表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
211/235

202話『闖入者』

 イリスとアリサが戦闘態勢を取ったままラウルと睨み合う。イリスは白銀の拳を握り込んで前に出し、アリサは背中に魔人アグニを顕現させて飛びかかる寸前の肉食獣のように背を曲げている。

 ラウルはそんな二人を前にして悠然と車椅子に腰掛けていた。しかしその眼光はカミソリのように鋭く、安易に踏み込めば手痛い反撃を受けることは見えている。

 緊張を維持してイリスとアリサは機を伺う。靖治は二人の後ろで首から提げたアサルトライフルを握ったまま、暴発しないよう人差し指を立てて見守っていた。


 静寂が続く。この肉の魔獣の外側では災厄術式そのものとガネーシャ神の死闘が続いているだろうが、異空間化した体内には振動すらも伝わってこない。

 機械であるイリスは微動だにせず、いざとなればすぐに関節を走らせるよう備える。アリサは鼻につく微妙な臭気が癇に障るったが、そんなものに気をそらされないように眉を締め付けていた。


 長いようで短い時間睨み合っていた時、通路の肉壁の向こうから何かを叩くような小さな異音が聞こえてきてラウルが視線を反らした。


「今のは……?」


 瞬間、イリスとアリサは自らの体に闘争の火を投げ込んだ。


「――行きます!!」

「おぉ!!」


 イリスが太もものスラスターを吹かして電撃のように走り出し、アリサも勇ましく答えながら後に続く。

 一瞬、隙を見せていたラウルであったが、この突撃には素早く反応した。視線を戻すよりも早く車椅子の背後から伸びてきた一本の触腕が、接近するイリスは薙ぎ払おうとする。

 しかしイリスは床をダンと強く蹴って跳び上がると、通路の天井を更に蹴ってラウルへと殴りかかった。

 初撃の殴打が老いた頭部に命中しようとした直前に、宙空に開かれた魔法陣が防壁となってこれを防ぐ。


 ならばとイリスは姿勢を低くすると、迷うことなく身を横に退いた。その背後にいたのは、熱拳を構えた魔人であった。


「吹っ飛べええええ!!!」


 アリサの号令に准じて豪快に振るわれた魔人の腕が、拳型の熱拳となって射出されラウルの防壁に衝突、爆炎を撒き散らした。

 今の攻撃で魔術防壁は崩壊したが、ラウル自身はまだ無傷。しかしこれで終わるはずがないとラウルが感覚を研ぎ澄ませると、炎に紛れてラウルの左脇へと回り込んできたイリスが火の粉を脱ぎ去って現れた。


 全身にまとった電磁バリアで炎から身を守ったイリスは「でえい!!」と拳を打ち下ろす。だがラウルは見もせずにこれを察知すると、車椅子から二本目の触腕を生やすと拳を正面から受け止めてみせた。

 ラウルは顔を正面に向けたまま、視線だけをすべらせてイリスのことを睨みつける。


「お前、その身からは生命力を欠片も感じない、さてはサイボーグですらないただの機械だな? ロボットごときが、命の大切だとでも?」

「ロボットだからこそ言うんです! あなたが死の奇跡を求めるというのなら、鉄の身体に命が宿ることだって奇跡でした! それなのに、あなたはそんな訳のわからないことのために、たくさんの命を踏みにじる……」


 問答の合間にもラウルの触腕は三本、四本と増えていき、イリスの身を狙って鞭のように風を切って迫りくる。

 虹の瞳いっぱいに映り込む肉の乱舞を前にして、イリスは腰を落とすとたじろぐことなく拳を振るい、襲いかかる触腕を片っ端から打ちのめした。


「電子の狭間からありえない命を手に入れた身として、あなたの行動は絶対に許容できません!!」


 始めは天羽月読の魂を開放するために赴いたイリスであったが、もはやその事を抜きにしてでも打ち倒さなければならない『敵』としてラウルを見ていた。

 こんな人間の悪意にイリスは負けたくはなかったし、靖治のことを巻き込ませたくはなかった。

 かつて助けられなかった天羽月読の安寧のために、そしてこれからを生きるために、イリスは眼の前に現れた壁を打ち砕いてみせると決意していた。


 イリスが睨む前で、突っ切ってきたアリサがミニスカートをはためかせながら膝蹴りを叩き込んできた。アグニに任せたパワープレイが得意である彼女には珍しい戦い方だが、詰めのことを考えて直接攻撃を試す必要があった。

