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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
209/235

200話『姉へ、おやすみ。世界へ、おはよう。』

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしマッスル。


 2020/01/04追記

 ごめーん、精神状態が完膚無きにすぐれないので今日と明日やすみまーす。

 投稿は6日予定です、送れてスマンマックス。

「――――ここは」


 暗闇に包まれた直後、靖治の意識が見た世界は、とても懐かしい光景だった。

 白い壁、LEDの室内灯。空いた窓からは風が入ってきて、遠くから自動車の音が届いてくる。

 壁際に置かれた棚の上には暇を持て余して作ったロボットのプラモデルが並んでいる。個性豊かな機体達はどれもカッコいいが、心臓の病気だった靖治は興奮を避けるためにその一つも原作アニメを見たことはない。


 ここは靖治が入院していた病院だ。彼にとっては家よりもよほど慣れ親しんだ場所であり、生涯でここにいた時間がもっとも長い。そこに靖治は、入院時のラフな服装でベッドに身を起こしていた。


 思わず、靖治はベッドの上で呆然とした。おかしい、ここはもう己の居場所でなく、現在の自分はイリスたちと共に戦いの中にいたはず。

 いやに現実感がある気がするが、こんな光景はもうありえないのだ。

 どうしてこんな場所にいるのか、ぼんやりした頭で振り返った時、思いもがけない顔を見つけた。


「ぁ――――」


 窓から入ってくる風の中で、まとめられた栗色の髪と白衣が揺れている。


 ――――姉がいた。万葉満希那が、靖治の幼少の頃より一人で面倒を見てきてくれた唯一残った家族が。

 研究者らしい白い白衣、栗色のポニーテール、顔に掛けられた眼鏡は靖治の眼鏡の色違い。

 そのどれもが間違いなく、靖治の記憶に残る満希那であり、彼女はベッドの横で椅子に座り、わずかに顔をうつむけていた。


 靖治は1000年の時を超え、その時にこの光景のすべてを諦めて捨て去ったはずだ。決して戻らぬ場面に立ち返った靖治は胸が詰まり、郷愁の念で心がいっぱいになった。

 わかっている、これは現実ではない。だが並外れた精神性を持った靖治といえど、まだ16にも満たぬ子供なのだ。

 涙がこぼれそうだ。油断してはならないはずでも、愛しい家族を前にして気を緩ませずにはいられなかった。


 ここを離れた時の靖治は未来に無限の希望を夢見ていた。病気を治し、未来の地に立ち、新しい人生を再スタートする、新しい学校、新しい友だち、今まで手を出せなかったいくつもの遊び、数え切れぬ期待に胸を膨らませていたが、それでも一方で、哀愁もあった。

 あぁ、この愛深く頼もしい姉といつまでも共にいられれば、どんなに良かっただろうかと、そんな想いもあったのだ。


 例え夢でも、この場面にいられることは望外の喜びであった。

 靖治は固まっていた肺に酸素を取り込み、目の前にうつむいた姉へと震える声で話しかけようとした。


「ね……ねえさ――――」

「どうしてお前は生まれてきた、靖治」


 靖治の言葉が喉の奥へと押し返される。聞いたことのない、ドス黒い感情の渦巻いた姉の声。

 うつむいた満希那の顔はよく見えない。靖治が黙っていると、彼女は次いで喋りだす。


「お前が生まれてきてから、私の人生はすべておかしくなった。病気で何もできないくせに、無駄に生まれてきて、金と時間を私たちに消費させた。医者たちにもうすぐ死ぬと言われながらも、しぶとく生き続けて私たちの家庭を引っ掻き回した」

「姉さん……?」


 満希那は首をダラリとしながらも頭を上げて、ギラついた瞳で靖治のことを見つめてきた。

 危険な光を宿る眼に加えて、そばかすの散った顔は生気が感じられないほど病的に青白い。7歳の頃に父さんと母さんが事故で死んだ時のようだと靖治は思った。


「なあ、何でだ? 何でお前のせいで私が苦労させられなきゃいけなかったんだ? お前のせいで私は学校の友達ともほとんど遊べなかった、大学で彼氏も作れなかった。ずっと前の介護にかかりきりで、私らしいことを一つもできやしなかった」


