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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
207/235

198話『行き着く果て、偽の希望』

30日は休むよごめーん。

次の投稿は12月31日大晦日だ!! 多分!!! 頑張るよ!!!

 キッカーの手に握られた魔釘が、ラウルの後頭部に気味の悪い音を立てて突き刺さった。

 肉体を削り落とされたラウルの後ろ側は再生の途中で骨がなく、キッカーの手に帰ってきたのは肉だけが大きな釘に潰される異様な感覚。


 ――だがそれよりも、ずっと恐ろしい感覚をキッカーは感じていた。


「な……これは……コウモリ……」


 ラウルとのあいだに割り込んで共に貫かれていたのは、一匹の黒いコウモリ。

 ハングドマンはずっとヴァイオリンを弾いたまま、それ以外のことは何もしていない。このコウモリは、キッカーの懐から飛び出てきたものだ。

 そして突き刺さった魔釘は異様な熱を発しており、内部からバチバチと何かが壊れている感触と共に込めた魔力が逆流してくる。


「魔釘が……砕け……!」


 キッカーが呆然と唱えた直後、魔釘にヒビが入ったかと思うと、魔力の光を発しながらバラバラに砕けてしまった。

 当然、不死滅殺の力は発動しておらず、鷲掴みにされていたラウルは頭部を少し穿たれた程度であり、一瞬驚いた様子で固まっていたものの、己の無事を悟るとすぐにまた触手を動かした。

 触手はアラタの腕のみならず全身を覆い尽くすと、体を締め上げながら天井近くまで持ち上げ、床に向けて叩き落とす。

 床を砕くほどの勢いで叩きつけられたアラタは、衝撃に目を剥いて肺の空気を絞り出された。


「グハッ……!?」


 同時にキッカーも触手に絡みつかれた。すでに腹を食い破られていた彼はさしたる抵抗もできず、簡単に床に押し付けられてしまった。

 寝かせられたキッカーの頭のそばに、演奏を止めたハングドマンが革靴を鳴らしながら近づいてくる。


「すまないが、その魔釘については先手を打たせてもらっていた。吸血鬼と言っても不死殺しは怖いからね」

「くっ……今の手は、ボクが走り出す前に打たれていた……何故だ、どうして……わかっていた……!?」


 おそらく、ハングドマンは最初からキッカーが不死滅殺の魔釘を持ち出すことをわかっていて、それを無効化する下僕を仕込んでいたに違いない。

 だが不意をつくような行動だっただけでなく、キッカーはこの戦闘で、まだハングドマンに対して不死滅殺の魔釘を見せてはいなかったはずだ。だというのに彼は完璧に対応してみせた。


「ワタシは全世界で行われる、ほぼ全て会話の内容を知ることができる。キミたちが街の中で、ガネーシャ神から対不死者用の装備を渡されたことも聞いていたのだ。それに、もしかしたらワタシは剽軽な音楽家とでも見られるかも知れないが、実は技術者なのだよ。その装備は市場に出回った時点で分解し、仕組みを識り尽くしている。無力化の方法も然り」


 ハングドマンは持っていたバイオリンをナノマシンの塵へと還しながら、つらつらと答えを述べた。


「それに、人間は時として思いもがけない行動に出ることがある。ワタシはその辺りの予測が苦手なのでね、故に万全を期したのさ」


 ハングドマンが長い黒髪を揺らして流暢に語る前で、ラウルは肉体の再生を続けながらアラタのことを見下ろした。


「ヒヤリとしたなぁ。だがやはり、ワシはここで終わる運命ではなかったようだ」

「ク……クソがッ……!」


 途中まではアラタが期待した通りに進んだというのに、最後の最後に防がれてしまって悔しさに歯噛みする。


「こうなったら……オレの躰を暴走させてでも諸共キサマらを……!」

「おいおい、愚かなことを言うでないぞぉ。()()()()()()ではないか」


 酷く軽薄に言い放ったラウルは、触手の一本を針のように鋭くさせると、アラタの腹部へと突き刺し、彼の体内にある魔力的中枢部分に挿し込んだ。


「ぐぉぉ……!」

「ふむ、これだけ近くでゆっくりと見れば、お前の力を多少は押さえることはできるな。その間に済ませてしまおうか」


 腹の奥底を突き刺されたアラタは、痛みの中で体内を循環する魔力が急速に淀んでいくのを感じた。

 だがまだ魔力は尽きてはいない、慣れ親しんだ謎の憎悪もだ。時間をかければ逆転の芽はある。

 アラタはそう信じて諦めなかったが、そんな彼の前でラウルはいくつかの触手を溶かし合わせて一つの塊とすると、マスクのような、ヘルメットのような、そんなおぞましい物体を創り上げた。


