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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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199話『打ち込まれる意思』

 災厄術式『|絶対なる死地への流離人ヴォイジャー・フォー・デッド』、これはラウル・クルーガーが己の目的に創り上げた半自律行動型魔術式。肉ある生き物を吸収し、雪だるま式に巨大化して世界を蝕む最悪にして災厄の魔獣。だがその最たる特性は、知的生命体の精神を極限にまで追い詰める部分にある。犬や猫相手にも動作か可能であるが、とりわけ人間に対してもっとも有効な仕掛けだ。

 冒険者アラタやキッカー・ハンサは、術師であるラウル自身の手で執行されたが、本来は子蜘蛛型の子機が生物を持ち帰り、子蜘蛛の一匹一匹が寄生するようにして行うものだ。


 ラウル自身が持つあまりある憎悪を組み込んで作られた術式は捕食対象に作用し、その者の精神を追い詰める凄惨な『悪夢』を見せ付ける。人生の歴史に横たわったトラウマのクレバスを暴き出し、繰り返し惨劇を押し付け、最悪の選択を強制的に行わせる。

 その結果にあるのは精神の衰弱と、それによる魂の抵抗力の極低下状態だ。そうしてからヴォイジャー・フォー・デッドは外部であれば体表から、内部の場合は床や壁からゆっくりと対象を飲み込んでく。通常時はラウルの操作もほとんど受け付けないほど硬質な術式体内であるが、吸収・成長を念頭に入れた災厄術式はこの段階のみ柔軟に変異を行い捕食をする。


 そうして魂を疲弊させられた知的生命体は内部に吸収された後、延命措置を取られながらも頭部以外の血と肉と骨をバラバラに融解され、溶けた部分はヴォイジャーフォーデッドを構成する材料となる。

 そして残る頭部は悪夢に苛まされたまま術式中枢である肉樹部分へと運搬され、そこで樹に植えられて絶え間ない悪夢の中で魂を暴走させられ、災厄術式の動力の一部として加えられる。


 そうして魂を暴走状態のまま繋がれた犠牲者たちは、一様に惨絶な表情を浮かべたまま、肉樹の虚に響かせるのだ。




 ――――殺して――殺してくれぇぇぇぇ…………




「ぁ……やめ……やめろ…………ころ……いっそ、ころ……せ……」

「ふむ、こんなところか」


 ラウルの目の前で処置を受けたアラタが、キッカーともども悪夢に苛まされながら床にズブズブと沈んでいく。

 今はまだ浅いが、いずれは留処ない絶望と自己否定の嵐の中で希望を求め、自死を求めることだろう。


「これでまた、我らが死の賛美に仲間が加わる。新参者は大歓迎だ、共に悠久の死を求めようではないか、ハッハッハッハッハッハ!!!」




 こうなれば助からない者などいない。自らの人生への否定、愛する者を手にかける苦痛、そしてラウルの備える巨大すぎる憎悪の中で耐えられる者などいないからだ。


 それらを飲み込めて自我を保てる怪物など、いないはずだ――――――――――







 ――――あー、まだッスかねアニキー? 隠れ場所作ってくれたのはありがたいッスけど、こんな狭いところにコイツと二人っきりとか気が狂っちゃうッスよ!



 我慢しろって。しょうがねえだろ、あんまり空間広げたらバレるだろっつの。



 だからってこーんな平方で5メートルもないスペースじゃ、小鳥だって飼えねえッスよ! アニキは壁の中にいるから良いかもしんないけどさー。



 こりゃ三畳一間って言うんだよ。オレのお袋の話だと、昔の日本人はこのくらいのスペースで日々ブラック企業と戦ってた話だぞ。



 ヤベー、ジャパニーズヤベー。



 ウホ、牢獄よりよっぽど狭いウホね。トイレの時が一番きついウホ。



 あー、マジでそれなー。つか出したもんどこ行ってんスかね? アニキ流すようの穴作ってくれっけど、魔獣の外に出してんの?



