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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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196話『憎悪VS憎悪』

 2メートルを超えて巨大化した強靭な体躯、服の下から突き破った骨は先端を尖らせ誰も彼もを傷つける棘の鎧と化している。

 背中から伸びた触角は視覚外の情報を読み取り、額に開いた九つの赤い瞳は可視光線以外のものまで捉えて離さない。

 およそ人から生じたものとは思えない異形の怪物の姿を取ったアラタは、身の内から沸き上がる獰猛な戦闘本能に押され、雄叫びを上げると付けたままのマフラーをたなびかせて突撃した。


「ウォォオオオオオオ!!!」


 一歩ごとに空気が震え、術式内部の空間が破砕する。筋肉の躍動の一瞬一瞬に魔力のようなものが体から発せられ、呼吸するだけで周囲を圧倒する。

 そんなバケモノ(アラタ)に追い詰められ、ラウル(化け物)は首の傷跡から伸びる触手を支えに身を起こすと、片腕を掲げて魔法陣の防壁を作り上げる。

 だがその程度と、アラタが短く叫んだ。


「グオォオッ!!!」


 即席の防護壁など、アラタが牙の生えた顎から叫びを一声するだけで、音波に乗った魔力が防壁をバラバラに打ち砕き、笑っていたラウルの顔面を握りしめたラウルの拳が撃ち抜いた。


 そこにハングドマンの援護が入る。殴られた衝撃で壁に貼り付けられていたハングドマンであったが、なんとか右腕だけでも急遽再生させると、握っていたレイピアを投げつけた。

 黒い刃が篝火に照らされて鋭く迫る。しかしアラタは振り向きもせず背中の触角から攻撃を察知すると、マフラーの隠し銃を発砲して弾き飛ばした。

 アラタは赤い眼でハングドマンを睨みつけ、魂の髄にまで響く怒号を発する。


「テメェは後だクソッタレ吸血鬼! まずはこのジジイからぁぁぁあああああああ!!!」


 アラタは殴りつけた拳をラウルの頬に押し付けたまま猛然と走り出し、老人を通路の壁に削りつけながら奥へと進んでいく。

 ザリガリとラウルの体が削り落とされ、壁に血と肉の染みが散乱するの様子を、ハングドマンは再生を続けつつ眺めていた。


「ふむ、不死性も損耗し、戦闘可能な領域まで回復するのに今しばしかかる。あの場に割り込むことはできないか」


 アラタの一撃で不死としての存在を著しく殺されたハングドマンは、すぐに戦闘に復帰はできなかった。コウモリ化した肉体を集め、ハリボテのボディを作るので精一杯と言ったところだ。

 つまりは今のところ彼にできることはなにもない。


「仕方ない、一曲やるか」


 ボヤいたハングドマンはナノマシンで黒いバイオリンを作り上げると、震える指で拙い演奏を始めてしまった。肉体のバランスが崩れているため、ヴァイオリンはとても美しいとは言えないほど音を外している。

 切り替えが早いと言うよりも頓着がない。まるで死人のように感情を感じさせないハングドマンを前にして、ハラワタを食い破られたキッカーは汗をかいた顔で呆れたように見つめていた。

 頑丈なことが数多くの取り柄の一つであったキッカーは、血が流れる腹を手で押さえて苦しそうにしながらも、壁に寄りかかって立ったままでいる。

 そんなキッカーにハングドマンが演奏をしながら尋ねた。


「キミはどうする、翅のある人よ」

「ぐっ……休んでしまいたいところだがね……」


 とてもじゃないが、腹から血を流したままで戦う真似はキッカーにはできない。全身の気の巡りを整えて、薄皮一枚のところで命を繋ぐのが精一杯だ。それだって本当なら横になり、安静な状態でしなければ気を抜いた瞬間に死の暗雲が翅を覆い尽くすだろう。

