿しい出で立ち姿を忘れようはずもない。
「う、ウポレさんとケヴィンさん!?」
「ど、どっから出てくんのよあんたら!?」
溶けた肉とともに飛び込んできた獣人たちの姿に、イリスとアリサはわけも分からず驚いた。
だがそれよりも驚愕していたのは誰でもない術師のラウルだ。頑強に組み上げたはずの災厄術式で、自由に壁の中を突っ切って現れた者など、これまでただ一人としていなかった。
「ば、馬鹿な……!? 我がヴォイジャー・フォー・デッドは、死を求める嘆きを集めて作った不屈の砦! そう安々と壊せるものではない!! しかも何だこの穴は……いつの間にこんな……ワシが気づかんハズがない……!?」
天井の穴はずっと奥へと続いていて、長距離に渡って人が移動できる空間が広げられていた。ただの腕力で作れるものではないし、こんなことをされればすぐさま報告がラウルへと届くはずだ。
老人が驚いているあいだにウポレとケヴィンは体にへばりついた肉のヘドロを払い落とし、イリスとアリサは靖治のいるところにまで後退して体勢を整える。
今までにない異様な空気が漂う中、不思議な声が一同の頭をよぎった。
『ブッハハハハハハ! ドッキリ大成功~ってか!? いやぁ、ご苦労サンだぜ皆の衆。どうだい爺さん度肝を抜かれる感覚は? いったい何百年ぶりだぁ!?』
こんな下品な声が幻聴であるはずがない、あったなら多分人として終わってる。この人生エンジョイ勢たる笑い声は念話によるものだ。
聞き覚えのある男の声に、靖治は天井を仰いで彼の名を呼ぶ。
「この声はハヤテ……!? ウポレさんたちと一緒じゃないと思ったら、アンタどこにいるんだ!?」
『ククク、聞きたいかね靖治クン。いやぁ、オレとしちゃあお前さんが来ることのほうが驚きだったね。いや、そうでなくっちゃだ。それくれえ世界を引っ掻き回して貰わねえと、こっちとしても張り合いがねえぜ』
間違いなく、声の主はウポレとケヴィンの仲間であり、冒険団オーガスラッシャーの筆頭であるところのハヤテに違いなかった。
質問に答えずグダグダと高説垂れるハヤテへと、傍から聞いていたラウルが苛立たしそうに肘掛けを拳で叩いて叫ぶ。
「だから貴様はどこにいるというのだ!!」
『知りたいか? 知りたいかぁ? それはなあ………………この術式の中枢!! 肉樹の内部だっぜぇー!!』
予想だにしない答えに、靖治たちとラウルはあんぐり口を開けてしまった。
一体どうしてそんな場所にいるのか、混乱する頭で必死に考え、やがてラウルは一つの結論に達する。
「肉樹の中……? いや、まさか……貴様……!」
ラウルが記憶の糸を辿ってみると、そう言えば一週間ほど前に犬猿雉を喧伝するアホらしい三人組が現れて戦闘したことがあった。
だがラウルは問題なくリーダーらしき狼の獣人を倒して悪夢を見せ、ヴォイジャー・フォー・デッドの通路の下に沈んでいくのを見送ったはずだ。
そして残りの二人はどこぞへ逃げ隠れして、どうやら災厄術式内部に留まっていることを把握したら、そのうち食料が尽きて出てくるか子蜘蛛なりゾンビ兵なりに殺されるだろうと思い放っておいて、そのまま存在を忘れていたのだった。
しかしこの念話の主が肉樹の内部にいるというのならば――いや、通常ならば考えられないことだが――答えは一つしかない。
「貴様、我がヴォイジャー・フォー・デッドの悪夢に取り込まれながら、自我を保って術式をハッキングしたのか!?」
『ハイ、ピンポンパンポンポーン!! ラウル爺さん大正解ー! 他の奴らが死なせてくれぇ~って大絶叫してるのを、絶賛観覧中でーす!!』
だがありえるのか、万葉靖治のように悪夢に打ち克つのですらなく、一週間にも渡って無防備に耐え続けるなど。
しかし現にハヤテはやってのけたのだ。
数多の悲惨を見せられ、心の髄を侵す闇の囁きを聞かされ、けれども一切衰えることなく自分らしく生存してみせた。
『夢に取り込まれて待ってりゃ、勝手に中枢までどんぶらこと送ってくれたんだもんなぁ。楽なことこの上なかったぜ。まぁ、オメェの魔術に体が溶かされねえよう、霊力を循環させて身を守るのは手間だったけどよ』
「馬鹿な!? 我が憎悪を流し込んで、耐えられる者など……!?」