 知らね。どっかで子蜘蛛の栄養にでもなってんじゃね?



 うへぇー、そんな子機に襲われるやつが気の毒ッスわ。



 まあオメェらも冒険者の看板掲げるなら待ちやがれって。そのうちチャンスは来るさ、それまで、オレも耐えてやらァ――――









「――――イリス! 右手から来るよ、気を付けて!」

「ハイ、任せてください迎撃します!!」


 激戦の中、靖治の指示を受け取ったイリスが、右側にいた子蜘蛛の影から飛び出してきたゾンビ兵に対し、真っ向から殴り地面に叩き潰す。そうして動きを封じたところでコアの位置を見定め、二撃目の鉄拳で砕き潰した。

 すでにイリスも慣れてきた。ここの術師の非道に思うところは沢山あるが、それでも死者を愚弄するこの所業に対応が追いつき始めた。


 靖治たちは曲がりくねった通路を超え、最初の街を含めて三つ目のエリアまで進攻していた。

 今いるのはキャンプ場を模した場所だ。山中のログハウス、麓に広がる湖、トランクが開いたミニバンのそばではバーベキューの用意が行われていた。自然的な光景だが、閉鎖的な肉の天井とそこから落ちてくるゾンビ兵の肉の繭のせいで風情などどこにもない。


 戦いの最中、後方にいたアリサが襲いかかってくる敵を魔人アグニで殴り飛ばしてから、一旦引いてきたナハトに顔を近づけた。


「ねぇ、なんか敵の感じが変わってきてない?」

「相変わらず敵の配置は杜撰ですが、個の質が上がってきていますわね。恐らくはそれだけ強力な侵入者が向こうの兵器とされたこと、つまり多くの強者がこの付近で命を落とした」

「そろそろ中枢が近そうだわね」


 相変わらず悪意しか感じない敵の攻勢であるが、それでもジワジワと何かが変わってきているのを全員が肌で感じていた。

 順調だが逆に怖い。敵は多くても、まるで迎え入れられているかのようだ。今にも奥の扉から、敵の大ボスが飛び出てきそうな不安感がある。

 靖治はタクティカルベストからマガジンを取り出し、アサルトライフルをリロードしていつでも撃てるように備えた。


「敵の術師はどこにいるんだろうね。もしかして他の冒険者たちのところに……」

「危ない、靖治さん!!」


 このエリアの敵の殲滅が完了しようとしていた時、木陰の間をすり抜けてきた黒い影をイリスが瞳のセンサーに捉えた。

 咄嗟に飛び出たイリスが靖治の体を抱きしめてかばった直後、疾風のように現れた影がさっきまで靖治のいたところをかすめた。


「やれアグニ!!」


 急いで集中力を増したアリサが魔人アグニの熱拳で叩き伏せようとするが、敵影はスルリと飛んで拳を避け、風を巻いて更に奔る。

 移動とともに吹き抜ける風が耳元で唸りを上げる中、黒い影はイリスたちの意識を散らすように残像を置きながら周囲を飛び回り、撹乱後の隙を即座に突くべく、手に持った剣をイリスへと向ける。


「左後方です、イリスさん!」


 ナハトの呼びかけにより、イリスは反射的に指示の方向へ向けて裏拳を放った。同時にナハトも片翼を羽ばたかせ、接近してきた敵に亡失剣ネームロスを振るう。

 この瞬速の敵は反撃に晒され、イリスの拳を自らの腕で、ナハトの亡失剣を右手に持ったレイピアで受け止めると、この場は攻めきれないと踏んで後ろへ飛び上がり、距離を取った場所で着地する。