「お前のその強い感情もまたかけがえない世界を動かす資源だ、なら有効に扱わなくてはいけないじゃないか。自爆などという無駄な行為で消費してはならない」


 ラウルは作った肉のヘルメットをアラタの顔に押し付けて、鼻から上をすっぽりと覆ってしまう。

 額を未知の肉塊に封じられて嫌悪感で吐き気をもよおす中、反射的に目を閉じるアラタだったが、ヘルメットの裏側から伸びてきた微細な触手が顔を這い回ると、まぶたを無理矢理開かせた。


「うぎ……気持ち悪ぃ……何をしやがる!」

「さぁ、夢の先で共に死を求めようぞ」

「ぐぁ……!? これは……音……光……っ!?」


 瞳を開かせられたアラタの網膜へ、直接投影されるかのような光がヘルメットの中で放射された。更には耳朶に挿し込まれた触手からはキィーンと耳鳴りのような音が響き始めた。

 疑問を声に出した直後、アラタはまるで自分の体がどこかへ飛ばされるような浮遊感と疾走感を感じ、光の中で呆然と過ぎ去っていく光景を受け止めた。

 夜空の流れ星に包まれるかのような光景の後、アラタはいつの間にか目を閉じることができていて、しかしその手に爽やかな風を感じた。

 恐る恐る目を開けたアラタの前に広がっていたのは、青々しい空と、生い茂る草花が咲く丘であった。


「どこだ……ここは……幻覚……? いや、オレはここを知っている……」


 穏やかな場所に、アラタは大剣を背負って立ってしまっていた。

 不可解な現象に愕然としながら、アラタは口を塞げなかった。


「ここは……オレの育った村だ……」


 知っている。この場所は知っているのだ。

 この吹き抜ける風の匂い。遠くにある雲の掛かった山。丘の裏手には川が流れていて、どれもがアラタが幼少期から慣れ親しんだ懐かしい地形だ。

 そして丘を下った先には土壁で作られた家々による村が広がっている。あまりにも懐かしい光景だ。


「そうだ、オレはここで育ったんだ……地下に戦争に勝つための研究所があって、父さんや母さんたちがみんなそこで働いていて……それで、オレは……」


 ここは確かにアラタが育った村だが、だからこそこの光景はありえない。アラタは次元光に誘われてワンダフルワールドに来た身であり、故郷に戻れるはずがないのだ。

 これは幻覚に違いない。だが五感を通じて入り込んでくる不自然なまでの強烈な現実感。”ありえない”と思考しても、心に直接叩きつけられるかのような感覚が、ここを本来の居場所と錯覚してしまいそうになる。