 しかしキッカーは安息を自らに許さなかった。


「待つともさ。なぜならボクもまた、彼と同じく冒険者……人々を護るために戦う者だからね……!」


 そう言ってキッカーは、疲弊した顔であくまでも笑みを浮かべ、白い歯を光らせたのだった。

 意地を張って苦難に立ち向かうことを選ぶ勇士に、ハングドマンは静かに呟いた。


「そうか、それもいいだろう」


 そしてまた音程のズレた演奏を続けようとした時、戦いに出たアラタの怒号が木霊した。


「オォォォォォオオオオオオオオオオオオァアアアアアアア!!!!」


 切り裂くような叫び声に、ヴァイオリンの弦がブツリと切れる。

 およそ人のモノとは思えない叫びだ。こんな人間を隣にいたのかと思うと、キッカーでさえ痛む腹の奥にゾッとするものを感じる。


 単なる威嚇の声などではない、奥底から沸々と煮えたぎる何かの感情を弾け出したような叫びを上げながら、アラタは通路を疾走し、ラウルの老体を壁に削り続ける。


「ォォォォォォオオオオオオオ!!!」

「グッ……ググ……!」


 削り落とされる肉体に、さしものラウルも苦しそうな声を上げて触手を伸ばし、なんとか自分の体をアラタの腕から引き離した。

 ラウルが逃れた時には、すでに肉体の8割が壁に削り落とされて損耗していた。残ったの頭部の前半分と左胸の周辺のみ。

 無残な傷口から流す血すらほとんど残っていないラウルは、床に転がると通路全体、つまりは戦いの場である災厄術式そのものと魔術的に接続した。


 この災厄術式は堅固さを優先したがため、通路の一部を閉じたりするような大きな変化はできないほどに固定化されているが、いざという時のために建材の一部を切り離せるように作られていた。

 つまりは肉の供給だ。床を構成する肉を液体をすするようにして吸い上げ、ラウルは急遽戦うに足る肉体を構成する。

 とは言え悲惨なものだ、作られた肉体は傷口から伸びた何十という触手の束に過ぎない。不完全な再生を経たラウルは、地面に垂れた触手でちっぽけな体を持ち上げてアラタと向き合う。


「肉だけでなく不死性がかなり削られたな……いやはや、なんともおぞましい姿ではないか冒険者殿……」


 ラウルの目の前にいるアラタの体は、先程までの荒々しくもどこか凛々しい青年のものとはまるで違うものだ。

 人の姿を晒してまで敵を殺戮しようとするアラタの姿勢に、ラウルは嘲笑うかのように言葉を並び立てる。


「ククッ、そのナリで人を護ろうなどと、勢い余って後ろにいる人まで殺したことはないのかね? お前の犠牲になる人のことが心配だよ」


 人を嫌悪感で包み込む卑しい罵倒を、アラタは膨張と縮小を繰り返す肉体で聞いていた。

 九つの目でラウルのことを見つめながら、牙の生えた異形の口から静かな言葉を呟く。


「醜いか……? あぁ、オレもそう思うよ。こんな異界の力にまで頼って情けねえ姿だ……」


 アラタは拳を持ち上げる、だがそれは感情的な動作ではいけない。思考は冷静で冷徹に、荒れ狂う血潮に怒りと憎しみを湛えつつも、人の意思で筋繊維の一本まで精密に制御する。


「だがもっとも情けないのは、こんな馬鹿な力を使ってまで誰も護れないことだ……!」


 眼光を強めて睨みつけたアラタは、想いを込めて叫び、肉体に己の意思を刻み込む。


「オレは憎む、自己の利益のために他人を犠牲にする悪を!! 親しき背中を刺す嫉妬を! 無関係な者を襲う怒りを! 死に瀕した人を見捨てる悲観を!」


 沸騰する肉体の中から意識を高め上げたアラタは、全身から青白い魔力を線条に収縮して噴出し、熱気の湯気をかき分けて飛びかかった。

 アラタが繰り出す殴打の連続を、ラウルは触手で構成された肉体を軟体生物のように動かして紙一重で避ける。だが噴射された魔力がラウルの肉を炙り、火傷のようなダメージを与えてくる。あろうことか不死者であるラウルが消耗戦を強いられているのだ。


 数度の拳をくぐり抜けてラウルはふわりと宙を舞って距離を取る。アラタの攻撃は荒々しいように見えて、拳の流れはとてもスマートで反撃の隙がない。それでいて勝負どころでは烈火の如く攻め立てる。