 庇われた靖治は地面から起き上がりながら、敵の黒き翼を見て呼び名を口にした。


「ハングドマン……」

「その通りだ。よくぞここまで来た。戦闘能力を持たない者がいながらも、敵地に飛び込む覚悟、素晴らしいのだろうな」


 ハングドマンは礼儀正しく胸に手を当て会釈をしながら、淡々と靖治たちに賛美の言葉を送る。

 靖治の前にイリスとナハトが並び立ち、更に靖治の脇にはアリサが魔人アグニを浮かべながら備える。


「フン、あんたが出てきたってことは、そろそろこのダンジョンも終点ってわけか」

「その通り。だが中枢に着かずとも、もう間もなくラウルの方から君たちに会いに来るだろうな。彼にとって君たちのような人間は喜ぶべき要素の一つらしく、いつも張り切って侵入者を歓迎しているようだ」

「汚らわしい。数多くの人を殺し、弄びながら、よくそんな言葉が吐けますね」


 ハングドマンとてここの術師が何をやっているのか知らないはずがあるまいに、他人事のように語ってくる。


「とは言え、ワタシが君たちを見つけたならばラウルのために戦うべきであるが……しかし……ふむ。流石に三人が相手ではワタシも少し辛い」


 ハングドマンは左へ一歩体を動かすと、右手に持った剣で奥にある扉を指し示した。


「一人残るがいい、後の者は見逃そう」


 ハングドマンの向こうには、確かに先へ通じる扉があった。潔いというか小賢しいというか、ハッキリとした言葉で選択を突きつけられて、靖治たちは思わず眉を寄せる。


「どうするよ? ここでリンチでボコって仕留めたほうがいいんじゃない?」

「……難しい気がしますわね。あの男は本気で時間稼ぎに徹するならば、一週間でも二週間でも戦い続ける手合いに思えます。その場合は時間とともに我々が不利になりますし、百果樹の街を見放すことにもなります。ガネーシャ神もいつまでも保たないことでしょう」


 極めて合理的に動く男だ、恐らくはどんな手段でもやり遂げることだろう。不死者であれ超長期間の戦闘は生半可な精神では保たないであろうが、ハングドマンなら理知的にこなせそうな気がする。そんな男に必死に足掻かれでもしたら、相当な時間を消費することは必至だ。

 こうしている外部では、ガネーシャ神が災厄術式そのものと死闘を繰り広げられているのだ。ガネーシャ神が敗れれば、たちまち百果樹を覆う結界が途切れ、そこに済む多くの人々の命が術式に取り込まれることとなる。