 ラウルは枯れ枝のような腕をビクリと震わせて持ち上げると、自らの手でアリサの膝を防ぐ。だが卓越した触腕の操作と違って自身の動きは不慣れらしく、綺麗に受け止めることはできず手首は圧し曲がりゴキリと嫌な音が響いた。


 手首の関節を壊されながらも、ラウルは痛痒を感じぬのか面白げに笑いを漏らし、アリサのことを睨み上げる。


「小娘! お前も命の大切さを気取るか!?」

「うるせえ!! ンなもんどうだっていいのよ、このあたしを怒らせやがって!!!」


 アリサは後ろに浮遊してわずかに距離を取ると、魔人アグニの口内から熱線を吐き出させた。

 凄まじい熱量の攻撃に対し、ラウルは車椅子の片輪を浮かせて車体を傾け、ギリギリのところで躱した。

 外れた熱線で床を蒸発させ、円形の穴を作りながらアリサは叫び散らす。


「あたしはねえ、アンタがムカつくからぶっ潰すのよ!!」


 アリサはイリスのように純粋なわけでもなく、ナハトのように正しい行いを求めるつもりもない。

 ただとにかく、サキを虐げた目の前の男が心底気に食わない。それだけで魔人を奮わせるには十分すぎた。


 傾く車椅子からいきり立つアリサと魔人を見上げて、ラウルは冷たい顔で周囲の状況を把握しようと努めていた。感情的な側面を見せびらかす彼も、こと戦いにおいては冷徹だ。

 熱線の余波で車椅子が若干溶けているが問題はない、もとより人間に含まれる鉄分を寄せ集めて作った車体だ、多少の損傷はすぐに修復ができる。

 ラウルは己と戦う二人の位置を探知魔術により常に把握し、身もせずに彼女たちの行動を抑制する。車体から生やした四本の触腕から二本を背後へと振るってイリスを足止めし、残る二本をアリサへと向けて先端を棘状に変化、飛び道具として射出した。

 当然、アリサはこれを魔人の拳で殴り払う、だがその大振りの行動こそ弱点だ。


 ラウルが触腕の一本に魔力を集中させ、高速の刺突を繰り出した。浅黒い肉の槍がアリサを刺し貫かんと差し迫る。

 喉元に迫る悪意を前にして、アリサは後ろに引きながら大声で叫んだ。


「セイジ!」


 アリサの声が響いた瞬間、三発の弾丸が続けざまに飛来してラウルの腹部に突き刺さった。

 腹に溜まる銃弾の重さにラウルは車椅子の上で体勢を崩し、肉の槍も照準がブレてアリサに紙一重のところで避けられる。ラウルは咄嗟に銃声が鳴る方向へと視線を向けた。


 流れる視線の先にいたのは、静かにアサルトライフルを構え、銃口から硝煙を上げる靖治の姿だ。

 靖治には卓越した射撃技術などなく、乱戦の中では発砲しても味方に当ててしまう危険性から何もできずにいた。だがそれでも、一瞬のチャンスを逃さないために冷徹な心でその瞬間を待ち続けていたし、呼べば彼は応えてくれることをイリスとアリサもわかっていた。


 イリスとアリサは今こそが勝機だと確信した。イリスは攻撃を掻い潜ってラウルの背後から接近すると、四本の触腕を根っこから腕で抱え込み、機体内部でコアから電力を発生させる。


