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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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201話『奇跡を願う悪意』

「人にはそれぞれ、生まれた時からその人生を決定づける因子が備わっている。凡百の人間であれば取るに足らない程度のものだが、中にはとてつもない可能性を秘めて生まれてくる者もいる。それは例えば英雄の因子! 救世主の因子!! 殺人鬼の因子!! だがそれは強制力を持つが”絶対ではない”」


 ラウルは細長い老いた指を立てると、靖治へと真っ直ぐ向けて指し示す。


「故にワシは探していた、”死の因子を持ちながらも、死に飲み込まれていない人間”をだ。死に触れた者、死を識る者、死の超克者! それがお前だ、万葉靖治……お前の因子を結びつけることで、我が『ヴォイジャー・フォー・デッド』は真の災厄として完成する」


 死の因子という言葉は、靖治は元よりイリスとアリサの胸にもすんなり馴染んだ。万葉靖治という男は、それほどまでも"死に親しすぎる"。

 赤ん坊の頃から死の淵を垣間見ながら生きてきた彼が、そういう他の人とは違う何かを持っていて当然とも感じた。

 だが問題は、その靖治をどう利用しようというのかだ。


「そんな特異な性質の人間を手に入れて、お前は何をする気だ」

「なに、不死としてはありきたりな話だよ。死にたいのだワシは……ところでお前たちは奇跡を信じるか?」


 靖治からの問いを一旦置いて、ラウルは至極真面目な顔をして語っている。


「ワシは信じておる、数多の人々の想いが一つのもとに結集した時に、何かが起こると、年甲斐もなく思っておるよ。何よりこのワンダフルワールドと呼ばれる世界は、奇跡を呼び起こすのに相応しい土壌をしておる。あらゆる異世界から来訪せし様々な能力者、悪魔、天使、妖怪、魔神、異形、神、あるいは邪神まで、この世界は特殊な力を持つ者たちで溢れておる。そしてそやつらの肉体を通して染み出した、物理法則をも超える魔力が、この世界には天に地に満ち満ちておる」


 イリスが身に覚えのある話に、自らの握った拳に視線を落とす。


「私のフォースマテリアルも……」


 イリスの動力もまた、ラウルが唱えたようなこの世界に満ちた異能素子を集め、合成し、フォースマテリアルとして活用することで成り立っている。

 フォースマテリアルは感情によって力を引き出す、ならその元となるワンダフルワールドの土壌自体に、人の意思を受け止める力があると言われれば納得だ。


「そんな世界でなら、同じ切実な願いを持った者たちが、何万何億と集まれば、なにかが起こると思わないか?」


 ラウルの打ち出した結論を予感し、靖治たちは目の色を変えて息を止める。


「我が災厄術式に取り込まれた50万人分の魂を集めた樹は、みな一様に死を望んでいる。それらの願いがこの世界の特殊性により奇跡のカタチを得たならば、想像だにしない形態で死は顕現するとは思わないかね?」


 信じた奇跡に泥を投げかけるような、途方もなく悪性に塗れた実験に、靖治たちは一様に吐き気を覚えた。

 ラウルはニヤニヤと頬を吊り上げて気味の悪い笑みを作りながら、純粋な期待を胸に抱いている。


「楽しみだなぁ、どんなことが起こるのか。この世界のみならず、他の世界に十や二十は滅んでしまうやもしれんな。想像しただけで胸が打ち震えるわ。その時にこそ、死を奪われてこんな体にさせられたワシも、迎えられなかった死に到達し、その祝福を得ることができるであろう」


