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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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192話『悪意に打ち克つために』

 イリスとアリサを置いて、靖治とナハトは武装したまま街中の見回りに出た。街全体を覆う内臓のような壁面を遠くに見ながら歩く。

 術式内部に再現された街並みに動くもの靖治たち以外には誰もおらず、子蜘蛛たちの襲撃を退けた今はゾッとするほど静かだ。

 そこかしこに魔人アグニが砕いた肉の瓦礫を見ながら、街灯に照らされた街を見て回った。


「街の再現はしっかりしてるね。車や売店まで用意されてる」


 靖治は肩に提げたアサルトライフルから一瞬も手を離さず、不審な何かを見逃さないように眼鏡を光らせる。

 そのそばに、付かず離れずの位置でナハトが控えて同様に周囲を警戒していた。


「術師の縁の地なのでしょう、ここで生まれ育ったか、人生におけるターニングポイントがあったのか」

「ここを作った人間の、心象心理ってことか……」


 あるいはこの街並みの中に、術師の人物像を浮き彫りにする何かが隠れているかもしれない。


「ガンショップもある……けど、弾薬の補充は期待しないほうがいいだろうなぁ。どうせ肉製だ」

「店の中に近づかないでくださいましね。まだ敵が隠れているやも知れません」


 ガラスの外から店内を覗くぶんには、どこも本物の街と変わらない瓜二つの再現性だ。

 少し行くと川があった、岸には船も係留されている。


「川だ。ちゃんと水が流れてる」

「この水が元は何なのか、考えたくはありませんね……」


 どこか生臭い川を横目に警戒を続けるが、敵の姿はどこにもなく再襲撃の心配はなさそうだった。

 静謐な空気の中で、靖治がナハトへと問いかけた。


「ナハト、さっきの敵についてどう思う?」

「……やはりそのことですか」


 恐らく靖治がナハトを連れてきたのはこの意味が主なのだろう、二人きりで忌憚のない話し合いをするためだ。

 ナハトは先程の戦いを思い返し、簡単な推論を述べた。


「ここの兵は、侵入者に傷をつけることよりも精神を削り取る方向にデザインされている気がいたします、あるいは弄んでいるとでも言うような……」


 亡骸の悪用、醜悪な見た目、腐れ落ちた肉の臭い、触れるだけで魂を傷つける呪い、そのどれらも戦っていて嫌悪感を巻き起こし、戦士の心を淀ませていく。

 その方向性の指し示すところをナハトが推測したが、靖治も同じことを感じていたのか、納得したように肩を落とした。


「嫌な敵だね」

「……この戦い、実力よりも意志力が重要になりそうですわ」

「悪意に打ち克つには根性と情熱か、イリスとアリサに気を配らなきゃだね」


 過酷な戦闘にも慣れているナハトは残虐な敵に対しても耐性を持っていたが、ようやく人生を学び始めたイリスと、なんと言おうがまだ歳の若いアリサはすでに堪えてきている。

 靖治が二人のことを心配していると、ナハトが視線を向けてきた。


「そういうセイジさんも、先程は珍しく怒っていたではありませんか」

「僕が?」

「えぇ、お気づきになられてない?」


 先程の戦いにおいては、靖治が珍しく先手を打って敵のゾンビに向かって引き金を引いた。本人も気付いてなかったが好戦的な行動だ。


「そうか……いや、普段あんまり他人に怒るってことしないからなぁ。ただまあ……」


 ナハトの言葉で自己を振り返り、靖治もようやく自覚を得る。


「死に敬意を払わない行動には、怒ってたかもな」


 靖治の目元が、悔しそうに歪む。

 彼は死は優しいものだと信じてここにいる。

 その死の安寧を汚すような所業は、万葉政治にとって数少ない逆鱗と言えた。


「落ち着くようにお願いします。いざという時に呼びかける力を一番持っているのはあなたなのですから」

「うん、気を付けるよ」


 ナハトは逆境においてパーティを支えられるのは靖治だと考えていたが、その通りになりそうだ。

 リーダーとして懸命でいるよう頼んだナハトは、間を置いてから戦闘装束のままおずおずと口を開いた。


「ところで、その……あなたが褒めてあげるのは、イリスさんとアリサさんだけでございますか?」


 美しい片翼と鎧をまとっていながらも、眉を下げていじらしく尋ねてくるナハトに、靖治は微笑ましい気持ちで口端を緩ませると、アサルトライフルから手を離して顔の高さに持ち上げた。