 アラタは相手が引いた時にこそ一撃を与えるチャンスを見て、またもや床を砕く踏み込みで分厚い拳を叩きつけようとしてきた。


 助走を乗った一撃を下手にかわそうとすれば追いつかれて塵芥となるだろうと見て、ラウルは再生し始めていた左手をかざすと魔力防壁を展開した。

 無論、先程と同じ轍は踏まない。重ねて一枚、更に二枚、計四枚の魔力防壁を作り、更には災厄術式『ヴォイジャー・フォー・デッド』内に貯蔵した魔力を吸い上げて強化する。


「オォォオオオオオオ!!!」


 アラタは叫びとともに腕から魔力を噴射したブースターで更に加速して拳を打ち付ける。破滅的な威力に即座に先頭の防壁が破かれ、二枚目もまた触れた先から崩壊する。

 だが三枚目に差し掛かれば流石に速度が落ち、最後の四枚目を砕いた時には大きく威力を殺されていた。

 ラウルは遅くなった拳に対して体から触手を伸ばすと、腕全体を絡め取るようにして受け止めた。そのままアラタの腕を押さえ込もうと更に触手を這わせるが、次の瞬間には腕から生えた骨の棘が削岩機のように高速回転し、まとわりついた触手を細切れにした。


「チッ……」


 舌打ちしたラウルの右頬に、アラタの足蹴りが突き刺さり、老人の残り少ない体はふっ飛ばされて通路の床に天井にと大きくバウンドした。

 その後の追撃が――来ない。その場で背を屈めたアラタは、何かに耐えるように食いしばって牙の隙間から熱い息を吐き出している。


「フゥー! フゥー! フゥー……!!」

「ほう……代償でもあるかな、その力」


 ラウルは目まぐるしく転がる視界の中で、一瞬も慌てることなくアラタの異形な姿を可能な限り視線で捉えていた。


「興味深い力の増し方だ、不可思議なエネルギーがどこからか現れ、体内に渦巻いているのが感じる、だが同時に流れているのは……」


 床に着地したラウルがボロボロの触手を再生しながら、アラタの身体を余さず観察していた。

 魔道の研究者であれば異形の肉体から沸き上がる魔力の出どころや、その力の多寡について注目するところであろう。しかし独自の妄執を持つラウルが答えを求めたのは別のところだ。


 アラタの肉体には、源泉不明の大量の魔力が沸き上がり全身を循環し、溢れたものが汗とともに蒸気となって吹き出ている。だがその魔力に、通常であれば存在しないものが混じっている。


「そうか、憎悪か!! それだけでなくあらゆる悪感情が、その魔力と共に巡っているな! その様子ではさぞ辛かろうに、何もかも壊したしまいたいんじゃあないか?」


 ラウルの言葉に心への刺激を受け、大きくなったアラタの体がビクリと震えた。


「愛する者を壊したいんだろう、人々の眠る家を握りつぶしたいのだろう、あらゆる安寧を踏み砕いてしまいたいのじゃあないか? 滑稽だな冒険者とやら! クッハハハハハ!! ワシのことを醜悪と言っておいて、貴様もワシと同じでないか!!! 笑ってしまうなぁまったく!!!」

「構わねぇ!! 覚悟の上だ……」


 すべてを虚仮にして笑いを響かせるラウルにも、当然アラタは憎しみを感じていた。

 自身の肉体の性質について、アラタ本人でもよくわかっていない。彼に改造を施した両親や同僚たちにも、その技術を使いながら理解しきれなかったものだ。あるいは生きて研究を続けていればと思うが、アラタの大切な人達はもういない。

