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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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18話『光る風』

 背後からぶつかろうとしてきたミズホスを、イリスは左にハンドルを切ってギリギリで避けた。

 だが並んで走るミズホスは、横合いから救急車に体当たりをしかけてきた。

 窓を割り、フレームを歪め、車両は横転して砂漠の上を滑っていく。


「うぉわ!!?」


 靖治が悲鳴をあげるが、イリスにも助ける余裕はなかった。

 彼女は車が停まるより早く運転席から飛び出すと、砂漠の上でミズホスと睨み合う。


「まだやりますか!」

「ちくしょう……ちくしょうちくしょうチクショウチクショウ畜生チクショウ!!!」


 ミズホスは異常な剣幕で憤怒の表情を浮かべているが、その眼はイリスを見ていないようだった。


「今回は……今回の戦イは、こっちにキてから手に入れた武器も金も、全部ツぎ込んだバクチだった……これが上手く行けば、もう誰にも負ケやしねえ、そのはずダッた……」


 言葉が時々くぐもって妙に変質して聞こえる、不気味な様子にイリスは身体に流れる電流がイヤに冷たいものに感じた。


「ようやく……ようやく成功のチャンスだったのに……這い上がれるところだったのに……あのくそったれな光のせいで、ワシらの人生はメチャクチャだ! こうなればお前だけでもぉぉぉ……!」


 錯乱したミズホスの目玉が、左右別に向きを変えて動き回った。

 それだけでなく、ミズホスは体の内側からなにかに叩かれるかのようにビクビクと震えだす。


「お、お……おぼぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 目玉の奥から、口の端から、甲殻の隙間から、鈍い桃色の触手が生えて粘液を垂らしながら、砂漠の熱気をかき回した。


「なっ……!?」

「ワシの親父は! どこからか現れて暴れまわり、そんでもってワシの母を孕ませて消えていった影の邪神! 戦艦がなくなった今、何もかもふっとばしてくれおぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!」