「おいで」


 その言葉にナハトはパアッと顔を明るくさせると、胸を弾ませて靖治の前に片膝を付く。

 跪いたナハトの頭に、靖治は手を乗せて優しく撫でてあげた。


「ナハト、キミも頑張ってくれてありがとう」

「うふふ……あなたにそう言っていただき光栄です……」


 ご褒美を貰えて、ナハトは手の下で嬉しそうな笑みを浮かばせていた。

 二人きりでなければこんなことは出来ないと、時間を作ってくれた靖治に感謝する。

 なおこの後のナハトは10歳も歳下の少年に甘えたことに自己嫌悪するのがいつものパターンだが、敵地であるため30分落ち込むのを3分まで縮めるつもりだ。

 少年のナデナデを堪能していると、ナハトはふと視界の端に何かを見つけて表情を引き締めた。木々の向こうで地面が明るくなっているのだ。


「セイジさん、あちらは……」

「ん?」


 ご褒美タイムを終了して二人は明かりの方へ向かう。

 すると木々が茂る公園の中で、一斗缶から火が上っていた。


「焚き火ですわね」

「街中の光源で、電気で動くもの以外じゃこれが初めてだね」


 街中には街灯が光って辺りを照らしていたが、術式入り口の広間やここまでの通路と違って篝火による照明は他になかった。

 これまで一貫して人の気配のなかった街で唯一温かみのある光景に訝しんでいると、ナハトが公園の中に佇んでいるものに視線を引かれた。


「あそこにあるのは何でしょう? 他と違って廃材で作ったような見た目ですが」


 そこにあったのは、トタンやダンボールなどを寄せ集めて作ったオンボロな小屋だ。一応は扉も作られている。


「ホームレスの人が作ったものだと思う。家を失ったホームレスが、ああやって公園とかに住んでるんだ」

「なるほど。これほど街が発達しても貧困はなくならないのですね……」

「調べてみてもいいかもね。ナハト、できるかい?」

「御意に」


 短く了承したナハトが靖治の前へ出ると、右手に握った亡失剣ネームロスを構えた。

 一瞬の大気に血が滲んだような気合を発した後、踏み込みとともに凄まじい斬撃を繰り出した。その一閃により小屋の扉は両断され、肉の断面を見せながら上半分が弾け飛ぶ。

 残った下半分を残したまま、ナハトは警戒して外から小屋内部を伺った。


「他と同じく気配はありません。人もモンスターもなし。しかし奥に紙がいくつか散らばっております」

「拾えるかい?」

「やってみます」


 ナハトは左腕に巻きつけた呪符カースドジェイルを伸ばして、見つけた数枚の紙を縛り上げて回収する。

 焚き火に照らされながらくしゃくしゃになった灰色の紙を開いてみると、それは靖治もよく知る新聞紙だった。


「新聞だ、英語で読めないや」

「ではわたくしが」


 ナハトは地面に広げた新聞を見下ろし、先進的な単語に戸惑いながらも読み上げる。


「魔導工学の新理論で停滞の打破となるか……軌道エレベーター? と言うものの建設に着工……こちらは伝導体の新素材発見……これは臓器に転用可能な人造細胞……それと核融合? だとか、人工知能? に……あら、これは紛争地域が平和になりつつあるという記事ですわね」