 そのことに、イリスが反した。


「それは……駄目です。たくさんの人が死んでしまうのは、なんというか、駄目です」

「イリスに同意だね。手が届かないものは諦めるけど、届くものがあるなら欲しいよ」

「ったく、割とわがままよねあんたら」


 素直に言いたいことを言う靖治とイリスの二人に、アリサは肩を落としながらも否定はしなかった。

 それを見ていてクスリと笑ったナハトは、気を引き締めると一同の前に立ち、十字の描かれた背中を靖治たちに見せながら口を開いた。


「わたくしが相手をしましょう。イリスさん、アリサさん、先のことは頼みます」


 イリスとアリサ、そして靖治は互いの顔を見合わせて頷いた。

 三人はハングドマンを注意しながら迂回して扉へ向かい、その途中でナハトに振り返る。


「ナハト、無理に倒さなくても足止めさえできればいい! 死なないようにね!」

「怪我しないようにお気を付けて!」

「無茶すんじゃないわよ!」


 魔人アグニで扉を吹き飛ばし、三人は通路の奥へと走っていった。

 ナハトは仲間たちの気遣った言葉が胸に染み入り、戦いを前にして深くにも安らかな気持ちを感じでしまう。


「嬉しいですね。いつも不甲斐ないわたくしを、こんなに信じてくれるなんて」


 その間、ハングドマンは微動だにせず待っていてくれていた。一人になったが心は共にあるナハトを見てポツリと呟く。


「心が通じ合った仲間か。善きものだな」

「あら、意外と話が合いそうですわね。しかし引いてはくれないのでしょう?」

「左様」


 言葉少なく向かい合った両者は、瞬時に意識を切り替えて周囲に得体の知れない圧迫感が満ちる。

 ナハトは右手の刀を握り直し、そのボロボロの刃を目の前に構えながら戦場に己が声を響かせる。


「わたくしに力を貸しなさい、この悪行を斬り裂けネームロス!!」


 正面切っての立ち会いとならば堂々とした振る舞いをするナハトに対して、ハングドマンはゆるりと肩の力を抜いた自然体でレイピアを持ち上げる。


「では、奏でよう。果てなき輪廻のバトルロンドを、それが人の宿命なれば」


 そして一呼吸の空白のあと、同時に地を蹴った二人は一瞬で接近し剣を振り落とした。

 打ち鳴らされる剣戟の音を、先へ進んだ靖治たちは聞きながら、あくまで足は前へと向けていた。


「ナハトなら何日だって戦い続けてくれるはずだ、僕らは慎重に行こう」

「わかりました、少し心配ですがナハトさんなら大丈夫ですよね。戦力が減ったぶん注意します」

「コイツはあたしが守っといてやるから、イリスは前衛を頼むわよ」

「ハイ!」


 ハングドマンは得体の知れない相手であるが、それを言うならナハトとて相当に血の臭いの濃い女だ。

 未だ過去を語りたがらない彼女の秘めた戦闘技術を疑わない三人は、思考を切り替えて自分たちのことに集中する。


 再び内臓のような不気味な通路を進み始めると、曲がりくねった道の向こう側から見覚えのある四足歩行が前方を行くイリスの前に現れた。

 全身に鎧をつけたサイボーグのドーベルマンが二匹。あの印象的なシルエットは見間違うはずがない。


「あれは、サキのペットの……」

「ガルさんとジャギさんでしたね! サキさんもいるなら、この先の情報が聞けるかもしれないです!」


 久しぶりに敵でない者と出会えたことに喜んだのか、イリスが表情を明るくして小走り近づいた。ここまでの戦いでイリスも精神的に疲弊しつつあったのだろう。

 しかしアリサの目からして、ガルとジャギの様子はいつもと違うように感じられた。彼らも戦闘により疲弊したのかもしれないが、一番の違和感はすぐそばにサキがいないことだ。

 やがて何かに気付いたアリサが、目を見開きながら声を飛ばす。


「危ないイリス、さがりなさい!!」

「えっ?」


 イリスが呆けた声を漏らした直後、二匹の犬は鎧に付けた魔道ブレードを翼にように開き、イリスに目掛けて飛びかかってきた。

 鋭い刃が走り回り、イリスは慌てて電磁バリアを張った両腕で致命傷を防ぎ、靖治たちのほうへと引き下がる。


「くっ……今のはどうして……!?」

「ちょっとガル! ジャギ! あんたら一体なんのつもりよ!? こんなことしてサキのやつは……」


 アリサが怒声を飛ばしていると、曲道の奥からひたひたと張り付くような音と、ギシギシという金属音が聞こえてきた。

 篝火を受けながら出てきた姿に、イリスもアリサも、靖治も目を見張って息を呑んだ。


「サ……サキ……」


 そこにいたのは、頭部を触手状の物体に繋がれて四つん這いで肉の通路を歩くサキと、その触手を車椅子から伸ばした顔の陰の濃い老人の姿であった。

 車輪を軋ませながら車椅子を進める老人は、まるでペットの散歩のような面持ちでサキを歩かせている。


「ぉ……ぁ……ぉ……」


 サキの様子は傍目から見ても痛々しいものであった。車椅子から伸びた触手は頭蓋を貫いてサキの脳に寄生していた、操られる彼女は虚ろな眼をして口をだらんと上げ、無理矢理体を動かされて口の端からよだれを垂らす。