『クケケケ、つっまんねえ夢で欠伸が出たぜ! まぁ、お前から感じ取れる憎しみの渦はちっとは聴き応えあったけどよ。ポップコーン片手に見るゴア映画くらいは楽しめたな!』
「ありえん……ありえぬわ……!! 我が憎悪が、こんな軽薄で誠実さの欠片もなさそうな男に及ばないなど……!?」
ラウルは言葉を失ったという様子で、怒りの形相で頭上を睨みつけている。
悪の親玉を小馬鹿にして楽しそうにしているハヤテに、靖治が続けて問いただした。
「おいハヤテ! 何でキミらがここにいんの!?」
『オイオイ、忘れたかいセイジぃ? オレらぁ、どこに用があるって言ってた?』
「……あっ! そういえば四国へ行くって!」
以前、靖治がハヤテと顔を合わせたのは、ナハトと二人で行動してスライムヒューマンの地下都市にたどり着いた時だ。
旅立つ彼は別れ際に「四国に野暮用がある」と言っていたのだ。
そしてハヤテの導きでウポレとケヴィンが現れたということで、もう一つの事実にイリスが慌てた声を上げる。
「ということは、まさか……先に潜入して、ずっと隠れてたのですか!?」
「その通りだウホ。一番に取り込まれたハヤテが、術式内部に空洞を作ってくれて、その中で確実なチャンスが来るまで隠れ潜んでたウホ」
災厄術式を部分的に制御したハヤテは、本来は肉で埋まっている場所に空洞を作り、最低限の空気穴とボットン便所だけ用意してウポレとケヴィンを押し込んだのだ。
狭い密室から開放された二人は、ここにある自由に動けるという快感から嬉しそうに声をはずませる。
「いやー、しんどかったー。アニキも美人の一人くらいあそこに助けてくれりゃよかったのになー」
「ウホ。水も食料もとっくに尽きて、飲み物も小便のろ加水だったし、そろそろ限界だったウホ。セイジたちが来てくれてちょうど良かったウホね」
「終盤はフィルターも濁って半分以上黄色かったもんなー。あー! ヤキニク喰いてえッスー!!」
「キモッ!? ちょっとアンタら近づかないでよ!?」
アリサは気持ち悪がっているが、長期間密室の極限状況を生き延びてこうしてヘラヘラ笑っていられるなど並大抵の精神力ではない。二人もまた一流の冒険者であった。
ケヴィンは顔のメットをパカッと開くと、靖治へと振り返り、胸の辺りを手で持ち上げる動作をして見せる。
「それでセイジックン!? ナハトさんは!? パイオツデッカーなナハトの姐さんは!?」
「ナハトなら別の場所で戦ってるよ」
「えぇー、ナニソレェ……せっかくナハト姐さんのクールビューティフェイスとセクスィーな背筋を拝めると思ったのに。テンション下がるわぁ」
ガックシと肩を下げて落ち込むケヴィンの背後からは、触腕を再生させたラウルが言葉なく襲いかかろうとしてきていた。
先端を鉤爪状に変化させた六本の腕が殺意を向けてくるが、ケヴィンは背中のセンサーで攻撃を感知し、メットを閉めると超高速で動き出す。それをわかって隣にいたウポレは何もせず後ろに下がるだけだった。
「よっこいしょおっと!」
一人空中に身を躍らせたケヴィンは、時間加速による超常的な舞踏を行い、パワードスーツの両腕に付いた羽状のブレードで六方から迫る触腕を切り裂く。
奇襲を蹴散らした後はそのまま攻撃に転じ、華麗なステップを踏んでラウルへと接近して右腕のブレードを突きつけた。
生憎、この直接攻撃はラウル自身の左手で防がれて致命打とはならなかったが、手を切られたラウルは傷口から煙を吹き上げ、車椅子を下がらせながら忌々しそうに頬を引きつらせる。
「ぐぅ……痛みを忘れた我が肉体がわずかだが痺れを感じるとは……貴様、まさか……!?」
ラウルがケヴィンのことを睨む。伊達男な鳥男の右腕には羽を模したブレードが複数枚装着されているが、そのうちの一枚、もっとも前側に付いた刃だけは他と違う色合いをしていた。
光沢の薄いどこか古ぼけた刃を、ケヴィンは頭上に掲げて得意げに口を開く。
「へっへーん。オレらも何もせず隠れてたワケじゃないもんねー。ずっとアニキが、この術式に残ってた武器をかき集めてくれてたんスよ!!」
『無念を帯びた武具を土台にするっつー、魔術的な意味もあるんだろうな。先に負けちまった奴らの装備が、術式の底にたんまり沈んでたぜ。そこから使えそうなのをちょいちょいっと動かして持ってきたのさ』
