181話『引き合う力、繋がる力』
「これより儀式を始める、邪魔されないように守り抜いて」
「ハイ!!」
イリスが元気よく答えながら周囲を警戒する。モンスターたちは侵入者たる一行に敵意をぶつけてきながらも、攻めあぐねて円周状に囲ったまま唸り声を上げてきていた。
とりあえず山頂まで来たが、グズグズしていれば我慢しきれなくなったモンスターたちが再び押し寄せてくるだろう。そうなる前に靖治がマナへと問いかけた。
「ここからどうするんだい?」
「”飛ばす”の。因果の流れを調律し、そこにあなたたちを乗せて」
返ってきた答えに、周囲に目を向けていたアリサが背中越しにマナへと叫んだ。
「飛ばすって、長距離転移!? しょっちゅう空間が入れ替わるこんな世界で、正気じゃないわよ!?」
そもそもが次元の壁が崩れっぱなしで日常的に異世界と繋がるワンダフルワールドだ、短距離程度ならともかく、数十キロの距離で空間を超えようとすれば別世界に弾かれてしまうか、最悪、時空の歪みに飛ばされて二度と光のある世界に戻ってこれないかもしれない。
どんなに高位な能力者でも不可能と言って差し支えない行為だ、だがマナは毅然として言い放った。
「問題ない。あの大ザルさんの思念波をブースターに使った裏技を使う。イリスちゃんの想いを届けて、運命を繋げるのよ」
今、マナたちが立つ地面の真下には、洞窟で瞑想を続ける大ザルがいる。今いるこの場所は、屋外でもっとも大ザルの思念波を利用できる位置だ。
マナは手に持った杖で足元を三度突き音を鳴らしてから地面に立てて手放すと、瞳を強く開いて柏手を叩き芯のある音を響かせた。
「世界よ、我らは今この時ここに集った。我が遺伝子に授けられた使命のままに希望を送り届けよう。命はみな美しく、それだけの価値がある」
マナが唱え始めた瞬間、彼女の足元から突風が駆け抜けた。足元をすくわれそうな風に荷物を抱えた靖治も「うわっ!?」と悲鳴を漏らして膝を突く。
天では暗雲が渦を巻いてうねりを上げている。重力が倍加したような得体の知れない重圧が辺り一面にのしかかり、能力に秀でたアリサまでもが目を剥いた。
「こ、この肌から感じる力の圧……マジであたし以上の……!?」
誰もが圧力に押されて体を傾かせる。唯一、平然と立っていられたのはマナのお付きのロイ・ブレイリーだけだ。
防衛役のイリスたちも肝を冷やしてマナへ顔を向け、取り囲んできていたモンスターたちも身を竦ませてその場から動けなくなっていた。
小さな少女から溢れ出た大きな力の波動に、空中にポツポツと光の粒が浮かび上がってくるのをイリスは見た。
「これは……空気中の異能素子が活性化して光ってる……!? 私のフォースバンカーのような……!」
異世界からやってきた能力者たちが零してきた異能の残滓、イリスがフォースマテリアルの材料としているそれらが、マナの呼びかけに反応を示して、柔い金色の輝きで地上を照らし始めていた。
一同の前でマナの体がふわりと浮かび上がる。まるで光に押し上げられるかのように宙に立ったマナは、透き通った声を投げて波紋を広げる。
「いでよ因果樹。”マナ・ツリー”の名に於いてその姿を現して、イリスちゃんの運命をつまびらかに」
その瞬間、地面に突き立てていた白いトネリコの杖から、金色の光が芽のように萌えたったかと思うと、またたく間に成長して葉のない光る大樹のようなものを創り上げた。
その光は決して眩しすぎず、心を温められるような安堵と、そして胸に湧く希望を感じるかのような輝き。
天空へと広がった光の樹枝とその前に立つマナを見上げながら、イリスは耳にした名に大きく驚いていた。
「マナ・ツリー……!? それにこの尋常ならざる能力……もしかして……リキッドネス・ツリーの……!?」
マナの琥珀色の瞳に、イリスはかつて会った醜い姿の賢人の、湖畔のような透き通った眼を重ねた。
ビリビリとした圧力が全員の臓腑を震わせる。もはや襲撃の心配などなかった、撒き散らされる力にモンスターたちは一歩も前に出れず、知性のない瞳を目一杯見開いて畏怖の念とともにマナを見つめている。
ナハトもまた、片翼を震わせながら、大きく育った樹に我が目を疑っていた。
「因果樹……運命の具現化だというのですか……!? そんな力が存在すると……っ!?」
限定的なアカシックレコードへの干渉。時空転移にとどまらない、世界の摂理そのものを飛び越える権能。