「ふうん、全体的に華々しい話題ばかりだね。それなりに文明も進んでたようだ」


 魔導に関するもの以外は、どれも靖治が生まれた時代から少し進んだくらいの科学技術だ。どれも人類の進歩と成果を感じられる。


「上昇志向の強い術師なのかな……そろそろ戻ろう。あんまり長いとイリスたちが心配する」

「そうですわね」


 わずかばかりの情報を得て、靖治とナハトは休憩場所へと戻ってイリスとアリサと合流した。

 待っていた二人にも見つけた情報を共有したあと、これからのことについて改めて話し合う。

 そこでナハトが最初に口を開き、鋭い言葉を発した。


「所感を申し上げましょう、ここの術師はわれわれのことを舐め腐っています」


 強気と言うべきか侮蔑と言うべきか、この断言に近い物言いを、アリサは車のボンネットに乗って、ベンチに座ったイリスは膝の上で拳を握って地面を見つめたまま聞いていた。

 アリサが不思議がり、眉を吊り上げてナハトへと指を向けた。


「随分言うわね、それ根拠は?」

「戦闘要員の配置が雑すぎます、やる気があるのか疑うレベルですわ。罠だってもっと仕掛けられていてもいいはずですし、本気で戦争している自覚が感じられません」


 少なくとも靖治たちは傷を負った者もいるが全員無事だ。これについてナハトは損害が少なすぎると感じていたのだ。

 災厄術式などというモノを作り上げる術師の悪意だ、それが真剣に侵入者の排除へと向けられれば、もっと危険な罠が仕掛けられていてもおかしくない。


「例えばさきほどのゾンビ兵についてですが。この術式の魔獣が生きている生物を取り込んだものなら、ゾンビ兵は恐らく『誤って殺してしまったがために取り込めなかった人間』を再利用したものと思われます。あくまでメインはこの魔獣でしょう、でなければもっとゾンビ兵がうじゃうじゃいる筈ですし」


 要はもったいないからゾンビ兵を作りましたと言うわけだ、遺体を弄ぶ素晴らしいリサイクル精神に、アリサが不機嫌さを表情に浮かばせる。


「悪趣味だわね」

「それもありますが、特徴的なのは一人ひとりコアの場所が違ったこと。つまりあれらはハンドメイド、手間ひまかけて作り上げた兵です。なのにそれを雑に配置して、非効率に使い捨てている」


 情報によると老人らしい術師が、手作業でせっせとゾンビを作っては天井に吊るして熟成させる、そんな様子を想像したが微笑ましいというよりもおぞましい光景だろう。

 侵入者を絶対に殺すと言う意思もないのに、無意味に死体をいじくり回しているなど、果たしてどんな精神状態なのか。


「そのことから推察できるのは、術師本体は罠を仕掛ける必要を感じないような、絶対的自信を持つ何かを備えていること。それにあぐらをかいでいるから、本気で殺しにかかってこない」

「自信って何よ?」

「そこまでは。ただもしかしたら、単なる実力とは別のところにあるものかもしれません」

「そんな自信があるならゾンビなんて用意する必要ないじゃない」

「多分、暇だったから作ったのではありません? いますよ、息をするように嫌がらせをする人って」


 あまりにも身も蓋もない答えに、それまでジッと身を固くして聞いていたイリスが、目を見開いて顔を上げた。


「意味があって作ったのでないと言うのですか?」


 信じられないと瞳を震わせるイリスに、ナハトは少し驚きながらも無言で頷く。

 イリスは愕然とすると、再び足元に顔を向け握った拳をギュッと強める。


「私は、何らかの目的意識を持ち、合理的判断で、私情を排して、術師がこの選択をしたのかと思っていました……」


 元が機械から発生した自我だからこそ、人間身のない合理的判断になら理解を寄せることもできた。

 だがこれはその真逆だ、合理性もなく、人情もなく、人の亡骸を弄ぶなど、今まで靖治の背中を見ながら歩いてきたイリスには考えられないことだった。


「嫌がらせで、これをする人がいるのですか……」


 静かに怒りを湛えるイリスの純粋さを、アリサとナハトは何も言わず見つめていた。擦れてしまった二人にはイリスほど純粋に怒れなかったが、胸の底にある感情は同じだった。

 イリスの拳が震えるのを見守る靖治は、気持ちを受け止めると視線を上げて前を向く。


「行こう、次の犠牲者が出る前に」


休憩したいので三日ほど休みますー。

次は……17日じゃ。

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