 鼻先をくすぐるそよ風は柔らかく、とても安らかだ。ここで生きていければどんなに良いのだろうと心底思う。だが何だ、この言いようのない胸騒ぎは。

 良くないことが起こる気がする、ここから逃げなければならないと全身の細胞が訴えている。

 だがアラタはそこから逃げ出すことはできなかった。立ち去るよりも早く現れた、あり女性のために。

 丘の上にいるアラタの目の前に走り出てきたのは、今のアラタより10歳ほどは歳下の、可憐な女の子であった。


「お前は……リリー……」

「アラタ……!」


 リリーと呼ばれた女の子は、栗色の髪を風に揺らしながら一目散に走り寄ってきて、アラタの胸元に抱きついた。


「あぁ、アラタ! 帰ってきたのね。ふふ、こんなに大きくなって!」


 懐かしい声、懐かしい匂い。かつて親しかった頃と何も変わらない幼馴染の姿。

 そこに安心感と、とてつもない嫌悪感を覚えて、アラタは息を呑んでリリーの腕を振り払った。


「ヤメロ! オレに触るな!!」

「きゃっ! ちょっと何するのよアラタ! せっかくあなたとまた会えたのに」


 リリーはアラタの思い出をそっくり写し、少しお転婆で、けれども優しくて、とても好ましい態度で話しかけてくる。

 だが違うだろう、そんなはずじゃないのだ。同い年のリリーは、再開できたなら成長して、もっと綺麗になっているはずだし、それに何より――。


「違う……違う違う、違う……! お前はリリーじゃない!!」


 狂乱染みた殺気を放ちながら、アラタは決心して声を絞り出した。


「お前はオレが殺したんだ!!!」

「えぇ、そうよ。あなたがワタシを殺したの」


 アラタの告白にも、リリーはあたり前のことのように答えてきてしまった。

 まるで言葉が焼きごてのように首筋に押し当てられるかのようだ。思わず声が出ないアラタの前でリリーは自分の服を引っ張って胸元を曝け出すと、赤々しい大きな胸の穴を見せつけてきた。


「ねぇ見て。ワタシの胸! あなたが刺してからポッカリ空いて、ずっと血が流れてるの。おかしいでしょう?」

「あ……あぁぁ……」


 あの傷も、アラタは知っていた。

 なんて残酷なことをしてしまったのだろうと、あの日の絶望を蘇らせて力ない声を漏らしてしまう。

 ダラリと腕を垂らしたアラタに、リリーは屈託ない笑顔で近づいてきて、彼の手を取って走り出してしまった。


「ホラ、家に行きましょう! 母さんたちがみんな待ってるわ!」

「やめろ……やめてくれ……やめろ……」


 今すぐ振り払わなければならないのに、アラタの体は意思に反してリリーについていく。


「みんなー! アラタが戻ってきたわ!」

「なに、本当か!?」


 村に入ってリリーが声を上げれば、そこら中の人が顔を上げてこちらを見てきた。

 立ち止まった二人の周囲にワラワラと人が集まってくる。仕事道具を持ったおじさん、子供の手を引く近所のおばさん、みんなアラタが小さな頃からお世話になった人ばかり。


「み、んな……なんで……その傷……」


 そんな優しい人達は、みんな酷い傷から赤黒い血と肉の断面を見せ、ある人は腕がもげて、ある人は顎が無くなって、生きていられるはずがない傷を負いながら笑いかけてくる。


「でっかくなったなぁ、アラタ! カッコよくなっちゃって」

「わぁー、アラタにいちゃん大剣カッコいいー! 見せて見せてー!」

「元気にしとったかぁ? ちゃんと飯食ってるかぁー?」


 みんなアラタの手を取ったり肩を叩いたりして、気安く話しかけてくる。

 やがて人混みの奥からやってきたのは、アラタのもっともよく知る人であった。


「父さん……母さん……」

「アラタ! 随分強そうになったじゃないか。ハッハッハ、びっくりだなこりゃ!」

「あぁ、また会えて嬉しいわ!」


 父と母は多分、笑いかけてきているのだろう、そういう人だった。でも顔がメチャクチャに壊れていて表情がわからない。父は研究ばかりで目を悪くしたため眼鏡を掛けているのだが、それもレンズが割れてしまっている。

 母は顔面が削げて歯茎がむき出しになった顔で優しい言葉を掛けてきた。


「こんなに立派になってくれて、こんなに嬉しいことはないわ! さぁさぁ、家へ行きましょう! リリーちゃんも呼んでみんなでパーティを……」

「触るな!! そんな顔で母さんの声を出すな!!!」


 母親が握ろうとした手を、咄嗟に振り払う。


「まぁ、この子ったら……!」

「どうしたアラタ、反抗期か? なんてことを言うんだ。そもそも母さんをこんな顔にしたのはお前じゃないか」


 残酷に諭してくる父親に、アラタは表情を歪めるのを抑えられなかった。


「あぁ、そうだ!! オレがアンタらを殺したんだ!!」


 とめどない罪悪感に涙が出そうになりながら、アラタは必死に叫んだ。


「襲われる村を助けるために、オレが被検体になったんだ……だけどその暴走で、みんな殺しちまったんだ……お前らはいない人間だ!! これは幻なんだ!!」




 ――――アラタの世界の人類は、かつて絶滅に瀕していた。元々は人間と魔族の長きにわたる戦争が続き、やがて疲弊の中から和平への道が拓かれようとしていた時に、まるで地の底から湧き出るように謎の存在が現れた。

 ケイ素の骨格と泥のような肉体を持った黒き者どもを、人間と魔族側は黒の遺伝子(ブラックジーン)と名付けた。ブラックジーンはまるで世界に恨みがあるかのように暴虐を振るい、あらゆる生き物に襲いかかり環境を破壊した。人間と魔族、そして中立であった精霊種は一丸となってこれに対抗しようとした。