 そんなサキの両脇に、家族とも言える二匹の犬は鎧を鳴らしながら戻ってきて、悔しそうな唸り声を上げている。


「フッ、次の巡礼者が来たか……さて、今度こそ死の因子はいるかな……?」


 人を人とも思わぬ所業を行いながら、何事もないかのように呟きを零している老人に、イリスは胸の奥にフツフツとした感情を覚えて拳を握りしめて睨みつけた。


「あなたが……あなたがラウル……!」

「ほぉ、知っておったか。思い返せば先程の大剣使いもそうであったな……そう言えば昨日、幽霊を一人取り逃がしておったか。まぁよい、これからのショーに比べればつまらんことだ」


 怒りが滲んだ声を浴びせられてもラウルはまったく動じず、サキを従えながらイリスたちへと話しかけてきた。


「まったく涙ぐましいことだろう? 若い頃は猫しか飼ったことがなかったが、犬は忠に厚いというのは本当だったのだな! そうれ、主人を死なせたくなければワシを護ることだ。そうすれば、ひょっとするとこの哀れな女も助かるかもしれんぞ!!」

「こ、コイツ……サキを……!?」


 これがガルとジャギが襲いかかってきた理由だ。主人の命を人質とされ、ラウル・クルーガーに服従を迫られているのだ。

 二匹の犬は主人とアリサを見比べて迷ったようなそぶりを見せていたが、やがて覚悟を決めて殺気をまとって通路を走り出す。

 襲いかかってくるガルとジャギに対し、イリスは愕然とした顔で反撃することもできず、ただ防御に徹し、二匹のブレードにメイド服を切り裂かれるしかなかった。


「くっ……こ、こんな時、どうすればいいんですか靖治さん!?」


 服の下の装甲から火花を散らしながら、イリスは助けを求めるように声を上げたが、靖治は苦々しい顔をしてしまい、すぐには答えられなかった。

 取るべき結論はイリスにもわかっていた、けれどもようやく自分の人生を歩き始めた彼女にそれは過酷すぎた。またサキと友人であったアリサにこれを任せるのも酷いことだ。


 これは、自分がやるしかないかもしれない。そう考えた靖治が、一人無言でアサルトライフルを構えた。そばにいたアリサはそれを横目にいながらも、それを認めることも止めることもできず、ただ当惑した瞳で見逃すしか無い。


「――――っ。こんな、どうすれば……!」


 静かに向けられる銃口に、アリサは思わず眉を曲げて、サキの姿に目を向けた。

 悲惨な姿だ。ボンテージの衣装のあいだから見える肌はいくつも傷がついていて、戦いに敗れてからああされたのが見受けられる。もう休ませてもいいだろうに、強引に体を駆動させられる姿は見ていられない。