 ただどこからか力を組み上げ、同時に『悲観を持った思念』をまとめて引き受けてしまうのは確かだ。


 組み上げた魔力に乗じて這い上がってきた無数の悪念がアラタの身を蝕む。


 幸せそうにしているやつが妬ましい。笑い顔を二度と微笑まないように打ち砕きたい。地に生きる命を踏みつけ否定してやりたい。


 そして憎い。

 憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、目の前にいるすべての人間を滅ぼしたくもなる。


 だから、それを制御する。業火のように燃え上がる悪しき想念を、鋼の意思を折りとして閉じ込めて制御する。

 滾る憎悪は消せない、だからこそ向きを変えて然るべき相手にぶつけてやるのだ。


「これ以上は誰も殺させねえ……オレ一人ぽっちが苦しむ程度で済むのなら……」


 身が破裂しそうな憎悪にピクピクと筋肉を痙攣させながら、慎重に、慎重に、無闇に暴発させずに研ぎ澄ました殺気として目の前に敵にのみ浴びせる。

 アラタは意思を整え肉体を制御し、骨の生えた腕でラウルの命を根こそぎ削ぎ落とそうと殴りかかった。


「後はテメェだけ消し尽くして終わらせてやらぁ!!!」

「ククク……勇ましいが、それだけわかればやりようもある」


 押し寄せてくる憎悪の鉄槌に対して、ラウルは唇をすぼめると口の中から血飛沫を吹き出した。

 飛んでいく血糊がアラタの右腕に伸びた骨の棘に付着すると、血の周辺の骨が突如として爆発的に肥大化し、枝分かれした骨の塊がアラタの腕にのしかかった。


「ぐぬっ!?」

「憎悪か……クフフ、さては世界からあぶれてしまった者たちの意思か……? 通りで不死性をも滅ぼせるわけだ。だがその感情はワシとの親和性がすこぶるいい……」


 アラタの巨大化した骨は、一瞬にしてコントロールが振り切れた結果だった。鋼の意思ですべてを御してきたはずのアラタであるが、今までにない正体不明の想念が体を蝕み、魔力を暴走させたのだ。

 血の染み付いた骨の塊を睨みつけ、アラタは暴走の正体を突き止める。


「コイツの血から流れ込んできやがるのは……これは……お前の感情……!?」

「左様、お前という器が、我が想いを受け止めきれるか?」

「ぐっ……クソヤロォ!!」


 アラタは暴走した骨を殴り砕いて切り離すと、マフラーの仕込み銃を発砲した。

 しかしラウルは空を飛ぶタコのような身軽さで銃弾を避け、アラタの頭上を飛び越えながら血を垂らしてアラタの背に生えた触角を汚す。

 流入してくるラウルの想念が肉体と精神のバランスを打ち崩し、触角はまたたく間に肥大化し、そして破裂してしまった。

 至近距離で暴発した魔力の爆弾に背中を焼かれたアラタは一瞬魔力の制御に失敗してしまい、全身の筋繊維を突き破る魔力とこみ上げてくる憎悪に悶え苦しんだ。


「グォォォォオオオァアアアア!?」

「ワシの血がよく馴染むだろう? ワシの世界への呪詛が血と共に身体を駆け巡るであろう? 憎しみは憎しみを呼び続ける、しっかり意識を保たねば暴走した魔力が弾け飛ぶんじゃないか!?」


 ラウルの言う通り、血液から浸透してくる憎悪はアラタの奥底から今までにない規模の憎しみを呼び起こし、彼の心を激しく痛めつけた。

 アラタは思考が真っ黒に塗りつぶされそうな感覚の中で目を剥き、今にも暴れだしそうな体を抑えるのに必死になった。


(信じられん……何という憎悪だ……コイツ、オレの底から沸き上がるモノよりも、遥かに強い憎しみを人に向けていやがる!!)


 これがその辺にいる小悪党が持つ程度のちっぽけな世への憎しみなら、アラタとて鼻で笑って敵をブチのめせただろう。

 憎しみはアラタにとって慣れたものだ。例え魔力を汲み出さなくとも、平時であれ肉体の奥底から沸き上がってきていたし、眠っている時だって制御できるよう訓練してきた。


 だがこのラウルから流れ込んでくる憎しみの渦は尋常ではなかった。アラタの10年余りの修練すら及ばない、未曾有の憎しみがラウルたった一人から精神を侵略してきていたのだ。

 アラタは戦いの中でありながら畏怖すら覚えた。


(こんなにも強い感情を、人間が持てるものなのか!? まるでこの憎悪を刃にして世界を切り刻んで百度滅ぼそうと、まだ尽きねえくらい強烈な憎しみだ……他人の気持ちを恐ろしいと思ったのはこれが初めてだ……どうやったらこんな憎しみが育つ……!?)


 この醜悪な不死の老人が一体どんな人生を辿ってきたのか、まったく想像もできないほど悲壮と憤怒にまみれた最悪の憎しみだ。

 憎しみを飼いならしてきたアラタでさえ、この老人の前から逃げ出したくなった。


「――だが、だからこそ捨て置けねえ!! ここでコイツは始末しなくては、まだまだ犠牲が続く!!」


 奮起したアラタが再び魔力を循環させて肉体を整えると、アラタは決死の覚悟でラウルを追い詰める。


何故オレはクリスマスに野郎が汚い液体を浴びせてイチャイチャする話を書いているのだ……?

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