 ブラックジーンは獰猛な野獣のようで一切の意思疎通が行えないにもかかわらず、戦争においては不気味なほど戦略的に人類を追い詰めてきた。


 やがてアラタの故郷である魔導科学の研究所がある村がブラックジーンに嗅ぎつけられ襲撃を受け、村を護るためにアラタが新理論の被験体として名乗りを上げたのだ。当時のアラタは穏やかな物腰であったが、村の仲間たちを護るためなら命も惜しくはなかった。

 彼の両親が完成させようとしていた技術、ブラックジーンの持つ特性を人間に持たせるというもの。人間であるアラタに魔族の知恵と精霊種の祝福も合わせ、両親の手により急遽人体改造が行われた。


 だが、結果は悲惨なものだ。アラタは湧き上がる無尽蔵の魔力と同時に、ブラックジーンたちが持つものと同じ強い『憎悪』をその身に流し込まれることとなった。

 激痛を伴う手術を乗り切った直後、奥底から渦巻いて血を沸かす強い憎しみにアラタは発狂しそうになった。それでも村を護るために歯を食いしばって立ち上がり、異形へと変じていく自らの体に恐怖しながらも戦った。


 戦って、戦って、戦って。人生で長い一夜を戦い抜いてとうとうブラックジーンを退けた果てに、避けられない暴走がアラタの体を貫いた。

 愛する者たちへの殺戮を、アラタは意識を殺されながら行ったにも関わらず、記憶だけはしっかりと脳に刻まれていた。


 真っ先に駆け寄ってきた幼馴染のリリーを殺した。まだ15歳だが、ハツラツとした女の子だった。漠然と彼女とは一生一緒にいるものだと信じていた。

 止めようとしてきた魔族の友人であるヤージュを殺した。戦争が転換してから魔族側の技術者としてやってきた男で、互いに憎しみながらも段々と友情を感じるようになってきた男だった。

 次に銃を向けてきた父を殺し、そのそばにいた母を殺した。二人は銃を持ちながらも、引き金を引くことはなかった。


 隣の家のおじさんを殺した、村外れの猟師を殺した。よく公園で話していた爺さんを殺した。何かと世話を焼いてくれるおばさんを殺した。子供を生んだばかりの夫婦を殺し、彼らが護ろうとしていた者も殺した。

 大勢殺した、子供も、大人も、誰も彼も、愛する者も嫌いな者もどうでもいい者も、色んな人がいたけれど、誰一人として死んでいい人たちじゃなくて、それなのにアラタは見境なく殺し尽くした。


 すべてを終えてようやく正気を取り戻したアラタは、血の涙を流しながら傷ついた体を引きずり、研究所に地下にある治癒の浴槽に倒れ込んだ。そこで傷を癒やしながら、必死になって体を突き破ろうとする憎しみに対抗した。謎の憎悪との戦いもまた、永遠に続くかのような長い戦いだった。

 ようやく憎しみが渦巻く肉体の制御に成功し、穏やかだった彼は悪鬼の如き面構えになりながらも身を起こして硬い扉を開けた。彼は運命を狂わしたブラックジーンたちを恨み、この憎しみを叩きつけようと思っていた。


 そして外へ出た彼に待っていたのは――――――――戦争が終結し、平和になった世界だった。




「もう……やめてくれ……みんなはいないんだ……みんなオレが殺しちまったんだ」


 アラタはその場に崩れ落ち、地面にひざまずきながら顔を両手で押さえる。


「あの世界に住むみんなは、平和になったって笑ってたけど、リリーたちは死んじまったんだ……あそこにはもういないんだ……オレはあの世界を、あんたたちに届けることはできなかったんだ……」