「見よ! このブレードの内一本は、由緒が捻れまくってそうな危ない魔剣を加工して、パワードスーツに取り付けたものなのだぁ!! いや~ん、オレっちってばカックE~!!」
この災厄術式ヴォイジャー・フォー・デッドは、遠く海の向こうから多くの島国を侵略しながら日本までやってきた。その間にも大勢の冒険者が挑み、そして散っていった。
彼らは肉樹に取り込まれるか、殺されたあと手慰みにゾンビ兵へと改造されるかであったが、彼らの使う武器などについては、ラウルが無造作に術式の奥底に沈めていたのだ。
普通ならそれで問題はない。ラウルは別に武器のコレクターでもないし、それらを使いこなせるわけでもない、ならば下手に捨てるよりかは術式の中に取り込むほうが合理的ではある。それを勝手に拝借して使うほうが頭がおかしいのだ。
あまつさえ、機械兵器であるパワードスーツに、そんな呪術的な武器を組み込んで扱うなど。
「つくづく馬鹿な! その手の装備は、長大な歴史と深き執念の上に成り立つもの。形を変えて在り方を捻じ曲げれば崩壊して然るべきなはず……!」
「そんなのやり方しだいなワケよ。魔道兵装から概念兵器まで、カワイコちゃんを愛撫するみたいにぃ、優しぃーく加工してあげれば良いのよん」
何気にハイレベルな技術を見せびらかすケヴィンに、後ろで見ていたイリスも大変驚いた様子で声を震わせた。
「わ、私も異世界から来た武器の加工にはチャレンジしてみたことありますが。どれも一瞬で壊れたり、爆発したりしましたよ!? 戦艦の設備が壊れちゃって大変だったのに!?」
「ウホ、ケヴィンはあれでも超一級のエンジニアウホ。アイツに扱えない装備はないウホね」
簡単に言いながらウポレはアロハシャツの下に手を伸ばすと、裏側から白いナックルダスターを取り出して太い右手に装着した。
「そしてこれはウポレの持ち込み品ウホ」
単純な武器を握ってウポレが走り出すと、当然ラウルはそれを迎撃するために触腕を伸ばして中距離から打ちのめそうとする。
だがウポレは床を踏みしめると、ナックルダスターの付けた右手からスナップの効いたブローを放ち、逆に襲ってきた触腕を叩きのめす。
すると衝撃を受けた触腕は、穴の空いたスチーム管のように内側から構成する肉を噴出させ、バタリと床を這いラウルにも動かせなくなった。
「このっ……我が術式を狂わすそれは……!?」
「ウポレの故郷に住まわす森の神から祝福して貰い、牙と骨を加工して作ったメリケンサックウホ。邪気を払う力を持つウホが、邪な野望を持つお前にも効くウホね」
各々がこの場に相応しい武器を取り出して立ち向かってくる姿に、ラウルはこれまでにない最大級の焦りを感じてしまっていた。
拙い。先に戦っていた機械少女と異能者よりも、新たに現れた二人の獣人のほうがはるかに厄介だ。
悪意を増加させたラウルにとって、正しさや怒りなどを糧として強くなった者ほど手玉に取りやすいが、こういう身勝手な馬鹿は相手にし辛いことこの上ない。
ここは退くべきだ。まず中枢から術式に干渉してくる狼の獣人を排除し、それから一手一手慎重に追い詰める。ここは己の城、体勢を整えればやりようなどいくらでもある。
『おぉっと、逃さねえってばよおじいちゃん!!』
しかしラウルが移動しようとした瞬間、足元の床がすり鉢状に融解を始め、ドロドロの肉の液に車椅子の車輪が沈んでしまった。
「床が泥のように……うまく動けん……!」
『まったく、硬ってえ術式だなぁオイ。一気に通路を閉じてぺちゃんこにでも出来りゃよかったのによ、一部の材料を硬化前に戻すのが精一杯だ』
それだけでも今のラウルには十分なほど有効な戦術であった。
盛大な嫌がらせをしながらハヤテは更に術式内部を操作すると、術式内部を伝わらせて別の道具を送り込み、通路の天井からズブリと落っことした。
眼の前に落ちてきた武器にアリサは驚いてたたらを踏み、イリスはまじまじとそれを見つめる。
「きゃっ!?」
「これは……!?」
『後はそんくらいだ、お前らも好きに使ってぶっ潰しちまえ!』
「どっちも調べた感じ、不死殺しには最適そうなやつッスよ!」
用意されたのは二つの装備。
イリスは真っ先に、床に突き刺さった機械的な棒状の武器を手にとった。