 奇妙な声を上げながら、ミズホスの右腕に黒い煙のようなものが集まっていく。


「暗黒波動!!」


 それを前にかざし、猛然とミズホスは駆け出してきた。

 その光景にイリスは強烈な危機感を覚えながらも、背後に倒れた救急車に振り返った。


「マズい!」


 避ければ靖治の命が危ない。

 イリスは両腕を広げてその場に踏ん張ると、真っ向から形を持った暗黒の霧を受け止めた。

 鈍い衝撃がイリスの体を襲ったがそれだけではない。硬い表面の装甲がジワジワとかき消されるように削れていく。


「死ね! 死ね! 潰れろ! ツブレろろろろろろろろ!!!」

「ぐっ……うぅぅぅ!!」


 上からミズホスが力を込めてのしかかってきて逃れられない。

 イリスが必死に力を込める後ろで、救急車から這い出てきた靖治が、額から血を流しながら彼女に叫んだ。


「イリスー!!!」

「来ないで靖治さん! 逃げて……逃げて下さい!!」


 もう大切な人に振り返ることもできず、イリスは黒い力を前に立つのがやっとだった。

 服の前面が溶け落ちて、硬い表面装甲が少しずつ侵食されていく。

 右眼が損壊した情報が脳内を駆け巡る、他にも上半身はいたるところがダメージだらけ。関節部に掛かる負担も相当なもので、膝が挫けてしまいそうだ。


「逃げ……て……!」


 それでも、少しでも時間を稼ごうとイリスは立ち続けた。

 靖治の無事、それだけを願って。

 だがその背中に、人の温かさが伝わってきた。


「逃げないよ、イリス。一蓮托生さ」


 傷だらけになった靖治が、体を引きずってイリスの後ろに立っていた。

 少女のようなイリスの体を支えようと、その背に人間らしい柔らかな手を当てて、穏やかに語りかける。


「僕が生きたいだけからじゃない。イリスの瞳に、この世界を見て欲しいんだ。優しい君なら、きっとその名前に負けないくらい美しいものを、たくさん映していけるから……」


 それはエゴイストなものではない、純粋にイリスという少女の幸福を願った、祈りの言葉だった。

 こんなにも柔らかな言葉は、イリスにとって初めてだった。

 靖治の支えを感じ、イリスは歯を食いしばると、残った左目で暗黒を睨みつける。


「――私は、まだこんなところで壊れてなんかいられない。やっとこの人と出会えたんだ、ここから私は始まるんだ……」


 ずっと、ずっとイリスは靖治のことを想って動いてきた。

 来る日も来る日も、たった一人で、靖治と共に歩む日を夢見てきた。

 その理由が、やっとわかった気がする。


「私は……私は……」


 初めて靖治の顔を見たときの熱を思い出す、あの日の想いは今も続いていて、なおも胸で燃え盛っている。

 単なる機械としてじゃない、一人の心を持った個人として、自分は――


「――靖治さんと、生きるんダかラぁぁァァァァaaaaaa!!!」


 声帯機能もイカれて、ノイズが走った声になってなおイリスは叫んだ。

 心から溢れたその叫びは、靖治と、そしてイリス本人の奥底に届いた。


 イリスの体に、変化が起きる。両肩の裏側に細い光が立ち上り、円を描き始めた。

 その光が収まった時、円をかたどって服が弾け飛び、その下から空気吸引用のファンが現れた。

 羽を回転させて急速に空気を取り込み始めると共に、彼女の周囲にも変化が現れる。


 なにもないはずの砂漠の上に、ポツポツと光の粒が現れ始めた。

 どこから湧き出てきたのだろうか、それは様々な彩色で周囲を照らし出し、イリスの両肩に向かって吸い込まれる。


「イリスに、光が集まっていく……!?」


 この光景を目撃した靖治は、胸が熱くなるのを感じていた。

 不思議な光景だ、まるで見ているだけで元気づけられるような、そんな温かみに満ちている。

 だがこの光に照らされているのは自分の胸だけじゃない、イリスに当てた手から伝わってくるこの熱さは、彼女もまた同じように――




『アンロック:パラダイムアームズ』


 イリスの脳内に、未知の名称が浮かび上がる。

 その言葉を、壊れかけた体でゆっくりと口にした。


「ぱ、ら、だ、い、む、あ、ぁ、む……ず――――起動」



 パラダイムアームズ:起動


 心紋投影開始/成功


 定着したシンボルを翼と仮定/着色開始


 問題発生/不確定要素多数


 欠損部位の補完を開始/デザイン修正完了


 本機能を定義/マキナライブラリから重力制御装置を抽出完了


 フレーム設計完了/内部構造設計完了


 マテリアルのブレンド完了/生成開始




 イリスの両肩の上に、小さな翼を模した機械が光とともに浮かび上がる。

 完成したそれは彼女の髪と同じような銀色の輝きに、紅い塗装を中央部の円形のパーツに、広げた羽の間から虹色の粒子を噴出させた。

 音もなく溢れ出る輝きに、靖治は吹き飛ばされそうになるのを堪える。


「こ、これって……!!?」


 更に力を貯めた翼は、瞬間的に大量の粒子を噴射させると、ミズホスの暗黒の霧をも押し返して、イリスの体を空へと飛び立たせた。

 飛行するイリスに押し出されて、ミズホスは大きく後ろに放り出され、砂の上に背中から倒れ込む。

 わけも分からぬまま空に浮かんだイリスは、光りに包まれた自分の体が急速に修復されていくのを見て、眼を丸くさせた。


「ブラックボックスの一部が開放された……!? でもそんな、ここまでの質量をどうやって!?」


 ミズホスに削られたボディはもちろんのこと、アリサに壊された右腕も、破けた服も、すべてがまたたく間に復元されていく。

 元通りになった右手を握って、恐るべき再生能力に驚いていると、イリスの脳裏に、隠されていた映像が浮かび上がってきた。


『――この映像が開放されたのなら、それは私の予想もしない何者かに、この機体が渡ったことを意味する』


 それはメガネを掛け、栗色の髪の毛をポニーテールでまとめた、頬にソバカスのある女性。

 白衣を纏ったその女は、丸椅子に座り、組んだ膝の上に両手を重ねてカメラに話しかけてくる。


『この機体は強い、無為に明け渡して良いものではない。だがこの機能にたどり着いたなら、きっと善き心の持ち主なのだろう。自壊プログラムを用意することもできるが、可能性を殺すよりは、そのことを信じて、機体を託す』


 その女性は祈るように両手を胸の前に組んで締めくくった。


『弟の――靖治の未来を頼む、そのために私は生きてきたのだから』


 それだけを残し、映像はかき消えた。


「言われ……なくともぉ!!!」


 イリスが掲げた右腕が、すでに修復を終えていた外殻を開く。


「私、わかったんです! 私は……靖治さんと生きたいんだって!!」


 再構成された長手袋は形状の変化に合わせて吸着しており、破けることなく切れ目に沿って共に展開する。

 現れるのはやはり三本のシリンダー。


「トライシリンダー、セット! エネルギーチャージ、オール100(ハンドレッド)!!」


 光が集まっていくシリンダーは、闇をかき消す白銀の輝きを発し始める。

 翼が光を吹いて、イリスが空を駆けた。


 メイド服のスカートをたなびかせて加速したイリスは、地面スレスレに高度を落とすと真っ直ぐミズホスに向かって飛行する。

 その先で、身体を震わせながら起き上がらせたミズホスが、再び触手を蠢かしながら右手に集めた暗黒の霧で殴りかかった。


「ごぼぼぼぼぼ暗黒波動ォオ!!」


 だがもう、こんなもの恐くない。


「行けえ! イリス!! 君の光を見せてくれ!!」


 期待に膨らむ靖治の声が届いて、イリスは虹色の瞳を一層煌めかせて拳を振るった。


「フォース――バンカァァアアア!!!」


 シリンダーにチャージされた光の粒子が、風とともに吹き抜けて霧を晴らす。

 白く瞬く風に包まれたミズホスは、唸り声を上げながら持ち上げられた。


「お……ぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」


 虚しく触手で空をかきながら、ミズホスは風に吹かれて飛ばされた。

 遠く遠く、見えなくなるほどの先に運ばれ、遙か先の空に飛んでいってしまった。

 清々しい風が吹き抜けるのを、靖治は瞬きもせずに見守っていた。

 彼の先で、愛らしいメイド服の彼女は、輝く翼を背負ったままゆっくりと振り向き、満面の笑みを投げかけてくれた。


「行きましょう、靖治さん! なんだか私、ワクワクしてきました!」


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