 そのどれもが本当のことで、靖治は何も反論できなかった。満希那は靖治のために身を尽くしてくれて、彼女自身の幸せを蔑ろにするしかなかった。靖治もそのことをわかって姉に頼っていた。

 だからこれは仕方のない罰かもしれないと、靖治は憎々しげに語りに何も言わずに聞いている。


「お前のせいで私の青春は台無しにされた!! 父さんと母さんが事故で死んだのもお前が苦労をかけたせいだ!! お前なんて生まれてこなければよかった……お前が……お前があああああ!!!」


 抱え込み続けたものを火を付けて、目の前の女は満希那の顔と声で靖治に飛びかかってきた。

 抵抗しない靖治の細い首を、満希那は両手で押さえ込んできて後ろの壁に押し付けてくる。

 締め付ける指が首に食い込み、靖治は痛みと息苦しさで頭が真っ白になりそうになる。


「死ね……死ね……死ね……!!! 何か申し開きがあるなら言ってみろ、言ってみろぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ベッドの上に乗り込んた満希那は首を締め上げながら、狂的な声を響かせて睨みつけてきた。

 靖治は苦しさを感じながら、こうなるのも仕方ないと思った、それだけの苦労を姉にさせてきた。


 満希那には満希那の人生があってよかったはずだ、彼女の青春があってよかったはずだ。靖治はそれらのすべてを食い尽くし、それにより生存した。

 満希那が手放したもののうち、どれか一つでも姉が惜しめば、靖治はきっと生きてはいられなかった。わずかにも頼りになるものがかければ、心が病魔に負けてたちまち死の淵に転がり落ちる、それだけの綱渡りの日々だったのだ。


 だからと言ってなんの言い訳になる? 自分が姉の邪魔をし続けてきたのは否定仕様がない事実であるのに!


 そのことを身を持って思い知らされながら、胸が痛む。

 そして靖治は目の前が暗くなって意識を失いそうになる最中で、息苦しい口をパクパクと動かして、ある言葉を並べた。


「うれ……しいなぁ……久しぶりに…………姉さんの顔を見れた…………」


 姉の影が、驚いたように目を見開いて一瞬だけ手を緩めた。

 脇が甘いなぁと思いながら靖治は腰の横に右手を伸ばす。ここは幻の世界だ、なら()()と思えばあるはずだ。

 硬い物を掴んだ靖治は、それを引き抜いて、満希那の腹に向けて引き金に指をかけた。


 靖治の確信に応えて現れたガバメントが渇いた音を響かせて、満希那は体を強く押されてベッドの上に後ろ向きで倒れ込み、穴の空いた腹から血を流し始める。

 満希那が愕然とした顔で横たわるのを、靖治は喉を押さえながら普通の顔をして見守っていた。


「カフッ……姉を……殺すのか、おまえ…は……」

「あなたは姉さんじゃない。姉さんは1000年も昔の人間だ、ここにはいない。だから撃てる。それに」


 靖治の答えは極めて明瞭だった。幻だから撃てる、それだけだ。そしてその苦渋の選択を支えるのは、姉へ向けられた強固な信頼だった。


「それに姉さんなら、僕になら殺されていいだろうしね」


 そう言って靖治は歯を見せて笑ってみせた。


「僕は別に、1000年前の日に本物の姉さんがその言葉を言ったならば、死んでよかったかもしれない。その程度には姉さんを愛していたし、本当はいつだって死んでも良いと思ってる」


 靖治の言葉に何一つ嘘はなかった。靖治は姉のためなら死んでも良かった。元より彼は赤子の頃に死に触れて、それでも呼びかける姉の声に引き戻されて蘇生した。なら姉のために命を消費するなら別によかった。

 別にいいのだ。姉に憎まれるのも、殺されるのも、ここで死ぬのも、まあそれはそれで良っかと靖治は受け入れる。あるいは諦めている。

 だけど山のように積み重なった諦めの上に、靖治は立って自由意志を口にする。


「でも僕は、いつ死んでもいいからこそ今日を生きるんだ」


 死んでもいいけど、生きてればまだやれることはあるから、とりあえず生きてみよう。そう考えて。靖治は喉の調子を整えながらベッドから降りて、個室に備えられた洗面台に張られた鏡の前に立つ。