「私は、こんなこともできるんですよぉおおお!!!」


 イリスの叫びとともに白銀の腕から紫電が迸った。溢れ出る電流が四本の触腕に叩き込まれ、肉を操るラウルの魔術式が電撃という物理的要素に阻害される。

 攻撃の手を封じられたラウルへと、アリサが空中から飛びかかった。


「ブッ殺す!!!」

「できるものか!!」


 ラウルは今ある触腕に回していた魔力を別方向へと切り替え、瞬時に追加の触腕を二本作り出し、アリサを叩き落とそうとする。

 しかし咄嗟の防御行動故に、敵の隙をつく突然さを欠いた動きだ。アリサは魔人アグニを燃え上がらせると、猛々しい熱拳で触腕を殴らせねじ伏せる。


 これでアリサから見てすべての障害はなくなった。アリサは腰のポーチの蓋を指で弾いて開くと、中から布でくるまれた二本の棒状の物体を取り出した。

 包みが剥がされて両手に握られたのは、黒光りする光沢を放つ二本の魔釘。不死滅殺の魔道兵装。


「往生しろってのよぉ!!!」


 対不死の必殺兵器を頭上に掲げたアリサが、とうとうその鋭利な刺の先をラウルの脳天へと振り下ろした。

 アリサの持つ異能の力を原動力として吸い上げた魔釘は、表面に青白い魔力回路を発行させながら機能を発揮し、不死を殺す数多の秘術を内部に再現。忌敵を滅ぼさんと内部機構を熱く震えさす。


 しかし恐ろしい殺意にもラウルは負けず、悪意を持って嗤い返す。


「馬鹿め、そんなものは見飽きたわ!」


 ラウルのまとう外套の下から数匹のコウモリが飛び出したかと思うと、宙を羽ばたきアリサの持つ二本の魔釘へと殺到した。

 黒いコウモリに魔釘かじられた瞬間、その内部から異様な感触を覚えて、アリサは悪寒に目を見開かせる。


「これは――マズッ!?」


 慌てたアリサが魔釘から手を話した時には、不死滅殺の兵装は『ボン』と音を立てながら爆発し、破片を辺りに散らばらせてしまった。

 破裂した鉄の破片を見て、イリスとアリサは愕然とした顔に鳴る。これはつまり、今この瞬間において不死者を殺せなくなったということだ。


 どうするか、戦闘を継続するか、逃げるか。逃げるとしてもどうやって――!?


 迷いが生じた瞬間を、ラウルの悪意は見逃さなかった。電撃による拘束が緩み、再び自由を得た触腕を振るってイリスを振り払う。

 更には空中で戸惑うアリサに対して、軽六本の触腕を別々の方向から同時に突き出した。


「古来の処刑のように、串刺しにして晒し者にしてくれるわ!!」

「ぐっ……!?」


 ヤバいと命の危険を感じるアリサだが、魔人アグニだけではこれほどの同時攻撃を捌くのは困難。イリスも弾き飛ばされた直後でフォローに回れそうにない。

 こうなると現状での頼みの綱は後方で銃を握る靖治くらいだ。当然、彼もできることをしようと銃口を向けていたが、この土壇場で触腕を撃ち落とせるような神業的な射撃などできようはずもない。


 せめて一瞬でもラウルの気を反らせれば――そう考えながらトリガーを引こうとした靖治だが、一人だけ距離を取っていた彼だけが、これから起きる異様な現象を眼にしていた。


「あれは――天井が――!?」


 ラウルの頭上にある肉の通路の天井が、まるで限界まで水を入れられた水風船のように膨らんで落ちてきていたのだ。

 状況が理解できず戸惑う靖治が見ている前で、膨れ上がった天井は破裂し、内側からビチャビチャと溶けた肉のヘドロを撒き散らしていく。

 その生臭い液体の中から飛び出てくる二つの影があった。


「ウッホッホッホーーーーーイ!!!」

「ヒャッッハァァァーーーーッス!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