 なりふり構わず、あまねく命のすべてを踏みにじらんとする悪意。街の一つや二つに収まらない、この男は本気で世界を滅ぼしてもいいという気持ちで動いている。

 底知れぬ呪詛を垂れ流す老人を前にして、イリスは機械の身でありながらも未知の恐怖を覚え、体が僅かに震えるのを感じていた。


「この人は……一体……!?」


 その老いた体のどこからそこまでもの憎しみが出てくるのか、どうしてそこまで他人を傷つけて平気でいられるのか、イリスは怯えを含む嫌悪感に気圧されそうになった。

 対してアリサは強い怒りを覚えたようで、表情をきつくしてラウルのことを睨みつける。


「ふざけんな!! んなことのためにサキが死んだってのか!? そんだけ皆殺しにしまくって、それだなんの得があるってのよ!?」

「さあな、それはやってみなければわからんよ。ワシとて実際にどういう形で事が達成するのかわかっておらんのだからな」


 語り終えたラウルは笑い声を漏らしながら、ここまで黙って話を聞いていた靖治を手繰り寄せるように伸ばした指を引いた。


「クッフフフフフフ……ワタシの思想に賛同するのなら迎え入れてやっても良いぞ? 我が下に来たらば、共に世界を死の霧で覆おうではないか」


 その言葉に、靖治は眉を吊り上げて答えた。


「そんな話に同意すると思うかい? 僕たちはアンタの馬鹿げた侵掠を止めに来たんだ」


 靖治は下らないと唾棄した。当然だ、靖治は死の価値を信じているからこそ、生の体験を追求している人間だ。好き好んで殺戮などしたくもない。

 人としてあまりにも当然の拒絶に、ラウルはあからさまにショックを受けた顔をして肘掛けに手を戻した。


「……残念だ。あるいは死の因子ならば、我が理想もわかるやもと思っていたが」


 うつむく顔を見て、コイツは感情的な男だと靖治は思った。人を馬鹿にする態度、死を求める行動、そのすべてが論理的でない刹那的な勘定によって導かれている。


「そんなに死にたきゃそこに直れ。僕らが楽に逝かせてやる」

「フッフフ……嫌だな……死は欲しいが、無為に殺されたくはない。何も達成することもできず死んでいくのは嫌だ。足りん、それでは足りんのだ……」


 嘲笑と共に顔を上げたラウルは車椅子の上で踏ん反り返りながら、恥ずかしげもなく口にする。


「成果を、我が長大な人生の末の成果を。さもなくば、どうしてこんな身体になったのかわからんではないか」


 そのために他人を踏み台にする姿に、靖治は憤りを覚えて静かに目を細める。


「イリス、アリサ、僕はコイツを許せない。そんなことのために命を弄んで良いはずがない。なんとしてもコイツはここで止めるぞ」

「ハイ、靖治さん。私も同じ気持ちです!」

「当然よ、こんなやつ」


 イリスは怖気を振り払って声に火を灯し、アリサもまた戦意を高ぶらせる。


「とは言え厄介よ。不死な上、イリスのフォースバンカーにふっ飛ばされた傷もとっくに治ってる。この再生力、不死の中でも相当上位……! ミンチにした程度じゃ死なないだろうし、アグニの火でも多分殺せない」


 ラウルの左胸はさきほどイリスにまるごとふっ飛ばされたが、すでに完全な治癒が終わっている。不死の中には心臓が弱点というのはままあることだが、ラウルはそうではなく、この時点で低位の不死者とは一線を画している。

 やつを滅殺するには不死を殺すための特別な武器がいる。


「となればアレか……あのラウルとかいう男は、僕のことをすぐに殺しはしないだろう。ならそのぶん強気に攻めれる」


 靖治の言葉を聞き、アリサはポーチに手を這わした。この中には不死滅殺の魔釘が二本入っている、ここにいるメンバーで魔釘を使えるのはアリサだけだ。

 幸いにも敵は靖治を生きたまま利用しようとしている、ならば靖治の護衛は必要ないだろう。イリスとアリサ、二人同時に前へ出て戦える。


「アリサさん、私が援護します」

「よし、突っ込むわよ……!」


 イリスが拳を構え、アリサもいつもより前へ踏み出して、いつでも走り出せるよう重心を落とす。

 先程までとは微妙に違う戦闘態勢に、思惑を見て取ったラウルは腹の底で笑っていた。


(ククッ、来い……例の不死殺しの魔釘は既知の装備だ。それを狙ってきたならば、その湯だった頭にカウンターを来れてやる……)


 ラウルが現在身にまとっている黒い外套は、ハングドマンがナノマシンで作ったものだ。つまりこれそのものが魔釘による不死殺しへの対策となっている。

 まだ見ぬ他の手を目の前の二人の少女たちが持つ可能性を考慮すれば、これだけでは油断できるものではないが、隙を作り出す大きな布石なのは確かだ。


(安穏にのぼせ上がった若人どもの脳髄に、我が憎しみを叩き込んでやるわ……!)

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