だがそれにはマナ一人の力では到底足りないものだ。だからこそマナは世界を輝かせながらも、強い声でイリスへと呼びかけた。
「イリスちゃん! 今こそ月読ちゃんのことを想って!! 彼女のことを思い出して、思いっきり祈るのよ!!」
「祈る……祈るって何を……!?」
困惑するイリスに、立ち上がったのは靖治だった。ずり下がった伊達眼鏡を直しもせず、重圧の中で歯を食いしばって体を支え、やっとのことでイリスの肩に手を掛けた。
「イリス、君は月読ちゃんに合って何をしたい? 何のために彼女を助ける!?」
「私が、したいこと……」
靖治の言葉を聞き、イリスの胸に純粋な想いが湧き上がり、ありのままを唱えた。
「月読さん……もう一度……もう一度、私はあなたと話をしたい……今度こそ……!」
機械造りの彼女が覚えたすべてを込めて、埋もれたメモリーを掘り返して今一度縁を手繰り寄せる。
「私は、素敵な名前を付けてもらったことをあなたに伝えたい! 私の名前を呼んで欲しいんです!! そして月読さんと本当の友達になりたいんです!!」
体を曲げ、精一杯の叫びを上げるイリスに呼応するかのように、浮遊する光の粒が輝きを増していく。
またたく光たちは、まるでイリスの心を認め、受け入れ、応援するかのようだった。
「引き合う力、繋がる力、それこそが万物が備える原初の力の一つ。強き想いは万里を飛んで届き、人と人とを引き合わせる、あらゆる運命を乗り超えて巡り会う、それこそが奇跡そのもの。それを見届けるが我が使命なれば――」
マナはそう言って柔い手を樹の枝へと伸ばす。
左手で因果樹の端っこを摘み、残る右手で空を摘むと指の間にぼんやりと別の樹の枝先が顕れた。
二つの枝を手繰り寄せたマナは、それらを丁寧に結び合わせる。
「縁結び……っと」
できあがったのはあわじ結びという、綺麗な円形と複雑な網目を作る、かつての日本で水引などで使われた結び方。
そうした直後、一瞬イリスがその場で立ち眩みでも起こしたように揺らぎ、体の輪郭そのものがぼやけて消えかけた。
周りの仲間たちはもちろん眼を丸くしたし、イリス本人も自分の存在がおかしいことに気付いたのか、自分の手を見つめて驚きに瞳を震わせていた。
「なっ……!?」
「イリスちゃんとともに共に行こうと願う者は、互いに手を繋げ!!」
立ち止まっている場合ではなかった、イリスはわけもわからないまま真っ先に靖治へと振り向いた。更にアリサとナハトも自分の荷物を腕に巻き付けて急いでイリスのそばに駆け寄った。
「靖治さん!」
「んじゃ僕はアリサ!」
「えっ、あっ、ナハト!」
「ではわたくしはイリスさんに」
困惑が混じりながらも、四人は互いに手を伸ばし合って堅く繋がり輪を作る。
繋がった仲間の上で、因果樹を背にマナは腕を広げた。
「ここに因果は結ばれた、アナタたちはここにいてここにいない。さあ世界の辻褄を合わせましょう。天は頭上に、地に足元に、泣いた赤子は胸に抱きましょう」
マナは人の安らぎを謳い上げる、明日の行方を信じられるかのような言葉だった。
「誰だって勇者になれるなら、誰だって運命を超えられる!! さぁ、行きなさい旅人たち!!」
世界に我が身を投げ出しながら、マナは勇ましく宣言する。すべての条件は整い、あとは軽く背中を押すだけ。
これから彼女が引き起こすのは、世に知られる代表的な”超”能力の一端。
「――――あるべき場所へ!――――」
マナが唱えた瞬間、イリスたち四人は超常的な光球に包まれて宙を舞った。
激しく山頂を照らす光の珠は、空間を波打たせて一行を狭間へと飛び立たせた。
その瞬間、四人は見た。過ぎ去った過去を、迫りくる未来を、根源から差す原初の輝きを、果てに待つ誰かの影を、人を救おうと伸ばされた手を、生きようともがく赤子の泣き声を。
何もかもがまばゆく、面白く、すさまじい速度で後ろへ駆けていくのを見ながら、四人は空間の回廊を落ちるように飛んでいた。
風のようなものに髪をあおられながら、靖治は驚嘆と期待に眼を輝かせて絶叫した。
「うぉわぁああああああああああ!?」
アリサとナハトも、目まぐるしく移り変わる光景を受け止めるのに必死で歯を食いしばっていた。
そんな中、一念を届けるべく虹の瞳を見開いたイリスは、旅路の先を見つめてあらん限りの力で叫んだ。
「月読さん! いま行きます!!!」
マナちゃんの詳細については次回で。