 ひたすらの無念だった。途方に暮れて世界を放浪した彼が見たのは、互いに争っていた人間と魔族が手を取り合って復興していく力強い姿だった。

 世の中には希望があって、道で出会う人ん多くは疲れたアラタに優しくしてくれて、笑いかけてくれて、でも優しい世界のどこにもアラタの大切だった人達はいないのだ。

 異端の力を得たのにそれを活かすこともできず、戦う相手もいないまま日々沸き上がる憎しみに耐えて、かつてのアラタは死んだ眼で世界を放浪した。

 どこか誰も知らない場所へ生きたかった、両親や幼馴染たちのことを忘れられる場所へ行きたかった。村の人達の冥福と共に、自らの安寧を神に願った。


 果たして神がいたのかはわからないが、その願いは聞き入れられた。歩いて百日を超えた夜に、天から七色の光が差し掛かり、アラタはワンダフルワールドへと招かれた。

 ここでなら生きていけるかもしれないと思った。こんな体になってしまった意味を探せるかもと思った。そのために我武者羅に剣を振り続けて、あの日の無念を晴らすかのように戦えない人の代わりに戦って、一人でも多くの人を救おうとしてきた。


 その先に待ち受けたものがこんなものなのかと、悲観に目を閉じようとするアラタへと、父親はいつもの声色で語りかけてくる。


「あぁ、アラタ。これは幻覚だよ、だから安心するといい。だから気兼ねすることなく、自らがいかに醜い人間であったか向き合えばいい」

「何で……何てことを言うんだ父さん……」


 優しい声なのに言葉は酷すぎて泣きそうになる。

 言葉を失ったアラタへと、次々に村の住民から声を浴びせられた。


「ワタシは怪物みたいになったアラタに一番に殺されたわ!」

「母さんは父さんと一緒にあなたを止めようとしたけど、無理だったわねぇ」

「おじさんは抵抗したけど返り討ちにされたぞ!」

「ウチは夫と一緒に吹き飛ばされたっけ」

「ボクね、脚を怪我して動けないところを狙われたよー!」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 明るい声で記憶を掘り返される。その度に胸の内側がかき回される感覚がして、アラタは込み上げてくる吐き気を堪える。


「やめてくれ!! オレは情けない男だってわかってる!! けどこれ以上オレに苦しめっていうのか!!! オレはもう十分に苦しんだんだ!! 父さんと母さんはそんな酷い人達じゃなかっただろ!!!」


 幻覚だ、幻覚のはずだ。五感に覚える現実感はそういう術に過ぎない。こんな状況はありえない、わかっていても、これはアラタには辛すぎた。

 立ち上がれないアラタを、ずっとそばにいた愛しきリリーは、昔と変わらない可憐な顔で、不思議そうに見下ろしてくる。


「もう、そんなに辛い顔してどうしたのアラタ? そんなにイヤなら、またワタシたちを殺せばいいじゃない」

「そんなこと……幻でもできるか……! お前をオレが……ボクが殺したのは……お前たちが悪かったからじゃなくて、あの声が全部悪いんだ……!」


 体内にブラックジーンの特性を移植する両親の手術により、アラタは超人的な身体能力と魔力、そして世界の裏側から入り込んでくる現世への憎しみに取り憑かれた。暴走もそれが原因だった。


『――果たして、それだけのせいなのかね?』


 だがラウルの脳裏に、あの忌々しい死臭漂う不死者の老いた声が響いてきた。

 一気に怒りを燃え上がらせたラウルは、震える拳を握って冒険者として立ち上がる。


「ラウル!? どこだ……!?」


 だが見回しても標的はいない。目に映るのは傷口だけだ。


「いない、確かに声が……」

『お前は、まだ自分に生きる価値があると願っているようだが、本当にそんなものが許されるのか?』


 再び声が聞こえ咄嗟に振り返るが、そこにいるのはアラタのことを見つめる村人だけ。

 観衆が何も言わず見ている前で、アラタは幻覚の外にいるだろうラウルへと吠えた。


「何を言う、止めろ!! 父さんと母さんは、最後までオレのことを助けようとしてくれたんだ!!」

『しかしその愛にお前は憎しみで返したのだろう? その腕から伸びた棘で、優しい人達を貫いたのだろう?』


 そう言われるだけで、リリーの胸を刺したときの感触が蓋をした記憶から蘇る。


「違う、オレじゃない! アレはオレじゃ……」

『本当に? その胸の憎悪に突き動かされたということは、お前がその声に耳を傾けたのではないのかね?』

「違う! そんなわけがないだろう!? だいたい、あんな憎い声を聞いて正気でいられるはずがない!!!」


 冷静に考えればラウルの囁きは道理が通らず滅茶苦茶だ、しかし言葉は驚くほどアラタの胸に浸透してきて疑念を掻き立て、胸を苦しめる。


『お前は醜悪な人間だ。お前の心は誰よりも醜い。人を護りたいのでなく、暴力をぶつける相手を探し続けてきた。じゃなきゃあ、こんな酷いことはできまいて』

「ちがう……ちがうそんなんじゃ……」


 耐えかねて耳を塞いでもラウルの声は届いてくる、どうしようもなくアラタの心が追い詰められていく。

 そしてダメ押しとばかりに、黒い囁きが投じられた。


『大丈夫だ、ここにいる連中は幻だ。だからどうしようがお前の勝手だ。喜べ、()()()()()()()()