 鏡に写るのは1000年後に戦う靖治の姿だ。防弾防刃の学生服の上から、タクティカルベストと二丁の拳銃を身に付けた。イリスと旅を始めた頃と比べて肉付きはよくなり、学生服もよれ始めていて洗っても落ちない汚れが残っている。

 うん、昔よりちょっとカッコよくなったと靖治はにんまり笑いながら、ベッドに倒れ伏す満希那の前に立って、血を流す姿を見下ろした。


「姉さんの人生を踏み台にして僕は生きてきた、そしてまた次へ向かう」

「そうやって……他人の人生を食いつぶすのか……」

「そうかもしれないね。僕は迷惑をかけてばっかりで、みんなに何も返せない。イリスたちにはとても悪く思うけど、それでも僕の名前を呼んでくれる人がいるから、だから生きてみるよ」


 自分のことを軽薄な男だと苦笑しながらも、靖治は意思を持って銃を向ける。


「さようなら、おやすみ、姉さんの影。あなたにも出会えて良かったよ」


 慈しみを込めて、悪意の形を数発の弾丸で撃ち抜いた。









 車椅子に座したラウル・クルーガーは、背もたれに背中を預けたまま、大きく目を見開いて驚いていた。


「なん……だと……?」


 不死者の目の前で、女に寄り添われた一人の少年が起き上がろうとしている。

 顔に張り付いていた肉の覆いは力を失って剥がれ落ち、少年は呼びかけられながら頭を押さえて唸り声を返した。


「靖治さん! 大丈夫ですか!? 靖治さん!!」

「セイジ!?」

「うぅ……頭グワングワンで気持ち悪い……盛大に二度寝失敗した時みたいだ……」


 ラウルに大して警戒を緩めず仁王立つアリサの少し後ろで、それまで意識を失っていた靖治へイリスが必死に呼びかけている。

 甲斐甲斐しいロボットの少女に背中を支えてもらいながら、靖治は前を向き、立ち塞がるラウルへ向けて微笑んだ。


「おはよう、いい夢だったよ」


 驚愕に値する精神性だと、ラウルは息を呑んだ。彼の夢の内容は盗み見していたが、こんな簡単に悪意を跳ね除けて立ち上がれる人間などこれまでいなかった。

 思わず口をつぐんでいたラウルだったが、じきに状況を理解すると、口の端を吊り上げて腹の底を響かせ始めた。


「クッ……ククク…………クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


 老人の突然の爆笑にイリスとアリサは目を丸くして、靖治はちょっと不機嫌そうに眉を寄せながら見つめていた。


「ハッハハハハハハハハ!!! そうか、お前が!! お前が死の因子か!!! アハハハハ、そうかそうか!! セイジ!! 日本人の名だな……ふむ、察するに漢字にするならば安らかや世の安泰の意味である『靖』に治すと書いて靖治か? 親からそれくらいの名を持たせられなければ、生きていられるはずもない!」


 一人で勝手に納得していたラウルは、大きく息を吸って肉体の調子を取り戻すと、椅子に深く座って靖治のことを見つめてくる。


「流石は死の因子だ。まさかあの悪夢から自力で目覚めるなど……!!」

「死の因子……ってなんだいそれ?」


 なんとなくわかるが尋ねてみると、老人は満足気に笑いながら揚々と説いてくれた。


「人にはそれぞれ、生まれた時からその人生を決定づける因子が備わっている。凡百の人間であれば取るに足らない程度のものだが、中にはとてつもない可能性を秘めて生まれてくる者もいる。それは例えば英雄の因子! 救世主の因子!! 殺人鬼の因子!! だがそれは強制力を持つが”絶対ではない”」


 ラウルは細長い老いた指を立てると、靖治へと真っ直ぐ向けて指し示す。


「故にワシは探していた、”死の因子を持ちながらも、死に飲み込まれていない人間”をだ。死に触れた者、死を識る者、死の超克者! それがお前だ、万葉靖治……お前の因子を結びつけることで、我が『ヴォイジャー・フォー・デッド』は真の災厄として完成する」



 新年早々、姉を撃ち殺す主人公ってそれどうなの? って思いますが、この件について満希那さん(靖治くんガチ勢)から時空の壁を超えて一言。


満希那「えっ!? 幻覚の私が靖治に殺された!? ずるい!! 私だって靖治にそれくらいされたいぞ!!!」

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