 だがそんな悲惨な状態のサキが、一瞬アリサの方へ目を向けて、覚束ない口をガクガクと動かしながら声を発した。


「ア……リ……サ…………た……の………………む………………」


 わずかに漏れた言葉に、アリサは目を丸くしながらも、己のやるべきことを教えられた。

 やがて顔をうつむかせたアリサは、靖治の構えた銃身を手で押さえ込み、己の相棒へと号令をかける。


「やって、アグニ」


 アリサの頼みを聞くやいなや、炎とともに現れた魔人が口から一条の熱線を飛ばし、触手に繋がれていたサキの胴体に命中し、胴体を融解させた。


「ぁ――――――――――」


 サキはわずかな断末魔もなく、死の苦しみも感じないまま一瞬で絶命し、残った体は火に燃えながら通路の上に横たわる。

 いなくなった主にガルとジャギは立ち止まって振り返り、イリスもまた唖然とし、仕方ないとわかりながらも力ない声を零す他なかった。


「あ、アリサさん……なんてことを……!」


 通路の途中でメラメラと炎が燃える中、それを見たラウルは腹の底から笑い声を響かせた。


「フッハハハハハハ! 信じられんな! 見たか犬ッコロども、あの女、自らの同胞を燃やしてみせたぞ!」

「黙れ」


 嘲笑うラウルへと、アリサの静かな、けれども激しさを秘めた声が突き刺さった。

 それに込められた感情の強さに、ラウルは感心しながらも押し黙ることなく更に挑発してくる。


「黙れだと? 自分で殺しておいて勝ち気なことだな? ん?」

「そうさせたのはお前だろうが、偉そうにグダグダ抜かしてんじゃないわよ」


 それまで顔をうつむけていたアリサは、しっかりと『敵』へと顔を向け、力強い眼をして言葉を吐き捨てた。


「あたしらはみんなね、冒険者なんてイカれた肩書き背負うからには、『もしかしたら』なんて覚悟は済んでんのよ。少なくともサキのやつはそうだった、アイツはそういうやつだった。戦う必要なんてないのに、恵まれた家でヌクヌクと過ごしてればよかったのに、誰も頼んでなんていないのに家を出て、苦しむ他人のために自分から戦いに行ったバカ野郎だった」


 アリサは、自分では彼女のことを友達とは思ってはいない。アイツは甘いやつだし、自分とは不釣り合いと思っていたからだ。

 サキは本当は良いやつだった。アリサに話しかけてきたのも、一人寂しそうな少女への不器用な気遣いだと伝わっていた。それにアリサが乱暴すぎる態度を返しても、サキは怒りながらも心の奥では許していた。


 そんなサキだからこそアリサも最後の一撃を撃てた。あんなに甘いあいつが、自分のために良いヤツを傷つけてしまうなんて、絶対に悔しいだろうとわかったからだ。


「舐めんじゃないわよ、あたしらを」


 アリサの言葉から発せられる強い意志に、ガルとジャギは大切なものを思い出したかのように目を丸くして固まり、イリスは胸を叩かれるような想いだった。


「ガル! ジャギ! あんたらも、サキの忠犬だってんなら、示してみなさいよ! あいつがどんなやつだったのか!!」


 それを聞き、二匹の忠犬は唸り声を上げながら反転してラウルへと首を向けた。そのあいだにイリスも拳を構えて立つ。


「グルルルルル!!」

「グァァウ……ッ!!」

「ラウルさん、あなたのその行動は、私にも許せません……!!」

「フン、つまらん、ならば来ればいい。どうせやることは変わらんのだ、貴様らまとめてこの災厄術式の肥料として撒いてやる」


 性懲りもなく毒づくラウルへと、アリサから最初の一擲が投じられた。

 魔人アグニが噴き出した凄まじい熱量の一閃が、イリスたちの横を通り過ぎて吹き抜ける。狙いは当然、憎たらしい老いぼれの鼻っ面。

 それをラウルは触手で床を押し、車椅子を傾けることでギリギリで避けた。余波の熱風はそれだけでも人一人殺すには十分であったが、その熱は魔術による熱量遮断により防ぎきり、わずかに外套が焦げる程度で済ませる。

 そこに拳を振り上げたイリスと、ガルとジャギが飛びかかった。一人と二匹による多重攻撃を、ラウルは車椅子から生やした複数の肉の触腕でしのぐ。


「ちゃっちいな。その程度で……」


 小馬鹿にしながらもラウルは車椅子を後ろに傾けて一時撤退の姿勢を見せてきた。ここはこの男の要塞だ、一度逃せば追いついて仕留めるのは難しくなる。それをサキを支えてきた賢い犬たちはわかっていた。