 その瞬間、アラタの目が見開き、意思に反して体が村人たちの方へと向いた。

 アラタが眼球を震わせる前で右腕が持ち上がり、バキバキと音を立てながら鋭い骨の棘が生えてくる。


「お、おい待て……何をやらせるきだ……」

「どうしたのアラタ? 風邪でも引いた?」


 恐怖を覚えるアラタに向かって、リリーはキョトンと首を傾げて暢気なことを聞いてくる。

 嫌なほど日常的な非日常の中で、アラタの体は操られて腕を引き絞り、骨の棘を槍のように構えていく。


「くっ……クソ野郎、オレの体から離れやがれ! こんなことをしても無駄だぞ! こんなのはオレじゃない……だから、止めろ。貴様、殺すぞ!! 絶対殺す、テメェ、殺す……待っ……!!」


 あらん限りの怒りと脅しを並べ立てても体の主導権は戻ってこない。かつてあった出来事をなぞるように、再びアラタの体が異形へと変じていく。

 屈辱に悲痛な表情をするアラタへと、リリーはニッコリと笑ったのだ。


「アラタ、一緒に生きましょうね!」


 弓矢のように引き絞られた悪意が放たれた。


「ヤメロォォォォォォォォォォォォ!!!」


 絶叫とともに突き出した骨がリリーの胸を突き刺し、細い体を持ち上げて振り払う。

 凶行は止まることなく、アラタの体は突き動かされて優しい人達を殺していく。いくつもの人型が動かなくなって宙を舞い、みんな悲鳴一つ上げないまま地面に転がっていく。


『あぁ、酷い男だ……こんなもんじゃ()()()()()()()()()()。そうだろう?』


 絶望と血の海の中で、おぞましい言葉がアラタへ注がれ続けていた。




 ◇ ◆ ◇




「ぁ……ぁ……やめ……やめろ……やめて……」


 幻覚を見せられるアラタは、現実においては肉のヘルメットを被せられたまま、うわ言のように気弱な言葉を呟いていた。その様子を、隣に押し倒されたキッカーはまざまざと見せつけられる。

 彼のような強い男がこんなにも弱々しい声を上げるほど追い詰められていることに、キッカーは強い怒りを覚え、笑うラウルを睨み上げた。


「オイ……何だ、それは……彼に何を……ゲフッ、ゴホッ」

「ふぅん。腹を食い破られてまだ生きているとは、頑丈な男だ。幸運であるな」


 言いながらラウルは、アラタに装着させたものと同じ肉のヘルメットを創り上げてキッカーの目の前に浮かべる。


「さぁ、お前も我らが同胞の元へ誘おう。共に死を賛美しようではないか」

「ま、待て……っ!」


 ロクに抵抗もできないまま、キッカーもまた額を覆われ、ラウルの魔術の手によりここではない場所へと意識を飛ばされた。

 二人の冒険者が絶望の淵に沈んでいく前で、ハングドマンはナノマシンを集めて黒い外套を作り上げると、肉体を再生させていくラウルへと投げて寄越した。


「さて、一難去ったという訳だ。ラウル、キミはどうする?」

「少し、この男の調整をする」


 ラウルは外套を掴み取り、出来上がっていく肉体の上にかぶせるようにして着ると、倒れていた車椅子を起こしてその上に触手の体を乗せる。


「厄介な性質を削ぎ落とさんと我が術式が危ない。何よりも我が目指す奇跡は、この世を生きる人の想念で起こしてこそ価値あるものだ」

「ふむ、ではワタシが先に動こうか」


 極めて事務的に会話を終わらせて、ハングドマンはツカツカと歩いていく。


「あぁ……やめてくれ……こんなことくらいなら………………殺して……くれ……………………」


 足元で、倒れ伏したアラタが、肉の下から一筋の涙をこぼした。


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