 二匹の犬は一度イリスへと振り向いて鎧の下から煌めく視線を送ってくると、わずかに笑ってから床を駆け出す。


「ガルさんジャギさん――――!?」


 今の一瞬で、彼らと同じく仕える身であるイリスは意味を受け取ってしまっていた。

 ガルとジャギは大きく口を開いて牙を見せながら跳躍し、ラウルの喉笛を噛み千切らんと近づく。この攻撃はラウルからすれば、結果を焦ったものにしか見えなかった。


「ヌルいっ!!」


 見え見えのモーションで近づいてくる二匹に対し、ラウルは刃状の触腕を二つ振りかざし、鎧に包まれた胴体を切り分けてしまった。

 両断されたガルとジャギの体が空中で崩れ落ち、断面から血飛沫が舞って視界を覆う。

 そしてその陰から、矢のように地を疾走るイリスが拳を構えて現れた。


「鮮やかなるは私の拳! 死を超えて迎え撃つ!!」


 右腕から飛び出したシリンダーに赤い光が宿り、バチバチと火花を飛び散らす。


 崩れ行くガルとジャギの顔は、これで良いんだと物語っていた。生まれた時から共にいたはずの主を見失った彼らは、ここで殉教して忠を尽くそうとしていた。

 ここが戦いの場でなければイリスは止めようとしただろうが、すでに彼らの意思で賽は投げられた。これを愚かと見るか誇りと呼ぶかは後で決めればいい。

 だが今は、意思を貫いたガルとジャギ、そしてサキの意思を叩き込むのみ。


「フォース、バンカァー!!!」


 イリスは一切の躊躇なく、ラウルの息の根を完全に止めるつもりで右腕のエネルギーを打ち放った。話し合いでどうにかなる相手ではない、ならばこの敵は、命を奪ってでも止めるべきだ――――!


 決意した拳はラウルの左胸のほぼ中心へと向けられていた。ここまでの道程でイリスが覚えた憤りのすべてを注ぎ込んだ烈火の一撃が、裁きの雷のように叩き込まれる。

 緋き閃光は空気を割ってラウルへと直進し、老人の衰えた左胸を円形に穿って突き抜けた。


 凄まじい轟音を打ち鳴らして過ぎ去っていく光芒に、貫かれたラウルが車椅子ごと後ろへと倒れかける。

 生命維持に必要な心臓を破壊し、イリスが勝利を確信していると、ラウルはニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。


「残念だが、死なんのだよなぁ」


 我に返るイリスの目の前で、ラウルは背もたれの下から単発式の拳銃を一丁取り出して右手に握り、戸惑うことなく引き金を引いた。

 撃ち出されたのは通常の弾丸ではない。触腕と同じく肉で作られた針形の弾頭が風を裂いて放たれた。

 危機感を覚えるイリスであるが、それは彼女を狙ったものではなかった。高速で飛ぶ肉針はイリスの真横を通過しその後ろへと、アリサの隣をも抜けて一番奥へ。

 靖治の胸元へと突き刺さった。


「ガッ……!」


 胸の真ん中に突き刺さされた靖治は、痛みに目を丸くして渇いた息を漏らす。


 いや、肉体を穿ってはいない。肉針はタクティカルベストのポケットを貫いたが、その下にあったイリス特性の学生服の防御力に阻まれており、せいぜいが衝撃で胸骨にヒビを入れた程度だ。

 死んではいないし致命傷ではない、これならまだ動ける。そう思考する靖治の眼前で撃ち込まれた肉針がグジュリと蠢いてクラゲのように花開くと、乳白色の覆いで靖治の顔面を飛びかかってきた。


「ゴフッ……これって……」


 靖治が身じろぎする間もなく、肉の覆いは容赦なく靖治の額に飛びかかってきて目と耳を封じ込めてくる。

 眼鏡ごと視界を蓋をされる中、目の前に謎の光が投影されて耳鳴りのような音が鼓膜に叩き込まれてくる。


「靖治さん――――!!」


 慌てたイリスの声がまたたく間に遠くなっていき聞こえなくなる。手脚の感覚も夢に堕ちるかのように掛けていき、靖治の精神がどこかへ投げ出される。

 無防備な心のなかに、ラウルの持つ無限の悪意が流れ込んできた。




 一年間ありがとうございました。

 まだまだ続くよ!! 夢と希望と生きることの歓びをいっぱい書いてくよ!!!

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